20.再会・前編
チュンチュンと、窓の外から小鳥達が朝の訪れを告げている。
「………よい、しょっ!」
カーテンの隙間から覗く日の光を布団の中から確認して、思い切ってガバッと起き上がった。
春先とはいえまだまだ朝は冷え込むので、もう暫く布団の中で微睡んでいたかったけど………お腹空いた。
今にも鳴りそうなお腹を擦る。
自分の身体がおかしい。異常だ。
昨日はあれから、ケーキ2ホールきっちり完食した後、夕飯もいつもの倍の量を残さず綺麗に食べたっていうのに。胸焼けとかも全然無い。
私が屋敷に帰って来たのを喜んだ料理人達が、急遽張り切って子供の頃の好物をたっぷり用意してくれたっていうのを知ったら……残すわけにはいかなかったんだよ。何故か、全部すんなりと胃に納まったし。
「竜持ちになったら、体質だとかも色々変わりますからね」ってエルトおじ様が言っていたけど、これがそうなんだろうか?
ガル爺もエルトおじ様も、私以上にがっつり食べてたしなぁ……。ガル爺の無限胃袋、食いボケの一種かと心配してたけど、竜持ちのデフォだったのか。
エンゲル係数高くなるのは嫌だけど……まぁ、高給取りになったんだし、太らなければ良いか。って太らないよね、コレ!
腹回りをむにむに触りつつ、ベッドから抜け出す。
自分の部屋として宛がわれたのは、3つの頃まで使っていた懐かしの自室。
ベッドは大きなサイズに変わって、カーテンや壁紙なんかは新しくなっていたけれど、他の調度品の多くは見覚えがあるので、多分昔使っていた物だろう。凄く懐かしい。
昨日は、昔私のお世話をしてくれた侍女さん達に、久々に再会した。
約11年ぶり?の侍女さん達は相変わらず涙脆く「こんなに大きくなって……お嬢様ぁ!」って泣かれた挙句ぎゅうぎゅうに抱きつかれて、一瞬窒息しかけた。
可愛い盛りに突然引き離されたんだから、まぁ当然の反応か。凄く可愛がってくれてたからなー。
この侍女さん2人組が、今後も私のお世話をしてくれるらしい。若くて独身だった2人共、もう結婚して子供もいるそうだ。
さて、その侍女さん達が入ってくるまでに、さっさと着替えて軽く朝の体操でもしときますか。
昨夜の、着替えまで手伝おうとする侍女さん達との攻防は、正直疲れた。
仕舞いには、当然の様にお風呂に入るのも手伝おうとして―――何とかそれだけは死守したけど、今後もずっと続くんだろうか、あのやり取り。
「小さい頃は、全部お手伝いしていたじゃありませんか~!」って言われても、3歳児だったんだから当たり前です。
あのまま村に引っ越さずにこの屋敷でずっと育てられてたら、侍女さん達による着替えからお風呂までの給仕は当然だったのだもしれないけど………今更、無理。
でもあの勢いだし、その内押し切られそうで恐いなぁ。
気を取り直して、外の光を取り入れるべくカーテンを全開にする。
天気も良くて爽やかな朝だ―――と思う間も無く、バルコニーに続く大きな窓を塞ぐ、黒い巨体。
ガラス扉いっぱいに見える、朝日の光を弾いて青みを帯びた蒼黒の鱗と、その中心付近にある瑠璃色の獰猛そうな眼が、こちらを覗き込んでいる。何、このデジャヴ。
『リル、おっはよー!』
「お早う、璃皇」
首を伸ばして覗き込んでいた璃皇が、元気な挨拶と共に出迎えてくれる。
バルコニーに出れば、それに合わせて首を後ろに下げてくれた。
『今日は遊べる?』
「あー……何か買う物が一杯あるとかで、無理そうかなぁ?」
確か午前中から、商人達が押しかけてくるハズだ。宝石商やら武器屋やら色々来るらしいが、特に仕立て屋のドレスの採寸なんかは、さっさとやらないと王への謁見式に間に合わないらしい。
王都に行くまで1ヶ月、あるか無いかだもんなぁ……。ここに居る間、まったり出来る時間ってあるんだろうか。
「だから、ヴィル爺にでも遊んで貰いな」
そう言えば、璃皇はあからさまに『えぇー!』と不満そうな声を漏らした。
『璃皇、ヴィルよりもライと一緒の方が良い』
ライとは、エルトおじ様の愛龍のライラゼシュカ。昔一度だけ夢現に見た事がある、あの美しい朱金色の雌龍だ。
龍といっても、東洋の龍とは違って髭とか無くて、西洋竜みたいな蝙蝠っぽい翼があるんだけどね。西洋竜の胴体部分を、そのまま蛇みたいな長さに伸ばしただけみたいな姿。
それでもやっぱり、東洋の龍っぽい神々しさというか、威厳がある。昨日対面した時、思わず「龍神様じゃぁぁぁ!」って拝み倒したくなってしまったよ。
璃皇も一目で気に入った様で、馬鹿は相手にしませんとばかりに素っ気無くされても、ずっとちょっかいかけては威嚇されていた。
………古参の猫か犬に、新入りが無邪気にちょっかいかけて威嚇されるのってあるよね。正に、そんな感じでしたよ。
『ライと遊ぶの!』
「……そう、いってらっしゃい。あんまりしつこくして、嫌われない様にねー」
『うん、わかったー!』
どすどすと、地響きを立てて竜舎の方に駆けて行く璃皇を見送る。
よぼよぼの老竜(しかも雄)より、若いお姉さん龍の尻尾追いかけてる方が楽しいってか。解かり易い奴め。
そんなやり取りをしている内に、すっかり昇りかけだった朝日が昇りきってしまった。
さっさと着替えないと侍女さん達が来ちゃう!と思う間もなく、扉から軽やかなノックの音が聞こえる。
「失礼します」
こちらの返事も待たずに、ティーセットが乗ったカートを押して入って来た侍女に、目を奪われる。彼女の顔から、目が離せない。
いつもの侍女さん達では無く、この家では初めて見る顔だった。真新しい侍女の制服に身を包み、焦げ茶色の髪を綺麗に纏め上げている。
後ろから柔らかな絨毯を踏みしめて、ゆったりと入って来た彼女の愛竜が、尻尾で器用に扉を閉めた。
彼女が、こちらに向かってにっこり微笑む。
「おはようございます、リルファローゼお嬢様。朝のお紅茶をお持ち致しました」
「………なにしてんすか、リリシズさん」
数年前に別れたきりの、幼馴染で親友のリリシズシェリカと、その愛竜ゼルガアッシュが、目の前にいた。




