19.貴族の義務
「―――色移り?」
「うん、璃皇と結んだら、濃紺だった眼の色が何か瑠璃色になったんだけど……」
ガル爺のあの適当な答えじゃ全然理解できなかったので、改めて質問する。
私の眼の色を覗き込んだエルトおじ様が「ああ、成る程」と一人納得した。
「人と竜が結んだ時に、竜の持っている眼の色や鱗の色が結んだ人間に移ってしまう現象で、稀に起きますね。どういう法則かは不明だけど、色移りにも個人差があって、髪の色だけが移ったり、片目の色だけが移ったりする場合もあるかな」
片目の色だけって………危うく、リアル厨二病患者になる所だった。
厨二設定らしく、何か特殊な能力がプラスされるのかと思いきや、「能力的には他の竜持ちと何ら変わりませんよ」との事。本当に色が変わっただけかよ。
「詳しい統計は取ってないけど……色移りする竜持ちは、百人に一人とも千人に一人とも言われてますね」
随分大雑把だけど、とりあえずレアって事か。
まぁ、ちょっと眼の色が変わっただけだし、どうという事は無いか。明るい青い眼に憧れていたのもあるので、むしろラッキーだ。
異世界転生しちゃった事に比べれば、目ン玉の1つや2つ、色が変わる位なら全然許容範囲。ついでに大型竜GETしちゃったのも……許容範囲だよ。うん。
「最近色移りした有名所は―――王太子殿下かな。確か、髪も眼も両方色移りしてた筈です」
「へー、王太子殿下」
ど田舎庶民育ち故か、家族以外の王侯貴族なんて、相当遠い存在だ。特に王族なんて、雲上人なイメージしかない。
「殿下は、龍術師の中でも大変優秀な方ですよ。まだ30代の若さで、史上最年少の竜騎士団団長です」
「え、もう団長までなっとったのか」
「そうですよ、お祖父様。殿下は既に竜騎士団を掌握して、牛耳ってらっしゃいます」
「………ワシ、あいつ苦手。何考えてるかさっぱり解からん」
「迂闊に悪口言ったら、殿下に聞かれますよ」
若干遠い目をしながら、王太子殿下を語るエルトおじ様とガル爺。何か、雲上人にあるまじき物騒な単語がいくつか出てきた気がするんだけど……気のせいだよね。
「……リルファローゼ」
「はい」
「今後殿下に遭遇しても、決して逆らわずに会話等は慎重に受け答えしなさい」
「了解です」
エルトおじ様の真剣な口調に、素直に頷く。「……ああ否、逆らう気も起こらないか」の呟きには、全力で聞こえなかったフリをした。
この空気だけで伝わってくる。殿下ヤバイ。絶対ヤバイ人だ。
なるべく関わらない様に……もし関わったとしても、エルトおじ様の言う様に慎重かつ無難に対応しよう。
こんなんで、これから先大丈夫なのだろうか。………っていうか、この国大丈夫なの?
「敵に回さなければ、命までは取られませんよ。……多分。むしろ国としては、この先数百年から千年は安泰でしょうね」
うん、絶対関わらないっ!
私の脳内に、王太子殿下は第一級危険人物とインプットされた。
この話はこれで終わりと、さくっと話題を切り替えるエルトおじ様。私も、きな臭くない話なら大歓迎です。これからの話、まだ何も聴いて無いしね。
「うーん、璃皇……リオウ。リルファローゼ・リオ・ヴァリエーレ、って所でしょうか」
「ん?」
何の事でしょうか。私の名前は、リルファローゼ・ヴァリエーレだったハズ。
そんな疑問がありありと顔に出ていたのだろう。エルトおじ様が、軽く説明してくれた。
「リルファの貴族としての正式名称。竜持ちになったら、平民も貴族も愛竜から一部の名前を貰って国に登録するんですよ。大体、愛竜の名の頭二文字を貰ってますね。僕はライラゼシュカのライを貰って、エルトーレン・ライ・ヴァリエーレ。お祖父様は、ガルトラント・ヴィル・ヴァリエーレ。平民のディーヴァルクトの場合は家名が無いので、ディーヴァルクト・セシになりますね」
そんなの初耳です。
………あ、危ねえぇぇぇ!危うく璃皇をポチとかタマって名付ける所だったよ!過去の私、超ナイス判断!
リルファローゼ・リオ・ヴァリエーレ。………うん、凄く良い名前だね!
その名前で国への登録をおじ様にお願いすると、快く了承してくれた。
平民だとかの戸籍は結構曖昧だったりするけど、竜持ちの国への登録は庶民も貴族も絶対の義務なのだそうだ。
まぁ、国もあんな大型竜を一頭たりとも野放しにはしたくないよねぇ。たとえ小型竜だって、竜持ちになれば魔法とか色々使えるんだろうし、竜も人も利用価値は色々?
