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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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26.見習い生活・前編

「―――……離せ、それは私のパンだ」

「………俺の方が先に取った。俺のパンだ」

「私の方が先だって」

「いいや、俺だ」


 細長い―――所謂バゲットの様な形状のパンの端と端をそれぞれ掴み、ギリギリとにらみ合う。

 竜騎士見習い達が座るテーブルに乗っている、最後のパンだ。

 ちょいと数歩歩いて食堂のおばちゃんからパンのおかわりを貰えば済む話なのだが、お互いそんな余裕は無いのだ。その数歩でさえ、もう歩きたくない。

 人間、引いちゃいけない場面があるが、今がそれだ。

 ここで譲ったら、これからの人生全てこいつに負ける気がする。それだけは、絶対に嫌だ。

 二人でにらみ合ったまま動けないでいると、同じテーブルについている先輩見習い達がテーブルの上の他の料理をこれ幸いにと口一杯にかきこんでいる姿が目の端に映るが、今はこの最後の一個のパンが欲しいのだ。

 “譲り合いの精神”なんて、そんな生易しい言葉はこの場に存在しない。

 あるのはただ、強烈な餓えを満たしたいという欲望だけだ。



「………っざけんなよ、手前ぇ!俺の肉返せっ!!!」

「食堂は戦場ですよー……っと、危ねぇな!」


 竜騎士の一人が投げた椅子が壁に当たり、椅子が大破する。


「俺のっ……最後一つのっ……肉ぅっ!!!!」


 最後の一つの肉か………パン一個でさえ一触即発なのに、そりゃキレるわ。

 他のテーブルでも同じように、竜騎士達の醜い争いが繰り広げられていた。これでも皆、我が国のお貴族様です。

 油断してると、椅子やらテーブルやらが飛んでくるので、周りの様子に気を配りながらの食事。ほぼ毎回、食べ始めたばかりの前半はこの状態だ。

 こんなスリリングな日常は、いらない。


「ふぐっ………うっ、こんなの聞いてないよぅ」

「………泣くな。泣くと料理が飲み込めなくなるぞ。………うっぐ」

「グスッ………くそ、せっかく竜騎士になったってのに、何でこんな事に」


 料理を口に詰め込みながら、泣き出す先輩見習い達。夕食の時は、大体皆こうして泣きながら食事している。

 こっちも固いパンを割れない様、潰さない様に微妙な力加減で引っ張り合いながら、お互い涙目だ。

 本来なら、決して他人に涙は見せないお年頃のハズの十代後半の若者達が、全員泣きっ面での夕食。


 本当に、この状況は何なんだろう。


 半泣きでパン争奪戦をしつつ、今日一日を振り返ってみる。




 竜騎士団での見習い生活も、早くも三日目に突入していた。

 まだ慣れない事ばかりだが、大体の生活のリズムは解ってきた所だ。

 日が出たばかりの早朝に軽く素振り等の朝練を自主的に行って、朝食をがっつり食べる。

 ふわふわの―――一般人からすれば5人前は軽くありそうな巨大オムレツに、たっぷり具が入ったスープと彩り豊かなサラダ。白くて柔らかい丸パンがどっさり。更にそこに、今朝のメインの牛ステーキ。とにかく大量の(ステーキ)

 もちろん、これら全て一人分の食事の量だ。

 朝から大量の肉料理も余裕です。どれも美味しいからね。おかわりだって、竜騎士全員が時間の許す限りしますよ。


「………美味しぃ」


 バターをたっぷり使ったオムレツが、口の中でとろけていく。パンも全部柔らかくて、ほんのりと甘みがある。流石は焼きたて。

 やっぱり、朝は天国だ。

 これが夕飯の時は、大皿にどーんと数人分盛られた料理を各自取り分ける仕様な事が多いのだが、朝は料理人も余裕があるのか、個別に盛られた皿から直接食べられる。当然、最後のおかずを巡っての喧嘩も、朝は殆ど起こらないので、非常に平和だ。


