24.竜騎士見習い達の噂
あまり広いとは言えない室内。
窓の外では、昨夜の晩から明け方近くまで降った雨の気配など、一切感じさせない程の青空が広がっていた。
「―――……なぁ、今日だっけ?」
「何が?」
「竜騎士見習いになったお嬢様が、王都に着くの」
「あー……道理で」
大人達が、妙に浮ついている筈だ。
黒板が壁一面に設置され、いくつかの簡易な机と椅子が並べられた部屋の中には、現在4人の少年がいた。
皆、大型竜を愛竜に持ち、竜騎士見習いとして竜騎士団に所属している、国の中でも特に優秀で有望な若者達だ。
彼らの教官である竜騎士は、昼食が終わってから「大人しく自習しとけ」と適当に課題を押しつけて、慌ただしく部屋を出ていったきりだ。
今日は午前に剣術の訓練を軽くしたきりで、他の演習は無い。監視する人間も無く部屋に放置された少年達の大半は、当然ながら真面目に課題をこなす気など更々無かった。
先程から、非常食にと携帯していた焼き菓子を食べつつ、だらけきった態度で噂話に興じている。
「女子寮の改装された部屋、見たか?」
「………うん、あれってもう差別だよね」
あの、不要品に埋め尽くされ、混沌とした空気を醸し出していた部屋が、まるで新築したかのように綺麗に生まれ変わっていた。
壁紙は綺麗に貼り替えられ、部屋に新しく取り付けられた家具も、見るからに高級そうな品。
自分達の部屋の内装の質素さを思うと、涙が出てくる。
ついでに言えば、部屋の広さも女子寮の一部屋は、男子寮の二部屋分に相当する広さだった。
男子寮では、洗面所と浴室の他に一部屋で生活全て済ませられる造りになっているが、女子寮は更に客室にも使える部屋とは別に寝室が有り、小さな衣裳部屋が備え付けられていた。
部屋が男子寮より広いのは、今回の改装によってでは無く、元々からこの間取りだ。
最早清々しいまでの、女尊男卑だった。
これが竜騎兵団の見習い達の寮ならば、男子寮女子寮共に2人から4人位の人間が共同で部屋を共有しているので、各自個室が与えられているだけ、竜騎士見習いである彼らはまだ恵まれた環境にいるのだろう。
それは解かっていても、女子寮とのあまりの差に、抗議の一つもしたい所だ。というか、実際すでに教官達に「ずるい、差別だ!」と軽く文句をつけている。
「女は荷物が多いんだから、当然だろうが。お前らも、一日中女装で過ごし続けるってんなら、今よりもっと広い部屋用意してやるよ」と、ゲラゲラ笑いながら流されただけだったが。
「野郎がもう一人増えるよりは、マシなんかなぁ………」
右を見ても左をみても、筋肉質な男と雌でも厳つい大型竜しかいない職場よりは、場が華やぐ筈だ。
ここ最近の騒動は、確実に竜騎士見習いになったお嬢様のせいなので、悉く被害を被っている見習い達は複雑な気分だった。
そういえば、と嫌な事に気が付く。
竜騎士団に入団してから竜騎士団の中で、食堂のおばちゃん以外との女性との接触が、全くと言って良い程、無い。
数日前にほぼ騙し討ちの様に女装用の衣装を新調させられた時に、針子の女性陣に取り囲まれたが、あれはもう記憶から抹消したい出来事だ。
村娘風の素朴なものから上流階級の貴婦人が着るような豪奢なものまで、散々好き勝手にいじられながら勝手に決められたのだ。
年若い娘数人に取り囲まれて女装服の為に採寸されるというのは、まだ難しい年頃の彼らには、屈辱以外の何物でもなかった。
現に、針子の女性陣に一番取り囲まれ、寄ってたかっていじり回された見習いの一人は、それ以来常に苛々と不機嫌そうにしていて、殆ど口もきかなくなった。
まだ入団したばかりの新人で、どちらかといえば人見知りの、現在竜騎士見習いの中ではほんの少しの差とはいえ、最年少の少年。
自分たちも同じ状況なのを忘れて、女装服採寸の最中に、集中的にからかったのがいけなかったのか。最近やっと心を開いてきてくれたというのに、先日から一気に態度が硬質化してしまった。
今も彼は、五月蠅い先輩見習い達を無視して、一人黙々と課題をこなしている。
「えーっと………確かお嬢様って、お前と同い年じゃねぇ?」
とりあえず、後輩に話をふってみる。
一心に動かしていた筆先を止め、ちらりとこちらに視線を寄越したので、会話は聞いていたらしい。
「そうそう。東の辺境伯の所のお嬢様だっけ。可愛いと良いねー」
「だな。オレとしては、こう……肉付きが良くて、気が強そうで派手な感じの美少女が良いな」
「俺は、物静かで大人しい子が良いなぁ。……美少女っていうか、美人な感じで」
盛り上がる先輩見習い達を醒めた目で見て、一言。
