33.初めての休日~準備は万端~
朝一番の稽古を終え、外の天気が変わらず晴天なのを確認して、鼻歌交じりに支度を始めた。
今日の服装は竜騎士見習いの制服ではなく、ファンドルク村にいた頃によく着ていた動き易い普段着だ。
侍女さんに手伝って貰わないと着れないような、面倒な作りのドレスとは違うので、手際よく一人で着替えていく。
うん。久々に着るけど、やっぱりこの服が一番しっくりくるな。
服と統一感が出る、可愛らしい青いリボンを髪に結べば完成だ。
「服装よーし、許可証よーし、お金よーし……」
忘れ物がないか、一つ一つ確認していく。
今日は、待ちに待った初めての休暇。
色々やりたいことはあるけれど、とりあえずは王都の城下町を一通り見て廻る予定なのだ。
基本的に竜騎士見習いが丸一日休めるのは、十日に一度しかない貴重な休暇だ。
思う存分、悔いのないよう楽しみたい。
「――で、お前は一体どこの田舎娘だよ」
まずは朝食だと食堂へ向かえば、私の姿を見たアルシェルークが開口一番突っ込んできた。
見習い全員休みなので、皆普段は見ない私服姿だ。
「東の辺境領、ヴァリエーレのはずれにあるファンドルク村ですが、何か?」
村じゃ、どこか牧歌的なこの服が一般的な村娘の服装だ。
野良着とまではいかないけれど、動き易くて丈夫で多少汚れても平気な田舎の普段着の良さは、お洒落重視の都会っ子たちには分かるまい。
「もしかしてその格好で外へ行くの?」
「もちろん。貴族のお嬢様の服だと、一人で城下町とか行けないでしょ」
王都リザ・リューゲルは、国の中枢だけあって治安はかなり良いそうだ。
だが、どこにでも悪人はいるものだ。
王都の城下町でもちょっと大通りを外れるだけで、いかがわしい夜のお店なんかが並んでいる治安の悪い区画もあるとか。
むしろ、都会だからこそ怪しいお店や悪い人間も集まっていると言うべきか。
そんな中で上等な服を着た、見るからに金持ちそうな家の娘が供も付けずに一人でうろついていれば、その辺の破落戸に誘拐して下さいと言っているようなものだろう。
最強のボディーガードにもなる愛竜が一緒なら話はまた別なんだけど、残念ながら街中を連れて歩けるのは小型竜だけだ。うちの璃皇くんって、気軽に町中を連れ回せないサイズなんだよね……。
そんなわけで、余計なもめ事を起こさないためにも、多少田舎っぽかろうが庶民の服を着て行くのが一番平和的方法なのだ。
「まぁ、それもそうなんだけど……」
微妙な表情の先輩見習いたちに、段々不安になってくる。
もしかして、すっごくダサくて流行遅れだったりする……?
うーん、ファンドルク村ならちょっとお洒落な部類に入る極々一般的な服装だと思うけど、都会で着て歩いたら笑われるレベルなんだろうか。
「この服、そんなに変?」
一気に不安になってきた。
見習いの中でも優しそうなダリュングレットに、ぐいっと詰め寄る。
「えーっと、変ではないけど何ていうか……」
「おう、そういやチビ共は今日休みだったか!」
何か言おうとしていたダリュングレットを遮って、フェオンラガン教官とジェリオウィーザ教官たちが、どかどかとやって来た。
「買い物か? その格好なら、どっから見ても竜持ちには見えねぇな」
「はい。……私の服、変じゃないですか?」
「よく似合ってるぞ。可愛い村娘さんだなー」
何故だか見習い連中には今一不評みたいだけど、教官たちがきっぱりとそう言うなら何も問題ないかな。
とりあえず安心して、朝食のサンドイッチにかじりついた。
「もう外出の許可証は貰ったか?」
「もちろん、頂きました」
竜騎兵団・竜騎士団の寮に住んでいる竜持ちたちは例外なく、外出の際どこへ行くのか大体の場所と帰宅時間を事前に申請して、許可証を貰わなければならない。
何かトラブルが起きた時に対処し易いようにと申請が必要なだけで、愛竜を連れずに人間単体で近くの城下町に行く程度なら、門番の詰め所で簡単な申請をすれば、即許可証を発行してくれる。
今回は初めての休日なので、事前に申請してみたのだ。
「よし。金はちゃんと銀貨や銅貨に崩してるか?」
「はい、ばっちりです」
特に買う物は決めていないが、そこそこの銀貨と銅貨は財布に入っている。
城下町の市場やお店で金貨なんて使ったら、釣り銭がないと言われてしまうだろうし、庶民の服装を着ている意味がない。
それ以前に私の場合、金貨なんて大金怖くて持ち歩きたくないだけなんだけど。
「いいか、屋台の飯が美味いからって、同じの全部買い占めるんじゃねぇぞ。おかわりも、時間をおいてからにしとけよ」
「食堂は、屋号に“竜”か“龍”が入ってるところじゃなきゃ駄目だからなー」
「はーい」
朝ご飯をもりもり食べながらする話でもないけど、教官たちによる町歩き注意事項に、素直に頷いておく。
