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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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31.いつもと違う朝・後編



 爽やかな朝に突然現れた、朝帰りのホストこと龍術師の酔っ払いお兄さん。

 何を思ったのか、予備にと持ってきておいた私の木刀を拾い上げて、片手で軽く素振りをしだした。

 もちろん、もう片方の手にはまだ高級酒瓶を握っている。


「――さて、一戦どうです?」


 お兄さんは軟らかく微笑みながら、こちらに小首をかしげてお誘いをかけてきた。マジかよ。

「どうです?」って訊いているわりには、こっちが断るとは思ってもなさそうな雰囲気だ。拒否権無しですか。

 酔っ払いを相手にするのは嫌なんだけど、断るのも何か怖いな……これも絡み酒の一種なのかな?

 うーん……適当に相手して、最悪気絶でもさせてその辺転がしておけばいいか。

 龍術師って中々手合わせする機会がないから、エルトおじ様の剣筋しか知らないし、興味があった。酔っ払いだけど、この際しょうがないか。

 そう安易に考えて、「お手柔らかにお願いしまーす」と気楽に引き受けてしまった自分を、すぐにぶん殴りたくなる程後悔する事となった。



「す……すみません、参りました」


 完全に舐めてかかっていましたと、土下座でもして許しを請いたい。

 酔っ払いの動きじゃねえぇぇぇ!

 反応するのがやっとの攻撃の連続に、とうとう降参の声を上げた。

 この人、力加減が滅茶苦茶上手い上に、剣の腕前も超一流だ。

 攻撃も素早くて正確で、こっちが一瞬の隙をついて木刀が折れる覚悟で反撃しても、軽くいなされて返り討ちにあう始末。っていうか、一瞬の隙がそもそも相手の用意した罠だよねコレ。

 互いの木刀を折らない絶妙な力加減で繰り出してくるので、凄くやっかいな相手だ。

 結局、最初から最後まで完全に相手のペースで、翻弄され続けてしまった。

 いつも木刀や木剣が折れて、これからってところで中断されたり強制終了してしまうんだけど、相手次第ではこうも違うのか。

 他の人とも、木刀が折れなかったらこんな打ち合いが出来るといいのだけど。力加減って、本当に大事なんだな。

 エルトおじ様も力加減が上手いから結構長く打ち合えるけど、最終的にはどちらかの得物が折れてしまう事が多かった。

 この世界のどこかに、耐久力MAXの伝説の木刀とかないかな……。


「もうですか? まだまだ遊び足りないのですが」


 お兄さんが不思議そうに首を傾げるが、これ以上は無理です。もう、勘弁して下さい。

 何だかんだと凄く勉強になったけど、朝一でやる試合じゃないよね。

 まだ朝食前だっていうのに、すでにクタクタだよ!

 この状態でこれから座学とか……うわ、絶対に寝ちゃいそう。

 幼少から野山を駆け回っていたから、体力には結構自信あったのに……おかしい。

 そして何よりおかしいのが、こっちが疲労困憊で死にそうになっているのに、顔色一つ変えずに微笑みを浮かべ続けている龍術師のお兄さんだ。

 そういえば、浴びるように酒を飲んだのかと思っていたけど、最初っから顔色とか普通だったな。

 目の前の相手は、アルコールや運動によって紅潮した様子もなく、陶器みたいに白くてすべすべで、羨ましいほど綺麗な肌をしている。

 足取りも木刀無双するくらいしっかりとしていたし……もしかして、何らかのアクシデントで酒を一樽ごと全身に引っ被っちゃったとかで、中身は素面だったのかも?


「良い汗をかいたら、喉乾いちゃいますね」


 ……あ、やっぱこの人、ただ単に化け物なだけだ。

 端に置いていた高級酒の瓶をおもむろに手に取り、そのまま豪快にラッパ飲みを始めたお兄さんをみて、そう確信した。夜の帝王、超ヤバい。


「……ふぅ」


 溜息がまた艶めかしいが、結局この人酒瓶一気飲みしやがったぞ……!

 清涼飲料水のCMかって言いたくなるほど爽やかに酒を飲み干したお兄さんは、空を見上げてとろけるような笑みを浮かべた。


「――エスカ」


 お兄さんの呼びかけに気付いたのか、先程の白龍が空から舞い降りてきた。

 本来なら巻き起こった暴風で身体が吹き飛びかねないところだが、白龍が風を操ってこちらは微風を感じるだけだった。

 龍ってこんな器用な魔法使えるのか……否、それよりもこんな素晴らしい気遣いが出来るんだ。これが竜だったら、何も考えずに人間吹き飛ばしてるよ!