「課題やれよ。カスが」
これが、最年少の新入りの態度である。
一気に、場の空気が悪くなった。この場合、課題に一切手をつけていない見習い達が悪いので、ぐっと黙るしかない。
「そっ、そういえば、王都で竜瀬の儀受けてなかったんだね。ぼ……俺、東の辺境伯の所に同じ年頃のお嬢様がいたなんて、全然知らなかったなぁ」
「そういや、そうだな」
本来、王都で竜瀬の儀を受けるのは、貴族や裕福な家を生家にする子供には当たり前のことだった。
周り全員、竜持ちになるのを第一目標とする、ライバルに近い存在だが、毎日の様に顔を合わせていれば友情が芽生える事もあるし、貴族の子供同士なら、顔見知り程度にはなっている。いわゆる、社交界へ足を踏み入れる前の、土台作りの場だ。
たとえそこで竜持ちになれずとも、将来役に立つ人脈を作る事が出来るので、王都で一番竜瀬の儀を行う機会を持つ貴族の子供があえて参加しない理由というのは、彼等には想像もつかなかった。
現にこの場にいる見習いの少年達も、大型竜持ちになるまで特に親しい交流は無かったが、全員子供の頃からの知り合いではあったので、そこそこ友好的な関係を築いていた。
「謎、だな」
「……うん、謎だね」
先輩見習い達のやり取りを黙って聴いていた少年は、ふぅっと溜息を一つ吐き、課題をこなす手を止めて、先輩見習い達に向き直った。
「貴族の令嬢なのに王都で竜瀬の儀を受けない時点で、どんな奴か察しろ」
「………って言うと?」
「余程出来が悪くて王都にも出せなかったが、何故か大型竜に気に入られてしまった、足手纏いの能無し女。それかただの変わり者な、骨格と筋肉がそこらの男にも勝るとも劣らぬ逞しい女」
「おい、何でそこでただの変わり者が筋骨隆々なお嬢様になるんだよっ」
「大型竜に気に入られる位だからな。他の女性竜騎士を参考に、少し別の趣向から攻めてみた」
「オレたちの希望の灯火を全力で吹き消して、楽しいか?!」
つい、御令嬢の姿を筋骨隆々な感じで想像してしまって、涙目になる先輩見習い達。
他の女性竜騎士は別に筋骨隆々というわけでは無いのだが、普段の言動からして、彼女達を筋骨隆々にしても違和感は無いので、つい想像してしまったのだ。
「お前、この前も問答無用で本全部燃やしやがって!」
「この世の汚物を消し去っただけだ。大体、あんな内容じゃ使えないだろ」
「うぐっ……一冊位は、大丈夫なのあったかもしれないだろっ。むしろ、新しい扉を開けたかもしれないし」
「………もしそんな扉を開いたら、裸にして竜騎士団の尖塔から吊す」
実にくだらない内容で、室内は一気に一触即発になった。
「お前等、落ち着け。とにかく落ち着け」
この場で最年長かつ一番見習い歴の長い少年が2人の間に入って必死に宥めた事で、一応の落ち着きを見せた。
まだ何か言いたそうな先輩見習いに対し、つんとそっぽを向く後輩見習い。
その様子を見て、最年長の見習い少年が、溜息を吐く。
見習い仲間が増えてからずっと、こんな調子で事あるごとに宥め続けている気がするのは、気のせいでは無いだろう。
大人しい御令嬢希望なのは、決して個人的な好みだけでは無い筈だ。
「―――……あ。あれがそうじゃない?!」
一触即発な彼等を余所に、窓の外をぼんやりと見上げていた少年が、声を上げる。
その声に釣られて窓の外を見上げれば、確かに常人では視認出来ない程遥か遠くに、大型竜と龍の姿が見えた。
思わず、窓の傍に貼りつく見習い達。
「……本当だ。マジで大型竜なんだな」
「まぁ、ギリギリの大きさで大型竜って言い張ってる場合もあるけど、流石にあの大きさは紛う事無き大型竜だな。しかも、超攻撃型の」
稀にある話だが、中型竜か大型竜か微妙な大きさの竜を、大型竜だと言い張って強引に竜騎士団に捻じ込んで来る者もいる。
その場合、竜騎士たる実力に見合わなければ速攻で竜騎兵団へと降格し、暫く居心地の悪い思いをするのだが、竜の大きさによって出世の上限が決まるので、そういう者は跡を絶たない。
勿論逆の例もあり、竜騎兵団では納まりきれずに竜騎士団へと栄転する叩き上げの猛者も、極稀にだが存在している。
「黒い体色って、恰好良いねぇ」
ほぅ、という溜息と共に呟かれたその言葉に、皆思わず頷いた。
自分達の愛竜の鱗の体色も、勿論悪くは無くむしろ最高に恰好良いと思っているのだが、黒い鱗に覆われた大型竜というのは、何処か少年達の心を擽るモノがある。皮膜の青色も、黒い鱗によく映えていた。
令嬢を乗せているであろう黒い大型竜と朱金の龍は、みるみる内にこちらに近付き、竜騎士団へと降り立った。
