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拳術士  作者: とりあたま
第一試合
8/11

ミーティング 1R

カルザゲとの試合を終えた翔平は、ラングフォードと喜びを分かち合う。


「それにしても凄かったな!まさか左手だけで勝っちまうとは思わなかったぜ!」


「まぁそれは想定外だったけどな。様子見ようと思ったけど、大振りだったしイケるかなと。」


淡々と感想を語る翔平に尚も興奮した様な口ぶりで、それでもなとラングフォードは続けた。


「確かにカルザゲは大振りなんだけどよ、他の奴だと防御の上から薙ぎ倒しちまうんだよ。掠らせもしねぇ方法なんて思い付かねぇよ。」


あぁそれでか。

そう独りごちた翔平に、どういう事だ?とラングフォードは問い掛けた。


「いや、NO2って言われる割にはって思ってたんだけどさ。防御関係ない拳もってるなら、足を止めての打ち合いでは負けないんだろうなって。でもまぁ攻略は出来ると思ったし、実際出来たから良いんだけどな。」


レギーナ拳闘団のNO2を沈めた。

しかも逃げ腰と言われたデュランがだ。


そんな周りにとって驚愕する事態であるのにも関わらず、余りにも淡々と語る翔平の姿に口元を引き攣りながら自分より身体の大きな相手との戦い方を教えてくれよと翔平に語りかける。


ラングフォードも剣士なのだ。

小柄ではないが、引き出しは多い方がいい。


そう頼み込まれれば翔平も無下には出来ない。

それにラングフォードは個人的にも好印象を抱いている人物だ。


えっとな…。

と、どう説明したものかと腕を組み思案する


「カルザゲは中距離専門の固定大砲なんだよ。

見てたから分かると思うけど、機動力は皆無。

ただし近づくと大砲が飛んでくるだろ?

だから、どこまでが射程距離かを正確に把握する必要がある。

想定外だと思ったのは、顎を無警戒だった事だな。

嬉しい想定外だけどな。

それと…」


自分なりにこちらの人間に伝わる様にと、言葉を選びながら喋る翔平の後ろから掛けられた声に二人は揃って振り返った


「ちょっといいか?」


「…なんだ?」


「お嬢が呼んでる。天幕まで来てもらおうか。」


翔平が頷くと、じゃあ行くぞと前を歩き始める隊長と呼ばれた男に連れられ天幕まで辿り着いた。


中に入るとレギーナとオスカー、白髪をオールバックにした鋭い目をした体格のいい褐色の老人の3人が木で出来たイスに腰掛けた状態で翔平を迎え入れた。


「よう!デュラン!聞いたぜ〜、記憶がないんだって?大変だなぁ」


「お前はさっきの…」


陽気な笑顔を浮かべ手をヒラヒラと振ってみせるオスカーに翔平は懐疑の視線を向ける


「本当に忘れてんのな…。んじゃあ改めて、俺はオスカーだ!一応ここでは一番強ぇって言われてるぜ〜」


ニヤっと挑戦的な笑みを浮かべるオスカーに、へぇ…?と獰猛な雰囲気になる翔平。


(コイツがNO1か。さっき見た限り身長はカルザゲより少しだけ低いくらい。ガタイはいいけど無駄な筋肉はついてない感じか…。強そうだな。)


二人の間に僅かに緊張感のある空気が流れるがレギーナがそれを咎めた。


「オスカー!話しが進まないからちょっと黙ってて!…アンタもいいわね?」


レギーナの問い掛けに肩を竦めるオスカーとは対処的に翔平はオスカーから目を離さない。


「あたしが許可しない限り、同じヤーグ内での試合は認めないわ。

諦めなさい。

…それより今日の試合について聞いときたかったのよ。」


やれやれと首を振りながらも本題に入るわよ、と続けるレギーナを不満に思いながらも身体を正面へと向き直した翔平に、やっと話しが出来ると質問をぶつけた


「今日の試合…アレはどいう事?」


「アレ、とは?」


「あの戦い方よ。あんな戦い方見たこと無い。

最初は逃げてると思ったわ。

でも違った…。

いい?私はアンタが思ってるより多くの拳奴を見てきたの。

アンタみたいな小柄で華奢な拳奴が、たった5発であのカルザゲを倒すなんてあり得ないわ。」


「いやいや、いくら俺が小さいとはいえ、無警戒の顎に打ち込めば誰だって倒れるだろ?」


「やっぱり気付いてたのか!だよな!狙って撃ち込んだんだろう!」


レギーナと翔平のやり取りに興奮した面持ちで、やっぱりなー!としきりに頷くオスカーと、そうみたいねと呟くレギーナに、翔平は何の事だ?と首を傾げる。


その様子を見たレギーナは、いい?と呆れを含んだ様な視線を向けた。


「顎を撃ち抜けば、足が酔っ払ったり気絶するのは、そんなに知られてる事じゃ無いのよ。

なのにアンタは試合では当たり前の様にそれを実行して、今も当たり前の様にそう言ったわよね?

