5.お見舞い
3歳の幼児にはちょいと厳しい坂道を、侍女さん達とお手手を繋いでぽてぽて歩く。
私達の後ろには、庭師さん一人と力仕事専門の男のお手伝いさんが二人。
力仕事専門の男のお手伝いさん二人組は、腰に剣を下げているので護衛なんだろう。いつも外出する時に、必ず付いて来る人達だった。
子供1人に対して、大人の女性二人に男性三人。
過保護過ぎる気がするけど、誘拐とか恐いのかな?一見長閑だけど、治安が良いとは限らないし。私、良い所のお嬢様だしね。
あ、庭師のおじさんは、綺麗なお花を選ぶのを手伝ってくれるそうだ。…仕事、暇なのか?
お昼ご飯を丘の上で摂るので、男性陣はピクニックセットも一緒に運んでくれている。完全に、遠足ですな。
「きれーい!」
大人の足で徒歩30分程の道のりを、子供の足に合わせて倍以上の時間をかけて登った先には、一面花の海が広がっていた。
思わず侍女さん達の手を離し、駆け出す。
カーネーションに良く似たファノベルの花の他にも、色々な種類の花が咲き乱れていた。
前世で馴染みの花もあれば、全く見たことの無い形の花もある。どれも凄く可愛いし、綺麗だ。
いつも庭園ばかりなので、フォスファの丘まで来たのは久しぶりだ。自然、一気にテンションが上がる。
侍女さん達の「そんなに走ったら、転んでしまいますよー!」の声も無視して、丘を駆け回っていたら、案の定見事に転んだ。……自分で言うのもなんだが、久々の散歩にはしゃぐ犬みたい。
流石にちょっと恥ずかしかったので、そのまま起き上がらず、ゴロゴロと地面を転がった。
一瞬で綺麗なフリフリ子供服が台無しになるが、そんなの気にしていたら3歳児なんてやってられない。子供は泥だらけに汚れるのも、大事なお仕事ですよ。
私の行動に、慌てるのは侍女さん達。悲鳴まで上げて「お嬢様、お気に入りのドレスが汚れてしまいますわ!」と、速攻で私を抱き起こして、服に付いた汚れを叩き落とす。ごめんなさい、洗濯よろしく。
侍女さん達が頑張って服の泥を払ってくれている間に、男性陣が見晴らしの一番良い場所に、ピクニックセットを設置してくれていた。
服の汚れが、侍女さん達が納得するまで落とされた所で、ランチタイムになった。
「いただきましゅ!」
ローストビーフっぽい肉と野菜が、たっぷり挟まっているサンドイッチを、小さな口いっぱいに頬張る。乳と離乳食卒業バンザイ!
西洋ファンタジーなこの世界、基本西洋風な料理で地球の世界の料理とあまり違和感無く、とても助かっている。
どちらかといえば和食派だったけど、洋食派に乗り換えても良い位に、食事はどれも美味しい。
お米もあるらしく、結構な頻度で炊いたお米も出てくるし、これがまた美味しい。もちもちしているので、品種的にジャポニカ米に近い感じ?ここだと米は野菜や惣菜感覚みたいだけど、是非主食にしたい。
それに…たまに、肉のタレとかスープが、妙に懐かしい味がするんだよね。妙に馴染み深いっていうか…?
今食べている、肉に滲みこんでいるタレも、正にそんな感じで懐かしい味がする。香草類やスパイスも効かせている所為か、この懐かしい味の正体はよく解からない。ま、美味しいから別にどうでも良いや。
よく咀嚼して、肉の味を堪能しつつ、丘から眺める景色を堪能する。そこそこ高度な位置にあるので、この辺の町を一望出来る。
眼下に広がるのは、やや無骨な城っつーか…要塞?を中心に広がる城下町。城と町から少し外れた所に、イタリアのコロッセオみたいな巨大な施設もある。……まさか、野球場とかじゃ無いよね?
