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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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33.初めての休日~唄う仔竜亭~



 それからすぐ、立ち話も何なので二人がよく行くという下町の食堂へと案内して貰った。

 丁度、竜騎兵見習いの二人は半日休みの日だったそうだ。

 訓練終わりにいつもの食堂へ行こうと町へ繰り出したところで、ナンパ男たちに絡まれている私を助けたという次第だ。


「――ここだぜ。お、今日はまだ空いてるな」


 大通りから遠く、少し入り組んだ下町の方に目当ての食堂――“唄う仔竜亭”はあった。

 若干こじんまりとした佇まいだが寂れた様子はなく、下町特有の活気に溢れている。

 夕飯にはまだ早い時間帯だからか、店の中はぽつぽつと何人かの客がいるだけだった。


「こ、これは……!」


 店内にほんのりと漂う、味噌と醤油の馴染み深い匂いについ反応してしまう。


「あ、気付いた? ここの店主、東の辺境領(ヴァリエーレ)出身なんだって」


 ここ数年で出来た食堂兼宿屋だそうで、東の辺境領出身者が主に利用しているそうだ。ジャイルとスゥネも匂いに釣られて入って以来、食堂の常連らしい。


「故郷の味……懐かしいよなぁ」

「うん、定期的に来たくなるよね」


 ジャイルとスゥネは望郷の念にかられているのか、うんうんと感慨深そうに頷き合っている。

 私はまだ王都に来てそんなに経ってないから、懐かしいって程でもないけどね。

 それに醤油と味噌をしこたま抱え込んで王都に来たので、ホームシックにかかるにはまだまだ遠そうだけど……まぁ気持ちは分かる。


「おう、いらっしゃい……って、何だジャイル、今日は女連れかぁ?」


「どっちの彼女だよ。生意気だぞー」と、店員の青年が気さくにジャイルたちに話しかけてくる。

 本当に、二人とも足繁く通っているようだ。


「彼女じゃねーよっ!」


 全力で否定するジャイルに、店員どころか店内の客までも「あーはいはい」と、生温い笑顔をこちらに向けてきた。

 こうもリアクションがいいと、こういう場では玩具にされるだけだよなぁ。


「同じ村の……お、幼馴染みだ」

「ほー、あんな東の果ての村から、はるばるジャイルに会いに来たと」

「ひゅー、やるねぇ!」

「ちーがーうっ! 偶然そこでばったり会っただけだって! ……だよな?」


 まさか本当に遙々自分たちに会いに来たわけじゃないだろうなと、確認される。


「あー、うん。本当にただの偶然だから」

「この広い王都で会うとか、結構凄い偶然だよね。……まぁ、近々会えるかもとは思ってたけど」


「最近、女性竜騎士見習いになった人が、東の辺境領出身って噂を聞いたらねぇ……」と、意味深な笑みを私に向けながら、小声で呟いたスゥネの言葉に、「なるほど」と頷くしかなかった。

 やっぱりスゥネも、私が竜騎士見習いになったの知ってたか。


「あれ、じゃあジャイルは?」

「ん、何の話だ? それよりお前、何で王都にいるんだよ。商会の下準備か?」


 あーうん、こいつは全くもって知らないのね。

「噂を聞いて、いつ気付くかなーって思ってたら……ずっと気付かなかったよ」と、スゥネが笑いをこらえながら耳打ちしてきた。ジャイルもスゥネも、中身は全く変わってないな。

