2R
(なるほどね。大体掴めてきたぞ。)
歩き始めて2時間程だろうか?
翔平は先ほどの隊長に質問を続けていた。
その成果もあり、ある程度の情報は集まったようだ。
以下はその情報をまとめたものである。
この世界の名前:ユニウス
この国の名前:ドーラ帝国
翔平の名前:デュラン
翔平の顔:黒い髪・黒い目で幼さの残る可愛らしい顔立ち。
翔平の身体つき:小柄のやせ型
ヤーグ:拳奴を飼っている場所、グループ、組織の総称
拳奴:拳で戦う奴隷
兵士:ヤーグで雇われた護衛兼、監視役
翔平の顔について知ったのは、焦燥しきり、脂汗がうかんだ翔平を見かねた隊長が顔でも洗うか?と近くにあった小川へ寄ってくれ、顔を洗おうと小川へ顔を近づけた時に反射した自分の顔を見たからである。
(取り乱したね。誰だよコイツって言ってしまった。なんか可愛らしい顔になってるんだもんな。)
そうなのだ。
髪と目は変わらず黒いままなのだが、顔は完全に別人だった。
思わず誰だよコイツと呟いてしまったのもしょうがない程に。
しかし、それが隊長達には自分の顔も忘れてしまったのかと、憐みに似た気持ちを抱かせる事になったのだから、不幸中の幸いだった。
それに自分の本当の顔より完全にランクが上なのだから、この際気にするかと半ば投げやりな気持ちで受け入れることが出来た。
そこまで整理してふと疑問に思った事を隊長に確認する事にした。
「なぁ、拳で戦うってどういう事だ?殴り合うのか?」
「そうだ。拳闘といってな。ヤーグ同士の戦いだな。お互いが保有する拳奴を使用した1対1の対戦だ。」
隊長の答えを聞いた翔平は置かれた状況を忘れたかの様に、興奮した口ぶりで質問する。
「拳闘!?って事はボクシングか!?グローブ付けたりするのか!?」
「ボクシング?グローブなんだそれは?」
そう言われて、しまった!と思った翔平。
(やべ~、そりゃボクシングなんて言葉、地球じゃないんだからあるわけないか。ごまかせるか?)
「ボクシング?なんでそんな単語が出たんだ?自分でも分からないけど…取り敢えず拳闘って事は拳だけで勝負するってことだよな?勝敗とかルールはどうなってるんだ?」
「まだ混乱してるのか?…勝敗は基本的にどちらかが立てなくなるまでだな。稀に審判が止める場合があるが、まぁ本当に稀だ。ルールは拳のみで戦う事。目つきや金的、蹴りや投げなどは禁止だ。」
記憶が混濁しているという設定で自分が何を言ったのか分からない、という様な演技をした翔平を見た隊長は一瞬怪しげな視線を向けたが質問に答えてくれた。
(危なっ!しかし良かった。何とか誤魔化せたみたいだな。だけどまだ気になる事があるんだよな。)
誤魔化せた事に安堵しながらも、自身が気になる事を1つずつ隊長に確認していく翔平。
「殴ったらダメな個所とかはあるのか?」
「さっきも言ったが金的はダメだ。とういうか基本的に腰より下は禁止だな。あとは目を指で突く行為もな。拳で目を殴るぶんは反則にはならない。」
(まんまボクシングじゃねぇか。他はどうなってるんだ?)