「………何ていうか、“普通”だな」
「まぁ、な……」
彼らが口にしているのは勿論、新しく竜騎士見習いになった、御令嬢の事だ。
自分達が居る部屋から御令嬢達が降り立った竜騎士団の発着場まで大分距離はあるが、皆大型竜持ち特有の並外れた視力によって、はっきりと御令嬢の容姿まで視認していた。
「んー、どちらかと言えば………可愛い系、かなぁ?」
愛竜の背からゆっくりと降りた令嬢の容貌は、先程よりも良く確認できた。
肌は白く、後ろで一つに括った真っ直ぐな黒髪は、艶やかで綺麗だった。すらりとした華奢な肢体は、果たして剣を操る事が出来るのか不安ではあるが、大型竜に選ばれる位なのだから、そこそこ使えると信じたい。
ほんの少し垂れ気味の目元に、眼の色は鮮やかな瑠璃色で、きょろきょろと珍しそうに周囲を見渡す姿は、栗鼠の様な小動物や仔鹿の様な草食動物を連想させた。
絶世の美少女というわけでは無いがそれなりに愛らしく愛嬌もあり、わりと整った顔立ちはしているのだが、何と言うか―――
「………思ったより、地味じゃね?」
さらっと、見習いの1人が誰も発さなかった禁句を口にした。
「おい、失礼だろ!本人目の前にしても、絶対言うんじゃないぞ」
「へーへー。ま、筋骨隆々より全然可愛いか」
「うんうん、可愛いよー」
先程、粉々に夢と希望を壊されたので「地味」とは評しても、がっかり感はあまり無かった。
むしろ、ほっとする気持ちの方が大きい。
よく考えれば、くるくる巻き髪の化粧も厚塗りで一部の隙も無い、見るからに箱入りのお嬢様よりも、大分取っ付き易そうだ。まぁ、外見だけで、中身は箱入りな可能性も捨てきれないが。
「御令嬢って、東の辺境伯の所から来たんでしょ?」
「ああ。そういえば、結構な距離だな」
「何日位かけて来たのかな?まだ竜持ちになったばかりでいきなり長距離飛行って、俺だったら絶対に嫌だなぁ。きっと、膝ガクガクになるし」
確かに、東の辺境伯爵の領地から王都までは、かなりの距離がある。
大きな山をいくつか越えたりするので、大型竜でも早くて3日、無理せずゆっくり休憩を取りながら行ったなら、5日か6日はかかるだろう。
自分達は最初から王都で愛竜を得たので移動の心配は一切無かったが、もし大した飛行経験も無い大型竜持ち一ヶ月の時に「ちょっと東の辺境伯の所まで行って来い」なんて教官に言われたら、半泣きで嫌だと抗議するだろう。
なんせ、今まで経験したことの無い高度を物凄い速度で移動するのだ。身体は丈夫になっていても、精神的な疲労は半端無い。
少しずつ、移動距離を伸ばしていくのが彼らの中での常識なので、見事に長距離移動を果たした御令嬢は、中々の胆力の持ち主なのだろう。
そう、見習いの少年達が思った瞬間――――
「あ」
「ぶふっ」
「……あっちゃー」
「…………」
御令嬢が、地面に転がった。
……というのは、些か語弊があるだろうが、自らの愛竜の鼻先で身体を軽くつつかれ―――竜にとっては軽くじゃれたつもりだろうが、人間では抵抗する術も無く……結果、半ば吹き飛ぶ様な勢いで地面へと吸い込まれていった。
不運な事に、明け方まで雨だった影響で、発着場の地面はまだ所々に大きな水溜りがあり、御令嬢の華奢な身体は見事にその水溜りの一つに突っ込んだ。
当然、御令嬢の全身は、泥水でしとどに濡れている。
その姿に慌てた愛竜が、懸命に自らの細長い舌で御令嬢の身体を舐め取るが、竜の涎でさらなる惨事を生み出すだけだった。
つまりは、泥と涎で全身でろでろ。
愛竜にじゃれつかれて全身泥だらけというのは、竜持ちならば大・中・小の大きさ問わずかなりの者が経験あるだろう自体なのだが、まさか入団初日の……降り立った直後にこの悲劇が起こるとは、誰も思わなかっただろう。
「……ぶはっ、初っ端からかよ。マジだせぇー。」
「ちょ、笑っちゃ駄目だよ!」
大声でげらげら笑う見習いを流石に他の見習いが嗜めるが、一度笑いのツボに入った若者は中々止まらない。
それどころか止めている方も笑いが感染して、クスクス笑い出す始末。
とうとう、その笑い声を聞きつけたのか、御令嬢がこちらを向いてきっと睨み付けてきた。だが、白い頬を赤く染めて小刻みに震えている様は、それこそ栗鼠が怒った程度の、可愛らしい反応だった。
こういう女の子らしい反応は、やはり良いものだ。
これからの見習い生活が、より充実した毎日になりそうな予感に、先輩見習い達は胸を高鳴らせた。
「………足手纏いが増えただけか」
勿論、不満気に呟く後輩見習いを綺麗に無視して。
こうして竜騎士見習い達に、新しい仲間が加わった。