 ……面白そうだから、私も気付くまで黙っていようっと。


「商会は他に任せて、私は休止中。……ちょっと人生設計大幅に狂って、しばらく王都にいるハメになったの」

「何だそれ! まぁいいや。とりあえず何か頼もうぜ。今日はリルファの分はオレ様が奢ってやるよ!」


 ドヤ顔でジャイルが宣言する。

 完全に調子に乗ってるな。こいつ、気が付いたら破産してそうで心配になってくる。

 まぁ、一杯くらいならありがたく奢って貰おうかな。




「ちわーっす。……竜持ち四人で軽く食べたいんだけど、大丈夫?」


 次々と唄う仔竜亭に入ってきた四人は、ラディルアーシュ、アルシェルーク、ダリュングレット、フェイルリートという、お馴染みの竜騎士見習いの先輩たちだった。


「あれ?」

「……よぉ。奇遇だなー」


 大通りにある有名店でなく、こんな入り組んだ路地にある店で遭遇するなんて、これまた凄い偶然だ。やっぱり世間って狭いな。


「今日休みなのに、もしかして皆ずっと一緒だったの?」

「うっせぇ。好きで一緒にいるわけじゃねぇよ!」


 あんだけ毎日一緒にいるのに……仲良いなぁと、生温い視線を先輩たちに向けると、こっちの考えていることが分かったのか、アルシェが「俺たちの苦労も知らないで!」と、噛みついてきた。

 何なんだよ。そんなの私が知るわけないでしょうが。


「いらっしゃいませー。四名様ですかぁ……少々お待ち下さい」


 店主は、すぐに店の奥に食材の在庫確認に向かった。

 すでに三人も店内に竜持ちがいるのに、これ以上増えたら食料の在庫が心配になってくるだろうから、当然だろう。

 ちなみに、私が竜持ちだっていうのは、入店の時にスゥネがこっそりと店主に申告してくれたらしい。

 そして竜持ちの「軽く食べたい」という言葉ほど、当てにならない言葉は無い。


「竜持ち様用の大皿料理、お一人様一品ずつならなんとか提供できそうですね」

「やったー」

「よろしければ、この辺の机くっつけましょうか?」

「あ、自分らでやるんで大丈夫でーす。……ってことで、一緒してもいいか?」


 入ってくるなり会話していた私たちを見た店主が、席の合体を勧めてくれた。

 竜騎士見習いと竜騎兵見習いではほとんど接点がないので、当然私以外は初対面同士だったけど、同年代の気安さもあり「おう、リルファの知り合いか? なら一緒に飲もうぜ」というジャイルの返事で、急遽新人竜持ち七人による飲み会になった。


 ちゃっちゃと皆で机を三つほど合体させ、なんとか人数分の大皿料理が並べられそうなスペースを確保する。

 椅子や机を動かしつつ、初対面同士軽く自己紹介をすませたのだが、ジャイルは相変わらず呑気に「オレはジャイルトーアンだ。よろしくな!」と私たちが竜騎士見習いなのには気付いていない様子だ。

 竜騎兵団は規模が大きく、王都でもいくつかの支部に別れているので、自分とは別の所属支部の竜騎兵見習いとでも思っているのかもしれない。

 これは私が竜持ちになったのも、きっとまだ気付いてないな。

 私と見習いたちは、貴族つながりの知り合いだろうとか勝手に思いこんでそうだ。細かいことを気にしないにも、ほどがあるぞ。

 四人組の正体を察したスゥネが、あちゃーって表情でジャイルを見ているけど、教えてやる気はないらしい。うん、これは黙っていた方が後々楽しいよね。

 皆も、自分から大型竜持ちの竜騎士見習いだと言う気はないのか、特に何も言わず同年代の竜持ち仲間として気さくに接している。

 まぁ、必要に迫られない限りは言わないのが普通かな。

 わざわざ竜騎士ですって申告するのって「俺は超エリート様なんだぜ」って言っているようなものね。

 上下関係でいうなら、竜騎士の方が一介の竜騎兵より格段に上だし、いざという時に指揮をとるのも、竜騎士の方だ。いわば、上司と部下。

 せっかく仲良くなれそうなのに、それで態度を変えられたりってのも嫌だもの。

 まぁ、ジャイルたちは身分がどうのとかは全然大丈夫だろうけど。それだったら、とっくに貴族のお嬢様である私に対しての態度が、もっと改まっているはずだ。




「さて、何にしようかな~?」


 メニュー表をめくると、王都の定番料理が数品の他は、東の辺境領の最新人気料理がずらりと並んでいた。

 え、えぇ?! 私が目指していたお店が、城下町のちょい外れとはいえ、もう出店していた……?