「手には何か付けるのか?」
「基本的にはお前が今巻いてる布だな。後はその上から皮の手袋をつける事もある。たまに鉄の武具を拳に装備させて戦わせる悪趣味な奴もいるが、そんな事はほぼ無いと言っていい。」
(グローブは無いのか…拳を痛めない様にしないとな。)
「時間制限とかはないのか?」
「ない。基本的に勝敗が決まるまで戦うんだよ。ただし、ダラダラと長引くと観客からヤジが飛ぶぞ、そういう拳奴は人気が無くなっていく。」
「人気が無くなると何か問題でもあるのか?」
「まぁな。人気の無い拳奴は価値がないととられるんだよ。人気商売だからな、価値のない商品は処分される。」
さも当然の事のように告げられた言葉に翔平は恟然とした。
(処分って・・・。まぁ人気のない商品ならしょうがないとは思うけど、当然殺されるってことだよな。まじかおい、怖ぇよ。でも、拳闘か。強い奴が沢山いるんだろうなぁ~、戦いてぇなぁ)
処分されるという言葉の意味を理解した時は、正直に怖いと感じた翔平だが、直ぐに思考は拳闘で出会うだろう強者との戦いにシフトしていた。
有体にいえば翔平はバトル中毒なのだ。
強い相手と試合をして、さらに高みにいけると考えているからこそ、誰よりも強者との戦いを望んでいた。
地球にいた時もジムヘ練習に出かけては、プロボクサーとスパーリングを行いボコボコにするという、傍迷惑な行動を行っていたのである。
当然、自分が拳奴なのか?試合が出来るのか気になった翔平は隊長へと問いかける。
「俺はその拳奴ってやつなのか?」
「そうだな。お前は拳奴で間違いないぞ。ただ…」
そこから言いづらそうに言葉を濁した隊長は眉間にしわを寄せ難しい表情をした。
「ただ何だ?何か問題でもあるのか?」
不思議に思い隊長へ問いかけた言葉に、隊長はやはり言いづらそうに返事をした。
「あぁ、ただな…お前はその、なんだ。身体がそんなにデカくないし気もそんなに大きくないだろう?だから試合中に逃げ回ってて、雇い主にも観客にも不人気なんだよな。さらに今回の脱走といい…正直処分される可能性もある。」
その答えを聞いた翔平は一瞬思考が停止した。
しかし伝えられた事が真実ならば、これ以上に無いほどマズイ事態だ。
「…へ?…ちょ、ちょっと待て!処分って、殺されるって事か!?まてよ!俺は試合で逃げたりしないぞ!」
「あぁ、お前は記憶がないんだったよな。今お前と喋ってみて俺に臆する事もなく会話が出来てるし、以前のお前と違ってビビりとは思わないが…こればかりはな」
ウソだろ…。と嘆く翔平に同情の様な憐れんだ視線が隊長から向けられる。
(何してんだよ、デュラン…。試合で逃げるって馬鹿か。いや、っていうかこのままじゃ俺殺されるぞ。どうする、何か手はないのか。このままじゃ…)
自分が殺されると知れば正常な思考を保つ事は難しいだろう。
翔平もその例に漏れず、どうしたらとブツブツと独り言を繰り返す。
それを見た兵士の一人が可愛そうに思ったのか、隊長へ進言した。
「隊長、ビビらせすぎですよ。確かに処分される可能性も無い訳じゃないけど、お嬢ならそこまではしないでしょう。」
そう語ったのは、翔平が最初に質問をした赤髪の兵士だった。
(ん?お嬢?っていうか殺されないで済むのか?)
処分されないかもしれない。
その言葉は一人思案の中にあった翔平の意識を現実へと浮上させる。
「確かにお嬢は理不尽な処罰はしないかもしれんが、他の団員が黙ってないだろ?訓練に励んでる拳奴にも示しがつかんし、ここで甘やかすと他にも脱走者が出るぞ。」
隊長は赤髪の男の話しに理解は示しながらも、難色をしめした。
しかし、翔平からしてみれば助かる可能性を提示されたのだ、食いつかない訳にはいかない。
「なぁ?お嬢って誰だ?俺は殺されずに済むのか?」
「お嬢は俺たちレギーナ拳闘団の団長だ。生意気そうに見えるが心優しい子だよ。」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる団長の顔を見た翔平は、もしかしたら助かるかもと希望を見いだすのだった。
その後もアレもコレもと質問を続けながら歩き続けた翔平はようやく森を抜ける事が出来た。
森を抜けた翔平の目に飛び込んできたのは、見渡す限りの草原が続く地平線、そして高さのある柵に囲まれた円錐型のテントの様なものだった。
地球で言う所のモンゴルのゲルの様な建物を見た翔平は、ユニウスの文化レベルは地球より低いのかなと、推察する。
遠目に柵の中で動く人影が見える事から、先程の兵士が言った様に訓練中とやらかもしれない。
ヤーグを見つめ固まる翔平の背中を押しながら笑顔を浮かべ、赤髪の男は一言
「あれが俺達のヤーグ、レギーナ拳闘団だ」
と、どこか誇らしげに語った。