「エスカラーヴァイセ。私の愛龍です」


 上機嫌で白龍を紹介してくれるお兄さん。やはり、お兄さんの愛龍だったか。身に纏う色彩からして、そっくりだもんね。

 ちょっと訊いてみたら「髪も眼も、色移りしましたからね」っていう予想通りの答えを頂いた。

 以前は、銀髪に薄氷色の眼だったそうだ。それはそれで、凄く似合うな。

 でもやっぱ、色移りなのかー。髪も眼も両方とは、私より珍しいな。

 ん? 髪も眼も色移りって、どこかで聞いたような……うーん、とっさに思い出せないや。


「私の愛竜の璃皇です。後、私はリルファローゼ・リオ・ヴァリエーレと申します」


 こちらが名乗れば、お兄さんも「そういえば、私もまだ名乗っていませんでしたね」と改めて名乗ってくれた。


「レイオリュエルです。宜しくお願いしますね、見習いさん」


 ……何か、名乗らなくても私の素性とか全部知られてた気がするのは、気のせいかな。


「最近は地方を色々と廻っていたんですけど、昨夜久しぶりに王都に戻ってきたんですよ」

「はぁ……大変そうですね」

「ええ、本当に。結界や書類やらの不備が次々見つかって……責任者を躾直したので、今後は無いといいのですが」

「お、お疲れ様です」


 この人、終始にこやかで柔らかい雰囲気なんだけど、何か不穏というか怖ろしい気配を感じるのは何故なのだろう。躾とかさらっと言っちゃうからか?

 笑顔が胡散臭いとか目が笑ってないとか、そういう事は全くなくて、むしろ極々自然な笑顔なんだけど……その自然な笑顔で、物騒な事を言い出すので怖い。何者だよ。

 ただ一つ、確信しているのは――この人、逆らったらいけない人だ。


「あのー、レイオリュエル……様?」

「レイオでいいですよ」

「……レイオ様、そろそろ朝食の時間なので、失礼しますね」


 これ以上この場にいても、嫌な予感しかしなかったので、とっとと退散する事にした。三十六計逃げるに如かずってね。

 璃皇はエスカにちょっかいをかけたいのか、先程からそわそわとエスカの様子を伺っているが、放っておこう。この様子なら、エスカは雌みたいだから、喧嘩とかにはならないはずだ。

 エスカが尾の先で璃皇の頬をべしべし叩き出したが、エルトおじ様の愛龍のライラゼシュカなんかもっと遠慮なく璃皇をぶっ叩いていたから、あの程度なら軽いスキンシップだろう。


