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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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27.朝の挨拶

※BLネタ注意


 空がようやく白み始めた、早朝――――

 軽く朝の身支度を済ませて、今日も元気に素振りの自主練ですよ。

 室内・室外の演習場もそれぞれ使用出来るけど、竜舎からほど近い所に剣の練習に丁度良い場所があり、天気も良いので今日はそこで練習してみる事にした。

 何人か同じ考えの竜騎士がいたのか、ぽつぽつと竜騎士が何人かいたが、素振りだけなので端の方の空いているスペースで充分なので問題はない。

 少し拓けた野原といった感じの場所だが、皆が頻繁にここで剣の練習をしているせいか、地面も平らに踏み固められていて中々にいい具合だ。天気さえ良ければ、朝練は毎日ここでやろうかな。

 竜舎から近い野外という事もあって、愛竜や愛龍たちが見学し放題。

 互いに適度な距離を保ちつつ、剣を振るう相棒の勇姿をうっとりと眺めているラスボスたち。味方じゃなかったら、獲物を品定めしている風にしか見えないっていう……竜持ち以外の人には、ほのぼの出来そうにない光景だ。

 竜や龍って、人間同士の殴り合いの喧嘩は元より、剣術とかを見物するのが好きみたいで、剣の稽古とか結構楽しそうに相棒を見ている。

 うちの璃皇も、特に呼んでもいないのに竜舎から出てきてワクワク顔で近くに待機している。……今日は、軽い素振りだけなんだけどなぁ。

 まぁ、喜んでくれるなら、サボらずきっちりやろうっていう張り合いにはなるか。

 案外、真面目に自主練している竜騎士たちの原動力は、愛竜が喜ぶからなのかもしれない。




「お待たせー……見てるだけだったけど、楽しかった?」

『うん、結構楽しかったよ』


 太陽が完全に登り切った頃に、ようやく素振りが終わり、ずっと私の様子を見物していた璃皇の方へと行ってみれば、満足げな表情で出迎えてくれた。

 朝から涎べっとりは嫌なので、舐めようとしてくる舌を避けつつ顔を撫でてやれば、グルルとご機嫌な唸り声を上げる璃皇。

 中々構ってあげられなくて申し訳ないけど、あまり不満はなさそうで良かった。

 今はまだ当分無理だけど、長距離飛行が出来るようになったら、休みの日に日帰りで海とかに行きたいな。璃皇と一緒に、海の幸を堪能したい。

 そのためには、初歩的な反復練習も頑張らなきゃ。昨日よりもより速く、だ。


「よし、今日も一日頑張ろうね!」

『おー、頑張るー』

『…………頑張るぅ』

「ん?!」


 ぬっと横から割り込んできたのは、見知らぬ大型竜だった。紫の鱗を持つ大型竜は、角や爪、尻尾の先にかけて紫から真紅へとグラデーションを描いていた。

 璃皇よりも首回りが細く長めだが、がっつり均衡型のヴィル爺やリュカルマリカよりは短い。やや攻撃型よりの、均衡型の竜といったところだろうか。

 突然の大型竜に、嫌がるどころか璃皇の眼が嬉しそうに輝きだしたので、多分……否、絶対に雌竜だな。

 雌竜の黄金色の眼が、興味津々という顔でこちらを見ている。

 敵意はなさそうなので別に構わないんだけど、知らない大型竜と対峙するのは、やっぱ緊張するなぁ。


「スフィーダ、何処へ行って……!」


 雌竜の相棒だろう人が、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「……ん、リルファローゼ嬢か?」

「副団長、おはようございます!」


 やって来たのは、ヴィントーリクス副団長だった。

 早朝だからか、シャツとズボンだけというラフな格好をしているが、相変わらずの精悍なイケメンだ。


「おはよう。朝の稽古か?」

「はい、そうです」


 頷けば、副団長も満足そうに頷き返してくれた。


「そうか。俺の愛竜が、邪魔をしてすまんな」

「いえ、もう終わったところでしたので」


 やはり、目の前の雌竜は副団長の愛竜のようだ。


「愛竜の、スフィーダシアンだ。……ああ、知らない竜と人に、挨拶がしたかったようだな」


 副団長が紹介してくれたスフィーダは、現在璃皇と楽しそうに頭突き合いをしている。……それ、挨拶なの?


