3.感動のご対面・前編
戦場帰りの強面老兵に、掴まり立ちがやっとな乳幼児――――
そんな二人が、テーブルを挟んで対峙していた。
傍から見れば、ちょっとシュールな光景かもしれない。
(――こ、恐っ!)
ほのぼの平和を満喫していた異世界で、突然の闖入者。
いきなりの強面老兵との対面に、テーブルを掴んだまま固まる。
こっちは老兵から滲み出る独特の威圧感に、マジでビビって若干逃げ腰だ。
先日やっと掴まり立ちが出来た赤ん坊に、濃厚な戦闘の気配はキツかった。
それなのに老兵は、他のモノなど眼に入らぬ!とばかりに、恐いお顔でひたすら私をガン見している。
殺気が無いのが、幸いか。絡まる視線に、固まるしかない。
っていうか、あんまり見ないで欲しい。
穴が開くほど見詰められて、居た堪れなくなる。
(………よし!)
逃げよう。
なんだかよく解からないけど、逃げて大人を呼ぼう。
後はお母様かセラフィか、最悪お手伝いさんの誰かが何とかしてくれるはず!
視線を合わせたまま、じりじりと後退する。
気分は、野生の猛獣に遭遇した人だ。
決して視線を逸らさず、刺激しない様にゆっくりとした動作で猛獣から離れましょう…―――ってぎょわっ!
テーブルから手を離した途端、ぽてんと後ろに転がった。
………そういや私、掴まり立ちがやっとの乳幼児でした。
後ずさりなんて高度な技、まだまだ出来ないんだったよ。
柔らかな絨毯のお陰で全然痛くなかったけど、別の意味で泣きそうだ。
強面老兵が慌てた様子で近寄ってきて、そのまま抱き上げられる。
無骨な手で私に怪我が無いか確認する強面老兵は、多分っていうか確実に良い人だ。……どうもすみません。
怪我が無いと解かったのか、ほっと目元を和ませる老兵さん。
皺の目立つ顔に更に皺を深めて、にっと初めて笑顔を見せてくれる。
どんなに表情を和ませても、顔恐いです。なんか喰われそうです。私じゃなかったら、ほぼ全ての赤子が号泣してそうです。
そうは思ったが、こちらもへにゃっと笑顔を返す。愛想は大事ですよ。
その気の抜けた笑顔を見た老兵さん……泣き出しました。いや泣いたっていうか、目をうるうるさせて、泣く一歩手前。お前もか。
っていうか、この人誰?この様子だと、父親では無さそうだけど…。
どうして良いのか解からず視線を彷徨わせると、いつの間にか部屋の中に入っていたメイドさんや執事さんたちお手伝いさんズが、これまた目をうるうるさせて鼻まで啜っている。何この状況。
これまたいつの間にか部屋の中に入って私達の近くに佇んでいたお母様まで、瞳をうるませながらも老兵さんに「リルファローゼです」と私の紹介をしている。
「リルファローゼ…リルファか。良い名だ」
ずずっと鼻を啜りつつも何とか涙を耐えた老兵さんは、赤くなった目で私の顔をじっと見ながらうんうん頷いている。
これは、いわゆる感動のご対面ってやつなんでしょうか?
老兵さんは、渋いお声で私に色々と話しかけてくれるが、聴き慣れない単語ばかりで、残念な事に何を言っているのかよく解からない。
何を思ったのか、私を抱っこしたままバルコニーの方に歩いていく。
(お外かな?)
過保護なのか、庭園なんかの本当の“外”にはまだ出してもらっていないが、2階部分のバルコニーには何度か出ている。
滅多に出してくれなかったが、最近ではぽかぽか陽気の日に限って小一時間程バルコニー出してくれて、外の景色や空気を堪能している。
そんな時、お母様はよくテーブルなんかを持ち出して、優雅にお茶を飲みつつはしゃぐ私を穏やかな眼で見守っていた。
2階からのバルコニーの景色は、綺麗な庭が一面に見渡せてここ最近では一番の私のお気に入りの場所だ。
もしかしたら、バルコニーで午後のお茶でも楽しみつつ、お母様と積もる話でもするのかもしれない。
そう思い、老兵さんからバルコニーの方に視線を移すと、ありえない光景があった。
(いやいやいやいや……)
無い。これは無いっ!
どうして今まで真後ろの存在に気付かなかった、自分…!
バルコニーに続く優雅なデザインのガラス扉いっぱいに見える、金と銀の斑模様の鱗。
鱗の中心付近にある、新品の銅貨の様な色をした獰猛そうな眼。もちろん、瞳孔は縦に細長い。
ご丁寧に大人の腕より太くて鋭い白い牙が、岩をも砕きそうな顎に並んで生えている。
(なんか、こんな映画あったなー)
ハリウッドの某恐竜映画にあった、子供が夜起きると、窓から恐竜が飼い犬をむしゃむしゃ喰いながらこっちを覗いているあのシーンと重なる。
あの映画その後どうなったっけ……ああ、子供が写真撮ったのに吃驚してさよならしてたなー。でも、目の前のラスボスは全然さよならしそうに無いよ。
ええ、ラスボスが部屋の中をめっちゃ覗いてます。
2階のバルコニーに喰い込み気味に前屈みになって、首を伸ばして部屋を覗いているその姿は、ファンタジーなRPGゲームでいう所のラスボスレベルの竜。一狩りどころか、一噛みでこっちが殺されそうだ。
そんな巨大竜が、私の目の前にいる。
(っていうか、このサイズの竜っていたんだ…)
セラフィサイズが一般的だと思ってたよ。
巨大竜は、老兵に抱っこされている私の事を興味津々とばかりにガン見している。
――――もういっそ、気を失っても良いですか?