上
魔法使いでいるのに飽きた。
教師でいるのに飽きた。
剣士でいるのに飽きた。
村人でいるのに飽きた。
料理人でいるのに飽きた。
医者でいるのに飽きた。
神官でいるのに飽きた。
商人でいるのに飽きた。
勇者でいるのに飽きた。
世界と私自身を救うことに飽きてしまった。
そうだ。
魔王になろう。
魔王になって世界を滅ぼそう。
◇◇◇
並行世界という考え方がある。
それはこの世界とは違う可能性を示す世界で、ある一定の法則に従って「成長」と「剪定」が行われる。
世界はより良い世界を残すために成長し、成長した世界の中から良い世界だけを残して剪定されるのだ。
つまり、良い世界だと認められなければ世界は必然と滅ぶ。
それが世界のルールだった。
「でも私ってば天才だから、それなら私のいる世界が必然とその良い世界だと言えるわけがないって思ったのよね。それで超技術駆使して並行世界を転々としてたわけなんだけど……飽きちゃって。それならここで一度人類の敵になってもいいかなーって? 思って? 剪定事象が確定される前にまた別の世界に飛べば問題ないからって思って来ちゃいましたー!」
叩きのめされて死んでしまった魔王の亡骸を前に、私は満面の笑顔で頭の弱い魔族たちにも分かるように解説する。
私がせっかく演説してやったのに魔族たちは言葉の理解ができないのか、ひそひそと顔を見合わせてばかり。まったく失礼な奴らね。状況が分からないのかしら。
そこに転がっている亡骸が、かつて座っていた場所に腰かける。
足を組み、ふんぞり返って、私は不適な笑みを浮かべた。
「あなた達の王より私は強いのよ? つまりここの王は今日から私。私があなた達の王よ。さぁ、崇めなさい!」
私は両腕を広げて、これから私の手下になる可愛い魔族たちを見渡した。
ここまでの道中、私に攻撃されて怪我をした者、それを遠巻きにして見ていた者、私を殺すよう命じた者、さまざまな魔族が居た。
私はその全てを受け入れよう。
納得がいかない者には力をもって説得を。
納得をした者には慈しみをもって接しよう。
「だから世界が滅びる前に、私と一緒に世界を滅ぼしましょう?」
そう宣言すれば、元魔王の直属の部下だったとかいう魔族が前に進み出てきた。
「我々は世界を滅ぼしたいのではなく、人類を滅ぼしたいのだ。貴様の力は底知れず恐ろしいが、貴様の言葉には従えない」
私は頬杖をついて笑ってやった。
「同じことよ。世界は可能性に溢れた知的生命体である人類を尊重する。世界にとって良いという認識は人類の進化。この意味わかる?」
「人類を滅ぼせば世界は滅ぶと?」
「そうよ。その後であなた達が新しい人類になりなさい。そうしたら此処は剪定事象から確実な独立を果たすでしょうね」
「それはどういう……?」
おっとしまった喋りすぎたかしら。
私はこほんと咳払いをした。
「あなたが知らなくても良いことよ」
そう言えば不審そうに魔物は私を見てくるけど知ったことではない。
でも彼にはそうね、ご褒美を上げないと。
「最初に私の言葉に答えてくれた褒美をあげるわ」
私は軽く念じる……というより、あることを思い出して脳裏に浮かべる。そうすることでどこかの世界にいる彼の運命を、目の前の彼に与える。
突然降って湧いた宝飾の輝かしい剣とマントに魔族は目を丸くした。他の魔族たちもざわつき始める。
「言ったでしょう、私は世界を行き来できると。その意味がそれよ。その宝物はあなたに相応しい」
これは目の前の彼が別の世界で手に入れていたもの。私はそれを引き寄せて、この世界の彼に与えたのだ。
彼のためだけにあつらえられたような宝物を身につけて、彼はそわそわする。
「着心地はどう?」
「しっくりきすぎていて気味が悪いほどだ」
「だって別の世界だけれど、あなたのためにあつらえられたものだもの」
魔族たちはそれを見て我先にと私の方へと近づく。
私はそれを軽く手で払った。
そよ風レベルの風圧を世界のどこかで起こったつむじ風に変える。たかってきた魔族たちが吹き飛ばされていった。
私はその様を見て笑った。
「あっはは! 近寄るの禁止! ご褒美が欲しければ仕事をしなさい! まずはそこの床に転がってる魔王を掃除しなさい!」
命じたとたん、魔族たちは先程まで王だと慕っていた者の骸をしっちゃかめっちゃかにして持っていってしまう。あんまり綺麗な方法じゃないけれどまぁいいか。
その様を、先程の褒美を与えた魔族だけが寂しそうに見送っていた。
血眼になって褒美を狙う奴らと違って、この魔族だけ根本的に何かが違うみたいね。だからこそ、元魔王も彼を側に置いたのでしょうけど。
さーてと、それじゃあまずは何から手をつけましょうか……でもそうね、やることは限られてるわ。
本気で人類を滅ぼすならまず間違いなくやらねばならないことがある。
私は褒美を与えた魔物に呼び掛けようとして、なんて呼ぶべきかとふと思った。でもささいなことよね。適当でいいや。
「部下その一」
「ラントだ」
「名前なんてどうでも良いわよ。それよりこれ、他の魔族たちに指示だすから偉い奴ら呼んできなさい」
「……いったい何をするつもりだ」
ラントと名乗る部下その一に私は呆れる。
何って、私が何をしに来たと思ってるのよ。
「馬鹿ねぇ。言わないと分からない?」
ラントは眉をひそめる。
駄目ねぇ、全然駄目。
そんなんじゃ、いつまで経っても世界を滅ぼせないでしょう。私はこの世界の時間軸で計算上約十四年後にやってくる剪定、そして私に訪れる運命までにはある程度の結果を見届けたいのに。
私はふふん、と鼻で笑ってやる。頭の弱いラントには先に説明しておいてあげよう。
「始まりの村を潰すのよ。魔王はこれから十年後に勇者に倒される。その勇者を先に潰すのよ」
ラントの目がこれ以上ないくらいに見開かれる。
ふふん、私ってば魔王の素質あるんじゃないかしら?