ミーティング 3R
翔平が退出した天幕の中で、顔を突き合わせて喋る4人の姿があった。
「さっきの話し、どう思う?」
レギーナが部屋の全員へ向けて問いかける。
「さっきの話しって、拳闘技術が云々ってあれか?」
オスカーの問いに一つ頷き、レギーナは続ける。
「記憶が無いのに、拳闘技術だけは覚えてて、その技術でカルザゲさえも倒してみせる。
そんな事あると思う?
…何か隠してると思うのよ。」
「儂もそう思う。
見る限りかなりの技術と、しっかりとした拳闘に対する考えを持っておるようだ。
それにアイツの話しはどこか胡散臭い。」
レギーナの言葉に賛同する様に深く頷きながら、レノックスは信用ならんと眉間に皺を寄せた。
「ん〜、確かにあの話しは俺も信用出来ねぇけどさ。
けど、それってそんな重要か?」
「え?」
「いやさ、アイツが仮に何かを隠してるとしても、ウチにとって有用なのは変わりねぇだろ?
他のヤーグのスパイって事も無いだろうしな。
そもそもウチをスパイなんかする意味がねえ。
もっと強くて、金のあるヤーグなんざ腐る程あるからな。」
俺には難しい話しは分かんねえけどさ、とおどけて見せるオスカー
「そう。そうなのよ。
そこなのよねぇ。
ウチにとっては間違いなく有用なのよ。
だから素性はハッキリさせときたいのだけれど…。」
「お主はどう思う?グリフィン。」
レノックスから話しを振られた隊長は、そうですねと顎を触りながら少し考える素振りを見せた後に、デュラン捕縛後の感じた事を喋り始めた。
「私が感じたのは、本当に記憶が無いのだろうという事です。
捕縛した際に、彼はかなり焦燥しておりました。
それに処分についての話しをした時、焦燥・困惑・怒りという感情を感じましたな。
そこから、彼には本当に以前の記憶が無いものと推測します。
拳闘の技術に関しては不明ですが…。」
グリフィンはその時の事を、思い起こす様に左上へと視線を向けながら語った。
「ふむ。そうなると、この件は一旦棚上げにして経過を監視するといった形になりますかな。」
「そうね。それが良いと思うわ。」
レノックスの問い掛けに賛同するレギーナ。
部屋を見渡すと残りの2人も異論は無いのであろう、首を縦に振り頷いてみせた。
「嬢ちゃん、そんな事よりさ!
デュランの奴に誰を指導させるか決めてるのか?」
こ難しい話しは終わりだと言わんばかりに、声に喜色を浮かべながら興味津々とオスカーはレギーナへと向き直る
「そんな事って…はぁ〜、まぁいいわ。
そうね。決めてるわよ。
あの子の条件通り3人に絞ると、
レイ・ジャック・エスピノサの3人ね。」
「そりゃまた…」
「なんと…」
レギーナの答えにオスカー、レノックスの2人は言葉をなくした。
「嬢ちゃん。そりゃ厳しいんじゃねぇか?
よりによって、あいつらかよ?
いくらデュランが優れててもそう簡単じゃねぇぞ?」
「仕方ないじゃない…。
私もどうかとは思うけどね。
他にいないのよ〜
…だってデュランよ!?
逃げ腰のデュラン!
年上の連中は絶対に言う事聞かないじゃない。
同年代はあの子達しかいないんだし…。」
イスにもたれかかる様に天を仰ぎながら、そう語るレギーナへ苦笑いをおくりながら、でもまぁとオスカーは続ける
「確かにしょうがねぇか。
それよりあの3人をそれなりに鍛える事が出来たらヤーグとしても儲けもんだ。
というより、出来るのか…?」
「才能が無いわけでは無いと思うんじゃがな。
鍛え方次第…といったところかの。」
レノックスは終始眉間に皺を寄せた表情でそう呟いた。
「そうね。
最悪育たなくてもしょうがないわ。
育てばラッキーくらいで考えておきましょう」
それより、とレギーナはオスカーへ問いかける。
「貴方から見てデュランはどうなの?