過去の竜持ちたちが散々やらかした結果、色々とこういったルールが出来たそうだ。
なんとも残念な注意事項だ。
「揚げ物なら“踊る赤竜亭”か“お喋り黄竜亭”がお勧めだぞ」
「煮込み料理だったら“眠る黒龍亭”が一番かな」
次々と飛び出す教官たちのお勧めグルメ情報に、ふむふむと頷く。
お店を見かけたら、入ってみようかな。
ついでに、女の子が好みそうなお洒落な小物雑貨屋の場所を聞いてみたら、とたんに教官二人の口が重くなった。
「……すまん。全然知らない」
「でも武器屋なら、良い店色々知ってるぞ」と、自信を持って言われた。ですよねー。
エルトおじ様とかに訊けば、女子好みのお店を色々調べて連れて行ってくれそうだけど、初めての休暇に保護者同伴とか何か嫌だな。そもそも、おじ様が今日暇かどうかも知らないし。
やっぱり、今日は自由気ままに見て廻りたい。
「ね、今日は小物中心に見て廻るの?」
「小物も見たいけど、市場とかも色々見たいかな」
今日は適当に城下町の辺りをぷらぷらと歩き廻る、完全いきあたりばったりコースだ。
「ふぅん、城下町ってかなり広いから、目標定めた方が効率的だよ」
ダリュンがサラダをつつきながら、市場や商店が連なっている通りの場所を教えてくれた。ありがたい。
そういやダリュンって、王都にある商家のお坊ちゃんだっけ。流石、地元っ子だ。
「うーん、とりあえず全体ざっと見て廻って……小物とーお菓子とー市場の食べ物とー」
チェックしておきたい物を指折り数えていく。
こうして改めて羅列してみると、次から次に見たい物が増えていくな。
まぁ初めての王都散策なんだし、しょうがないよね。なんだかワクワクしてきた。
今日だけで全部廻りきるのはまず無理だろうけど、出来るだけ色々見て廻りたいな。
「……あ、服屋も見たいな! 特に下着の予備が欲しいんだよねぇ」
愛竜に全身涎まみれにされたり、訓練とかで地面を転がり回って泥だらけになったりと、一日に何度も下着まで取り替えるハメになることが、予想外に多かった。
制服の替えはいっぱいあるからいいけれど、下着の方は若干心許ない。
予備は、多ければ多いほどいいだろう。
後、都会のファッションチェックもしておきたいな。今日の服装は微妙っぽいしね。
……うーん、やっぱり服は絶対に何着か買っておかなきゃダメかも?
「へ、へぇ……気に入った店が見つかるといいね。でも変な裏通りとか、行っちゃ駄目だよ」
「うん!」
リリシズが王都に来るまでには、食事でも服でも何か一軒くらいはお勧めのお店を発見しておきたいな。
「璃皇ー、大人しくお留守番しててよ」
外へ出る前に、その辺で寝そべっていた璃皇に声をかけた。
眠いのか『んー』と、気のない返事をする璃皇。このまま、日向ぼっこをしながら昼寝でもするんだろうな。
それはそれで、羨ましい休暇の過ごし方だ。
遠目には、竜騎士たちが自分の愛竜の身体を豪快に洗ったり、せっせと鱗を磨いたりする姿があった。
うちの璃皇も、近々洗ってみようかな。
「起きて私がいなくても、ここでじっとしててね。璃皇は街まで行けないんだからね」
『ぅんん、分かったー』
長時間璃皇のそばを離れるのは初めての事なので、ちょっと心配だ。一応、門限よりは少し早めに帰るつもりだけど。
ガル爺とヴィル爺みたいに、それぞれ別行動していても常に落ち着いているっていうのが、私としては理想的な関係なので、これも訓練だ。
昨夜のうちに璃皇を構い倒しておいたので、今日はしばらく放っておいても多分大丈夫だろう。
長距離飛行の訓練が始まれば、休日に愛竜と一緒に遠出の許可も下りるようになるので、そうしたら一緒に色々な所に出かけられる。
それまでもうしばらく休日は、竜騎士団の敷地内でゴロゴロしていて貰うしかない。
べろんと舐められないように気を付けながら、璃皇の鼻面辺りを撫でてやる。
「じゃ、ちょっと行ってくるねー」
『……ぐふぅ、いってらぁー』
半分夢の世界の住人になりつつある璃皇に見送られて、城下町へと出発した。
「……なぁ、リルファのあの格好ってさぁ」
「完全に田舎の村娘だったな」
「昨日田舎から上京して来ました! って雰囲気バリバリだったね」
「あの格好、馴染み過ぎだろ。大型の竜持ち貴族の令嬢とは誰も思わないだろうな」
「んー、だからこそ問題っていうか……」
「何でだ?」
「あんな、上京したてで右も左も分かりませんって感じの子が、治安のよろしくない裏通りとかウロウロしてたらさ、別の種類の悪い人とか引っかけるよね」
「……引っかけるな」
「一応、裏通りに行くなとは言ったけどさ……」
「まぁ、気がついたら迷い込んでそうだな」
「田舎娘を騙す軟派男とかー」
「カモにしか見えないだろうな」
「ヤバいねー」
「…………ヤバいなー」




