21.セレブのお買い物・前編
「―――やはり、愛竜様お披露目の席には、このお色のドレスが一番かと」
「ええ、僕もそう思います。丁度良い生地があって、良かった」
「本当に、こちらのお嬢様の愛竜様を拝見した時、この生地を真っ先に思い浮かべましたわ!」
仕立て屋の女主人が、熱の入った声を上げる。
私の身体にピタリとあてられているのは、深い濃紺から明るい紺碧へと鮮やかに移り変わるグラデーションの、上質な生地。
まるで璃皇の翼の皮膜の様な色合いのそれは、確かにお披露目の夜会のドレスにはこれ以上無い程ピッタリだろう。
先程やっと細々とした採寸を終え、次々と色んな生地をあてられる私をあーでもないこーでもないと言い合っていた周りの人間、皆納得の表情を浮かべている。勿論、私も納得の一品だ。
早目に決まって良かった。本格的なドレスは人生初だから、最初はテンション高く色々な生地をあてては侍女さん達ときゃっきゃしてたけどさ………段々こう、飽きてきた所だったから。
「うーん、でもちょっと地味じゃないかしら?」
「そう?璃皇様のお色ととっても合っていると思うけど……」
「勿論、この生地でドレスを作るのは賛成よ。ただ全体的に暗めのお色だから、もうちょっとこう……華やかにしてみたいのよ」
「それもそうねぇ、璃皇様のお色に合わせると、リボンやレースは黒でしょうし……このままドレスにしてもつまらないわ」
当事者の私を他所に、ベテラン侍女さん達が熱心に語り合う。
どうやら、愛竜の色に衣装を合わせるのが、お披露目での常識のようだ。
「でしたら、裾の部分等に刺繍をお入れするのはいかがでしょうか?刺繍のお色は黒になってしまいますが、上品なお品になる事、間違い無しですわ」
「更に、刺繍に小粒の青玉や瑠璃等を縫い付けてみれば、上品かつ豪華な仕上がりに……」と、ここぞとばかりに攻めてくる仕立て屋さん。
「それでしたら、青玉の周りに真珠もいくつか縫い付ければ、青玉がより映えますな」
同席していた宝石商のおじさんが、すかさず援護射撃する。
確かに、左右に小振りの真珠を3、4粒ずつとかなら全体的に黒っぽいドレスの良いアクセントになるだろう。
凄く良いドレスになるだろうけどさ……一体、ドレス一着でいくらするんだろう?
着ている間に、うっかりその宝石ぽろっと落としたらと思うと、正直ガクブルなんですが。
「青玉でしたら、大粒の首飾り用のモノと同色の、小粒のモノを最近仕入れましてなぁ!真珠も調度良い大きさのモノを充分にご用意できますわ」
ほくほく顔のおじさんが、大粒の青玉の首飾りと共に、小粒の宝石や他の装飾品を次々と見せてくる。
おじさんが自信満々で見せてくる大粒の青玉が嵌め込まれた首飾りは、青玉の周りに銀の蔦と花が這っている繊細な細工のものだった。多分、購入決定だろうな。
「………ドレスの意匠は、こちらかこちらが宜しいですね」
皆の会話に加わらず、仕立て屋さんが持ってきたドレスのデザイン画を、一つ一つじっくりと眺めていたリリシズが、口を開いた。
「リルファお嬢様は、どちらが宜しいでしょうか?」
リリシズが提示したのは、可愛い系のデザインと少し大人っぽいデザインの二つ。華美過ぎず……かといってシンプル過ぎず、どっちも私の好みドンピシャだ。ナイスチョイス。
たった二択なのに、結構悩む。どっちも捨て難い。選択肢がもっとあったら、延々決められないパターンだな、コレ。
「うーん……生地の色合い的に、こっちかなぁ?」
結局、大人っぽいデザインの方を選んだ。
可愛い系のドレスは、やっぱりもっと暖色系の明るい色の方が良いだろう。
「―――だったら、そっちの意匠のものはこの生地で作って下さい」
どこからか見つけ出した、淡い黄色の生地に朱金の光沢のある上質な生地を私にあてて、上機嫌に追加注文するエルトおじ様。さっきから熱心に生地見本を見てたのは、この為か!
