20.再会・後編
「ヴァリエーレ辺境伯爵家侍女見習いの、リリシズシェリカ・ゼルと、私の愛竜、ゼルガアッシュでございます」
「名乗り遅れてしまい、申し訳ございません」と、リリシズが優雅に腰を折る。ゼルガアッシュも、リリシズに倣ってぺこりと頭を下げる様な仕草をした。
名乗られずとも、知ってます。っていうか、侍女見習いって……まだ地元の竜騎兵団所属期間じゃないの?
そう訊ねれば、「近頃は竜騎兵団の10日に1度の休日に、こちらで侍女見習いとして働かせて貰っているのです」との答え。
ちなみに、基本7日に1度か2度の休みがある庶民とは違い、竜騎兵団・竜騎兵団所属の竜持ちは、5日に1度の午前か午後休みの半休日と10日に1度の丸々1日の休日しかないそうだ。
貴重な休日を労働に使って身体は大丈夫なのかと心配になるが、「皆さん大変良くして下さいますし、中々の日給も頂いていますから」とさらりと言われた。日雇いの高級バイト、ウマーってやつですな。しかも、将来の就職先も確保出来て、一石二鳥にも三鳥にもなると。相変わらず、しっかりしていて頼もしい。
「……あのー、リリシズ?」
「何でしょう、リルファローゼお嬢様」
「その敬語、やめて下さい。後、その“リルファローゼお嬢様”ってのもやめて」
ヴァリエーレ辺境伯爵家の侍女として、リリシズは言葉遣いも所作も完璧だ。
ただ、普段の言動をよく知っているだけに、その丁寧過ぎる言動が……逆に怖い。何企んでるんですか?って訊きたくなる一見爽やかな笑顔付きなら、尚更だ。
「まぁ、一介の侍女見習いが、お仕えする家のお嬢様に、そんな態度をとるわけにはいきませんわ」
「いや、ホントそれやめて。せめてっ……せめて2人きりの時だけでも普通にして!」
頑なに慇懃な態度を崩さないリリシズに、とうとう縋り付いて懇願した。
なんかもう、親友と思っていた人間に、こうも他人行儀で馬鹿丁寧な態度をとられ続けると、マジで凹む。
半泣きでお願いし続けると、やれやれといった様に肩を竦めるリリシズ。
「そんなにお嬢様にお願いされたら、しょうがないわねー」
にやりと笑って「リルファが言い出した事なんだから、もし誰かに見つかっても責任は全部、リルファが取ってね」と、模範的な侍女の態度を一瞬で翻した。
慇懃な態度を取り続けたのは、この言質を取りたかっただけだな、お前。これで2人きりならば、いつもの調子で対応しても自分には一切お咎めなし、と。
流石は我が親友。月日を経て、色々とパワーアップしていらっしゃる。
「………で、じっくり検討した結果が、コレ?」
竜瀬の儀を終えて一時村に帰って来たリリシズが、就職先候補の手紙の束を見せびらかしながら言っていたのを思い出す。
あの時既に、大体の将来の就職先は決めていた様子だった。
後はじっくり検討するだけとは言っていたが……まさか、就職先って我が家でしたか。
「そう、ヴァリエーレ辺境伯爵家侍女。竜持ちになって、真っ先に声をかけてくれたのが、ディーヴァルクトさんだったからね」
「あー……」
顔馴染みで、一応ヴァリエーレ家のお嬢様である私の親友。声をかけない方がおかしいか。
貴族の家での、小型竜持ちの執事や侍女は、大変貴重で重要な役職だ。
何せ、貴族の家では馬が使えない。馬を飼おうとしても『馬はおやつだろう、何故乗る必要がある!』と言い張る愛竜に、問答無用で喰べられてしまうのだ。当然、竜持ちである貴族や平民は、乗馬も出来ないし馬車も使えない。
小型竜が愛竜の下級貴族ならば、自らの愛竜を使う手段もあるが、竜車を牽けるサイズじゃない中型・大型竜持ちの貴族の家ならば、そうはいかない。
馬車代わりの竜車も、タクシーやバスみたいな感じで個人や国でやっている竜車専門の業者もあるが、好きな時にいつでも使える自分の家専用の竜車は、あれば便利だし、貴族としての恰好もつく。
小型とはいえ、竜持ちである為身体能力も一般人よりも遥かに高く、竜騎兵団出身で剣の腕も立つので、ちょっとした護衛にもなる使用人。王宮に上がる際も、簡単な手続きで連れて行けるし、小型竜持ちの使用人を引き連れているだけで箔が付くのだ。出来れば、常に2、3人は確保しておきたい人材である。
何より、寿命も長いので、100年以上は確実に主人と共に在れるのだ。その存在は大きかった。
「はーい、お嬢様。そろそろ御召替えですよー」
リリシズに容赦無く夜着をひん剥かれ、たまらず「ぎゃっ」と色気の無い悲鳴を上げる。
「着替えなんて自分で出来るからっ!」
抵抗すれば「じっとしててよ。私の研修にならないでしょう」と低ぅく囁かれ、条件反射で大人しくお着替えを受け入れてしまう。リリシズさん、怒らせると怖いからね……!
