28.謁見式と夜会・前編
さて、本日はいよいよ国王陛下との謁見式だ。
竜騎士団は王城のすぐ隣に位置しているのだが、両方ともそれなりの広さと距離があるため、愛竜に乗って登城する事になった。
登城した後は、待機していたヴァリエーレ家の侍女さんたちに回収され、城の貴賓室を借りて一回目のお着替え。
普段の竜騎士見習いの制服から、式典用のちょっと豪華な制服に着替えるだけなんだけど、侍女さんたちが髪を整えてくれたり軽く化粧をしてくれたりと、ここぞとばかりに世話を焼いてくれる。
ちなみにリリシズは、まだ地元の竜騎兵団に所属しているので、今回の謁見式にはノータッチだ。
「おー、結構格好良いね」
式典用の制服は今日初めて袖を通したのだが式典用というだけあって、金色の豪奢な飾り紐とかが付いている、中々に格好良いデザインだった。詰め襟の軍服って感じかな。
少し身体を動かしてサイズに問題がない事を確認したら、侍女さんたちが嬉しそうに「よく似合っています」と言ってくれた。
「リルファお嬢様、将来無事に竜騎士になられた暁には、どのような図案の刺繍にいたしましょうか?」
何でも、一人前の竜騎士の式典用制服の背中の方の裏地一面を、愛竜の刺繍を施した改造制服にするのが伝統なのだそうだ。
「へー……刺繍かぁ」
「少し気が早いかもしれませんが、今から少しずつ、格好良くて素晴らしい図案を考えておきましょうね」
「……そうだね」
竜騎士って何で一々、発想が一昔前のヤンキーみたいなんだろう。学ランの裏地に粋な刺繍入れちゃうとかそういうアレだよね。
まぁ、私が一人前の竜騎士になるのなんて少しっていうか大分先の話だけど、図案を考えるのは楽しそうだなぁ。愛竜の刺繍なんて、テンション上がるでしょ。
どうせだったら璃皇をどーんと真ん中に据えたい。
私の裁縫の腕は非常に心許ないが、刺繍するのはお針子さんなので何ら問題はない。さぞかし、素晴らしい出来になるだろう。
ちなみに、国王陛下は制服ではなく、マントの裏地に刺繍を施すのだそうだ。今日の謁見式で観れるかな?
そんな、陛下との謁見を緊張しつつも、ほんの少しだけ楽しみにしていたのは、つい先ほどまでの過去の話――――
現在、王城の広大な庭園の一角にて、我が国の国王陛下との謁見式の真っ最中だ。
謁見式は、大型竜や龍持ちの新人や貴族に連なる新人竜持ちが、愛竜とともに自国の国王陛下に挨拶して社交界デビューを果たす、かなりの一大イベントだ。
小型竜を愛竜にした新人竜持ちが多いので、普段は城内の謁見の間で慎ましやかに執り行われる。
だが、中型竜を愛竜とする新人が複数いたり、今回みたいに大型竜や龍を持つ新人がいる時は、雨でない限りは基本的に外で謁見式となるのだ。
国王陛下の愛龍もいるので、かなりの広さの謁見の間でも、大きめな竜を複数詰め込むのは、無理があるし危険だからね。
今日は幸いにも晴天だったので、滞りなく外で謁見式が行われている。
ここまでならば、凄く順調だ。
璃皇に舐められて式典用制服がべったべたっていう、いつもの悲劇も今のところは回避出来ているし、他の新人さんたちの愛竜の小型竜や中型竜にも雑魚には興味ないとばかりに無視しているので、無益な争いは起きそうにない。
近くに居ざるを得ない小型竜が、璃皇に怯えてプルプル震えてるのは可哀想だけど……我慢して貰うほかないなぁ。
……まぁ、問題は陛下の愛龍なんだけどね。
うん、璃皇が喧嘩ふっかけるとかも心配なんだけど、一番の問題は……陛下の愛龍の外見だ。私の腹筋と表情筋が、先ほどからずっと試されている。
前方におられる、国王陛下をちらりと見る。
初めて対面する我が国の国王陛下は、ガル爺よりは、少し若いかもしれないくらいな外見の、老王だった。
叡智を伺わせる風貌の陛下は、居並ぶ新人竜持ちたちを見渡し「ガイオレイル・シア・スフェルオーブだ。そして私の愛龍である、シアルファーネス」と、自己紹介して下さった。
