32.夜会の余興・後編
「――リルファローゼ嬢、もう竜騎士団での生活は、慣れたかの?」
嵐のような二人が去ったと思ったら、いつの間にか気配もなく近くにやって来た国王陛下に声をかけられた。
謁見式では威厳に溢れていた陛下は、今は優しげに微笑みながら気さくに話しかけて下さった。
「……はい。寮生活には大分慣れましたが、魔法の方はまだまだ慣れそうにないです」
「ははは、そうかそうか。……魔法は日々の積み重ねが大事だから、気長に練習しなさい」
しみじみとそう言われると、素直に頷くしかない。超ベテラン龍術師に言われると、重みが違うわ。
陛下と座学について談笑していると、きょろきょろと広間を見回していた竜騎士の一人が陛下に話かけてきた。
「陛下ー、殿下は何処にいるんすか?」
「今日はまだ見ていないから、まだ竜騎士団の方にいるかものぅ」
一国の王に対して気さく過ぎる態度だが、陛下も気にする様子もなくこれまた気さくに竜騎士に答えていた。この国の王侯貴族の上下関係って、実はかなり緩いみたいだ。
庶民出身だろうが貴族や王族出身だろうが、竜騎士団で同じ釜の飯を食った仲って感じになってしまうのかもしれない。
確かに、あの餓死するかのような絶望的な空腹感を味わった仲間だと思えば、どんな人でも親近感が湧いてしまう。
今夜はちゃんとした夜会といっても、竜持ちの貴族だけの身内しかいない空間だからこんなに緩みきった態度なのだろう。一般の目がある正式な式典とかでは、きちっと対応していれば問題ないってやつかな。
「殿下まだ竜騎士団っすかー。俺、帰ってきた殿下にまだ挨拶してないんすよ」
……あ、やっぱり問題ありそう。
竜騎士の後ろの方にいる龍術師っぽい人のこめかみがピクピクしてる。
それなりの礼儀は、わきまえた方がよさそうだ。
「――呼びました?」
「ひぃっ」
いきなり耳元で美声が響き、全身がぞわっとなった。
速攻で後ろを振り向くと、真後ろに夜会用の豪奢な衣装を着たレイオリュエル王太子殿下の姿があった。何で、よりによって私の真後ろにっ!
気配もなく現れるの、心臓に悪いから本当にやめて欲しい。全身に立った鳥肌が、まだ治まらない……。
「おや、リルファローゼ嬢ともう会っておったのか?」
「ええ、二人で有意義な朝を過ごした仲です」
微妙な意味深発言はやめて下さいよ殿下っ!
色気たっぷりと訳あり気な視線を含ませてのその発言は、変な意味にとられかねない。
実際は、朝練で一方的にボロボロにされただけなのに。
抗議の視線を送るが、楽しそうな微笑み一つで流されてしまった。
完全に、からかわれている……!
レイオ殿下の登場により、一気に沸く広間。
周囲の注目が、一気にこちらに集まった。やっぱり、殿下って人気あるんだな。
三日前の飲み会不参加だったと思わしき竜騎士たちが、次々と軽い挨拶をしていくのを、殿下は機嫌よく笑顔で応じていた。
普通にしていれば、優しげで麗しく才気溢れる、理想的な王太子様なんだけどな……。
そろそろ私、ここから退場したいんだけど……目の前に陛下、真横に殿下がいて逃げられそうにない。誰か助けて。
いたたまれない様子の私に気を使ったのか「あー、何の話だったかの」と、陛下がマイペースに先ほどの会話を再開して下さったので、この場を去るタイミングを完全に逸してしまった。
「……そういえば、リルファローゼ嬢は、火属性の魔法に適性があるとか」
「あー、はい。そうみたいですねぇ」
あれから色々な属性魔法も、諦めずに少しずつ試してはいるが、火属性以上に相性が良さそうな属性魔法は一向に現れる気配がない。
多分私、風属性と火属性以外の魔法は、適性がないんだろうな。
「何でも、焔の色が青いそうですね」
私と陛下の会話に、レイオ殿下が加わる。
流石は竜騎士団団長。見習いの事とはいえ、きっちりと情報を把握しているようだ。
殿下の言葉を聞き、陛下が興味深そうに目を細めた。
「ほぅ、中々に珍しい。それは是非とも見ておきたいの」
「私もです。……けれど、後日改めて時間を作って訓練を視察となると、一体いつになるやら」
片頬に手を当て憂い顔をする殿下に、同じく多忙な陛下も難しい顔をする。
「最悪、何ヶ月も先になりそうじゃな。……ふむ、そうじゃ」
ふと窓の外を見た陛下が、つと庭園の方を指さした。
あ、何か嫌な予感が……。
「あの辺の木、燃してみ?」
とんでもない無茶振りが来た。
レイオ殿下まで「……ああ、あの辺なら果樹じゃないから問題ないですね」と、頷かれた。
「い、いやいやいや流石に王城の木を燃やすのはまずいでしょう!」
「大丈夫ですよ。陛下が言い出したんですから、庭師や近衛に怒られるのは陛下です」
怒られる程度で済むようなことじゃないと思うんですけど!
もしやらかしたら、速攻で牢獄行きだろう。下手すりゃ反逆罪とかで処刑ものだ。
っていうか、殿下ってば今さらっと全責任を陛下に押しつけたな……。
陛下も、一瞬うっと顔をひきつらせたが「甘んじて、怒られよう」と、全てを受け入れる態勢になった。息子に甘いよ、陛下……!
「ほらほら、国王命令ですよ。命令無視する気ですか?」
「で、でもっ、まだまだ魔法初心者なので、狙い通りに木を燃やせるかどうか……。ほら、お城とか燃やしちゃうかもですし」
威力だけは無駄にあるノーコン魔法なので、木を燃やそうと狙いを定めても、うっかり何を燃やしてしまうか自分でも分からない。無駄な自然破壊も、趣味じゃない。
それなのに殿下は、それはもう輝かんばかりの笑顔で「大丈夫です」と宣った。
「目の前に、超一流の龍術師が二人もいるんですよ」
確かに、これ以上はないほどの超一流龍術師なんだけど……国のトップ二人がこんなんで、果たしてこの国は大丈夫なのだろうか。
「それに……ほら、こんなに多くの龍術師たちが見守っているんです。どんなに力が暴走したって、あの木以外に被害は出しませんよ。消火の方もばっちりです」
殿下が示した後方を見れば、騒ぎを聞きつけた会場内の龍術師たちが、ずらりと集合していた。
龍術師も、呆れ顔の人や興味深そうに見物する気満々な人、額に青筋を立てて今にもブチ切れそうな人など反応は様々だった。ついでに、わくわく顔の竜騎士も何人か集団に混ざっていた。
その龍術師集団の中に、エルトおじ様の姿を認めたが……おじ様、目が死んだ魚のようになってるよ。
エルトおじ様は私と目が合うと、全てを諦めた表情でゆっくりと頷いた。
これは「いいから、大人しく従いなさい」ってことですね。
もうこうなったら、腹をくくるしかない。長い物には、巻かれておきましょう。
いつもの訓練通りに心を落ち着かせ、掌に魔力を集中させる。
「……では、行きます」
庭園の木が一本丸ごと青白い焔に包まれるという余興に、その日の夜会は大いに盛り上がったのだった。




