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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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26.見習い生活・後編



 龍と竜の違いについての座学が終わり、昼食を朝以上にお腹一杯詰め込んだ後は、飛行訓練を行った。

 飛行訓練といっても、こっちは竜持ちになってまだまだ日の浅い初心者なので、訓練は全然大した内容ではない。

 璃皇に鞍や装備一式を、ひたすら着けては外し、着けては外し……の反復作業だった。

 飛行中に鞍が外れたらそれこそ大惨事なので、とっても重要な基本中の基本の作業なんだけど、数回繰り返し練習しただけで次々と空に飛び立つ先輩見習いたちを見ると、やっぱり羨ましいと思ってしまう。

 鞍はともかく腹部分の荷物袋を取り付けるのは、一人では時間がかかってしょうがないので、一日一回、自分一人で取り付けの練習を行った後は、専門の人たちにも手伝ってもらうので、彼らとの連携も重要。

 皆、竜持ちではない平民だが、大型竜に臆することなくガンガン璃皇によじ登って荷を取り付けていく。

 竜騎兵団所属の彼らは、主にこうした竜の鞍や荷物の取り付け作業や器具の点検に、細々とした竜の世話を手伝ってくれる。

 業務の内容上、全員事前に軽く璃皇と顔合わせをして相性をみて作った、私と璃皇専属のチームだ。

 こうした竜騎兵団・竜騎士団所属の平民は、実は結構多い。

 掃除や洗濯をしてくれるおばちゃんや食堂のおばちゃんたちもそうだし、食器や家具を作ってくれる職人や武器を作ってくれる職人たちもいる。

 皆それぞれ一生懸命働いてくれて、良い人たちだ。非常にありがたい。


 すぐに飽きそうになる璃皇を(なだ)(すか)しつつ、今日のノルマの数だけは鞍と装備の取り付け作業をなんとかこなす事が出来た。

 最後に一回だけ飛んで、王都辺りをぐるっと一周すれば、本日の飛行訓練は終了。

 他の見習いたちに比べて、まだまだ時間がかかるので、もうしばらくはこの取り付け作業だけで飛行訓練が終わりそうだ。

 少ししか飛べなくて不満な璃皇は、装備をはずし終えたらすぐにまた大空へと舞い戻って行った。

 今日は退屈な作業中ずっとじっとしてて、指示もちゃんと聞いてくれたので、後でよく誉めなきゃな。

 璃皇の忍耐が持ちそうにないので、早くノルマをこなせるように頑張ろう。




 飛行訓練が終わったら、竜騎士見習いたちのしばしのおやつタイムだ。

 午後のティータイムとか、そんな優雅なものではない。

 食堂のおばちゃんが用意してくれた焼き菓子などを、ひたすら口に詰め込み、紅茶で胃に流し込む。

 フードファイターでも目指してるのかってくらいの量と速さでガンガン食べ、用意された大量のおやつが瞬く間になくなっていく。

 実は、座学の合間とかもちょいちょい間食してるのだが、このおやつタイムがないと、後に控える魔法実技が持たないのだ。



「いいかぁ、野郎共!」


 フェオン教官の声が、魔法演習場に響き渡る。

 面倒になったのだろう、もう“嬢ちゃん”ではなく“野郎共”で一括りにされた。


(おのおの)の得意な魔法属性は、愛竜の得意な魔法属性によって決まる。属性は風、水、火や土など色々あるが、愛竜が得意な魔法属性が己の得意な魔法属性だと思えよ」


 フェオン教官の説明をジェリオ教官が引き継ぐ。


「全体的に満遍なくどの魔法属性も適性がある者もいるが、大抵二つか三つはあるから、組み合わせたり色々と試してみるといい。まぁ、風魔法は絶対出来るから、安心しろよー」