「副団長も、朝の稽古ですか?」

「否、スフィーダの鱗を磨いていた。時間がなくて、最近中々出来なかったのでな」


 なるほど、定期的に愛竜洗って磨いてあげるのも、竜騎士……というか、相棒の仕事か。

 大型竜の巨体を綺麗にするのは骨が折れるだろうけど、薄汚れた愛竜は沽券に関わるもんなぁ。私も今度、璃皇洗って磨いてみるか。

 興味津々の私に、副団長は「鱗の艶出し用の、蜜蝋だ。汚れを落とした後に刷り込むように塗れば、輝く様な鱗になる」と、手に持っていた道具を見せてくれた上、色々と手入れの仕方を教えてくれた。良い人だ。


「竜騎士団の生活には、慣れてきたか?」

「……そうですねぇ、ぼちぼちと?」

「食事時は、どうしても荒れるからな。毎日、十分に食べているか?」

「はい。昨日の夜は食堂の方に食材を分けて貰ったので、夜食も作りました」


 昨日は、夕飯の後に食堂のおばちゃんに食材を分けて貰い、自室で夜食を作ってみた。

「作る手間が省けていいわぁ。やっぱり、女の子は違うねぇ」と、上機嫌なおばちゃんに、大量の豚肉などを頂いてしまった。ありがたい。

 おかげで空腹を感じずに一日を終える事が出来たので、夜食は出来るだけ毎日作ろうと決意した。夕飯だけじゃ、ちょっと足りないんだもの。


「そうか。料理が出来る竜騎士は、あまりいないからな。とても良い技能だと思う」


 基本的に竜騎士って、子供時代は剣術や勉強漬けだった、良い家柄の人が多いからなぁ。

 家事は全部お手伝いさんがやってくれるので、竜騎士になるまで湯も沸かした事のない人間がほとんどだろう。

 それを考えれば、田舎育ちで色々と経験出来たのは、悪くなかったな。

 獣を狩って、解体と調理まで出来る貴族令嬢は、他にはおるまい。


「男共の中に、女性一人は何かと大変だろう。困り事や悩みがあれば、遠慮なく申し出てくれ」

「ありがとうございます」


 副団長ってば、竜騎士団副団長っていう肩書きもさることながら、公爵家の跡取りで血筋も完璧な上、顔も性格も男前ですこぶる良いってどんだけ超人なんだよ。


「――――もうこんな時間か」


 時刻を知らせる鐘の音が、風に乗って(かす)かに聞こえてくる。

 そろそろ、身支度をし直して朝食に向かわなければいけない時刻だ。


「璃皇と魂を結んだ時の事などを、詳しく聞きたかったのだが……またの機会にしよう」


 残念そうに璃皇を見た後「明日の謁見式、あまり気負う事はないからな」と言い残し、副団長はスフィーダと共に颯爽と竜舎の方へと去って行った。

 ……そういえば、謁見式って明日だったっけ。




 予定外に副団長とついつい話し込んでしまって、気が付けば朝練を切り上げるのが、いつもより大分遅い時刻になってしまった。

 璃皇に軽く別れを告げ、小走りに寮へ向かう。

 一端部屋に帰り、着替えやらの身支度を速攻で終えなければ。まだ朝食を食いっぱぐれる事はないだろうが、満足に食べる時間がなくなってしまう。


「……あれ、フェイル? おはよー」


 寮に向かう通路に差しかかった時、見習い仲間のフェイルリートが通路の端に佇んでいた。

 声をかけてみれば、ギッと無言で睨み返された。せっかく可愛い顔をしているのに、もったいないほど愛想がない。

 ……こいつ、絶賛反抗期中だけど、朝っぱらから機嫌悪いなぁ。


「――あまり、調子に乗るなよ」


 静かな、けれど怒気の含まれた低い声で、フェイルが切り出す。


「女だからって、ヴィントーリクス様に気遣って貰えて、いい気になってんじゃないぞ!」


 フェイルは続け様に「副団長がいかに素晴らしい方か」と始まり「お忙しいんだから手を煩わせてるんじゃねぇ」という内容の話をキャンキャン吼えている。

 これは、えーと……?

 少女漫画でいう、学園で人気の男子のファンクラブ会長の高飛車美少女が、人気男子に急接近した転校生少女に難癖付けるシーンが、頭の中に思い浮かぶ。

 否、待て。目の前の奴は、見た目はともかく身体は少女じゃないぞ。


 って事は――――



 BL(そっち)かよ!



 うんまぁ……前世は女子校在籍だったので、そういった嗜好を嗜む人は、友人含め周りにたくさんいた。お勧めの薄い本を押し付けられた事もあったし、色んな世界があるもんだと面白く読ませて貰った。

 今世でも、都会に出て行った村のお姉さんが、竜騎士同士の厚い友情に見せかけた――実はアレな本を帰省のお土産にと持ってきて、一時期村の女の子たちでそっと回し読みした事があるので、まぁ世界が変わってもでも同じような嗜好を持つ人種がいるのだなとは思っていたけど。

