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拳術士  作者: とりあたま
第一試合
4/11

4R

「ここが訓練で身体を動かす場所だ」


そう告げられ連れてこられた30m四方程ある広場を見渡せば、紐が巻きつけられた太い木の杭や、両端に拳大の岩が結ばれた鉄アレイの様な形の木の棒などがある。


(ん〜、分かってたけどサンドバッグとかは無いのな。広さはボチボチあるしシャドーする分は問題無いか…。)


「どこを使ってもいいのか?」


「あぁ見て分かると思うけど、今は休憩中だからな。邪魔にならなければ、どこを使っても構わないぜ。」


ラングフォードの言う様に広場の周りには、胡座をかいて談笑するコワモテの男達が4〜5人たむろっている。

翔平達が来た事で、何するんだ?といった奇異の目を向けていた。


「分かった。じゃあアソコの隅でやってるわ。」


そう言って翔平が指差したのは、広場の端で周りの男達から一番離れた場所だった。


「後、俺の身長くらいの長さの紐はあるか?」


「あると思うけどなんに使うんだ?」


問いかけられた言葉に怪奇な顔つきでラングフォードが返事を返すが、翔平はあるなら貸してくれと用途は伝えなかった。


(縄跳びするって言っても意味分かんねぇだろうし、説明面倒くさいからいいか。)


ちょっと待ってろ、そう言ってラングフォードは縄を取りに走り出した。

その間に翔平は、指差した端へ移動してストレッチを始める。


(この身体が何処まで動けるか分からないし、入念に伸ばしとかないとな。)


「おいデュラン!そんな隅っこでやってないで真ん中でやったらどうだ?」

「バッカ!ビビリのあいつが俺らの目の前で訓練するかよ!縮こまって隅っこでやるのがお似合いだよ!」

「ちげぇねぇ!」


(くだらねぇ…。大学のサークルの奴らのようだな)


ゲラゲラと下品な笑い声をあげて笑う男達を尻目に黙々とストレッチを続ける翔平の態度が気に食わなかったのか、男の一人が翔平に喋りかけた。


「おい黙ってねぇで何か言えや!ビビって声も出ねぇか?」


なおもゲラゲラ笑い続ける男達に、それでも翔平は無視を続ける。

そうしてる内に縄を取りにいったラングフォードが戻ってきた。


「おう、これくらいの長さで大丈夫か?」


「ありがとう。…ちょっと太いけど長さは丁度いいな。」


縄の両端を持ち中央を足で踏み長さを測った翔平はラングフォードに礼を言うと、ちょっと離れてろとラングフォードを遠ざける。


「何するんだ?」

「まぁ見てろよ。それと集中するから会話は一旦やめるぞ」


そう言い、持った縄で縄跳びを始める翔平。

トン、トン、トンと、ゆっくり始めたそれは徐々に速度を速めるが、真っ直ぐに伸びた姿勢は乱れず、リズミカルな音を刻みながら飛び続ける。


最初は曲芸でも始めるのかぁ!とヤジを飛ばしていた男達も今では食い入る様にその様を見ているのだ。


翔平に限らずある程度、ボクシングをやっている者なら当たり前の動作だが、この縄跳び(ロープワーク)はそれなりに難易度が高い。

速度を保ちながらもリズミカルにというのは素人には一朝一夕では真似など出来ないのだ。


(まじか、かなり体力が落ちてるな…。たったこれだけで、もう息が上がってる。)


始めのうちは自分のイメージ通り動く身体に満足していた翔平だが、体感でおよそ10分程で息が上がった身体に不満を覚えた。


(瞬発力はそれなりか…けど、この体力じゃ長期戦は無理だな。…アウトボクシングは出来そうにないな。)


アウトボクシング、それは相手の間合いの外を動き続けて一瞬の隙を見逃さずにカウンターを打ち込むスタイルだ。

身体の小さく華奢なデュランはなるべくこのスタイルで行くべきだったが、如何せん体力がない。

動き続けるのは無理と判断して、翔平は戦略を練り直す事にした。


(ん〜、でもスピードはあるからなぁ…シャドーでもしてみるか。)


