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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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23.突貫お貴族教育・前編


「リルファお嬢様ー、その調子ですー!」

「そのまま真っ直ぐ、足元見ないで前を見てー!」

「………ぐ、ぬぬっ」


 侍女さん達の声援に応える余裕も無く、フラフラクネクネと、身体を左右に揺らしながら慎重に前へ進む。いつグキッと、変な方向に足首が曲がるか、解かったもんじゃない。

 先日のドレスの採寸で、貴族の御令嬢として非常に重大な欠点がいくつか発覚したのだ。


 まず、高いヒールの靴で、歩けなかった。

 低めのヒールならばまだ大丈夫なんだけど、高いヒールになると一歩一歩がこう……産まれたての仔鹿の様に、足元をプルプルさせながら歩く事になる。

 子供に無理矢理、窮屈で固い靴を履かせて、足の形が歪んでしまうのを嫌ったベテラン侍女のミライムが、決してその様な靴を履かせなかったので、この間の採寸の時が、人生初ヒールだったんだよ。

 そして更に、裾が長いドレスだと、数歩歩くだけで裾の端を踏んづけて転ぶ。高いヒールならば、尚更だ。

 裾の長い大人のドレスも、動き辛いからと殆ど袖を通した事は無い。当然子供用のは裾短めドレスばかりだったからね……。


 淑女教育も、小さい頃はまだ真面目にやってたんだけどさ、最近はミライム達の制止を振り切って山に籠もりきりで、基本的な事は習ったからもういっかーと、ぶっちゃけサボってました。

 完全な自業自得よ。おかげで今、必死にそのツケを払っている最中です。


「後少しで、おやつに辿り着きますよー!」

「今日のおやつは、ミートパイですわー!」

「………みーとぱい」


 覚束無い足取りで、侍女さんが掲げ持つミートパイに向かって懸命に足を動かす。

 最早、鼻面に人参を突きつけられた馬状態なのは、充分自覚している。

 ただ、三時間近くも高いヒールでよたよた歩くだけの単調な仕事をしていれば、人間の尊厳的なモノも段々無くなってくるというものだ。


 今まで散々、淑女教育をサボってきた結果がコレだよ!


 くっそ、涙で前がぼやけて来た……。

 ミートパイ食べたいから、歩きますけどね。

 あれは絶対、パイ生地さっくりで中にはお肉たっぷり肉汁もじゅわーなミートパイだ。是非ともホールで丸ごと頂きたい。

 山で崖登りしてる方が、ヒールで歩くよりも全然楽な気がする。


「高いヒールは慣れですよ、慣れ。最初は梃子摺っても、いつの間にか普通に歩けているもんです」


 いつの間にか部屋に入ってきていたエルトおじ様が、紅茶を啜りながらまったり見物している。


「うぅ、……高いヒール履く感覚なんて、男の人には解からないでしょ!」


 適当な事言いやがってと噛み付けば、ふっと自嘲するかの様な笑みを浮かべるおじ様。


「………解かりますよ。経験者ですからね」

「え、何それ?」

「……………大人になれば、断れない仕事もあるんです」


 どんな仕事だよ!


「竜騎士団の、悪しき風習ですよ」

「ちょ、詳しく!その辺もっと詳しく!」

「さ、せっかくの出来立てのミートパイが冷めてしまいますよ」


 流石はおじ様、年の功というべきか、食いつく私をひらりとかわす。

 結局「リルファの分まで、僕が食べちゃいますよ」の言葉で、大人しくミートパイを食べる事に専念した。

 うむ、予想通り生地サクサクで美味しい。しかもまだ温かいので、美味しさ倍増。


「どうですか、少しは回復しましたか?」

「うん、……なんとか」


 途切れ掛けていた集中力も、おやつでちょっと回復した。これなら、後小一時間程度ならまた黙々と歩き続けられそうだ。


「それは良かった。じゃあ、はいコレ」


 机の上に、5、6冊程の分厚い本がドサッと積み上げられた。

 ………まさか、今度はこれを頭の上に乗せてモデル歩きしろと?


「アーギオ文字の教本です。竜騎士になるのなら、まだまだ覚えておいた方が良い文字が、沢山ありますからね。後は、飛行の教本や竜の生態に関する軽い(・・)読み物と――――」


 1冊の本を手に取り、恐る恐る頁をめくれば、文字がぎっしり詰まっていた。全然、軽い読み物じゃないよ……。

 アーギオ文字って、象形文字っぽくて漢字代わりに使ってる奴だ。基本的な文字は覚えたつもりだったけど、まだまだあったのか。

 まぁ、漢字の文字数の多さを考えたらまだマシなのかもしれないけど、分厚い本を見るだけで心が折れそうです。

 覚えたら色々と便利っていうのは解ってるけど、正直面倒くせぇ。


「今時の竜騎士なら、これ位は軽ぅく頭に入れてなきゃ駄目ですよ。じゃないと、“脳筋”だの“筋肉馬鹿”だの“これだから竜騎士は”だの言われるんですよ」


 ああうん、ガル爺に散々言ってたもんね、エルトおじ様。

 でも私、この本の山を見るだけで頭痛がしてくるので、別に脳筋って罵られても構わないや。


「とりあえず、今日はこれだけ軽くやっておきましょう」


 机の上の全ての本を指し示して、にっこり宣言される。

 ………これ、全部?

 「ほんのさわりだけですよ」と言われても、何故か信用出来ない。

 絶対、話長くなるよ。眠くなるよ。説教されるよ。エンドレスだよ。


「明日からは、璃皇にハーネスを装着させたり、色々と実技も入れましょうね。ああ、剣の方も1ヶ月でそれなりにしなければ………」


 明日からの、更なるハードスケジュールが確定した。

 今、非常に狩りがしたい気分。それか、山に籠もって隠遁生活。


「王都へ行くまで時間は少ないけど、頑張りましょうね」

「………はぁい」





 後日、竜騎士団の悪しき風習の事をガル爺に訊けば、竜騎士・龍術師の見習い達は、宴会の時によく女装させられるのだとか。しかも、かなり本格的なヤツ。


「ワシだって、見習いの頃はよく女装させられたからのぅ。ヒールの高い靴位履けるぞ」


 「何なら、手本を見せてやろうか?」と、ノリノリのガル爺に「絶対やめて」と強く言っておく。ガチムチ爺の女装姿なんて、死んでも見たくない。

 竜騎士の事を普段脳筋だの筋肉馬鹿だの言っている龍術師だって、竜騎士と一緒になって女装してるってだけで大概だぞ。充分、馬鹿の範疇に入るだろ。これが所謂、エリート馬鹿か。

 ………つーか、それで大丈夫なのか、スフェルオーブ国竜騎士団。

 思わず頭を抱えたくなり、片手を額に当てた瞬間、ふと凄く嫌な事に気付いた。


(あれ、コレ………私、ヒールの靴も履きこなせ無いのって、エルトおじ様やガル爺よりも、女子力低い?)


 それに下手すりゃ、竜騎士団の男共、全員高いヒール履けるんじゃないか?

 嫌な汗がダラダラと背筋を伝う。やばいぞ、これはマジでやばい。


「せ、せめて、ヒールだけは完璧に履きこなそうっ!」


 じゃないと、御令嬢として、女として、色々と終わる。

 無論、次の歩行訓練からは、かつてない程の集中力でもって歩いたのだった。




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