どの程度やれると思う?」
そう問われたオスカーはニヤリと口元に笑みを浮かべ、何処か興奮した様な声色で、そうだなと続ける。
「あの試合を見ただけで断定は出来ないな。
カルザゲも油断があったしな。
…ただ、相手との距離の測り方、踏み込む速さ、拳の撃ち方や組み立て方。
これは、見る限り一級品だ。
帝都でもあのクラスはそんなにいないだろうよ。
それに拳の射撃精度もかなりのもんだな。
ただ、どうにも貧弱だからな。
拳の威力は低いだろうし。
右手は使わなかったのか、使えなかったのかは分かんねぇから、まだ武器を持ってるかもしんねぇけど。
とにかく、あの身体じゃ一発貰ったら終わりだ。
まぁ早々貰う事は無いだろうけどな。」
そう評したオスカーに、レギーナは珍しい…そう感じた。
オスカーは帝都でも指折りの戦士だ。
拳奴順位というものがある。
数多の拳奴の中で強い者には順位付けがされる。
基準は帝都での試合に限られる為、以前のオスカーの様に帝都外で試合を続ける強者は当てはまらないが…
まだまだ売り込み中とはいえ、オスカーは帝都でその強さを見せ付けている。
更に本人は気にしていないが中々の男前だ。
銀色の髪、彫りが深く切れ長の目に通った鼻筋。
更には鍛え上げられ無駄の無い肉体とくれば、高貴な身分の令嬢は勿論のこと、平民にも人気が出始めている。
そう期間が空かずに拳奴順位も上位10人に食い込むだろう。
ただ、この男は何よりも拳闘馬鹿なのだ。
強い者と戦う事に喜びを覚え、興味のない相手には徹底的に無関心。
そんなオスカーが帝都の猛者以外に興味を示した。
レギーナが覚えている限りでも、そうある事では無かった。
「珍しいのね。貴方がそんなに評価するなんて。
でも、帝都でもそういないっていうのは言い過ぎじゃないかしら?」
やや棘のあるその口調から感じるのは嫉妬、だろうか?
実はレギーナ、オスカーを男として見てしまっている。
雇い主と奴隷。
先が無いようなその恋。
しかし、それも仕方ないと言えた。
早くに父親を亡くしたレギーナはレノックスと2人でヤーグを切り盛りしてきたのだ。
そんな中で徐々に頭角を現したオスカーはヤーグに利益をもたらしてくれた。
そしてその明るい性格は、経営が上手くいかず苦しんでいた自分を救ってくれたのだ。
見た目良し、性格良し、将来性良し。
まだ内面が未成熟なレギーナに惚れるなというのは無理な話しだ。
なのにこの男は拳闘にしか興味を示さない。
しかし、今はどうだ?
拳闘に関した事とはいえ、1人の男に興味を示し、その男を観察する為とはいえ、視線はあの男に釘付け…。
いい気持ちはしない。
それが本音だ。
しかし、ヤーグには間違いなく有用なのだ。
そう、自分に言い聞かせながらも棘のある事を言ってしまうのは、その若さ故か。
「まぁな。
総合的にはまだ物足りねえよ?
でも、この先は分からねえ。
ここで多くの訓練と実践を積めば化けるかもな。
それにあの試合を見ただけじゃ判断できねぇよ。」
そんな自分の気持ちも知らないで、そんな風に宣うオスカーへと否定の言葉を言おうとしたが、それは思わぬ横槍で喉の奥に飲み込まれた。
「儂も同感だ。
あの小僧は拳闘というものを良く理解している。
…あの若さでな。」
そう言ったレノックスの言葉に、その場にいる者は残さず目を丸くした。
レノックスが人を褒める事は殆どない。
また、自分にも厳しい男なのだ。
オスカーですら褒められた、認められたと感じる事はほぼ無いと言っていい。
そのレノックスが認めたとなっては、レギーナも押し黙るしか無かった。
レノックスは若かりし頃、己も拳奴として拳闘に身を置いてきた。
その功績と真面目な人柄を先代であるレギーナの父親に認められ現在の相談役の位置についたのだ。
レノックスは若い頃の自分の拳闘を思い起こす。
打たれ倒れても立ち上がり、相手を打倒する。
有進無退。
現役の頃は周りからそう評されたものだ。
有るのはただ相手へと進むのみ。
退く事など無い。
成る程、耳心地のいい言葉だ。
誇らしかった。
当時はそれが正解だと思っていたし、それしかなかった。
だがもし、もしも今の考え方であの頃に戻れるのなら、当時とは違った拳闘が出来たのでは無いか。
そう自問せずにはいられなかった。
そして見たのだ。
あの頃の自分よりも、更に若い小僧が現在の自分が理想とする、"打たれない拳闘"をしている様を。
驚嘆した。
それと同時に悔しかった。
あの小僧に出来ている事に、自分が気付いたのはいつだったか。
身体は衰え、思うように動かなくなった。
もっと時間があれば。
何度そう思ったか。
しかし、自分は現役を退いた身。
あの小僧にはまだまだ先がある。
ならば、見極めてやる。
己の考えは正しいのか。
その先があるのか。
その為には、デュランにはもっと試合をして経験を積んで貰わねばなるまい。
「兎に角。次の試合でどうなるか見てみようでは無いか。」
こんな気持ちになるのは、何時ぶりだろうか、鋭い眼差しはそのままに、口元には少しばかりの笑みが浮かんでいた。
どうも書いてて混乱してしまった。
次からは主人公一人称にしてみようかしら。汗