………もちろん、我が家はあの立派な要塞っぽいお城です。
大商人の家フラグは、完全に消え去りました。
貴族の家か、まさかの王家フラグだけど、多分貴族だと思う。だって、城下町とか正直ちょっとしょぼいし、お手伝いさんだって皆アットホーム過ぎる。家族の他の貴族っぽい人なんて、見た事無いし。
なんにせよ、実家がお金持ちなのは有り難い。衣食住保障されてるからね。セレブ最高。
「おいちぃね!」
頬に付いたパンの欠片を、かいがいしく取ってくれている侍女さんに、ご機嫌で話しかける。
「そうですね、とっても美味しいですわねぇ」
「リルファお嬢様、冷たい檸檬水も有りますよ」
「わぁい、のむー」
茣蓙を敷いた上に座り込み、全員で一緒に食事している。雇い主と使用人って区別しないこの辺が、アットホームたる所以だ。
この家族の様な距離感が、元庶民としては大変助かっている。お貴族様の生活とか、よく解かんないもんね。
よし、食事が終わったら、いよいよお花摘みだ。頑張るぞ!
―――…はい、無事大量に収穫出来ました。
庭師のおじさんが張り切って見目の良い花を次々と園芸バサミで切って、ついでとばかりに色々な花の名前を教えてくれたりして、良い勉強にもなった。
ファノベルの花の他にも綺麗な花を色々と収穫して、ちょっと多いかなって気もしたけど、部屋も花瓶もいっぱい有るから、大丈夫だろう。…ってうわ、今の発言ちょっとセレブ!
もうちょっと遊ぶかなと、花輪が作れそうな花の一群を見つけて、そっちに駆け寄ると、急に空が曇った。正確には、私の周囲の空だけに大きな影が出来たのだ。
慌てて、その場から撤退する。もたもたしてたら、踏み潰されかねないからね。
咲き誇っている花々を蹴散らす様な風圧を巻き起こしながらフォスファの丘に降り立ったのは、金と銀の斑模様の巨大な竜―――ヴィルグリッドだ。
「ヴィルじぃ!」
風圧で吹き飛ばされてゴロゴロ転がったが、すぐに起き上がって駆け寄る。
また泥だらけ草だらけになった私に、侍女さん達の悲鳴が聞こえるが、巨大な竜に耐性はあってもそれなりに恐いらしく、決して駆け寄っては来ない。ごめんなさい、洗濯よろしくね。
いつもの様に、皆一定の距離を置いて私達のやり取りを見守っている。
蝙蝠の様な翼を優雅に折り畳んで、凶暴そうな顔を寄せてくる。巨大な足元の花は、見事にぐしゃぐしゃだ。先に摘んどいて良かった…!
『リル、散歩か?』
「うん。あのね、お母しゃまにあげりゅお花をつみにきたの」
目の前の立派な巨大雄竜は、金と銀の斑模様の綺麗な鱗を持っていたが、良く見れば所々欠けていたり、剥げている部分もあれば色褪せている部分もある。戦闘の痕なのか、何かに引き裂かれたような大きな傷だってある。
まだまだ元気そうだが、ヴィルグリッドは実は相当なお爺ちゃん竜だ。
なので私は、『ヴィルグリッド』を『ヴィル爺』と呼んでいる。
ヴィル爺も、なんだかんだと嬉しそうに私の相手をしてくれて、ラスボスな見た目と違って相当良い奴だ。
今ではすっかり、この巨大竜が大好きになっていた。
あの感動の初対面から、よくここまで仲良くなれたものだ。
「おみまいなのー。お花あげたらお母しゃま、げんきになるって!」
私の言葉に、ヴィル爺が不思議そうに首を傾げる。
『…良く解からんが、肉でも喰わせた方が元気になるんじゃないか?花は喰えないだろう』
………まぁ、ぶっちゃけそうですよね。
でも、お母様の今の状態じゃ肉類は身体が受け付けないし、逆に負担にもなる場合があるんだよ。特に人間はね。
病気の時は、滋養の有る食べ物も大事だけど、心を和ませる綺麗な花だって大事なんだよ。
基本風邪知らずの竜は、この辺の常識は持ち合わせていないらしい。
たまにこうやって、人間の言動に不思議そうに首を傾げている事がある。
「―――…んと、ヴィルじぃもおしゃんぽ?ガルじぃは?」
誤魔化す様に、逆に訊き返す。
ちなみにガル爺とは、ガルトラントという私の曾祖父で―――あの、謎の老兵さんだ。
