22.竜騎士達の会議
※若干下品・下ネタ注意
――――スフェルオーブ国王都、リザ・リューゲル。
王城に程近い、竜騎士団の本拠地。その一室で、数人の男達が厳つい顔を付き合せて熱い議論を交わしていた。
「だからぁ、揚げ物はやっぱ“踊る赤竜亭”に限るって!」
「確かに味に限るならば、“踊る赤竜亭”が一番だろう。だがしかし!“お喋り黄竜亭”の揚げ物……というより、料理全般は女将自ら作り上げられている!」
「しかも、給仕はその娘!」との言葉に、周りの男達の同意する声が次々と上がる。
「いや、若い娘さんの給仕は嬉しいけどさぁ、赤竜亭だって色気たっぷりの従業員がいるんだし……」
「お前は何も解かって無いな。黄竜亭は女将とその娘である3人姉妹だけでほぼ切り盛りしている、家族経営の店。いわば、家庭の味。その場に居るだけで家庭の雰囲気を味わえる」
滔々と“お喋り黄竜亭”の良さを語る男が、びしりとその場に居る者達に人差し指を突きつける。
「しかも、女将は美熟女な未亡人だっ!」
「美熟女ー!」「未亡人ー!」と盛り上がる周囲に、冷水を浴びせかけるかの様な声が響いた。
「―――お歴々、これ以上業務と関係の無い話を続けるなら、会議室から即刻出て行って貰うが?」
特に声を荒げるでも無い静かな警告だったが、その声音には若干の怒りが込められていた。
このまま熟女話で盛り上がれば、皆問答無用で叩き出されるだろう。
「……はは、ちょっと息抜きに雑談をしていただけだ。続けてくれ」
ピタリと収まった無駄話に「では、次の議題は―――……」と、何事も無かったかの様に会議を続ける青年。
この中の誰よりも年若いというのに竜騎士団副団長を任されているのは、実力や肩書きもさる事ながら、真面目な性格の部分も大きいのだろう。
先程まで脱線していた、竜騎士団の中でも重要な立場に居る実力者達は、年下の上司の言葉に耳を傾けた。
「次の議題は、竜騎士達が王宮内で階段を使わず、よじ登って窓から侵入する件について………」
その、心底どうでも良い議題に、一斉に脱力する竜騎士達。
「ちょっと待ったぁ!今日はもっと違う、重要な議題があるだろうがっ!」
思わず出た抗議の声に、「そうだそうだ」と同意する竜騎士の面々。
だが、副団長である青年は、若干鬼気迫っている周囲の抗議を実に真面目に一掃した。
「警備の観点からして、実に重要な案件かと思うが?実際、近衛の者達から、こんなにも苦情が……―――」
「解かった!もうこれからは横着して近道せずに、ちゃんと階段使うからっ!下にも徹底させるからっ!」
書類の束を手に取り、一件一件読み上げようとする青年を、必死で遮る竜騎士達。
それをやられると、いつまで経っても会議が終わらないので、皆一様に同意する。
「今日は他にもっと重要な案件があるだろ。ほらっ、先日大型竜持ちになったっていうヴァリエーレ辺境伯の所の御令嬢についてとか……」
そう話を振れば「あぁ、そういえば………」と、思い出した様に書類をパラパラと捲る青年に、ほっとする一同。やっと、本日のメインとも言える議題にたどり着いた。
「―――……令嬢の使用する寮の部屋を、昨日掃除したのだったか?」
「ああ。女子寮の中でも、一番良い部屋をな。見習いの坊ちゃん達にも手伝わせた。……ほぼ物置と化してたから、大変だったぜ」
普段使われる事の無い、竜騎士専用の女子寮。約200年ぶりの女竜騎士誕生に、大慌てで蓋を開ければ、中にはみっちりと混沌とした世界が詰まっていた。
まずは壊れた机と椅子。うっかり壊して修復可能なモノだけ「暇な時にでも直そう」と、とりあえず部屋に押し込んでそのまま忘れ去られたモノが多数。その殆どが、最早腐り果てて修復不可能になっていた。
次に宴会の時に使う、女装用の衣装。まだ年若い竜騎士見習い達に宴会の時に着せるそれは、女性が着れそうな程細身の豪奢なドレスから筋骨隆々でも余裕で着れる村娘の衣装まで、付属品といえる鬘も合わせて、各種取り揃えられていた。
そして、止めは――――
「………誰だ?官能本を女子寮に捨てたのは」
普段使わない部屋だからと、壊れた家具に紛れて大量の官能本が隠れる様に積み上げられていた。
その中身の殆どが、特殊な性癖の―――普通の嗜好だったらまず引く内容だったので、多分好奇心で買ってみたは良いが、今一趣味に合わず……かといって気軽に捨てられるモノでも無いので、物置と化していた女子寮にそっと封印したのであろう。
