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端的に言えば私は負けた。

剣の技量など、たとえ勇者だった私でも数年触れていなければ錆びた技術だった。

当然、そんな私の振るう剣はとても鈍くて、元魔王の勇者に接戦したもののほんの一つの判断ミスで足元を掬われてしまった。

私は喉に突きつけられた剣を見て嘲笑う。


「どうした? 殺さないの?」


私が胸を張って挑発すれば、勇者は私をひたと見据える。


「怖くはないのか?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。

不思議に思えば、彼は言葉をつけ足した。


「死ぬことが、だ」


私はそれに呆れた。

それ、貴方を一度でも殺した私に言う台詞?


「殺されたら、またどこかの世界に移ればいいもの。私は、私が死なない未来のために世界を渡ってきたの。その繰り返しよ」


私が彼を殺したときに彼は私の言葉を聞いていたかは知らないけれど、とりあえずそう答えた。

理解なんてしなくていい。理解しろって言って、理解できるような話じゃないから。


「お前は死にたくないような事を言っていたのに、今、死のうとしているのは矛盾ではないのか?」


矛盾? どこが?

私はただ生きているだけよ。それでも世界が私を殺そうとするから、私は死にそうになったら世界を渡るだけ。


「私は死のうとしてなんか……」

「しているじゃないか。こうしておしゃべりしている間も、お前は俺を殺せるだろう。お前はただ、飽きたら世界を捨てて一からやり直しているだけ。自分の目的がいつの間にかズレているんじゃないのか?」


私は言い返そうとして……言い返せなかった。

ただ死ぬだけじゃつまらない。同じことを繰り返して時間を消費するくらいなら、何か自分が楽しめることを。そう思って私は今を生きている。

世界をわざと分岐させるにもちょうど良かった。

でも、薄々気づいていたことがある。

幾度も世界を渡っても、私は死ぬ。それは変わらない。

寿命とかで死ぬなら構わない。でもどう足掻いたって、私は「短命」という運命から逃れられなかった。

その「短命」を繰り返すことで、だんだんと私は生きているつもりになっていた。それこそ、飽きたら世界を捨てて。

でもそれがどうしたというの。


「分かったような口を利かないで。貴方に関係ないじゃない。私が死ねば貴方は人間の世界で伝説となれるし、それこそ魔王たる私がいなくなるから魔族側に戻ることも可能になる。貴方にとって良いことづくめじゃないの」


私は後半、声を抑えて囁いた。少しは後ろの仲間に配慮してあげる。

でも勇者はそれに気づいているのかいないのか、彼は私に突きつけていた剣を納めた。

あら? いいのかしら。ここで剣を納めたら、貴方は人間側から敵とみなされるわよ。

ほら、ご覧なさい。既に貴方の仲間は不審そうにこちらを伺っている。

私も怪しんで間合いを取ろうとしたら、勇者はお構いなしに私の腕を引いて、腰を抱いた。


「お前に死なれては困る。人間の世界を見て俺は欲が出てしまった。人間と魔族の二つの世界が俺は欲しい。共に共存する世界が。そのためには魔族の象徴たる魔王であり、人間でもあるお前に死なれては困るんだ」


私は言われたことが理解できなかった。

人間と魔族の二つの世界が欲しい?

共存する世界?

そんなもの、数多に渡ってきた世界の中でも見たことない。

私はぐっと勇者の胸を押して体を離そうとする。くっ、思ったより逞しいわね……!


「戯言を! 世界はより良いものを残そうとするのよ! それも人間にとってより良いものを」

「魔族との共存、人にとっても世界にとっても悪いことか? 俺は断言しよう。もし数多ある世界の中でどこか一つの世界しか選ばれないとするのならば、この世界が選ばれると」