いつの間にかクローゼットから今日着る服を取り出して「今日はコレね」と勝手に決められた。手のかかる弟が何人もいるだけあって、手際良く私の着替えを済ませてしまうリリシズ。
着替えの後「忘れてたわ」と、ちゃちゃっと紅茶も淹れ直して、押し付けられた。
あ、あれ………侍女って、こんなだっけ?
もっとこう、他の侍女さん達なら「お嬢様、今日は何を御召になりますか?」から始まって、あーだこーだきゃっきゃうふふと時間をかけながら着替えてた様な……。
相談する間もなく決定された服は、クローゼットの中の大半を占めるレースやフリルだらけの動き難そうなドレスでは無く、シンプルで機能性重視、しかし上品さを損なわないデザインのものだった。
どれにするかとクローゼットの中身を全部出されても、結局はコレを選んだだろう。流石は親友、私の好みを知り尽くしてるな。
てきぱきとしたリリシズの無駄の無い仕事ぶりは、非常に自分に合っていると思う。
リリシズは、ついでとばかりに淹れた自らの分の紅茶を啜ってまったりしている。
仕えているお嬢様の前で非常に堂々としたサボりだが、そのふてぶてしい態度は何だか頼もしいです。
「それにしても……凄いの釣り上げたわねぇ」
私の分の軽食まで摘みながら、しみじみと言うリリシズ。
釣り上げた……って、璃皇の事だろうな。村の幼馴染達にも同じ言葉を散々言われたし。
「あそこまででっかいのが来るとは、正直思って無かったわ。やっぱ、リルファって面白い」
「私、愛竜作る気なんて無かったんだけど………」
それなのに、皆璃皇の大きさに驚くだけで、「いつかやると思ってたー」な空気はなんなんだ。
「そりゃあ、私達が愛竜連れて村に帰って来た時、あんなに羨ましそうに見てたからね。自由な竜にねだられて、あっさり名付けちゃったんでしょう?」
「心の底から嫌だったら、あんたは絶対最後まで抵抗する」と断言されて、ぐっと詰まる。
確かに、愛竜滅茶苦茶羨ましかったよ。自分だけの竜に憧れましたよ。欲しかったよ。
流れ的に、結んじゃうなーと思っても、あっさり名付けちゃったのは、璃皇に大分情が移ったってのもあるけど、ずっと押さえ込んでた昔からの欲求がこう……むくむくと湧き上がって、抑え切れなかった所為だ。
竜持ちになったら自分の身体がどうなるかとか、竜騎士になるとか全然考えてなかったしね。
私の行動パターン、全部見透かされてた上に「どうせこっち側に来るでしょ」とばっちり待機までされてしまっていた。なんだか、ちょっと悔しい。
「ここの侍女なんて、いきなり貴族のお嬢様になって右往左往するリルファを間近でじっくり観察できる、一番美味しい職業じゃない」
こいつの辞書に、友情とか忠誠心って単語は無いのか!
「………私が愛竜持たずに、一般市民として暮らしてたらどうすんのよ?」
自由な竜なんて、そうそう転がっているものでもない。………実際、転がり込んで来たんだけどさ。竜瀬の儀を受けなければ、愛竜を持つのは絶望的。平民として生きていくってのが、殆どだろう。
そんな不確かな理由で、将来を決めてしまって、私が竜持ちになってなかったらどうすんだよ。
「高給取りで、将来は侍女頭ほぼ確定。昔からの顔見知りもいて、他の使用人達にも可愛がられる。本拠地は地元の領地で、いざとなれば実家にも里帰りし易い。リルファがいてもいなくても、これ以上の条件の所、有る?」
ぽんぽんと出てくる言葉達に、ぐうの音も出ない。
……そんな好条件、滅多に無いですな。
「それにあんた、いずれ領主様の策でここまで誘い込まれて、王都で竜瀬の儀を受ける運命だったんだから」
何だそれ。………何か、嫌な予感しかしないんですが。
リリシズは、にっこりと天使の様な悪魔の笑顔を見せ、口を開いた。
「私が、『就職先の主人が色々と大きな商売もやっててね、リルファ達の商会の話をしたら、是非一度会ってみたいって言うんだけど、近々ヴォレルアースまで来ない?かなり商会に有益な話が聞けそうよ』って手紙を出したら、どうする?」
………喜び勇んで、ヴォレルアースまで行きますな。そしてそのまま、王都まで拉致って竜瀬の儀、と。
これがエルトおじ様の推薦で王都の竜騎兵団に居るジャイルやスゥネの誘いだったら、警戒して絶対行かないだろうけど……リリシズは正直ノーマークだった。とんでもない刺客だ。
おじ様め、伊達に10年近く文通していただけある。私がのこのこ村から出てくるだろう、完璧な誘い文句だ。領主として大きな商売も色々とやっているだろうから、特に嘘もついていないし。
璃皇をGETしてなかったら、その内絶対こいつらにハメられてたな。
「あんた、結局は領主様の掌の上で転がされているだけだったのよ」
鈴を転がす様に笑うリリシズ。
対するこっちは、乾いた笑いしか出てこない。
友情って……親友って、何だろう。
まぁ、なんだ。とりあえず……――――
エルトおじ様、一発殴らせて下さい。