「そうですね、私もそろそろ行かなければ……そうだ」


 レイオリュエルが、良い事を思いついたとばかりに酒瓶を掲げる。


「差し上げます」

「……ど、どうも?」


 空の酒瓶を私に押し付けて、颯爽とレイオリュエルはその場を後にした。

 瓶を逆さにして振ってみるが、お酒はもう一滴も落ちてこなかった。

 ……あの人、ゴミを押し付けて行きやがったぞ。





 思っていたよりも時間が経っていたようで、気が付いたら朝食を食べ損ねかねない時刻になっていた。仕方がないので自室には戻らず、このまま食堂へ向かう事にした。

 押し付けられた酒瓶は……どうしよう。いくら高級そうなお酒が入っていた瓶でも、中身が入ってなければ価値はないだろうし、食堂で捨てて貰おうかな。

 そんな事を考えながら食堂に着けば、普段では考えられない光景が広がっていた。

「うぅ……頭痛ぇぇ」と地面に転がっていたり、無言のまま食堂の机に突っ伏して小刻みに震えている竜騎士たち。

 全員、強烈なアルコール臭をその身に纏っていた。

 明らかに二日酔いだったが、ザルやワクに分類される程アルコール耐性の強い竜持ちたちがこんな状態になるなんて、一体どれだけ酒を呑んだのだろうか。

 いつもこの時間には食堂にいる竜騎士の顔が何人か見えないので、自室で悶えているのもそれなりにいそうだ。


 死屍累々の大人たちを無視して、いつものテーブルで固まっていた竜騎士見習いたちの元へ行く。

 どうやら見習いたちは二日酔いになっていないらしく、朝食を元気にもりもりと頬張っていた。

 大人たちが機能していないからか、今日の朝食のおかずが見習いの席だけみっちりと良いメニューが並べられている。ラッキー。


「……で、この騒ぎは何なの?」


 席に着くなり開口一番に訊けば、見習いたちの食事の手が一瞬だけ止まり、床で瀕死状態の竜騎士たちをちらりと見た。うん、皆この現実を直視しないようにしてたんだね。


「あー、昨日の夜にずっと各地方を視察に廻ってた、龍術師や竜騎士たちが帰ってきたみたいでな……」

「夜勤だったり残業だったりで、まだ竜騎士団内にいた龍術師や竜騎士たちが集まって、そのまま帰ってきた人たちと一緒に急遽宴会になって、朝まで呑み続けたんだって」

「……なるほど」


 だから、龍術師のレイオ様もあんな有様だったのか。

 夜会ならともかく、龍術師と竜騎士が一緒になって仲良く宴会とは珍しいな。

 朝まで宴会は、竜騎士たちがバーベキューの時にもやってたみたいだけど、こんなに酷い二日酔いには誰一人なってなかったはずだ。……一体、どれだけ呑んだのだろうか。


「龍術師が一緒だとつい飲み比べになってな。どっちがより多く呑めるか白熱しちまうんだ……」

「今回は王太子殿下も参加したからって、皆してはしゃいだのが敗因だよなぁ」


 フェオンラガン教官とジェリオウィーザ教官の二人が、見習いたちのテーブルの隣に座った。

 二人とも顔色が悪いので、昨夜の宴会に参加したのだろう。


「……お前等、午前の座学は自習な」

「課題用意するから、それ適当にやっといて。午後からの飛行訓練は、ちゃんとやるから……うぅっ、頭に響くぅ」


 教官なのに、こうも堂々と駄目な大人の見本を見せてくるのはいかがなものかと思うが、椅子にちゃんと座ってるだけマシなのかもしれない。と、床に転がる他の竜騎士たちを見て思ってしまう。

 檸檬水をがんがん煽りつつ、いつもより大分小声で昨夜の反省会を始める教官たち。うん、「今日休みだから」って麦酒で迎え酒しているおじさんたちより、遥かにマシだな。


「くっそぉ、また殿下の一人勝ちだった……」

「この日のために用意しておいた、とっておきの奴まで全部飲まれたからなぁ」

「あーでも、俺ん所の今年の火酒は、結構良い出来みたいだったな」

「うちの葡萄酒も、ちゃんと飲み干されていたから、今年は去年よりも高値になりそうだ」


 朝食を消化しつつ、自然と耳に入ってくる教官たちの会話を聞いていると、王太子殿下の話から何故か今年の酒の出来具合の話になった。何故だ。

 何でも、殿下は安価な酒も高級な酒も口にするが、一定以上美味しくなければ一口も飲まないそうなので、新酒を殿下に献上してその年の酒の値段や売れ行きを推し量るのだそうだ。

 ……えーと、殿下は酒の香りだけで美味しさ判断して、そんな予言めいた事が出来るの?

 もうそれは一流のソムリエというより、お酒の妖精なのかと疑いたくなるな。


「人一倍飲んでるのに、ほとんど酔わずにピンピンしてんだもんなぁ」

「今回も、明け方までにその場にいた全員を潰して、とっておきの高級酒片手にご機嫌で出て行ったし……」


 酒に強い竜(龍)持ちたちを全員潰すって、どんな化け物だよ!

 あれ、でも……何だか凄く、その光景が目に浮かんでくるぞ。

 まるで、つい今し方目にしたかのような……ような?


「……ねぇ、王太子殿下って確か、髪も眼も両方色移りしたんだっけ?」


 食事の手を止めて、恐る恐る目の前に座っていたフェイルに尋ねてみる。


「ん? ああ、そうらしいな」


 冷や汗が、背中を伝う。

 ちらっとその可能性が頭をかすめても、あえて考えないようにしていたけど……!


「王太子殿下の……名前って」

「レイオリュエル・エス・スフェルオーブ。……まさか、知らなかったのか?」


 やっぱり、あの人が王太子殿下かよっ!!!


「あんまり名前を呼ぶと出てきそうって、今まで誰も口にしなかったから」

「……まぁ、確かにな」


 殿下って、龍術師特有の竜騎士に対する対抗意識とか、龍術師贔屓とかは一切なさそうだったけど、慕われているのか恐れられているのかよく分からない人だ。

 龍術師だろうが竜騎士だろうが、平等に無茶振りして締め上げそうな……まぁ、ヤバい人だな。

 それにしても一国の王太子殿下が、名前を呼んではいけない例のあの人扱いって、よく考えたら凄い。まぁ、一回くらい名前を聞いたところで、どうせ覚えてなかっただろうけどね。

 以前、エルトおじ様に「今後殿下に遭遇しても、決して逆らわずに会話などは慎重に受け答えしなさい」と言われた事があったが、もう手遅れな気がする。

 うん、ちょこっと交流持っただけだし、そこまで失礼な言動もしなかったから、大丈夫な……はずだ!

 名前とか、呼び捨てにしないで良かったぁ!

 何か嫌な予感がしたから、とっさに様付けしといたんだけど……あれって、後で殿下の正体判明した時の反応でも楽しむつもりだったのかな。危ねぇ。

 こんなことなら、少しでも殿下の情報を覚える努力をするべきだったかも。

 短期の詰め込み式貴族教育や各教科の予習復習だけで、教える方も教わる方も、お互いいっぱいいっぱいだったのが敗因か。

 殿下は竜騎士団の団長とはいえ龍術師だから、あんまり見習い竜騎士とは接点ないと思うけど……。

 これから先、凄く不安だ。



 ちなみに、レイオ殿下に押し付けられた酒瓶はやっぱりただのゴミで、何の価値もなかったが「殿下が口を付けた、酒瓶だと……!」と、一部の竜騎士連中が物欲しそうな視線をこちらに向けてきたので、酒瓶はその場で丁寧に叩き割っておいた。




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