あなたにはワン秘権があります。
俺は人間、名前は犬神賢治……のはずだ。
疑問形なのは俺の周りの人達がなぜか全員、犬だからだ。
「それでは開廷である」
そしてなぜか裁判所にいる。ゴールデンリトリバーの裁判長が木槌を叩きながらそんな事を言うが、さっぱり頭の中に入って来ない。
……というか全体的に何が起きたんだ? 確か会社から家に帰ってすぐに寝たような気がするんだけどなあ。あ、もしかしなくてもこれ夢か。っていうか夢じゃないと困る! そもそも俺が何をしたっていうんだ!
「それでは罪状認否である。検察犬」
「はい」
ゴールデンリトリバーの裁判長がそう言うと、ブルドックの検察官が元気良く返事をした。
「被告人、犬神賢治は被害犬、ジョンに対して日頃から虐待のような仕打ちをしております」
え、ジョン? ジョンって家のペットの!? 俺何かしたっけ……?
「では被告人、犬神賢治にはワン秘権がある。都合の悪い事には『ワン』と答えても良い」
「いや、そもそも心当たりが無いんですけど……」
「被告人、犬神賢治にはワン秘権がある。都合の悪い事には『ワン』と答えても良い」
「えっ、いや、その……」
「被告人、犬神賢治にはワン秘権がある。都合の悪い事には『ワン』と答えても良い」
こいつ話聞かない気だ!? つーか流してたけどワン秘権って何だよ! 黙秘権じゃないのかよ! まあ黙秘権だとしても使い方が大分違うけどね!!
「では検察側、冒頭陣述をお願いします」
「はい。被告人、犬神賢治はまず、昨日被害犬の誕生日にフリフリのついたドレスのような服を送りました」
あー、確かに送ったけど、あれのどこが問題なんだ?
「少し考えてみて下さい。ジョンは昨日で八歳になりました。彼は小型犬なので、人間でいうところの約五〇歳です。人間の五〇おっさんが、商店街をフリフリのついたドレスのような服を着ていたらどうですか? 常識的に考えたら気持ち悪いですよね」
……うん、確かに! 考えてたら気分悪くなったぞう! ていうかジョン、昨日は喜んでるように吠えてたけど、あれって抗議の声だったんだ……。
「そして次に毎日の食事ですが、被告人は毎日毎日、来る日も来る日もドックフードしか出しません」
「はあ、それって普通なんじゃあ……」
「飽きるでしょう!? たまには違うものを食べたいのです。あなた、毎日三食シリアル食べてたら飽きるでしょう!?」
「ええ、そりゃまあ……」
「犬もそれと同じなのです」
ごもっともすぎて何も言えねえわ。……明日は少し凝った物作ってみるか。
「さらに散歩のコース。同じ個所ばかりで飽きるでしょう! たまにはコースを変えなさい。ジョンはあのコースにはメスがいないから退屈だと言っています」
「それはテメェの勝手な都合だろうが! わがままばっかだと去勢してやるぞ!!」
「以下の暴言も、証拠を裏付けるでしょう。以上です」
くっ! しまった、余計な事言った。無難にやり過ごせば良かった。
「では被告人、以下の事柄に弁明はありますか?」
ゴールデンリトリバーの裁判長が確認を取ってくる。言いたい事は沢山あるが、ここは不利すぎる。今は無難な会話でやり過ごすのが最適か……。
「……まあ、こうして改めて糾弾されると、俺ってジョンに色々と酷い事を……」
「被告人、犬神賢治にはワン秘権がある。都合の悪い事には『ワン』と答えても良い」
「いや、あの、このタイミングは関係無いんじゃあ……」
「被告人、犬神賢治にはワン秘権がある。都合の悪い事には『ワン』と答えても良い」
「……ワン」
ちくしょうこのゴールデンリトリバー殴ってやろうか!? 少しくらい話聞きやがれ。こいつ絶対俺の事嫌いだろ!! 公平にできないなら裁判長なんざ止めちまえ!
「では弁護犬、これについて弁論はありますか?」
「はい」
気持ちの良い返事でトイプードルの弁護犬が立ち上がる。そうか、俺にも弁護士擬きが付いてたのか。なんでもいいからこのクソ裁判長に反論してくれ!
「特にありません」
「テメェふざけんなこの犬畜生! それでも弁護人か!!」
「弁護犬です。被告人、静粛に。あなたにはワン秘権があります。都合の悪い事には『ワン』と答えても良い」
「そもそもそのワン秘権ってなんだよ! せめて何か喋らせろよ!!」
「では判決に移る」
「話を聞けーい!!」
こいつ強引に話を進めやがった。このままじゃ有罪にされちまう。
「検察側の求刑は死刑でしたが、考えに変わりはありませんか?」
「重! 服と飯とコースで死刑って重すぎだろ!!」
「変わりません」
「改めろやこのブルドック!!」
「弁護側、これに対して弁論は?」
「ありません」
「弁護しろやトイプードル!!」
「では死刑という訳ですが」
「勝手に進めんなゴールデンリトリバー!!」
「罪を受け入れ、きちんと償うと言うならば、刑は軽くなります」
「……なに?」
つまりあれか。この場で謝れば減刑、さもないと死刑、と。
「どうしますか?」
ゴールデンリトリバーの裁判長がまっすぐ見てくるものだから、俺はおもわず直前までの怒りを引っ込めてしまった。……とりあえず死刑はやだし、ここは謝っとくか。何に対して謝るのかはよく分からないけど。
「……まあ、死刑は嫌ですし認めますよ。僕が悪かったです」
「そうですか。では今度こそ判決に移ります」
あー、ようやく茶番が終わる。
「判決、死刑」
「って、結局死刑じゃねえか!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うんっ! まあ当然夢だよね!!」
目が覚めると見慣れた自室で外着のまま布団に倒れていた。傍らには話題の渦中だったジョンが体をくっつけて眠っている。
「……」
とりあえず、ジョンが起きたら高い缶詰でも食わせてやろう。それから新しいコースで散歩にでも行くか。
……それと、次にあのゴールデンリトリバーと夢の中で会ったら絶対に殴ってやる。動物だろうと容赦無しだ。
「それにしても犬裁判にワン秘権ねえ……」
特にワン秘権については結局最後までよく分からなかった。黙秘権とはまた違うもののようだが、まあもう関係の無い話だ。その内忘れるだろう。
溜め息をつきながら空気を入れ替えようと開け放った窓の外から、大型犬の遠吠えが聞こえた気がした。
こんなくだらない話を読んでくれたあなたへ、ありがとうございます!
現在連載中の【村人Aでも勇者を超えられる。】もよろしくお願いします!
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