3.5話 少し前の話
俺は舞をおんぶしながら学校へ向かっていた。舞は俺の背中で寝息を立てている。相当ひどい目にあったのだろう。だが、旧校舎の呪いを解かない限りさっきのようなことが続くことになる。集合場所に着いたら、みんなに女性から聞いたことを話さなくてはならない。そして、舞が起きたら舞をどうやって助けたか説明しなくちゃな。
…
俺が舞を見付けた時、舞は男に首を絞められていた。体は宙に浮いており、舞の体には力が入っておらず、ただだらんと持ち上げられていた。今思えば、その時から舞は意識を失っていたと思う。あと数分遅れていたら舞は死んでいたと思う。だがあの時の俺はもう舞は死んでいるのではないかと思った。
「おい…お前何してんだ…」
俺は男を睨むつけながら男に声をかけた。男が反応し、舞の首から手を離した。舞はドサっと言う音を立てながら地面に倒れた。男はゆっくりと振り返る。男の顔は不気味に笑っていたのが見えた。だが、俺を見た瞬間に表情が悲しそうな顔に変わる。その悲しげな表情でも不気味に感じた。
「…さみ…し…い…たす…けて…」
寂しいと言いながら男は俺に近寄ってくる。足取りはふらふらと、顔からは先ほどまでは流していなかった赤い涙のようなものが流れ出していた。
「は?何言ってんだ…お前?」
男は「寂しい」と言ってきたのは分かったが、何で助けてと俺に言うのか?助けを求めながら何で舞を殺そうとしたのか?そんな考えが浮かぶが、どうだっていい。舞を殺そうとしたのには変わりない。慈悲なんていらない。男を見るにこいつは自殺したんだろう。なら自殺したのは自分の弱さだろう?なのに他人を巻き添えにして「助けて」だと?ふざけるな…。
「お前が舞に何をしたのか、分かってんのか…?」
「…うるさい…」
「何だよ、ちゃんと喋れるのかよ。なぁ?どうして舞を殺したんだ…?」
普通に喋れるのに少し驚いたが、すぐに怒りの感情が戻ってくる。「うるさい」だと?どの口がそれを言う。
「…君に何がわかるんだ…君に、君に私の気持ちがわかるのか…!!」
「逆ギレかよ…、お前にそんな権利ないんだよ!!」
この男にそんな権利がある訳ない、こいつは何を考えているんだ。
「黙れ…!!」
男は声をあげながら俺に向かってきた。
「おいおい、そんなもんかよ!!かかってこいよ!!」
「…う…うぉぉぉぉぉ!!」
男が咆哮をあげ襲いかかってくる。だが、俺はそれを避けるつもりはない。俺は殴られ鈍い音がする。殴られ口の中が切れたのか血の味がする。俺は口の中から血混じりの唾を吐き、口元を拭う。
「そんなもんか?なら次は、こっちが…!!」
俺は、男の顔面を同じように殴る。男は殴られた衝撃で地面に倒れる。俺は続けて殴りかかろうと男の倒れている男を無理やり起こし、殴ろうとするが視界の端に倒れていた舞の姿が映る。一瞬、昔の出来事がフラッシュバックする。俺は軽く舌打ちし、男から手を離す。
「なんでこんな奴にまで優しくしなきゃいけないんだよ」
俺は立ち上がり、倒れている舞の所にゆっくり歩き出す。
「ごめんな、俺がもっと早く助けに来れたら…」
涙ぐみながら舞の元につき、しゃがむ。そして、抱き上げ舞の顔を見る。そこで俺はようやく気づいた。舞はまだ息をしていた。胸のあたりが上下しており、心臓がきちんと動いていることが確認できる。
「お、おいおい…夢じゃないよな…?」
舞の口に耳を近づけ、呼吸があるのを確認する。通常通り、呼吸しているのを確認すると、本気で泣きそうになるが、後ろの方から微かに音がする。
「はぁ…そのまま寝てるか、気づかれないように立ち去るとかしてくれよ…」
俺は後ろを振り返ると男は立ち上がっており、こちらを睨んでいるのがわかった。俺は抱きかかえていた舞をゆっくりと下ろし、立ち上がる。男と同様に男を睨みつける。
「あのなぁ…俺らになんの恨みがあるんだ?俺らがお前に何したって言うんだ?」
ため息混じりで男に向かい言葉を発する。
「お…お前たちのせいで…私は死んだんだ…!!」
何を言っているのか理解できなかった。俺らのせいで死んだ?少なくとも俺はこの男のことを知らない。舞も知らないだろうと思う。
「何言ってんだ?俺らのせいって言われても俺らは何もしていないぞ?」
「ふ…ふざけるな!!誰も私を助けてくれなかった!!」
男から返ってきた言葉でようやく理解できた。
「なるほどな…。あんたが俺らを憎む理由はなんとなくわかったよ。だけどな…」
俺は男に近寄る。男は俺に殴りかかってくるが、今度は避け、男の胸ぐらを掴み近くの壁に押し付ける。