シャドーボクシング、シャドーと言われるそれは、仮想の敵を想定し、自ら立って手足を動かす。仮想の敵からの攻撃を避けながら、パンチを繰り出すなどの攻撃をする練習方法だ。

また、自らのフォームをチェックする効果もあり、翔平は今回のシャドーは主にこちらを重視していた。


持っていた縄を投げ捨てると、両手を目の高さで構え、左手を前に右手を顎の位置におき、半身になり肩幅に足を開く。そして左足を一歩前に出し、軽く膝を曲げて、顎を引く。

いわゆるボクサーの構えだ。


だが、先達が考え抜いた上に辿り着いた洗練されたその構えは、ここの常識とはかけ離れていたらしい。


「なんだぁその構えは!そんな風に顔を庇って、やっぱりビビりだな、お前は!」


現代ボクシングでは当然のその構えをビビりと評し、下品な笑い声と共に翔平を罵る男達にはこの構えの無駄の無さが分からないのだろう。


そして翔平もそんな戯言に付き合うつもりもない。

今は来るべく試合に向けて、新たな身体の試運転をしなければいけないのだ。

練習の時から本番のつもりで。

高校時代の恩師の言葉だ。

ありきたりにとられるその言葉も、実際に行う者の意識一つで大きく成果が変わってくる。

それを身に染みる程に理解しているからこそ、この程度の挑発など反応する事は無い。


右足をグッと踏み込み、左足を擦り足で前へ動かす。

その力を利用して左手を真っ直ぐ突き出し、目の前に浮かべた仮想の敵の顎を打ち抜く。

と、同時に瞬時に左手を引きながら同じ位置に右手を真っ直ぐに打ち抜き、瞬時に元の位置に戻す。


基本となるワン・ツーの動作だ。

この時の要は真っ直ぐに打つ事、手は打ちっ放しにはしない事だ。

そして、ワン・ツーと言われるが、上級者になればなる程ワン・ツーの様なテンポでパンチを打つような事はしない。

一呼吸だ。一呼吸の間に2発を打ち終わる。

秒数にすればコンマ何秒の差だが、その差が倒す側と倒される側に直結する世界なのだ。


そしてこれまでに、何千何万何十万とパンチを繰り出しきた翔平のワン・ツーは上級者のそれだ。

ブレない軸、しっかり体重が移動され腰の入った拳は武芸に携わる者が見惚れる程の美しさを誇る。


周りの者など、気にもならないとばかりに、左・右手のストレートを繰り出し、前後左右に擦り足ながらも素早い動きを続ける翔平を、横目にラングフォードは愕然とした気持ちになっていた。


(はは…嘘だろ?これがあのデュランなのか?確かに構えは変だ。だけど隙らしい隙がみつからねぇ。それにさっきの直拳(ストレート)だ。

あれは、今まで見た中でも一番速かった。…何よりムダが無い。もしかするとカルザゲ相手にも善戦出来るか…?)


己も雇われの身とはいえ、剣術を嗜む身ならば武芸に通ずるところはあるのだろう。

見学者の中でただ一人、翔平の実力を認識したラングフォードは試合に対して活路を見いだしていた。

しかし、それすらも未だ過小評価であるのだが。


そうして、一通りの身体の試運転を終えた翔平は少し渋い表情を浮かべ、シャドーを終了した。


(自分が思っているよりパワー不足かもしれない…。スピードはある、持久力とバワーはダメダメか。…でもまぁ、これくらいなら何とかなるか。)


動いた時に感じた新しい身体の長短を確認しながら、戦略を練る。


「もう準備は終わりか?」


「あぁ、取り敢えず色々確認出来たし、そろそろ呼びに来る頃だろう。」


ラングフォードの問い掛けにストレッチをしながら答える翔平。

まさに丁度そのタイミングで翔平を呼びに兵士がこちらに向かって来ていた。


「デュラン。準備はいいか?レギーナさんが待っている。」


「あぁ、オーケーだ。案内してくれ。」


付いて来いと、歩き始めた兵士に翔平とラングフォードは駆け足で追いつくと、試合の場所へと歩き出した。


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