3R
隊長達に連れられて、柵をくぐる翔平は居心地の悪さを感じていた。
(…なんだ?えらい見られてるんだが…。何か侮られているような…)
周りから向けられる視線と、ニヤニヤと嘲笑を浮かべた顔をした、翔平と同じ様な格好をした男達。
「なぁ、なんで他の奴らは俺を見てるんだ」
堪らず赤髪の兵士(ラングフォードという名前らしい)に聞いてみた。
「あぁ…そりゃお前が訓練から逃げ出したからだろうな。ただでさせ身体が小さくて弱っちぃお前が、脱走したとなったら根性すらも無いと思われてもしょうがないだろうな。」
「あぁ、それもそうか。」
バツが悪そうな顔で翔平に告げるラングフォードの言葉を翔平はあっさりと肯定で返した。
「へぇ…」
あっさりと返されたそのセリフと、そういう事なら気にしないといった風体の翔平にラングフォードは不思議に思い、翔平を見る。
「…なんだ?」
「いや、あの"逃げ腰デュラン"が随分と変わったな、と思ってな」
あぁ…とラングフォードの言葉に、相槌を一つうち
「まぁな、俺は以前の記憶が無いからな。身に覚えの無い事で嘲笑われてもなんとも思わないよ。」
と肩を竦めて見せた。
「そんな事より"逃げ腰デュラン"ってなんだ?以前の俺はそんな風に言われてたのか?」
逃げ腰…強い者と戦う事に喜びを感じる翔平には聞き捨てならない言葉が出てきた事で、そちらへと意識をシフトする。
「ん?あぁそれな。拳奴って戦い方で渾名の様な物がつくんだよ。まぁ稀だけどな。んで、戦いの度に逃げまくるお前の事を、誰かが逃げ腰デュランって呼び始めたんだな。喜べ、しっかり定着してるぞ」
人懐こい、しかしどこか意地の悪い笑みを浮かべたラングフォードの言葉に翔平はうんざりとした様に肩を落とした。
「それ嬉しくねぇから。まぁそのうち見返すし、いいけどさ。」
と諦めた様な口調で返す。
へぇ…と先程と同じ様な呟きと、不思議な物を見た顔付きのラングフォード。
「やっぱお前変わったな。てか別人か?いや、でも顔は全く一緒だしな…。」
(おぉ、勘が鋭いなコイツ。でもまぁ異世界から転生したなんて考えつかないだろうし大丈夫か。)
と一人納得顔でラングフォードに連れられて行くと、先程遠目に見えたゲルの様なテントの前に辿り着いた。
「ほれ、レギーナさんが待ってる。中に入りな。」
(さっき言ってたお嬢って奴か…さてどうしたもんかね。)
考えたが、今はなる様にしかならないと翔平は案内されたテントの中に入っていく。
「やっと捕まったのね。デュラン、アンタどういうつもり!試合では逃げまくる、挙句ヤーグからも逃げるなんて本気で処分されたいの!!」
開口一番で翔平というかデュランに対して、怒鳴り散らす声にびっくりした翔平がそちらへと目を向け、さらにびっくりする事になる。
そこには、腕を組み頬を膨らました、私怒ってます!と顔に書いてある様な女性がいたからである。
「誰コイツ?」
思わず出た本音に翔平はしまったと口を閉ざした。
ラングフォードや隊長から聞いた話しではこの女性こそが雇い主だと気付いたからだ。
しかしそんな翔平の呟きはしっかりと彼女の耳に届いていた様で
「コイツ…コイツね。いい度胸してるわねアンタ。本気で処分について考えましょうか!」
「いや、お嬢待った!コイツ記憶失くしてるから!隊長に聞いたんでしょう?」
翔平の失礼な物言いをうけて、こめかみに青筋を浮かべた女性へラングフォードの、お前も謝れよ!という翔平へのフォローで何とか事なきを得た。
「それで?記憶を失くしたと聞いたけど、どういう事かしら?」
落ち着きを取り戻した声色で問いかけるレギーナを翔平は観察した
歳はおおよそ翔平と同じくらいだろうか?