 これは素晴らしい!


「……見たことない料理が多いな」

「味の想像がつかないんだけど」


 先輩竜騎士たちが、メニューを見て首を傾げている。

 大半がここ数年で出来た東の辺境領の創作料理だから、知らないのも当然か。

 ジャイルやスゥネと一緒に、簡単にお勧め料理の説明をしていく。


「へー、東の辺境領って珍しい料理が多いんだな」

「まぁ王都なら、味噌と醤油で味付ければ、だいたい珍しい料理になるんじゃね?」

「またジャイル、身も蓋もないことを……オムライスとか、味噌と醤油を使ってないのもあるじゃん」

「味噌と醤油なら、リルファのせいでちょっと慣れたぜ」


 ここ最近、夜食に焼きおにぎりとか色々食べさせてたお陰で、味噌と醤油に多少の耐性がついたようだ。

 ちなみに、味噌汁は「……まぁ食べ慣れれば、美味しいんじゃないか?」と、いまいち微妙な反応だったが、味噌や醤油をたっぷりと塗った焼きおにぎりは、どっちも好評だった。


「何さ、最高に美味しいじゃん。でもまぁ、味噌も醤油もそんなに慣れてないなら、やっぱオムライスあたりが食べやすいんじゃないかな?」

「醤油味の唐揚げとかなら、良いんじゃないか?」

「あー、それは鉄板だね」


 あーでもないこーでもないとやり合いながら、メニューを決めていく。

 同年代の見習い同士ということもあってか、幼馴染みたちも先輩たちも、こっちが気遣う間もなくあっさりと仲良くなっていた。


「あ、今度の竜騎士団との合同訓練って、お前らも行くのか?」

「……あー、俺らは全員行くんじゃないかな」

「マジか! 俺たちも今年は選抜に残れそうなんだ。そん時はよろしくな」

「おう」


 そういえば、二、三ヶ月後に年に一度ある竜騎士見習いと竜騎兵見習いの合同訓練だとか教官たちが言ってたっけ。

 確か、小型・中型・大型竜で長距離の飛行訓練して、そのまま何日か竜騎士団が所有する野山で野宿……だったかな?

 竜騎兵見習いは数が多いので、選抜試験を突破した者だけが参加して、竜騎士見習いは問答無用で全員参加だそうだ。

 つまり、それまでには長距離飛行をマスターしとかなきゃいけないってことか。うわー、大変そう。

 それより、去年唯一合同訓練に参加した最年長のラディルが、この話題になってから滅茶苦茶テンション低くなってるのが気になる。っていうか、もうすでに目が死んでるし。

 去年、一体何があったんだろう。

 ……なんだか、ひたすら嫌な予感しかしないんですけど。


「リルファ、さっきから竜持ちの話題ばっかで悪ぃな。合同訓練に行ったら、なんか珍しい薬草とか土産に採ってきてやるよ」

「……わー、楽しみー」


 ジャイルよ、まだ気づいてないんかい。

 竜持ち専用の大皿料理、私の分も普通に頼んでるのに……。

 これは、合同訓練まで気づかないだろうな。大丈夫か?

 スゥネにこっそり目線を送ると『面白いから、そのままで』と視線とジェスチャーを返してきた。

 ……うん。合同訓練当日が、楽しみだなー。


 とうとうこの日ジャイルは、私たちが竜騎士見習いだということに最後まで気づかぬまま見習い同士意気投合し、また休みの日に皆で一緒に飲む約束までしていた。

 これでなんだかんだで、世渡り上手なんだよなぁ。

 まぁとにかく、料理も期待通りに美味しくて最高だった。


 魔法道具屋に初ナンパと、懐かしい再会からの飲み会……色々と盛りだくさんの、初めての休日だった。




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[一言] まだ筆をおらず続きを… 読み返しながら楽しみにしております
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