ヤバそうな噂しか聞かない王太子殿下の親だから、どんな猛者王が出てくるのかと思ったけど、ファンタジー世界の老魔法使いみたいな、厳格だけど優しそうな人で安心した。
陛下の愛龍であるシアルファーネスも、老龍だからか落ち着いた雰囲気で、璃皇のガン飛ばしにもおおらかに受け止めてくれている。ヴィル爺といい、老成したラスボスは独特の迫力があるな。
そして問題の、陛下の愛龍の外見なのだが――――世界中に散らばる七つの珠を集めたら、願いを何でも叶えてくれるという、あの伝説の龍に……非常によく似ていた。
緑の鱗に深紅の眼。翼がついていたり髭がなかったりと、違う部分も多いが、角の形や配置まで奇跡的な偶然であの龍を連想させた。顔立ちもそっくり。
……どうしよう。さっきから脳内BGMが、一気にあのアニメの歴代OP曲とED曲になってるんだけど。またあの漫画とアニメ、読みたいし観たいな。
龍がいる世界だし、そっくりさんとかいるかもしれないなーとか、昔ちらっと思った事はあるけど、まさかこんな時に不意打ちで来なくてもいいだろう。
緊張し、張りつめていた神経が一気に緩んでしまい、ゲラゲラとお腹を抱えて笑いだしそうになる衝動を抑えるのに、先ほどからかなり苦心している状態です。
笑っちゃいけない場面の時ほど、一度ツボに嵌まった笑いを耐えるのに苦労するよね。何とかふんわり微笑んでいるくらいで表情固定しているけど、時間の問題かもしれない。
そんな私の内心をよそに、謁見式は滞りなく進んでいく。
今回の謁見式に出ている新人竜持ちは、小型竜持ち三人に中型竜持ち一人、そして大型竜持ちの私の、計五人だ。
貴族の子供って少ないから、これでも多い方らしい。一人で謁見式だったり、貴族出身の竜持ち新人が現れなくて、長期に渡り謁見式自体を執り行えなかった時も結構あるみたいだし。
陛下に近い、前の方にいる新人さんから一人ずつ、名乗って陛下と軽く言葉を交わして、謁見式は終了だ。
龍と大型竜同士をむやみに近づけたら危ないので、私たちは一番後ろにいる。当然、陛下との挨拶は最後だった。
「リルファローゼ・リオ・ヴァリエーレと、愛竜の璃皇です」
「ああ、女性の竜騎士は久々だのぅ。女性の竜持ちが増えるのは、喜ばしい事だ。期待しているよ」
「はい、ありがとうございます」
流石に「マントの刺繍見せて下さい」って言える雰囲気でもないな。
それにしても謁見式って、本当に王様に挨拶するだけなんだ。色々と準備して緊張もしまくった割には、あっという間に終了というか……こんなものなのかな。
後には夜会も控えてるし、貴族的にはそっちがメインなのかもしれない。
しぇんろ……シアルファーネスに気を取られていたので、色々と吹っ飛んだけど、大きな失敗もなく無難に乗り切れたと思う。
何とかこみ上げてくる笑いを耐えきり、謁見式を終了する事ができた。
後は、また貴賓室にて夜会用のドレスへと二回目のお着替えだ。
「……うぇ」
「お嬢様、じっとしてて下さいね」
ドレスへ着替える前に、せっかく綺麗に施された化粧を侍女さんたちに全部落とされてしまった。
「別に、さっきの化粧でもいいんじゃない?」
「夜会用のお化粧は、また別ですから。ドレスに映えるように、もっとしっかりとお化粧いたしますからね」
張り切る侍女さんたちに、こっちは少しだけ引き気味だ。
今日はもう、午前中の謁見式だけでかなり疲れてるんだけど。
だが、侍女さんの一人に焼き菓子を口に突っ込まれてしまい、それ以上何も言えずにされるがままになった。リリシズを筆頭に、侍女さんたちには勝てる気がしないです。
こんなに本格的な化粧って、今世では初だなぁ。前世では……文化祭とかでの舞台用の厚化粧なら、何度か経験があるけど。当然、某歌劇団風の男役のやつです。
「……これが、化粧の力か」
完璧な仕事をしてくれた侍女さんたちは、満足そうに頷いている。
鏡を覗けば、清楚系の美少女。え、私ってばコレ……結構な美少女なんじゃない?