 すべての竜は、本能的に風魔法を使って飛行を補助しているらしいので、どの竜も竜持ちも風魔法はそこそこ使える。

 確かに、小型竜ならともかく、大型竜の身体を空に浮かせ続けるのは、魔法の力が必要そうだ。

 ちなみに、得意な魔法属性でなくても、まったく出来ないという事はない。威力は大分……というか極端に弱くなるが、一応使えるみたいだ。

 魔力の電池の様な役割をしている魔石を使用すれば、不得意な魔法属性も普通に使えるらしいが、そのへんは竜騎士見習い数日の私には、まだまだ先の事だ。


「たとえ風魔法しか使えなくても、強く生きていけるから大丈夫だ。……そう、この俺様の様になっ!」


 フェオン教官が、どーんと効果音でも付きそうなほど堂々と、宣言する。教官、風魔法しか適性ないのか……。


「適性なんてなぁ、一つ二つありゃ充分よ。その分、威力も高くなるからな! むしろ、適性多過ぎるのは中途半端な器用貧乏って奴だな! 器用貧乏!」


 フェオン教官のその言葉を聞いたジェリオ教官の額に、ビキッと青筋が浮かび上がった。


「……おい、殴っていいか? 殴っていいよな、なあ」


 散々にディスられた多属性の適性持ちだったらしいジェリオ教官が「悪かったなぁ、器用貧乏でっ!」と、フェオン教官に絡むが「あーはいはい」と軽く流される。

 じゃれ合ってる暇があったら、さっさと魔法実技やりましょうよとは、見習い全員思ってはいただろうが、殺気立つ教官たちを前にして、とても口を挟めなかった。

 部屋の隅に待機している、龍術師の舌打ちが今にも聞こえてきそうだ。

 力加減の出来ない見習いたちの魔法演習では、結界魔法の強化・補修のために必ず竜騎士の他に龍術師も最低一人は魔法演習場にいてもらう事になっている。

 龍術師は竜騎士見習いたちの演習中は、持ち込んだ書類仕事を淡々とこなしていて、基本こちらに干渉しない。

 たまに結界が壊れそうになったり壊れた時に、書類から目を離さずにさくっと補強や補修をしてくれる。

 重厚感あふれる執務机を演習場の端に持ち込んで、呪詛の様に数式やら術式やらを呟きながら、山になっている書類を片づけ続けている姿は怖いしか感想がない。


「……さっさと、始めてくれませんかねぇ。いい加減、帰りますよ」

「チッ……わぁったよ!」


 今にもブチ切れそうな龍術師の呟きに、やっと教官たちが本日の演習を開始してくれた。

 舌打ち混じりに教官に睨まれても、無視して書類整理に勤しむ龍術師は、大人の対応というよりも、馬鹿は相手にしない精神なのだろう。

 何ていうか……龍の竜に対する態度に似ている気がする。


「……あーじゃあ、そこの的に何でもいいから当てろ。思いっきりやるなよ、そっとだぞ」


 フェオン教官のその言葉に、待っていましたと見習いたちが目の前の的をめがけて、次々攻撃魔法を放っていく。

 この世界の魔法は、基本的に難しい呪文などいらない。掌に魔力を集中させて、気合いで放つという、実にシンプルなものだ。

 属性に関しては、例えば『風出ろ、風出ろ! 風風風風風ぇ……』と風のイメージを思い浮かべながら念じていれば、風属性の攻撃魔法が出てくるという、大変解りやすい仕様だ。まぁ、イメージが大事なのかな?

 ちなみに、どこでも一瞬で行ける移動魔法、何でも収納出来る空間魔法、怪我や病気を治す治癒魔法といった、便利な魔法は何処にもない。

 あるのはただ、攻撃魔法とそれを防ぐ防御(結界)魔法のみだ。

 竜に大量の荷物を積み込んでどこにでも高速で飛んで行けるし、竜持ちは治癒力も常人より高いので、大怪我を負っても沢山食べて寝れば大体すぐ治るから、特に不便はないのだが。前世でのファンタジー作品の便利そうな魔法の数々は、ちょっと羨ましい。


「初心者はまず風魔法から」という事で、今日も大人しく風魔法の練習ですよ。まだ私、風魔法しか放った事がないです。

 とりあえず、前世の漫画で学んだ“気の高め方”を実践してみる。

 臍の下辺りの丹田から、ゆっくりと全身に魔力が巡っていくのをイメージすると、なんとなくこれが魔力なのかなっていう力の流れを感じた。

 集中して集中して、その力の流れがそよ風になって、掌に集まる図を想像する。

 風のイメージが、腕にまとわりついてきたなと感じた辺りで、目の前にある木製の的に向かって両手を突き出だし、解き放つ。


 ゴウッ……ベッキャアアアア!


 そよ風程度のつもりの風は暴風となり、目標の的ではなくその両隣の的を粉々に吹き飛ばした。

 ……何故、攻撃が真ん中ではなく二つに分かれたのかは、謎だ。

 それにしても、魔力の制御って本当に難しいな。ちょっとでも気を抜けばそよ風が暴風になるし、少し強めを意識してみたらとんでもない大暴風と、中々思うようにいかない。身体能力と同じく、魔力も力加減が大体強めの方向に作用してしまう。