 全部、本の世界の中のフィクションの話で、そういう本物(・・)な人にお目にかかった事は実際にはなかったので、結構衝撃的だ。しかも、かなり身近な人間だし。

 そういえば、フェイルはBLでいうところの“受け顔”って奴か。ああ……はい。


「えっと……茨の道だろうけど、頑張ってね?」

「……は? 何言ってんだ?」


 同情的な視線を送れば、意味が分からないのか訝しげな顔をされる。


「副団長、男も惚れそうな男前だものね。まぁ、理解は出来るよ。私に余計な火の粉が降りかからないなら、めいっぱい応援するから」


 突然の応援宣言に、毒気を抜かれたのかきょとんとしたまま何度か瞬きしたフェイルは、数秒後、先ほどよりも凄い勢いで噛みついてきた。


「ちっがっうっ! 俺はそういう意味で副団長に惚れてないっ!!!」

「またまたー」

「普通に、男として、憧れているだけだっ!」


 両肩を掴まれ揺すぶられながら、自然とにやける顔が止まらない。


「お前いい加減にしろよっ! これだから女は……思いこみが激しくて、一切こっちの話聞かないから嫌いなんだ」


「とにかく、違うからな!」と否定しつつも、ぶつぶつと女に対する不満を口にするフェイル。お前、盛大に墓穴掘ってるぞ。

 竜騎士見習いの先輩たちが、何でフェイルをからかいたがるのか、分かった気がする。

 ちょっとつつくと、顔を赤くしながら噛みついてくるのが何か……からかい甲斐あるよね。



「――大体、周りが皆女に対して甘過ぎるんだ。今までは、外食の土産に菓子を買ってきてくれるのなんて、月に一度くらいだったのに……」

「え、そうなの?」

「そうだ」


 毎日、結構な量のお土産をベテラン竜騎士さんたちに差し入れられてますが……。

 男女比の著しい偏りは、こうした差別を生み出すのか。そりゃ、女に対して不満持ってもおかしくはないな。

 頂いたお土産は、見習いたちで均等に分けてるんだから、こっちに文句言われても困るんだけど。

 でも、悪くないのに罪悪感がじわりと広がる。

 食べ物恨みは、怖いんだよ。

 特に、竜持ちの食べ物に対する執着心が酷いのは、身を持って知っている。

 これが立場が逆だったら、逆恨み……まではいかないかもしれないが、絶対に微妙な気分にはなるだろう。


「…………リルファローゼ・リオ・ヴァリエーレ」


 日頃の不満をぶちまけて、多少落ち着いたらしいフェイルが、静かに私の名を呼ぶ。

 改めてフルネームで呼ばれるのが、何か怖いんですが。


「昨日、夜食に何を食べた?」

「……豚の生姜焼き、とか」


 私の答えに、片手で額を押さえるフェイル。


「やっぱり豚か。肉の焼ける匂いが、男子寮にまで届いていたんだが?」


 どうやら、匂いによる飯テロって奴をやらかしていたらしい。

 竜持ちって、獣並の嗅覚持ち合わせてるからな……余裕で料理の匂いが、男子寮にまで届きますな。

 フェイルの恨みがましさを多分に含んだ言葉が、グサグサと突き刺さる。


「……こっちは干からびたパンと干し肉しゃぶって餓えを凌いでいた時に、お前は豚の生姜焼き」

「白米と温かいスープも付けました。すみません」


 ご飯は余り物の冷や飯だったけど、温かい味噌汁と豚の生姜焼きは最強の組み合わせでした。

 っていうか、これも私悪くないよね?


「夜食、自分で作れば?」

「……消し炭になる。食材が勿体ないだろ」


 そうか、こいつも典型的な……家事能力0の、良いところのお坊ちゃんか。確か侯爵家の三男……だったかな。

 それでも一応、料理に挑戦してみた事はあるみたいだけど、残念ながら失敗に終わったようだ。消し炭って……。


「それに、調理は料理人の仕事だろ。俺が完璧な調理を行ったら、料理人の仕事がなくなる」


 精一杯の負け惜しみに「あーはい、そうだねー」と、棒読みで同意するしかない。どこまでも貴族のお坊ちゃんだな。

 さて、今夜からどうしよう……。

 こっちも温かい夜食食べたいし、一々文句言われたくないんだけど。


「……ところで、今日の夜食は外の庭で肉とか野菜を焼こうと思うんだけど、フェイルたちもどう?」


 シンプルに皆で仲良くバーベキューなら、文句もあるまいと誘ってみる。

 場所と材料さえ確保出来れば、切って焼くだけなので、食堂のおばちゃんの手もそう煩わせずに済むだろう。

 恋人でも母親でもないので料理を作ってやる気はさらさらないけど、まぁ皆でわいわい肉を焼くのなら楽しいし良いかなという、せめてもの妥協案だ。

 外で食べ物を焼いて食べるというのがイメージ出来ないのか、怪訝そうな顔をしながらも「……食べてやらんこともない」と、上からの言葉を頂いた。


「皆で焼くんだよ。……っと、朝ご飯が!」


 フェイルに絡まれて、余計な時間がかかってしまった。

 慌ててフェイルと別れて、自室へと走った。


 朝食には、ギリギリ間に合いました。




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