そしてその一角には、『人妻・未亡人モノ』が大量に積み上げられていた。その報告を聞いて、その場に居る既婚者である竜騎士達は縁起でもないと戦慄し、先程「未亡人ー!」と騒いでいた独身連中は気まずそうに目を逸らした。その内の何人かは、心当たりがあるに違いない。
「あー……ソレ、どうした?」
「全部燃やした。っつーか、見習い達に全部燃やされた」
最初はもう使えない机や椅子を燃やしていただけだったが、女装用の衣装が見つかり、それまで見習い達の手により問答無用で燃やされていた。
「女装服まで燃やしちゃったかぁ。まったく、これだから最近の若者は………頭良いな」
竜騎士と龍術師見習いによる女装は、酔っ払い悪ふざけ集団である竜騎士団の宴会において、似合っても似合わなくても盛り上がる、鉄板の宴会芸の一つだ。
王侯貴族だろうと平民出身だろうと、見習いならば逃れられぬ行事を、あっさり逃れようとするとは良い度胸だ。
だが、そう簡単に物事が運ぶわけが無いのは、世の常だろう。
「坊ちゃん達……そんなに、自分専用のドレスが欲しかったのか」
「こりゃあ、毎年新調してやらなきゃだな」
こうして、次の休暇にでも早速仕立て屋を呼ぶ事が、満場一致で決定した。
「それにしても、官能本まで燃やしちゃったんか?もったいねぇー。本当にあいつら10代の男かよ」
「だからこそ、本の内容にどん引きしたんだよ……」
最初は宝物を見つけたとばかりに、嬉しそうに発掘された官能本の中身を確かめていた見習い達が、そのあまりにも特殊な内容に青褪めていき、最終的には興味の欠片も無いとばかりに、一切手にしなかった者の手により容赦なく全て焚き火の炎の中にぶち込まれた。まだこれならオカズになるんじゃね?ってモノまで、全部だ。
「誰だよ、男同士の本をあそこに捨てた奴は………。しかも、筋骨隆々な竜騎士同士の禁断の愛……おぇっ」
「あー、昔こんなの出てたぜぇって、宴会の時に回し読みして笑った事が……あるような?」
アレを竜騎士団の誰かが、個人的に所有していたとは、決して思いたくない。
見習い達の大人を見る視線が、段々痛いモノを見る眼になっていったのは、とてもいたたまれない気分になった。
数百年、溜めに溜めた汚物を一気に消し炭に出来たのは、良かったのかもしれない。
机、椅子、衣類、本―――その他諸々が一気に焼かれた焚き火は、それは盛大なモノだった。
その所為で、迷惑を被った者が一人……と、多数。
若干残念な空気になった会議室の中で「あの巨大な焚き火ぃ………」と唸る壮年の竜騎士が一人。
「オレのララァシアちゃんが、興奮して焚き火に突っ込んだのは、その所為かっ!」
「……ああ。お蔭でこっちゃー死にかけたよ」
焚き火の最中に大型竜が一頭、巨大な焚き火に異様に興奮し、その中に突っ込んで遊び始めたのだ。
周囲を飛び散る、燃え盛る木片に火花………そのままにしていたら、今頃はこの辺一帯焼け崩れ、ひどい有様であっただろう。
「可愛い可愛いララァシアちゃんの綺麗な鱗に、傷でも付いたらどうすんだ!」
「いや、お前のララァシアちゃん、すでに傷だらけだからな」
未だに憤る彼の愛竜は、巨大な体躯の至る所に大小様々な戦傷が付いていた。
ついでに言えば、雌竜だとは初見では伺えない程に、凶暴な顔付きをしている。普通は己が愛竜を「可愛い」と心の底から連呼する彼の神経を疑うべきなのだろうが、この場に居るのは皆大型竜を愛竜に持つ者達。気持ちは良く解かる―――というより、自分達にとっては当たり前の思考なので、誰もその辺は疑問にすら思わなかった。どんなに恐い顔の竜でも、愛竜ならば無条件で可愛いのだ。
「――――一先ず、これで竜騎士団の悪しき膿は一掃出来た」
きりりと顔を引き締めて言っても、悪しき膿の正体は官能本であるのだが、この場の誰も、それを追求する者はいなかった。
「えーと、何の話だったか………ああ、女子寮の部屋だけどなぁ、壁紙も絨毯もカーテンも、内装全部ボロッボロ!家具も一新した方が良いな」
200年近くかけてゆっくりと塵を詰め込み熟成させた結果、部屋の中は当然ながら、全面的な改装をしなければならない程に荒れ果てていた。というか、床が抜け落ちなかっただけで奇跡である。
この場の責任者である青年は、全て納得済みの顔で書類を捲る。