「僕に合わせた衣装も、何着か必要ですからね」
確かに、エルトおじ様の愛龍であるライラゼシュカっぽい配色だ。
この色なら、可愛い系のに良く合うだろうし、おじ様のパートナーとして夜会に出席するならピッタリのデザインと色合いだろう。
「見習い期間中は、夜会にそう呼ばれる事も無いでしょうが、外せないものもいくつか有りますからね。もう5、6着は作っておいた方が良いでしょう」
まだドレス作る気か。そろそろ、本格的に飽きてきたんだけど。
でも、夜会用のドレス一着きりってわけにはいかないしなー。5着位なら、まだ我慢……出来るかな?
そんな私のささやかな妥協は、エルトおじ様の次の言葉で、脆くも崩れ去る。
「後は………訓練用の運動着は既製品で良いとして、茶会用と普段着用もそれぞれ作らなければ」
ギブ!ギブアップ!
茶会用はともかく、運動着と同じく普段着はクローゼットに既に入っている既製品で充分だろ。
とにかく今日はもう、これで充分です!
そんな私の心の叫びを見透かしたエルトおじ様は「詳しい寸法が解かったからには、いつまでも既製品を着させるわけにはいきませんから」と、容赦なかった。
「すぐに竜騎士団入りですからね。意匠だけでも大まかに今決めておいた方が、後々楽ですよ」
確かに、貴重な休暇を潰して数着ずつちまちまドレスのデザインなんかを決めていくよりも、今一気に決めてしまった方が効率が良い。
採寸等は定期的に測るとしても、ドレスのデザインさえ決まっていれば、かなりの時間短縮にはなるだろう。
でも、その肝心のデザインを決めるのがひたすら面倒だ。
「衣装は出来次第、王都のお邸の方にお届け致しますわ」と、ほくほく顔の仕立て屋の女主人。オートクチュール故、突然の大量注文にお針子さんなんかは暫く修羅場かもしれないが、お披露目用のドレス以外はそこまで急ぎでは無いので、相当に美味しい仕事だろう。
とりあえず、出来るだけ今日中にドレスのデザインを決めてしまうのは賛成だ。
ただ、一着決めるのにこれだけ時間がかかったのだ。下手したら後数十着―――これから武器も見たりするっていうのに、果たして今日中に終わるのだろうか。
まだ今日の買い物は始まったばかりなのに、この時点での総額等、精神衛生上考えたくない。まぁ、財布は全てエルトおじ様だから、遠慮無く買って貰いますが。
そう、今日の支払いは、全部エルトおじ様持ち。国から竜持ちになった時に支給される“支度金”は一切使わず、先程から高い品物を次々とためらい無くお買い上げ。マジセレブ。マジお貴族様。
「“支度金”は、全部小遣いとして取っておけ」とのガル爺、エルトおじ様の太っ腹な方針に、貴族の世界を垣間見た気がした。
ちなみに、“支度金”の額の詳細を聞いてぶったまげた。
小型竜持ちの支度金、金貨1枚。中型竜持ち、金貨5枚。大型竜持ち、金貨10枚。
小粒金貨などではなく、全て大きい方の金貨だ。
これがどれ位凄いのかっていうと……銅貨1枚が約100円として単純計算すると、銅貨100枚で銀貨1枚になり約1万円。銀貨10枚で小粒金貨1枚の約10万円。そして、小粒金貨10枚で金貨1枚の約100万円となる。
つまり、金貨10枚で約1000万円………の、お小遣い。
今まで必死こいて稼いだ金の、何十倍になるんだろう。……否、何百倍か?
段々虚しくなってくるので、あんま深く考えない方が良いな、うん。
この多額のお小遣いを「いつの間にか無くなってますよ」と断言するエルトおじ様。一体どんな無駄遣いすればそうなるんだ。
まぁ、調子乗って私も無駄遣いしちゃいそうなんだけどさ。でも、金貨10枚もの大金は、おいそれとは使い切れないぞ。
「愛竜がうっかり民家なんか壊したら、修理費やら賠償金やらで吹き飛びますからね。他にも色々……まぁ、良く考えて使いなさい」
あぁ、うん。むしろ少ないわ、お小遣い。つーか、もうそれ小遣いじゃねぇ!