 殺伐とした夕食とは違い、朝食や昼食は割と皆穏やかに食事を進める。

 特に朝食は、見習い達と泊まり仕事だった竜騎士以外は自宅で食べてくるので、自然と食堂の人口が少なくなり凄く快適だ。

 見習い中の竜騎士は王族だろうが全員寮生活だが、王都に屋敷を持つ竜騎士達は、その日の訓練や仕事が終われば、王都郊外にあるそれぞれの屋敷に帰っていく。

 大型竜や龍持ち貴族達の王都の屋敷は、大体が王都の中心から離れている。

 王都の外れの、豊かな大自然が広がっている辺りだ。

 大型竜や龍が複数いる家なんかは、それぞれの竜達がストレス無くくつろげる広い土地が必要だし、何より竜持ちで無い一般市民に余計な不安を与えない為の配慮だ。

 郊外と言っても、竜の背に乗って一っ飛びすれば、通勤時間も片道大体半刻(30分)程度で済んでしまうので、何ら問題は無い。

 逆に、小型竜しかいない貴族は、王城近くに屋敷を構えるらしい。


 ちなみに、竜騎士達の勤務事情は、王都の竜騎士団に年何十日仕えなければいけないとかが義務づけられているそうだ。

 ただこの辺結構柔軟で、領地経営等に余裕が有れば、数年分まとめて王都で働く事が出来る。

 スケジュールを調整すれば、先に働いた分、忙しい時期は自領に引きこもったりする事も可能だ。

 一生を竜騎士団に籍を置く事が義務づけられている全ての竜騎士や龍術師達は、若い頃にまとめて王都の竜騎士団で働いて、老後にその分を使って実質上の隠居生活をするようだ。

 そして、いざ戦闘になったら、召集してもいない隠居爺達が真っ先に戦場に乗り込んで無双してるとかしてないとか。

 ……ガル爺がアレだから、容易に想像出来てしまう。




 朝の短い平和を堪能したら、後は戦場の様な日常が始まる。

 大体午前中に座学や剣の稽古を終わらせ、午後からは愛竜に乗って飛行訓練を行い、最後の締めに魔法の実技だ。

 教官の都合で授業内容が変動したり、ほぼ一日中飛行訓練で空を飛び回ったりする事もあるらしいが、基本はこのスケジュール。

 今日も大きな変更は無く、剣の稽古の後に竜の生態についての座学、昼食を挟んだ後に飛行訓練、そして最後に魔法の実技という、大きな変更も無い、いつも通りのスケジュールだ。



「――――……喰らえっ!」

「………なんのっ」


 木と木が弾きあう硬質な音が、修練場に響き渡る。

 現在、木剣と木刀での模擬試合中。

 対する相手は先輩竜騎士の一人、アルシェルーク・レイ・セスグロリア。

 赤毛っていうのかな………どう見てもオレンジ色の髪と青紫の眼を持つ、16歳の少年だ。

 勘が良いのか、見慣れないだろう型の攻撃も「うわっ、危ねっ」と言いつつ、ひょいっと避けたりはじき返したり。小癪な。



 私達のすぐ隣でも、同じ様に先輩見習い達が木剣で模擬試合をしていた。

 大剣サイズの木剣を操る大柄な青年は、ラディルアーシュ・フォン・ガルヴァノリス。

 焦げ茶の髪に深緑の眼で、背も高く筋肉も程良くついていて恵まれた体格をしている。

 見習いの中では最年長の17歳で、ほんの少しではあるが一番見習い歴の長い先輩だ。面倒見が良いのか、よく他の見習い達の喧嘩の仲裁をしたり剣や勉強を教えたりと、良いお兄さんといった印象だ。


 そのラディルと木剣を交わすのは、ダリュングレット・セリ。

 薄めの金髪に焦げ茶の眼をしたダリュンは、私より一つ年上の15歳だが、ラディルに続いて二番目に見習い歴が長い。

 そして名前からも解るように、現在居る見習い達の中で唯一の平民出身者だ。

 だが、優し気な顔立ちによく合う、柔らかな立ち居振る舞いとおっとりとした雰囲気は、見習いの中の誰よりも貴族の子息みたいだ。王都にある商家の次男坊らしいけど………でっかい商家の坊ちゃんなんだろうなぁ。

 こんなのほほんマイペースな感じで、ちゃんと剣が扱えるのかと思ったが、一瞬で覆された。

 ………天才って、こういう人の事を言うのか。って位、マジ強い。

 ラディルが日々のストイックな鍛錬に裏打ちされた、基本に忠実な技の型による努力型の戦闘スタイルならば、ダリュンはちょっと技を練習しただけでそれなりの形にしてしまい、さらに応用技までさらりと繰り出してしまう。正に天才。