「そうか。業者にはもう発注したか?」
「おう、もうとっくにな。予算申請もしといたぜ」
令嬢が愛竜と共に王都にやって来るのは、今から約一月後。予算申請を通してから業者に発注するのでは、確実に間に合わないのでそれは良い。
だが問題は―――
「……予算が、多過ぎでは無いか?」
申請された書類の写しを見れば、経費の額が通常より一桁か二桁程違うというのが、世情に疎い彼でも解かった。明らかに、多い。
「おう、なんせ200年ぶりの大切な御令嬢だからなぁ。全て最高の物で揃える事にした。200年分の予算と思えば、全然安いって!」
確かに、女性竜騎士200年分の予算として考えるなら、遥かに安いと言える額だ。
「東の辺境伯の所の御令嬢だぞ。万が一、不備があっちゃいけないだろ?本当は、寮ごと建て替えたい所だぜ」
そう言われれば、それもそうかと頷くしかない。
「ま、殿下が居ないから通せた額なんだけどな!」
「何とかの居ぬ間に……ってヤツだよなぁ」
現在、竜騎士団団長であられる我が国の王太子殿下は、結界魔法と各領地の視察として、全国各地を自らの愛龍と共に文字通り飛び回っている。
きっと視察の予定が無い所にもひょっこり顔を出して、周囲を引っ掻き回しているに違いない。王都への帰還は、まだまだ先の事だろう。
「しっ、殿下の話題は止せっ!………下手に話題にすると、ひょっこり現れそうだ」
竜騎士の一人が辺りを用心深く伺い、声を潜めながら言えば「お、おう。そうだな……!」と、この場に居る者の誰もが同意し、殿下が居ないか各自きょろきょろと室内を見回した。
油断をしていると、殿下がひょっこり真後ろに立っているという被害妄想にも近い強迫観念が、何故か竜騎士団の全員に刷り込まれていた。
自らの真後ろを中心に、気配を一頻り探って己の安全を確信した面々は、安堵の息を吐いた。とりあえず、この空間に殿下の気配は無い。
ほっとする竜騎士達の中には、内心「ここはお約束通りに、気配も無く真後ろからお出ましになる所だろ」と、若干の寂しさを覚える者も何人か存在した。
竜騎士団の面々に畏怖される存在である王太子殿下ではあるが、同時に同じ位には慕われてもいるのは、彼の人徳と言えるだろう。
またしても微妙な空気になった会議室の空気を変える為、竜騎士の一人がわざとらしく咳払いした。
「……ごほんっ!あー御令嬢の所属する班なんだが、このまま見習い達の班に入れていいのか?」
「愛竜同士の相性次第ではあるが、問題無いだろう。見習い達の中に、素行に問題の有る者は特にいないからな」
「まぁ、あの坊ちゃん達だもんなぁ」
現在居る竜騎士見習い達の中に、女性に執拗に絡んだり、下品に口説いたりする様な者は居なかった。
全員が、将来竜持ちになるべく幼少の頃から高度な教育と礼儀作法を叩き込まれている、所謂“良い所のお坊ちゃん達”なので、その辺は安心だと言える。当然、淑女に対して紳士的に振舞う事など朝飯前だ。
むしろ、そろそろ結婚をと考えている年若い竜騎士達の方が、令嬢と一緒にするのは危ないだろう。
数百年から千年近くにもなる永い永い人生を一緒に歩め、同じ様な感覚を共有出来る竜騎士の女性は、とても貴重な存在なのだ。
“見習い期間中”の者に上の立場の者が手を出すのは、半ば暗黙の了解で禁忌とされているとはいえ、長年独身を拗らせた連中がどんな抜け駆けをするか、解かったものでは無い。
この辺の事は令嬢が来る前に、改めて周知徹底をしなければいけないかもしれない。
現に、今この瞬間にも「どんな娘だろうなぁ?」と、期待に胸を躍らせている者が、何人か。
「――――まぁ何にせよ、俺的には世の娘さん達の人気を掻っ攫わないでくれれば、それで良い」
「あぁ、うん。俺ももう、それで良いや」
他の、現在現役である女竜騎士の2人といえば、街娘から貴族の御令嬢まで、ことごとく彼女達に黄色い声を浴びせていた。
凛々しい騎士団の制服姿が男装の麗人状態で、御令嬢方には下手な男よりもよっぽど魅力的に感じるらしい。
2人共きっちり同僚の竜騎士と結婚しているにも関わらず、不動の人気である。
これ以上は男として立つ瀬が無いので、同じ様な男装の麗人がもう1人増えることの無い様、祈るしかなかった。
そうして、時折話が脱線しつつも会議は順調に進み、ヴァリエーレ家の御令嬢を受け入れる準備は着々と整っていったのだった。




