29.竜騎士と龍術師
失礼な龍術師見習いに遭遇した以外は大きなトラブルもなく、無事に謁見式と夜会が終わり、いつもの竜騎士団での日常へと戻っていった。
今日も食堂での餓死寸前の殺伐とした夕飯のピークが終わり、段々と理性も戻ってきたのでダラダラと世間話をしながらまったりと食事を続けていた。
現在、竜騎士見習いたちの話題の中心にいるのは、マルクィス家の双子についてだ。
「フェイルとフェアルって、同時に竜騎士と龍術師になったんだぜ。マジありえねぇ」
豪快にソーセージをフォークに刺しながら、若干呆れ顔のアルシェが言った。今日のソーセージは、香草が効いていて凄く美味しい。
アルシェの発言に、急に暗い顔になったラディルとダリュンが同意する。
「……俺、竜持ちになる前にその場に居合わせてたら、心折れて竜瀬の儀とかもう受けてなかったと思う」
「うん。俺も、多分諦めてたな」
確かに、超目玉の大型竜と龍を自分より年下の双子に掻っ攫われたら、心折れるだろうな。
時期によっては大型竜や龍クラスになると、数十年に一度現れるかっていうレアキャラみたいだし。
竜持ちになりたくて、何年も諦めずに竜瀬の儀に参加していればしているほど、ダメージが大きそうだ。
「侯爵家の人間だからなぁ……当然と言えば当然なんだけど」
「家はあまり関係ないだろ。確かに教育面では恵まれていただろうが、最終的には努力の結果だ」
ばっさり切り捨てたフェイルの言葉ももっともなのだが、侯爵家――特に、マルクィス家のエリートっぷりを知ると、そう言ってしまいたくなる気持ちも分かる。
侯爵の位を授かれる家は、大型竜持ちか龍持ちの伯爵の位を持つ家の当主を五代以上継続させていなければいけないという、かなり厳しい条件があった。
余所から血縁関係の一切ない、有望な竜騎士や龍術師を養子にして当主に据える事は認められておらず、娘や孫娘の婿養子ならばギリギリセーフで次代へとカウントされるそうだ。
子供を作り辛い体質の竜持ちに、この条件は酷だった。
たとえ子供がいても、必ずしも竜持ちになれるわけでもない。
竜持ちになれたはいいが、小型竜や中型竜が愛竜になれば相応の爵位へと下げられてしまうので、五代も続かずに脱落してしまう家がほとんどだ。
ちなみにヴァリエーレ家だとガル爺が初代当主で、大型竜持ちの息子二人に孫一人は当主の引き継ぎ前にすでに鬼籍となっているので、エルトおじ様が二代目当主となる。まだまだ先は長い。
一代で辺境伯爵までのし上がったガル爺もおかしいんだけどね。
侯爵の位を得るのにここまで厳しい条件なのは、数々の武功を持つ竜騎士や龍術師たちが、大量にいるからだろう。
長生きさえすればそれなりの武功が、自然と積み重なってしまうのだ。
千年前後もある寿命にまかせて実績を積んでいけば、平民出身の平均的な能力の竜騎士でも、晩年には伯爵になっている。
五代以上継続の条件がなければ侯爵の位を持つ者が多くなり、色々とパワーバランスが崩れてしまうだろうから、この程度の厳しさはしょうがないのかもしれない。
しかしその厳しい条件の中でも、マルクィス家は侯爵家として建国の頃から十代以上も続いている、由緒正しい侯爵家だそうだ。
「兄弟も多いんだっけ? えっと……四人?」
「俺も入れて五人だ」
一番上の兄に姉が二人と、自分たち双子で兄弟全部だそうだ。
……竜持ちでも、子供が出来易い場合もあるのか。
侯爵家凄いなぁ。竜騎士と龍術師いるから、跡継ぎ問題無いじゃん。
そんな事をぼんやりと思っていたら、更に将来安泰そうな事実が発覚した。
「マルクィス家ってフェイル以外、全員龍持ちの龍術師だろ?」
「ぜ、全員?」
「ああ、両親と兄弟……上の姉の夫も含めて、俺以外の家族全員が龍術師だ。元々、先祖代々龍術師が多い家系だからな」
想像より、とんでもないエリート一族かもしれないよマルクィス家。
大型竜より稀少な龍を家族全員GETするって、どんだけだよ。
っていうか、さっきサラッと言ってたけどフェイル……
「えーと……フェイル、家族の仲とかは大丈夫なんだよね?」
龍術師一家の中に、ぽこっと竜騎士が一人誕生……「家の子なら、龍術師になって当然!」みたいなエリート意識のある家だったら、荒れそうだなぁ。
フェイルも龍術師になるのが当然みたいに思ってたら、結構悲惨かもしれないな。
今の話を聞いた限りはそんな事はなさそうだけど、内心どう思っているのかは分からない。
「別に、あいつ以外の家族なら良好な方だと思う。他の兄姉は年が離れているから、あまり関わりもないし、兄姉って感じでもないしな。……小さな頃は、姉たちにおもちゃにされたが」
「へー。他の兄弟とは、どのくらい年離れてるの?」