「お前は、死んだのを社会、身の回りのせい、他人のせいにして自分から逃げただけなんだよ!!自分で死を選んだのならそれは自分のせいだろ!!違うのか!?」
俺は男の顔を見ながら、強めの口調で疑問を投げかける。
「…!?」
男は、何かに気づいたようなハッとした顔つきになる。先ほどまでの不気味な喜怒哀楽の表情とは違い、普通の人間らしい表情に見えた。俺は男が何も返してこないことを肯定ととらえ次の言葉を投げかける。
「違うなんて言わせるか!!お前は他人を巻き添えにして、それがお前に何か利益があるのか!!ただ自分が惨めになるだけだろ!!」
「う…ぅ…」
男の顔から先ほどの赤い血のような涙ではなく、透明な雫が流れていた。
「お前にだって頼れる友人がいるだろ?家族がいるだろ?なのに!!お前は家族、友人、いろんなことから逃げて、生きることからも逃げたんだよ!!」
俺は男を叱りつけるような口調で男に言葉を投げかける。
「だけどな、お前はもう死んでる。もう何も考えなくていい。もう世の中に苦しむことなんてないんだよ。確かに、お前を死に追い込むようなことをした奴を恨むのは仕方ない。だけどな、そういう奴にはきっとこれまでしてきた仕打ちを受ける事になる。だからお前がまた自分の眠りを妨げて恨まなくてもいいんだ。もう安らかに眠っていいんだ」
「…う…ぅぅ…」
俺は男から手を離した。気づくと男は半透明になっていた。それを見て俺の怒りは沈んでいった。
「…すまなかった…。私はどうかしていた。君たちに取り返しのつかないことをした。私は会社で上司に色々されてね。」
男はゆっくりと自分の話をし始めた。
「仕事の遅い私に暴言や、ひどい時は暴力なんかも振ってきたんだ…。私の友人や両親は私のことを心配して、手を差し伸べてくれたのに、その手を掴むことなく、全てから逃げたんだ。君の言う通りなんだ。」
ひどい話だ。だが、ここで俺は先日見たニュースを思い出す。
「ちょ、ちょっと待ってください。えっと、あなたのお名前を伺ってもいいですか。
冷静になり、口調が丁寧になるが、そのことより俺は彼に最後の手向けかもしれないと男の名前を聞く。
「わ、私の名前は…後藤…慎太郎だ…」
やっぱりか…俺は自分のポケットからスマホを取り出し検索エンジンから『後藤慎太郎 自殺 会社』と調べると俺が男に見せたかったニュースの内容が検索される。
「これ見えますか?」
俺は後藤さんにニュースの内容を見せる。その内容は、会社内で部下にパワハラをし自殺に追い込んだ上司が逮捕されるというニュースだった。パワハラが発覚したのは後藤さんの同僚が証拠となる動画や音声記録を警察に提出し発覚したのだという。
「あぁ…田中君が…私のことを…」
「言ったでしょ、仕打ちを受けるって」
「あぁ…そうだね。はは…今度こそ安らかに眠れるよ」
後藤さんは笑顔を俺に向けてくる。
「そうですか、よかったです」
「本当にすまなかった。君からあの女の子に謝っておいてくれないか?」
後藤さんは申し訳ないという顔をしながら舞の方を見る。
「気にしなくていいですよ、俺らどっちも生きてますし。舞には俺から話をしておきます。」
「ありがとう」
「あ、ちょっと待ってください!!少しお聞きしていいですか?」
俺はこの件とブレスレットをくれた女性の話は何か繋がると思い、後藤さんに聞く。
「何だい?」
「後藤さんはどうしてあんな風になっていたんですか?」
今の感じを見るからにさっきまでのは何かあって、あんな風になっていたんだと思う。
「私が覚えているのは、暗闇の中で女性の声を聞いたことだね」
女性?一体誰だ?
「その女性はなんて言っていたか覚えていますか?」
「確か、世の中に復讐したくないですか?生きている人が憎くないですか?と言われたのは覚えている」
「そうですか、ありがとうございます」
「気にすることはないお礼を言うのは私の方だ。それじゃ、私は逝くよ。ありがとう」
そう言い残し、少しずつ薄くなっていき男は消えていった。
…
男から聞いたことと女性から聞いたことをまとめると、元凶の性別は女性ということ、可能性だが俺たちの目の前に出てくるのは生前にこの世に恨みを持って死んでしまった人だと思う。だが、情報が少なすぎてまだ可能性の話に過ぎない。早く弘たちの待つ学校の校門に向かわなければ。
「ん…」
後ろで寝ている舞は起きる気配がない。この状態で会うのはさすがに恥ずかしい、欲を言えば起きて欲しいのだが疲れているなら仕方ない。とりあえず、先を急ごう。弘たちに危険が及ぶ前に…。