僕のいた場所
綺麗な草原が僕の目の前に広がっていた。
それはいつも見ていたものだった。
草原のすぐ横には僕の家がある。
木造の一戸建て。
僕の家は貧乏だった気がする。
でもすごいたくさんの思い出がある。
お金じゃ買えない思いがたくさん詰まってた。
家から少し歩くと僕の家より少しだけ良い作りの家があった。
そこには、るなっていう女の子が住んでた。
明るくて、よく喋る子だった。僕とは違ってね。
僕の幼馴染さ。
保育園のときから一緒だった。気づいたら一緒にいたっけなあ。
記憶力がそこそこ良いほうだけど、さすがに覚えてないや。
そこにいるのが当たり前、そんな感じがしたんだ。
小学校に上がった。
隣に住んでる、るなとは当然のことながら一緒の小学校になった。
最初の頃は緊張して手を繋いで小学校まで行った。
そのときの僕にとって、るなはお姉さん的な存在で頼りがいがあった。
あの時二人の身長はどうだったっけ、忘れちゃった。たぶん僕のほうが少し大きかったような気がする。
小学三年の時。
僕が少しだけバレンタインデーを意識し始めた頃だ。
今考えたら早いのかなあと感じるけど最近はみんなそうだよね?
自分の机の中かばんをみんなに気づかれないよう確認したけど結局入ってなかった。まあそんなもんだろうと思ってたけど。
僕はというと・・・・もてないんだよ。世の中って不平等。
「今日も寒いねえ」
帰り道、るなが僕にそうつぶやいた。
二月といえばまだ寒い、そういえばそうだった。
ひやりとした風が僕の頬を伝い毛穴が引き締まるような気がする。
チョコのことで頭がいっぱいだった。るなだったらくれるんじゃないかって思ってる自分が少し愚かに思える。
鼓動が少しだけ早い。気づかれないようにするにはどうすればいいんだろう。
「そういえばさ」
「なに・・・・・?」
「僕たちっていつも一緒だね」
「うーん、確かに」
るなは、優しくそしてゆっくりと微笑んだ。
なんか僕の気分まで温かくなったよ。手は相変わらず寒いけど。
するとるなが急に自分の鞄を探り始めた。
もしやこれはと思ったよ。
ここであれじゃないほど世の中悲しくはできてないよな。うん。
「はい、これ」
「きたああ!・・じゃなくて、うおお、やっべ、すげえ嬉しいよ。ありがとな」
「えへへ、どういたしまして」
僕は事前に準備しておいた台詞をるなに言った。最初若干本心入ったけど。
嬉しいのは僕のほうなのに、なんでお前のほうがそんなに嬉しそうなんだろうなあ。
これが小学校生活の中で一番嬉しかったんじゃないかって思い出。
もちろんほかにもいっぱいあるよ。
ただ全部話すことでもないかなあと思うだけ。
そのあとにもるなは毎年チョコをくれたし、一緒に帰ったりもした。
喧嘩もほとんどしなかったと思う。僕たちは互いの呼吸がよく合っていた。
そのあと中学と高校も同じところに行った。いったいどんな縁だ。
もう運命とでも言っておこうかな。やっぱ恥ずかしいやめとこ。
高校二年のとき僕はるなが好きだってことに気付いた。
うん。僕も思うよ、遅いって。鈍感主人公にはなりたくないっていろんな本を見ながら考えてはいたよ。
まあ愛って育んでいくもんじゃん。
るなはあっさりと「おーけー」っていって承諾してくれた。ああ、僕から言ったんだよ。
本当に僕のこと好きなのかと疑問も残る返事だったけど、その日は天にも昇る気分だったとさ。
無事に高校を卒業した僕たちはそれぞれ違う大学に行くことになってしまった。
僕はるなと同じ大学に行こうと思ってたけど、頭がね。馬鹿だったんだ僕。
「長い付き合いだったよね僕ら」
「ホントだよね。まさか高校まで一緒なんて・・・・」
卒業式後、僕たちは屋上で語り合っていた。まさに青春。
春というにはまだ風が少し冷たい。
「そして付き合うことになるなんてなあ」
「私は・・・・中学の時から好きだったよーだ」
「え・・そうだったの」
「そうだよ、この鈍感君」
鈍感主人公の烙印を見事に押されてしまった僕は、少し嬉しそうな顔をしていた。
自分があっち側の人間ではないことを願おう。
そして最後に僕は卒業式の最中、ずっと思っていたことを呟いた。
「大学別々になったけど、僕絶対合いに行くから」
「・・・・うん、待ってるよ」
るなは僕にそう言ってくれた。
口元が、目が、少し寂しそうにしていた。
違うそんなことは無い。僕はきっと会いに行くよ。きっと君に会いに行く。
その時抱きしめてあげればよかったのかなあ。
そういった思いを残して、そして互いに帰路についた。
――――
朝の眩しい光で少しだけ目がかすむ。
はあと、息を吐くと白い息が出た。
「大丈夫ですか?」
「はい、すこぶる好調ですよ」
白い服を着たお姉さんが僕に聞いてきたのでなるべく元気よく答えた。
トイレに行きたいな。朝ごはんも食べないと。
――二月の十四日、バレンタインデーだ。
急に思い出すのはあの日もらったチョコレート。
たしか手作りだったよなあ。
最初は形が汚かったよ。
一生懸命作って、そんなに僕に食べてもらいたかったのかな・・。
「もう一度食べたいなあ、あのチョコ」
僕はあの日もらったチョコのことを思い出し自分の手を眺める。
チョコをもらった手、るなと繋いだ手。
僕の手は――――もうしわしわになっていた。
髪も真っ白になった。
いつのまにか、おじいちゃんになってた。
「じゃあ血圧測りますね」
僕は今ベットの上にいた。
白い服を着たお姉さんが毎日僕の世話をしてくれる。
大学に行った後、結局僕らは一回も会えなかった。
僕が、会いに行かなかったんだ。
忙しさは予想以上だった。
るなと離れている一分一秒が永遠に感じた。
刻まれていく時間が僕とるなの間に少しずつ溝を作っていくようだった。
やっと時間ができ数年ぶりに、彼女の大学に行ったことがあった。るなの元気そうな姿がそこにはあったよ。
でも、隣にいたのは僕じゃなかった。
繋いでいたのは僕の手じゃなかった。
「今まで、ありがとな」
心の中でそう呟き僕は大学を後にしたんだ。
それぞれが違う道を歩む。いずれはそうなる運命だったんだろうね。
僕はもうすぐ行くけど、そっちでもう一度君からチョコをもらうとするよ。
もう一度あの温かい笑顔を、見に行くよ。