 他の先輩見習いたちも同じ様な感じで、魔力の制御に四苦八苦していた。

 せっせと風魔法を何発か発動させていると、フェオン教官に話しかけられた。


「お、今日は調子良いんじゃねぇか?」

「……そうですかねぇ? 全然目標の的に当たんないんですけど」

「他の的に当たってるじゃねぇか。建物破壊せずにいるだけ、上出来だ」


 がははと豪快に笑うフェオン教官。そんな大雑把でいいのかよ。


「んじゃ、魔力に余裕ある内に、いっちょ他の属性に挑戦してみるか」

「えっ」

「風属性ばっかじゃ、そろそろ飽きるだろ?」


 フェオン教官の言葉に、こくこく頷く。

 正直、飛行訓練と同じで基本をひたすら反復練習する事を覚悟していたので、かなり嬉しい。


「人それぞれ、得手不得手な属性があるからな。色々試して、自分の相性の良い属性を知っておく方がいい。ちなみに竜持ちの魔力適性は、そのまま魂を結んだ相棒の竜に直結してるからな」


 なるほど、もし璃皇が土魔法が苦手とかだったら、私も土魔法が苦手って事か。


「まずは、水属性からいこうか」

「はいっ!」


 教官たちにいい返事を返して、早速『水出ろ~!』と念じ始める。


「……それっ!」


 風魔法の要領で掌に魔力を集中させ、解き放つ……が、ちょろりと数滴の水が出ただけだった。

 最初だから仕方ないかと再度挑戦してみるが、何度やっても結果は同じ。

 半ば自棄になって、風魔法だったら大惨事を引き起こす位の魔力を込めて水魔法を発動させるが、大きめのコップをぶちまけた程度の水しか出なかった。


「あれ?」


 もしかして私、水魔法の才能……皆無?

 薄々そう感じたあたりで魔力が尽き、本日の魔法演習は終了した。




 竜は大地や大空……世界中に満ち溢れている魔素を無意識のうちに吸収して、己の魔力としている。

 だが、元から魔力のない人間には、そんな身体構造はしていない。

 たとえ竜と魂を結んでいても、だ。

 では、どうやって竜持ちが魔力を作り出すのか。


 とにかく、食べろ。食べて魔力を捻り出せ。


 食物を摂取する事で魔力を補う。

 それしか、なかった。



「―――……いい加減、私のパン離したら?」

「それはこっちの台詞だな。俺が先に取った、俺のパンだ」


 竜騎士見習い達が座るテーブルに乗っている、最後一つのパンを挟んで、フェイルリートとギリギリ睨み合う。

 殺伐とした状況だが、これでも、こうして言葉を発っしてパンを奪い合う事が出来るようになるまでに余裕ができたのだ。


 魔力切れ直後から、強烈な飢餓感が襲いかかってくる。

 ゾンビの様に倒れそうな身体を引き摺り、魔法演習場から食堂に辿り着き、とにかく一心不乱に出された食べ物を口に運んだ。

 どんなに食べても飢餓感はなくならず、胃袋に食べ物が到達した瞬間に消化されている様な気がする。間違いなく、胃の中にフードファイターが数人いるでしょコレ。

 竜は人と魂を結ぶ事で魔素の吸収率が上がり、魔力の補助として摂取していた食物の量もぐっと減るっていうのに、相棒の人間は、この有様ですよ。燃費悪過ぎるっ!

 ちなみに魔力切れのまま、食物を摂取出来なければどうなるかというと、とりあえず即死はしないが、半ば気絶するかの様に意識を失い、冬眠中の動物の様になる。またの名を、仮死状態。

 一ヶ月か二ヶ月位はそのままの状態で生きているらしいが、食物が口に入らずに放っておかれれば、この世とはおさらば……らしい。

 なので、意識があるうちにとにかく何か口に入れるのが、魔力切れの時の最優先事項だ。


 魔力切れ直後に出される竜騎士見習いの食事は、普段の食事よりかなりランクが落ちる。もうね、質より断然量が大切だ。

 夕食時に出されるパンは、主に兵糧として毎日大量に焼かれているパンなのだが、焼かれてから数日が経っている、消費期限ギリギリの奴だ。日持ちする様に硬めに焼かれているというのに、水分が飛び更にパサパサに硬くなっているのだが、飢餓状態ならばどんな食べ物でも御馳走だ。

 フェオン教官曰く「戦の時に補給が絶たれたら、地獄だぞー。泥水啜ったり、岩に生えてる苔に囓りつく事になるからな」だ、そうなので、多少どころじゃなくパンがカチカチでも、ありがたく頂いている。

 食べても食べても飢餓状態って、想像以上に辛い。食べながら餓死の心配するって、どういう事だよ。


「俺の肉、返せえぇぇ!」


 竜騎士たちの殺伐とした喧騒をBGMに、見習い仲間と小競り合いしつつ、泣きながら食事をしている毎日だ。

 ……こんなの、聞いてないよ。




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