 それにしても見習い全員、大型竜に選ばれるだけあって相当の強さだ。その辺の村の子供とは、実力が全然違う。同年代の、拮抗した実力を持つ相手がこんなにいるのは、かなり嬉しい。


「そりゃっ!………ぎゃっ」


  嬉しさのままに木刀を振り下ろせば、ついつい力が入ってしまい、バキャッという音と共に木刀と相手の木剣が………折れた。


「ちょっ、オレのまで折ってんじゃねぇよ!」

「……ご、ごめん」


 慌てて木刀と木剣の様子を見れば、両方共もう修復不可能な程にバッキバキに折れていた。

 当然ながらこれではもう、模擬試合は出来そうに無かった。

 ちなみに、木刀大破は本日これですでに二本目だ。

 これ以上木刀の損失は避けたいので、勝負はおあずけで、そのまま木刀と木剣の欠片を拾いながらの反省会になった。


「力加減、難しいね」

「……ねー。大体、加減って何さ。竜持ちになってからこっち、一向に出来る気しねぇんだけど」

「せめて、これ以上木刀折りたくないな。………残りがもう、ヤバイ」

「あー……オレも今月もうヤベェな」


 気を付けていれば日常生活に支障は無いが、こうした模擬試合や訓練では、どうしても力が入ってしまい、残念な結果になってしまう事が多かった。

 だからといってもっと丈夫な鉄剣を使っても、更に悲惨な事になる。木剣と同じ様な頻度で折れて費用もかさんだ上に、飛んでくる破片を避けるのも命懸けって、何の罰ゲームだ。

 力が強すぎて中々訓練にならないって、この先大丈夫なんだろうか。


「……寸止めにしないで、調子乗って刃合わせてるからだろ。お前等、馬鹿か?」


 呆れきった声でこちらの神経を逆撫でてくるのは、フェイルリート・リュカ・マルクィス。

 私と同い年の14歳で、私よりちょい前に竜騎士団に入団した、ほぼ同期って言っても良い先輩見習いだ。

 桃色がかったミルクティー色の髪は、柔らかな緩いウェーブを描いていて、少しつり上がり気味の―――血統書付きの猫を彷彿とさせる、大きな目元を飾るのは、綺麗な緑柱石(エメラルド)

 もうね、フェイルってばマジ美少女。まだまだ成長途中で身体の線が細い所為か、美少年というよりはガチの美少女顔。


 ただし、性格きっつい。


「ああ、すまん。本物の馬鹿だったか」


 一人黙々と行っていた素振りの手を完全に止めて、なるほどと頷くフェイル。

 完全に、こちらを馬鹿にしている。


「よーし、お前一回泣かす。徹底的に泣かすかんなっ!」

「アルシェどいてよ、私がやるから」


 殺気立つ私とアルシェを前にしても、余裕の表情を崩さないのは、フェイルも他の見習い達に負けず劣らずの実力者だからだ。むしろ、実力・才能・容姿・家柄、全部合わせると見習いの中で確実に一番上だろう。

 性格は反抗的で気難しいけど、根は真面目かつ優等生タイプなので、ちょいちょい皆にいじられては反応を楽しまれていたりもするので、この程度のじゃれあいは日常茶飯事だ。

 一応見習い皆、それなりに仲良くやっている。


「ほら来いよ!その木剣バッキバキにしてやらぁ」

「ふん、筋肉馬鹿はすぐ突進して来るな」

「てめぇ、マジで覚悟しろっ!」


 それなりに、な。


 「あー、楽しそう。俺たちも混ぜてよー」と、同じく木剣が折れたダリュンやラディルも混ざってきて、今日の訓練はもう収集がつきそうにない。


 結局、フェオン教官の持っていた鉄剣をぶち折りながらの「餓鬼共ぉ、真面目にやれぇ!ぶっ殺すぞ!」という怒号に、全員一瞬で大人しくなった。

 「くっそ、また折っちまったじゃねーか!今月これで5本目だぞ」と、マジギレしながら鉄剣の残骸を拾い集めるフェオン教官、マジ恐いっす。


 ………これ竜騎士になっても力加減、コントロール無理じゃない?




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