目元を重点的に、それなりに塗りたくられているとは思えない自然な仕上がりだ。化粧詐欺って奴ですね。……凄いな。
うーん、これは元々の土台が良かったんだと喜ぶべきか、侍女さんの腕が超一流だったのかと思案していると、貴賓室の扉を叩く音がした。
どうやら、エルトおじ様たちが到着したらしい。
侍女さんが扉を開けると、ガル爺、エルトおじ様、ディーヴァルクトとセシルキアラが入室してくる。
ガル爺も王都に来たのか。辺境領って、防衛的になるべく大型竜か龍が領内にいるようにしなきゃいけないみたいだから、夜会が終わったらすぐヴァリエーレ領に帰るみたいだけど。
「隠居爺はいらないですよ」とエルトおじ様に素っ気なく言われたから、意地でも出席したのかもしれない。
ちなみに、今日は後見人であるエルトおじ様が、私のエスコートをしてくれるそうだ。
エルトおじ様は、しばらくは王都で龍術師の方の仕事をするみたいなので、もし何かあった時でも安心だ。
「リルファ、よく似合っていますよ」
「うむ、婆さんの若い頃を思い出すな」
「本当? ありがとう」
心底嬉しそうな二人に褒められると、長時間のドレスアップに耐えた甲斐がある。身内だから、当然の反応なのかもしれないけどね。
それにしても……覚悟はしていたけど、女の人の準備って大変だな。
お着替えとお化粧だけで、何だかんだと夜会開始ギリギリまでかかったよ。
「本当は前日から屋敷にお帰り頂いて、全身磨き上げたかったのですが」と、少し悔しそうな顔をしている侍女さんたちだが、勘弁してくれ。
これでも時間をかけただけあって、身体を磨かずとも十分に満足している。ドレスも気に入ったしね。
璃皇の皮膜の様な、深い濃紺から明るい紺碧へと鮮やかに移り変わるグラデーションの布地のドレスは、想像以上に自分好みだった。
裾の部分に施された蔦の刺繍と所々に縫いつけられた宝石たち。華美過ぎず、上品に仕立てられている。
髪も綺麗に結われて、出撃準備は万端だ。
「お嬢様、顔は擦っちゃ駄目ですよ。どうしてもという時は、擦らずにハンカチでぽんぽん……ですからね!」
「……努力します」
不備がないか入念に確認しつつ、侍女さんたちが次々と注意事項を口にする。
顔……何か違和感あるし、無意識に擦りそうで怖いなー。
「その格好で木登りとかも、しては駄目ですよ!」
「流石にやらないよ?!」
侍女さんたちは、私を何だと思ってるんだ。
夜会で木登りする機会って……ないでしょ。と、思ったら「昔、ガルト様たちが木登りをして、衣装をボロボロにして屋敷に帰ってきたという記録があるのです」とディーヴァルクトに真顔で返された。
フリーダム過ぎだろ、ガル爺……! と、ガル爺を見れば、目をそらされた。
この反応は、本当にやった事あるんだな……。ん、待てよ?
「ガルト様たちって……?」
今度はエルトおじ様の方を見れば、ふいっと視線をそらされた。
「……若気の至りですよ」
お前もか。
エルトおじ様は、そういうのはしないタイプだと思ってたのに……。
「言っときますけど、あの時はギルファ兄さん……リルファのお父様とお祖父様に、僕の父も一緒に木登り競争したんですからね」
それ、一族の男全員じゃん……!
後世にまで記録を残すだけあって、当時の使用人たちの苦労が垣間見えた。
夜会で木登り競争とか、有りなの? ……ああ、うん。有りなんだな。
ここ数日の竜騎士団内の様子を見るに、余裕で想像出来てしまう光景だった。絶対、他の竜騎士たちも木登り大会に参加してるでしょ。
絶対に木登りしない事を侍女さんたちに誓った後、夜会の会場となる広間へと向かった。