璃皇ならば、やりかねない。否、その内絶対やらかすだろう。
「国からもある程度は出ますが、こっちの完全過失だと……少なくとも、半分以上は負担しなくちゃいけませんからねぇ」
「いざとなったら僕が何とかしますから、リルファは気にしないで良いですよ。ははは……」乾いた笑いと諦めを含んだ、エルトおじ様の言葉が危機感を煽る。
本当にどうしようも無くなったらエルトおじ様に頼るとしても、ギリギリまでは自分のお金で何とかしたい。
よし、お小遣いはなるべく使わない。寧ろ増やす方向で!
――――とは決心したものの、現実は初っ端から実家の財産を散財しまくるばかり。
この場に居ないガル爺が、心底羨ましい。「ドレスはワシはよう解からんから、ヴィルと散歩でもしてくるわ。武器は一緒に選ぶからの、それまでには帰る」と、早々に逃げたのだ。絶対、この長期戦を予測していたんだろうな。
まぁ、男の人が無駄に長い女の買い物に付き合うのも、辛いだけだろう。ガル爺を責める気は無い。ただ、羨ましいだけだ。
最初からべったり張り付いて、嫌な顔一つせず……というか、ノリノリで買い物に付き合っているエルトおじ様の方が、珍しいんだと思う。
「騎竜用の皮の手袋は、とりあえず10双位はいりますかねぇ」
「え、そんなに?」
「予備も合わせてですよ。……魔石を素手で握り締める気は無いでしょう?」
「………あー、そうですね」
「いくつか使い回して馴染ませて、常に予備を携帯しておきなさい。―――ついでに僕の予備の手袋も、いくつか作って貰いましょうかね」
こうやって遠慮する間も無く、あれもこれもとお買い上げしてくれるのは、大変有り難い。自分だけでお買い物だったら、欲しくても値段の関係でつい我慢しちゃうだろうし、竜持ちとしての必須アイテムや都の流行だとかも教えてくれるので、おじ様がいてくれて、本当に良かった。
その辺考慮して一緒にいてくれているのかもしれないが、ドレスを選ぶ顔が終始滅茶苦茶楽しそうなので、心底楽しんでもいるのだろう。
14年越しにやっと会えた、兄とも慕う従兄の子供――しかも血族初の女の子に、相当舞い上がっている様だ。
私に向ける、幸せで蕩けますとでも言う様な嬉しそうな顔を見ると、何も言えない。この顔と経済力を世の竜持ち令嬢に向ければ、あっと言う間に結婚できるだろうに。
(あーもうっ、どうにでもなーれっ!)
今日の長期戦を覚悟する。丸1日、ドレス作りで潰れるのはしょうがないだろう。
ドレスの一着や二着を作るっていうなら楽しいんだけどさー、数十着をデザインから生地まで選ぶなとると、何か頭痛がしてくる。まだまだ私の女子力が足りないからなのかな?
「リルファお嬢様」
リリシズが、控え目に私に呼びかけてくる。公衆の面前なので、完璧な侍女の仮面を被っている様だ。
「僭越ながら、リルファお嬢様に似合いそうなドレスの意匠を他にも選んでおきましたが………いかがでしょう?」
………貴女が神か!
「見ます!是非とも拝見させて頂きます!」
デザイン画の束を持ったリリシズに、速攻で応える。
早速パラパラ見てみれば、どれも私の好みドンピシャ。フリフリ過ぎず露出も少なく、これなら恥ずかしくなく着れそうっていう、控え目ながらもちょっとお洒落なデザインの数々。
そのリリシズ厳選デザイン画の中から、殆どのドレスが決定した。
後は、適当に肌触りの良い生地を選ぶだけ。色は璃皇に合わせて大体青系で揃えるので、あまり迷う事は無い。青色好きだしね。
気に入ったデザインのものは色違いでいくつか同じデザインのを作って貰えば、あっと言う間にノルマ達成。デザインによっては暖色系やちょっと変わった色を選んだりしたので、バリエーションも有るはず。
生地を選んでいる途中、雑貨を扱っている商人も時間が無いからと部屋に乱入してきて、生地を選ぶのと同時進行で細々と必要そうな小物なんかを色々見させて貰った。
そんなこんなで、多少押し気味の時間になってしまったが、何とか今日中に武器やらも見れそうで、ほっと一息吐いたのだった。