確かに人間が魔族と共存するならば、共存する間は人間への脅威はなくなるからより良い世界……繁栄に繋がるとは思うけれど……

でもそれは私ですら分からない領域。私が、渡ったことのない領域。


「だから、俺と一緒に生きてくれ。人間と魔族を繋げる橋渡しになってくれ」


私はある一定の時間軸から出たことがない。それはつまり、どの世界が残されるのか、摘み取られるのか知らないということ。

私は冷たい汗が背筋を伝った。

どくどくと脈が打つ。

ある一定の時間軸───私の死というその向こう。

世界が剪定されるのは、計算上私が生まれて約二十一年後。そもそも私はその時間まで生きたことがない。だから私は世界を飛び回れるのだけれど……

もし、もし私がその先に行けるのなら───


「……私を、欲しいというのなら」


カラカラに乾く喉から、私は声を絞り出す。

まっすぐに、勇者を見つめる。

そこまで私を必要としてくれるなら。


「私を守ってよ。世界から私を。私を生かしてよ……!」


ずっと誰かに言いたかった。誰かに私を救ってもらいたかった。

誰にも頼れるわけがなかった。殺そうとして来る奴に対して「殺さないで」何て言っても聞いてはもらえないし、病気になって医者に治してと言っても「お手上げだ」と言われる。

いつからか私は諦めることを覚えてしまった。

他者に救いを求めることなど無駄だと。

でも、でもこの勇者は私が欲しいと言ってくれた。

私が世界の固定まで生きられたら。そうしたら私は自分で練り上げてしまったこの呪いのような旅からも解放されるのではないだろうか。

自然と頬を涙が伝う。

腰を抱いた勇者が腕を掴むのを止めて私の涙を拭ってくれる。


「誓おう。魔王であった我が力と人間の慕う神にかけて、おらゆる世界の悪意から俺はお前を守ろう」


ああ、この勇者(ひと)は私が殺したことを恨むことなく、私を守ってくれるというの。そんな虫の良いことあるわけない。

否定したいけれど、私はようやく差しのべられた光に手を差し出すことを止められない。

私も誓う。


「誓いましょう。貴方が世界のあらゆる悪意から私を守ってくれる限り、私は貴方に従います」


そう誓文を口にすれば、後ろに控えていた勇者の仲間がきょとんとした顔をする。

それからひそひそと顔を見合わせた。


「えっとこれは……勇者が魔王を従えたということで良いの?」

「たぶん? でもこれって魔王討伐って言えるのか?」

「だ、大丈夫かと! 魔王とはいえ殺生に代わりないですし、血を流すことなく平和に解決できたのならそれに越したことはありませんっ」

「というか魔王と言ったら貴様らの勇者も魔王だからな?」


何やらラントも混ざってるけど……でもラントのように人間に寄り添えるような魔族がいるのなら、可能性もゼロじゃないわ。

私は勇者の腕から手を離れると、剣を離して、本来あるべき世界に返す。

私は勇者に向き直った。


「それで勇者……いいえそれとも魔王サマ?」

「いや、魔王はお前でいい。元魔王の俺が人間側に、人間であるお前が魔族側に。これでバランスがとれるだろう?」


さすが千年も魔族を統治してきたことはあるわね。

この世界だったら、あらゆる可能性と共に私はその先の未来を見ることが可能なのかもしれない。

世界は衰退に導かれず、私も寿命を全う出来るのかもしれない。

私は軽く念じる。

風がふわりと溢れた。

私は風に声を乗せる。


「聞きなさい我が臣下! 魔族は人間の領土の侵略を中止し、共存の道を探るわ! これは私の意思だけではなく、貴方達のかつての主の意思でもある! 私の声を響かせなさい! 魔族すべてに声を届けなさい! この意思に反するものには我が手による鉄槌を下すわ!」


あーあ、こんな結末誰が予測していたんだろう。

少なくとも私は勇者に殺されたら次の世界に移る気満々でいた。

そうならないように根回ししたんだけど、世界は勇者を生み出して魔王を倒しに来た。

でも世界はきっと、魔王と勇者が手を組むなんて思ってもいなかったでしょうね。

どこに転ぶか分からない世界。

私はまだ生きている。

それなら私はこの世界に留まってその行く末を見守ろう。

いざとなれば私はまた別の世界に移ればいい。

この能力にも制限がある。私が死なない限り、私自身の魂を転移させる術は発動しない。

だから私は、魔王の一番の敵である勇者が守ってくれている間は、安心して生きていられる。

私がまだ生きていないその向こう、その景色が見られるなら。

たまには酔狂に生きてみても良いわ。


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