…ソレ、何で知ってるの?」


「は?」


「アンタ言ったわよね?

記憶が無いって。

なのに歴戦の戦士しか知らない様な事を知ってる。

手に巻く布の事もそうだけど、見た事も無い巻き方を、さも当然の事の様にやってたわよね?

以前のアンタが、そんなに熱心に拳闘について研究してたとは思えない。

…誰かに習ったとしか考えられないのよね。

でも、この周りには人がほとんどいないわ。

不審な人物が近づけば見張りが必ず気付くはず。

それなのに今までそういう類の報告は聞いていない。」


…どういう事?

そう言外に匂わせた視線を向けられた翔平は困惑した。


(まじか。そんな事も知られてないのかよ。偶然…は無理か、言質を取られてる。どうする…。)


翔平が困惑するのも無理は無い。


顎を殴れば脳が揺れる。

脳が揺れるから脳震盪を起こす。

だから、倒れる。


ボクシングのみならず、格闘技をしてる者にとっては、これは最早常識だ。


詳しく説明するならば、理科室にあるような骨格見本などを見ると分かる様に、頭と首がくっ付いている場所は頭蓋骨の真ん中あたりになる。


つまり、頭は頭蓋骨の中心辺りで

首の骨の上に乗っかってる、と言い換えれる事も出来る。


その為、中心から遠いところに衝撃を与えるほど、てこの原理で揺れ幅が大きくなる。


脳は人体の他の部分と一緒で、水分を多く含む事により、周りが大きく揺れれば当然中で細かく揺れてしまう。

これが脳震盪につながる訳だ。


しかし、こちらの世界の医療技術はそこまで発達している訳ではない。

従って地球では当たり前の顎を叩けば脳が揺れるという事実も、あまり知られていないのだ。


それでも長年、拳奴を続けていればそういった場面に遭遇、または体感する。

あまり知られていないのは、それが秘匿技術扱いだからだ。


拳奴は強ければ強い程に人気がでる。

当然、相手は弱いに越した事はない。

ならば、この事を他の者に教えるのは、不利益こそあれ利益が無いのだ。


そういった背景がある為、逃げ腰のデュランが、この世界ではあまり知られていない筈の知識を有しているのは不自然であった。


先程の発言から分かる様に、このヤーグで一番強いと言われているオスカーは、その事を理解している様だが。


「…お嬢!あのな!」


「黙ってなさいラングフォード。今はデュランに聞いてるの。」


黙って言葉を発しない翔平をフォローする為に弁明しようとするラングフォードを、しかし貴方には聞いてないと黙らせるレギーナは翔平から目を離さない。


(…誤魔化しきれないか。とは言っても本当の事なんて信じられないだろうしな。…しょうがねぇか。)


「記憶は本当に無いし、拳闘については誰にも教わってない。」


「じゃあ、あの戦い方はなに?

誰かに習った以外に何があるっていうのよ?」


「それは俺にも分からない。

ただ、拳闘に関する技術とか、そういうのは何故か充分に理解している。

誰かに聞いたとかじゃない。

上手く言えないが…身体が知っていたって感じだ。

それ以上は分からない。」


「何よそれ?…じゃあアンタはよく分からないけどあんな布の巻き方が出来て、よく分からないけどカルザゲを倒せたっていうの!?

馬鹿にしないでよ!」


「そうは言ってない。

拳闘に関しては充分に理解していると言っただろう。

あの布の巻き方は必要だと思ったからやったし、カルザゲはどうしたら倒せるか分かっていたから倒せた。そこには、よく分からないという感情はない。」


「そういう事言ってるんじゃないのよ!!」


屁理屈。

翔平とてそれは理解しているが、本当の事を言った所で頭が可笑しい、または馬鹿にしてると思われるのが関の山だ。


であれば、その線で押し通す。

何を言われても知らない。

それで良いのだ。

何故なら自分の有用さは先程の試合で示したのだから、処分される事は無いと思ったからだ。


「嬢ちゃん。

その辺でいいだろ?

こりゃ何処までいっても水掛論だ。

それに、他にも言わなきゃいけない事もあるんだしな。」


お互いに絶対に譲らない。

鉄の意志さえ感じる雰囲気を見かねたオスカーが、待ったを掛けた。


「でもコイツ!」


「分かったって。そうは言ってもデュランの返事は変わらないんだろ?」


なぁ?と視線で問いかけられた翔平は、そうだなと頷く。


レギーナは、はぁ…と諦めに似た溜息を一つ吐き


「分かったわ…。

そういう事にしておきましょう。

それよりも、貴方に伝えないといけない事があるのよ。

…この場合はお願いかな?」


そう言うレギーナへ、ん?と首を傾ける翔平の態度に、まぁそうなるわよねと話しを続けるレギーナ。


「先の試合で貴方が使える拳奴だっていうのは良く分かったわ。

だから…貴方はこれから先の試合では上手く"負けなさい"。」


「は?」


「聞こえなかった?

"上手く負けなさい"って言ったのよ。」


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