3.感動のご対面・後編
竜はセラフィで慣れているとはいえ、あくまでもそれは室内サイズの小型の竜であって、こんなラスボス級とは決して出遭いたく無かった!
それなのに、老兵さんは迷いの無い足取りでずんずんと巨大竜のいるバルコニーの方に歩いて行く。
周りの人達も、誰もそんな老兵さんを止めない所か、老執事さんが心得てますとばかりに機敏な動作でさっとガラス扉を開ける始末。いやちょっ、開けんなよ!
バルコニーに出ると、それに合わるように巨大竜の首がゆっくりと後ろに下がる。良かった、この調子なら喰べられはしないだろう。
老兵さんは、にこにこと笑顔でバルコニーの柵まで進んで行く。も、もっと内側の方でストップして下さい!お願いしますぅ!
内心パニックな私の状態なんて、この場にいる誰一人理解してやしない。何このほのぼの空気!
唯一緊張している様に見えるのは、お母様を護る様にして、背筋を精一杯伸ばして立っているセラフィ位だ。
………出来れば私を護って欲しかったなー。
背後のほのぼの空気を若干恨みつつも、私の眼はもう目の前の巨大竜に釘付けだ。
よく見れば、巨大竜の背には人が乗る鞍みたいなモノが付いているし、胸部分(?)には鎧っぽいモノまで装着している。
背中や胴体部分には、荷物らしき物体が大量に括りつけられているのは、いかにも旅から帰って来ました!って風情だ。良かった、野良じゃない。
鎧部分や鱗の所々に付いている返り血らしきシミには、全力で目を逸らす。
(アレは旅の汚れだ、旅の汚れ!)
必死に自分に言い聞かせる。
今自分を抱っこしている老兵さんもあわせれば、高確率で戦場帰りって事が予測できるが、そんなの乳幼児の健全な心と身体の育成に良く無い。
それなのに、なんで無垢な赤子にトラウマ植え付けようとするのかなぁ。この糞爺!
老兵さん改め糞爺は、巨大竜によく見えるようにと高い高いの要領で両手で私を抱え上げている。
周りの様子だとか、巨大竜の知性や理性だとかを宿した眼を見れば、充分安全だっていうのは頭では理解できるが、恐いものは恐い。
本当に、気絶出来たらどんなに楽か。
「ヴィルグリッド、リルファローゼだ」
ラスボスに紹介とか良いから。全力で遠慮しますから!
じっくりと思う存分私を眺めた巨大竜ことヴィルグリッドは、ぐわっと口元を引き攣らせて凶悪な牙を見せた。
………本人(本竜?)笑ってるつもりなんだろうけど、どう見ても喰う気満々な凶悪なラスボス顔です。超恐い。
『………ふむ、リルか。小さいな』
あ、やっぱり喋れるんだ。
何重にも重なった様に聞こえる竜独特の不思議な声は、セラフィより低く、深みがあって身体全体に響く様な感じだ。
グルルルル…等の竜らしい唸り声も、セラフィとは違って凄い迫力。流石ラスボス。重低音のエンジンみたい。
ヴィルグリッドは固そうな棘の付いた尻尾をゆらゆらと左右に振って、身体に付けられている鞍や荷物を外そうと足元に待機しているお手伝いさん達を困らせている。うっかり当たったら、最悪死ぬな。
どうやらご機嫌な様子だが、対峙するこっちは恐いんだって…!
そしてヴィルグリッドは何を思ったのか、セラフィとは違う、紫色した割れた舌先でべろんと私を舐めた。
顔だけを舐めるだけのつもりだったのかもしれないが、その大きさ故か足元から頭の天辺まで一舐めで全身をべろんとやられた。
たったそれだけで、全身涎だらけになったよ。涎…なんか微妙に生臭いし、全身べとべとで最悪だっ!
あ、味見か?味見のつもりなのか?!
喰べられる心配はほぼ無いとはいえ、つい反射的にそんな考えが浮かんでしまう。
流石にコレには泣いた。抗議も込めてぎゃんぎゃん泣いたよ!
それなのに、「ヴィルに気に入られたなぁ!」と、がはははと豪快に笑う糞爺。
周りの人達も、多少苦笑しつつも和やかな雰囲気だ。
私の全力での抗議は、誰も気にしないらしい。ち、畜生!
唯一、セラフィだけが恐る恐る近寄って来て、自分より遥かに大きいヴィルグリッドを気にしつつも、涎と涙と鼻水でべしょべしょの顔を一生懸命ぺろぺろと舐めてくれる。
ありがとう、セラフィ。味方はお前だけだ!大好きだよー!!!
セラフィのおかげで、泣き声がぎゃんぎゃんからやっとえぐえぐ位に収まったっていうのに、またヴィルグリッドに全身を一舐めされてぎゃん泣きに戻る。
そのやり取りを見て、周りの大人達は大変微笑ましいとばかりに、あらあらうふふと笑っている。笑ってないで助けてよー!
ヴィルグリッドに何度かべろんとやられ、セラフィにぺろぺろされる度に、色々とどうでも良くなってくる。
気付けば涙も止まっていた。
何か……もう、どうにでもなーれ。