老人とはいえ、60代後半といった感じで見た目まだまだ若いから、てっきり祖父ちゃんかと思いきや、まさかの曾祖父ちゃん。
ちなみに、「ヴィルグリッドがヴィル爺なら、ワシはガル爺じゃな!」という本人の言葉により、ガル爺呼びが決定した。『ガルトラント曾御祖父様』だとかなり長くなるので、正直助かった。
父や祖父母なんかのご親戚は、皆“お星様”になって私を見守っているそうだ。皆死んでるって事っすね。
『散歩だ。ガルは机で仕事してたから、置いてきた』
ガル爺の愛竜であるヴィル爺は、割と好き勝手に空中散歩を楽しんでいる。
普段はガル爺も一緒に、ヴィル爺の背に乗ってお散歩するんだけど、たまに待ち切れなかったり都合が合わなかったりすると、こうやって勝手にお散歩に出かけてしまう。
こうしてガル爺とヴィル爺、お母様とセラフィを見ていると、信頼や特別な絆が垣間見える。竜は愛玩動物とは明らかに違うのだ。
そんな関係を、少し羨ましく感じる。
どうやったら、自分の愛竜が持てるんだろう?竜がお貴族様の標準装備だったら、いつか自分にも相棒が出来るんだろうか。
あ、でも農家のおっちゃんも愛竜いたしなー。お手伝いさんは愛竜いないし、基準が解からん。
「お嬢様ー!そろそろ屋敷へ戻りませんと、日が暮れてしまいますー」
「あい、もうかえるー!」
侍女さんに呼びかけられ、慌てて返事する。もうそんな時間か。まだ日は高いけど、来た時みたいにゆっくり歩いて帰るから、しょうがない。
「かえるね。ヴィルじぃは?」
『もう少し、散歩する。リル、気を付けて帰れよ』
「あい。じゃーねー」
ヴィル爺に別れを告げ、侍女さん達に手を引かれながら来た道を戻る。
充分に距離が離れた所で、ヴィル爺が飛び立った。至近距離で飛び立たれていたら、風圧でまた吹き飛ばされる所だった。
巨大な竜の身体が、あっと言う間に遠ざかって豆粒の様に小さくなる。いつもながら、物凄いスピードだ。
(いつか、私もヴィル爺の背中に乗せてくれないかなぁ?)
そのいつかを想像しながら、お手伝いさん達と帰路を急ぐのだった。
なんとか日が暮れる前に我が家に帰る事が出来た私は、メインの任務である“お母様とセラフィのお見舞い”も無事に果たせた。
午前中よりも大分具合が良くなったのか、ベッドの上で上半身を起こしているお母様に、直接花束を手渡せたのだ。
セラフィもお母様のベッドのすぐ下に丸まっていて、傍に寄ると少し上体を起こし、いつもの様に私の頬をぺろんと一舐めして、猫の様にすりすりと頬を擦り寄せて来た。
「お母しゃま、おみまいのお花でしゅ」
「まぁ、リルファが摘んでくれたの?」
庭師さんが見目良く整えてくれた花束を渡すと、お母様は凄く喜んでくれた。
ただでさえ華奢なのに、痩せたのか身体の線が余計に細くなっている気がする。今にも消えてしまいそうで、凄く心配だ。
「こんど、お母しゃまもいっしょに、お花つみにいこうね」の言葉に、微笑みながら頭を撫でてくれる。
夢中になって最近の出来事を報告していると、お母様就きの侍女さんに、やんわりと退室を告げられた。
もう少しお話したかったけど、無理なお見舞いで余計具合を悪くされたら意味が無いので、素直に退く。
この辺、前世の土台があって良かったなと思う。普通の幼児だったら、きっと駄々をこねてお母様や周りを煩わせていただろう。
「リルファローゼ、愛しているわ。大好きよ」
「わたしもお母しゃま、だいしゅき!あいしてゆ!」
部屋を出る前に、名残惜しそうにぎゅっと身体を抱き締めて囁いてくれたお母様に、小さな両腕で抱き返して全力で応える。
いきなり転生して最初は戸惑ったけど、今では前世の親や家族と同じ位、大切で大好きな人だ。
もちろん、他の家族―――セラフィ、ガル爺、ヴィル爺も同じ位大切で大好き。
「また、おみまいしゅるね」
私のこの言葉は、結局果たされる事は無かった。
――――お母様とセラフィーリラが死んだのは、このお見舞いから三日後の事だった。