綺麗な青い髪、活発そうな日焼けした肌をして、少しだけつり上がった目からは意志の強さを感じさせる。
身体つきはデュランの身体とさほど変わらない身長に、胸は…察して欲しい。
(雇い主ってコイツか?まじで女じゃねぇか。見た感じ大体同じくらいの歳だよな…。)
観察しながらも、問いかけに答えないのは不味いかと、翔平は何度目かになる説明を始めた。
「はい。自分が誰で、何故あの場所にいたかすら分かりません。…ただ拳闘と聞いて胸の高鳴りと興奮を覚えました。」
と、翔平は記憶喪失の説明にあえて継ぎ足した言葉を語った。
拳闘云々については、デュランがバカにされているから関係無いとはいえ、今は自分の身体なのだ。
やはり見返したいと思う気持ちもある。
「ふ〜ん?あの逃げ腰デュランが拳闘と聞いて興奮ね〜…本当に別人みたいじゃない?」
レギーナは振り返りながら後ろに控えた隊長へと語りかける
「そうですな。確かに記憶が失くなる前とは別人の様に性格が変わっております…。しかし脱走したのは事実ですし処分はどの様になさいますか?」
「待ってくれ!俺は必ず役に立つ!!だから処分はしないでくれ!」
隊長のあんまりな物言いに、黙っていられないと翔平が声をあげるとレギーナの方は感心した様に目を何度か瞬いて翔平の方へ向き直る。
「へぇ〜、役に立つね〜…そうね、処分については検討してあげてもいいわよ?」
「しかしお嬢!それでは他の者に示しがつきません!!」
「本当か⁈処分はされないんだな⁈」
隊長と翔平から同時に挙げられた声を、ただし…と遮りながらも
「条件があるわ。貴方が本当に戦えるのか見させて貰う。」
と人差し指を立てて翔平を真っ直ぐ見つめたレギーナに対して、その場にいた者は残さず困惑の表情を浮かべた
「簡単よ?私が用意した相手と戦って貰うの。…何も勝てとは言わないわ。それなりに戦える姿を見せる事。それが条件よ。」
用意した相手と戦えと聞いてラングフォードが反論をしようとした姿を見て、勝つ必要は無いと続けるレギーナの言葉に翔平は胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。
(まじか?いきなり拳闘出来るんか?これはかなり好都合だぞ。)
「…相手は誰がするんです?」
返事をしない翔平を見かねてラングフォードがレギーナへと問いかける。
どうも、世話焼きというか翔平に対してある種の同情の様な気持ちを持っているのかもしれない。
「そうね、今日ならカルザゲが手空きかしら?」
「お嬢!待ってくれ!カルザゲはウチのNO2だぞ⁉︎体格的にもデュランが善戦できる訳がない!」
(NO2?そいつは願っても無い相手だ。フォローしてくれてるラングフォードには悪いが…やらして貰う。)
「俺はソイツが相手でも構いませんよ?」
ラングフォードの言葉を遮る様に発した言葉にレギーナとラングフォードは目を丸くする。
そしてレギーナはスッと目を細めて翔平を見据えた
「本気なのね?貴方じゃ万が一にも勝てる相手じゃないわよ?もしもの時は命の保証も出来ないわ。」
「あぁ、問題無い。大体勝つ必要は無いんだろう?善戦するだけならやり様はある。」
(まぁ、勝つつもりでいくけどな)
自信に満ちた翔平の目を見たレギーナは分かったわ、と伝え
「試合は1時間後、呼びに行くからそれまでに準備をしておく事ね」
行っていいわよ?と手をヒラヒラさせる。
翔平は一度だけ浅く礼をしてテントから外へ歩き出した。
「おい!お前分かってんのか?お前が相手するカルザゲは豪腕の渾名がつくような本物の戦士なんだぞ!」
後を追いかけてきたラングフォードにそう言われて、それは重畳と言わんばかりの笑顔で返す翔平を見て、呆れたと言わんばかりのため息を漏らしたラングフォード
「はぁ〜、しょうがねぇ骨は拾ってやるから精一杯やれよ!」
そう言って握り拳を翔平の胸にトンと打ちつけた。
「ありがとな。お前いい奴だな。」
自分を心配してくれるラングフォードに対して本心からの言葉を伝えながらケラケラと笑う翔平に、別にお前の為じゃねえぞ!と続けるラングフォードを見た翔平はこれがツンデレ?という言葉をグッと堪えた。
「そんな事より、どこか身体を動かせる場所は無いか?試合前に動かしておきたい。」
翔平のその言葉に、付いて来いと返事をしたラングフォードに連れられ二人は移動を始めた、