ミーティング 2R
"上手く負けなさい"
意味が分からない。
自分は拳奴なのだ。
勝たなければ人気が出ない。
人気が出なければ必要がない。
それなのに…負けろ?
翔平は困惑した表情を向けレギーナへその意図を聞こうとする。
しかし、それよりも早く反応した男がいた。
「お嬢ッ!どういう事だよ!!
デュランが強いのはあの試合で良く分かっただろ!!
こいつがいれば対抗戦に勝てる!
帝都にだって呼ばれる可能性があるんだぞ!」
そう言って憤怒の表情を露わにし、怒鳴り散らしながらレギーナへと詰め寄るラングフォードの声を遮る為に、耳に手を当てながら煩いわねぇと呟くレギーナ
お嬢!と尚も詰め寄ろうとするラングフォードを止めたのは、先程から黙ったまま鋭い視線を翔平に向けていた老人だった。
「…黙れラング。貴様、何様のつもりだ?」
ラングフォードは、うっ、と言葉に詰まる。
老人の鋭い視線。
さらにその巨体から発される闘志とでもいうのか、威圧感が部屋中に溢れ出たからだ。
(おいおい、何者だ?あのジイさん。すげぇ強そうなんだが。)
「待ってレノックス。ちゃんと説明しないと、こういう反応になるのは分かってたから。」
そう言われた老人は、お前にはもう興味がないとばかりにラングフォードから視線を外す。
息が詰まるような威圧感から解放され後ずさるラングフォードに苦笑いを浮かべたレギーナは、だけどと続けた。
「言われた本人よりアンタが怒るなんてね。…あぁそう言えば仲良かったっけ?
まぁ良いわ。
それより、ちゃんと訳を説明するから聞いてね?」
レギーナの説明はこうだ。
他のヤーグとの試合は1対1の試合を5戦行い勝ち数で総合的な勝敗を決める。
試合の賞金は一試合毎の勝ち数に応じて支払われる額が異なる為、総合的な勝敗はあまり関係ない。
総合的に負けても一勝でもすれば、賞金はしはらわれるのだ。
3勝以上勝利すれば、否応なく総合的にも勝利するのだが。
では、総合的な勝敗は何故必要なのか?
それは各ヤーグの名誉に繋がるからだ。
名誉が高いヤーグは帝都に本部を置く、拳闘組合いから帝都で行われる試合へ招待される。
招待といってもほぼ強制的なもので、余程の事がない限りは拒否出来ないそうだが。
この試合は高貴な身分の人物が観覧に来る。
その為、質の高い拳闘が要求される。
従ってレギーナ拳闘団の対戦相手のレベルが跳ね上がるのだ。
では、現状のレギーナ拳闘団はどうか?
弱小…とまではいかないが良くて中堅どころ、というのが大方の見解である。
オスカー、カルザゲの両個人については実力は申し分ない。
カルザゲは翔平にこそ、完敗してしまったが、その打たれ強さと圧倒的な豪打で敵を薙ぎ倒す。
何よりもオスカーだ。
この男。
ヘラヘラとした見た目とは異なり、かなりの強者である。
地方では対戦となると渋い顔をする雇い主が多いのだ。
その為、試合が中々組めない。
仕方なく父親の代から経営に携わるレノックスを同伴させて、帝都で行われる個人の試合に参加させているようだ。
今回も帝都で試合を行い、帰ってきたばかりとの事だった。
翔平はそこまで聞いて、更に疑問が増した。
「三勝して勝ちなら俺が出れば、その確率は上がる筈だ。
なのに何故負けないといけない?」
そう。
カルザゲが他の拳奴を打倒出来るなら、翔平が他の拳奴に勝てる見込みはかなり高い。
そうすれば、オスカー・カルザゲ・翔平が三勝して賞金も貰えるし、名誉が高くなり帝都に呼ばれる。
良い事尽くめではないかと。
「そうね。
貴方の実力があの試合で見た通りなら、ハッキリ言って早々負ける事は無いわね。
だけど、貴方達以外はどうかしら?」
オスカー・カルザゲを擁していながらレギーナ拳闘団が現在、中堅の位置にいる理由。
それは他の拳奴達の練度の低さに起因する。
要はこの2人以外が雑魚なのだ。
経営はまだいい。
2人が勝てば賞金は手に入るのだから、贅沢とはいかないがそれなりの経営は可能だ。
しかし、総合で勝てないならヤーグとしての評価は上がらない。
そしてもし、翔平が加入した事で評価が上がり帝都に招かれたとしよう。
先程も述べた様に、帝都での試合は高いレベルが要求される熾烈な争いが行われている。
要するに、他の拳奴が壊される可能性があるのだ。
拳奴を育てるには費用がかかる。
折角、育てた拳奴が試合の度に壊されたのではヤーグとしてやっていけないのだ。
更に、高貴な身分の人物の前で不様な試合を見せる訳にはいかない。
そんな事が続けば、上げた評価は直ぐに落ちる。
それだけならばまだ良いのだが、ともすれば、不様な試合を晒した愚かなヤーグに処罰を、と言い出す輩も存在する。
そんな事なら名誉なんて要らないと、レギーナは真っ直ぐな視線を翔平へと向ける。
その視線をうけて、これは折れないなと悟った翔平は、はぁ…と溜息を吐きながらも、その願いを承諾する事にした。
ここは奴隷達の姿がそれなりに綺麗だ。
それに自分がこれだけ不遜な態度にも関わらずそれを咎めない度量もある雇い主。
いきなりこの世界に来てしまった翔平としても居場所は確保しておかなければならない。
「…分かった。
試合ではわざと負ければ良いんだな?
それで?具体的にはどういう風に負ければ良い?」
翔平の言葉に、ふぅっ、と安堵の表情を浮かべたレギーナ
「それは、貴方にまかせるわ。
随分と器用な様だし?
ただし、人気が落ち過ぎない様に善戦する事。
それと、わざと負けたと相手にバレない様にする事。
これだけは必ず守ってね。」
それ以外は任せるわ、と半ば投げっぱなしなお願いではあるが、翔平は仕方ないとその頼みを承諾した。
「話しはそれだけか?ならもう行くが…」
そう言って踵を返そうとする翔平に、もう一つあるのよとレギーナは語りかける。
「貴方、さっき拳闘に関しては充分な理解があると言ったわね?」
「ああ、そうだな。」
「なら、貴方と同じくらいの歳の少年達を育てなさい。」
「…なに?」
「その子達が戦力として期待出来る様になったら、貴方はワザと負ける必要は無くなる。
帝都にも行けて強い相手とも戦える。
私は賞金で潤う。
ね?誰も損はしない。
これは決定事項よ。
早速明日からお願いね。」
有無を言わさない。
まさにこの事だ、と翔平は嘆息した。
しかし、己の練習がある。
そう多くの面倒など見てられないと、条件を付けた。
「3人までだ。それ以上は面倒見切れない。
俺個人の訓練が疎かになってしまう。」
「それでいいわ。最低でも2人は使い物になる様にしてね。」
もう行っていいわよ。
そう言われ、踵を返しテントから外に出て面倒な…。と一人嘆息する翔平に、苦笑いを浮かべながらご愁傷様だな、と声を掛けるラングフォードはテントから遠ざかっていった。