「一番上の兄は……百五十歳くらいだったか。一番近い下の姉は、五十近く離れてるか」
それ、年が離れてるってレベルじゃないよ。
「……御両親、凄く仲が良いんだね」
「それは言うな」
少し不機嫌そう位な、通常営業の表情だったフェイルが、一気に苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
どうやら年中ラブラブで、思春期の心に多大なダメージを与えているらしい。
よく収穫祭とかで吟遊詩人が恋愛譚として唄っている、龍術師夫妻の話があるが、もしかしなくてもそのモデルはフェイルの御両親の事かもしれない。
……何か、フェイルの反抗期の理由を垣間見た気がする。
あれ? 祭りといえば――
「もしかして、夏至祭の後の打ち上げで行われる宴会の余興の、噂の見習いたちの女装大会ってフェイルは……」
「親兄姉、義理の兄にいたるまで全員に見物されますが、何か?」
年に一度、夏至祭の後の宴会では、竜騎士団の交流を深めるために竜騎士と龍術師、両者が参加する大規模なものだそうだ。
普段は竜騎士同士と龍術師同士で別れて、仲の良い者同士で数人程度で行っている宴会というよりは飲み会レベルの小規模なものばかりらしい。
当然、そちらの小規模な飲み会の方は見習いたちは参加しないが、大きな宴会では強制参加で竜騎士見習い、龍術師見習い関係なく女装させられる。お上品な夜会とは違い、かなりやりたい放題だ。
「フェイル、強く生きろよ……ブフッ」
「が、頑張ってねぇ」
同情しつつも半笑いになる見習いたちに、涙目で先輩見習いに噛み付くフェイル。
「うるさい。お前らだって女装するんだろうがっ」
一喝した後、フェイルは「家族に見られるのは俺だけじゃない……あいつもいる、俺だけじゃない」とぶつぶつ呟きだした。大丈夫か?
それにしても、女の子みたいに可愛い顔した双子のドレス姿かぁ……確実に今年の宴会の目玉だろうな。是非とも二人並べてみたい。
うーん、酔っ払った竜騎士や龍術師に囃し立てられるだけなら、まだ女装姿を晒すのを耐えられるかもしれないけど、家族にもじっくり見られるって……ダメージでかいな。
マジで強く生きろよ。
「そういえば、何で竜騎士と龍術師って仲悪いんだろう?」
脳筋と頭脳派で、気が合わないっていうのも分からなくはないけど、もっと他に理由がある気がする。
エルトおじ様を見ている限りでは、龍術師って拳で語る脳筋な部分もかなり多いから、ただのガリ勉よりよっぽど気が合いそうな感じなんだけど。
現に、龍術師である国王陛下や王太子殿下の事は竜騎士も皆尊敬していて、納得して仕えているみたいだし。
「あー、その辺は俺も気になってた」
「ぼく……じゃない。俺も」
ラディルとダリュンも同意してきたが、アルシェだけは「普通に龍術師の性格が悪いからじゃね?」とか、何も考えていない様子だった。
ダリュンはずっと、一人称が“僕”だったのを「僕って、龍術師の僕ちゃんかよ」と、竜騎士団に入団してから周囲に突付かれまくり、現在一人称を“僕”から“俺”に矯正中だそうだ。先ほどの様に、たまに“僕”に戻りそうになっている。
そこまで難癖つける情熱が、どこから来るのか余計に気になるな。
そんな私たちの疑問に、フェイルがあっさり解消してくれた。
「龍と大型竜、どちらが強いと思う?」
「大型竜だろ。攻撃力も高いし、接近戦の巻き付き攻撃だって耐えて一咬みでもすれば一ころよ」
「うん。とにかくガンガン攻撃していけば、大型竜の方が勝率高いんじゃないかな」
「龍と大型竜、どちらが格好良いと思う?」
「もちろん、大型竜でしょ! 璃皇とか、見た目は格好良いのに性格はちょっと抜けてて可愛いって、最高じゃない?」
「胴長短足の龍より、大型竜とかの方が格好良くて好みだな」
全員、迷いのない答えだ。自分の愛竜が、世界一強くて格好良くて可愛いんだよ!
……って、何となくフェイルの言いたい事が分かってきたかも。
「つまり、龍術師の方も強くて格好良くて最高なのは、自分の愛龍だって思っている訳だ」
「……それだけ?」
「それだけだ」
竜騎士と龍術師には、非常に単純だが決して埋められない溝がそこにあった。
建国の頃は竜騎士団も竜騎士と龍術師も同じ施設を使い、切磋琢磨し仲良くやっていたそうだが、誰が言い出したのかこの「龍と大型竜、どちらが強くて格好良いか」論争が始まった。
理性が飛ぶような喧嘩が絶えなくなった末に、いつの間にか施設も別々のものを使うようになっていたそうな。
エルトおじ様を筆頭に、龍術師にも良い人は大勢いるんだろうけど、竜の方が強くて格好良くてついでに可愛いのは譲れないので、その辺に関しては龍術師とは決して分かり合えそうにないな……。