そんな事を呟けば「そこまで解かっていれば、これから先も大丈夫そうですね」と、うんうん頷いて納得された。
「自らの愛竜を制御出来なかったり、義務を放棄、逃亡した場合は、国が処分しますから」
「しょぶん?」
何か、理解したくない単語が出てきたぞ。
「あー、まぁつまり、竜騎兵や竜騎士達の……魔法の良い練習台になるんです」
「れんしゅうだい……」
「ええ、攻撃魔法の良い的になります」
「まと……!」
やっぱり国公認の処刑かいっ!!!
竜騎兵や竜騎士達から、攻撃魔法一斉射撃されるとか………洒落にならないよ。
大きな力と権力持つエリートコースだからこそなのかもしれないけど……竜持ちの世界って、実は滅茶苦茶厳しい?
誤魔化すかの様な、にこにこ笑顔のエルトおじ様の「これから忙しくなりますよー」と、宣言される。
「王都にある竜騎士団の竜騎士見習いになるまで、この領地に留め置けるのは精々……1ヶ月までが限界でしょう。1日も無駄に出来ません」
「竜騎士、見習い?」
「ええ、見習いです」
へぇ、そのまま竜騎士になるんじゃ無いのか。大型竜や龍持ちになったら皆強制的に竜騎士団所属ってのは聞いた事あるけど、見習い期間なんてあったんだ。まぁ、いきなり「今日からお前、竜騎士ね」って言われても困るだけだし、当然と言えば当然な成り行きか。
どの位の期間見習いなのか聴けば「とりあえず10年」と、さらっととんでもない答えが返ってきた。
「じゅ、10年?」
「そう、最短で10年。魔力に身体が慣れて上手く制御出来るまでに、大型竜や龍持ちになると最低でもそれ位はかかりますね。見習い期間は、魔力の制御を中心に、ひたすら魔法の訓練や空中戦での陣形やら竜騎士として必要な技術や心構えを叩き込まれます」
「見習い期間は個人差がありますが、戦になっても役立たずで足手纏いなので、まず戦場に駆り出される事はありませんよ」と、安心して良いのか悪いのかのお言葉を貰った。“役立たずで足手纏い”ってやけにばっさり戦力外通知するな……。
「………ちなみに、見習い期間最長だと、どの位?」
「うーん……真面目にやっていれば、20年位なら待って貰えますかね。それまでに自らの魔力も制御出来ない様なら―――」
処分対象ですね、解かります。
「……まぁ、そういう例はここ数百年一人も居ないので、まず大丈夫でしょう。それよりも、王都に行くまでの1ヶ月が問題です」
それまで子供に言い聞かせるかの様なエルトおじ様の優しげな声色が、真剣味を帯びて鋭くなったのを感じて、思わず背筋を伸ばす。
私を見るおじ様の視線も、それまであった甘さが無くなっていた。
「平民になるようにお祖父様に育てられたとはいえ、こうなってしまってはヴァリエーレ辺境伯の令嬢が、何も出来ないでは困ります。余所の人間が、そんな事情を汲み取ってくれる訳ありませんから」
ケーキを口一杯に頬張りつつ、一切視線を合わせない様にしているガル爺をギリギリ睨みながら、「歴史有る貴族は、そういった見栄を大事にしますからねぇ」と言うエルトおじ様は、正直恐かった。絶対、敵に回したくない。
「王への謁見式も控えてますからね」
「えっけんしき……」
「そう。貴族の子供が竜持ちになったら、まず王との謁見。臣下になりますよって挨拶と愛竜のお披露目ですね。大型竜や龍持ちになった場合は、平民でも王への謁見があります」
何も知らない私に、子供に言い聞かせるかのように解かり易く噛み砕いて説明してくれるエルトおじ様。
数ヶ月に一度、晴れて竜持ちになった貴族の子供やらを集めて、一気に謁見を済ませるのだそうだ。
で、集団謁見が終わったら新人お披露目パーティーが王宮で開催され、そこで正式に社交界デビューとなる。
綺麗なドレスを着て、煌びやかな夜の舞踏会―――
そんな御伽噺のお姫様な世界に、自分が飛び込めるとは思えない。
その強制イベント、マジで逃げたいです。でも、義務放棄は処分対象……か。何この無理ゲー。
「―――ですから、残り1ヶ月。何処に出しても恥ずかしくない、伯爵令嬢に仕立て上げます。きついでしょうが、ヴァリエーレ家の為だから頑張って」
そう、真面目一辺倒に言われてしまえば、素直に頷くしかなかった。
貴族の見栄だとかは具体的には良く解からないけど………まぁ、想像は出来ますよ。
このままだとエルトおじ様もガル爺も、私の物知らず常識知らずで、他のお貴族様に馬鹿にされるって事でしょ?
王様との謁見式で、とちるなんて論外だろうし。
ここまで何不自由無く育ててくれたっていうのもあるし、流石にそういった事態は避けたいな。
「が、頑張ります」
もしかして、いきなり人生ハードモード突入?
鷹揚に頷くエルトおじ様を見て、そんな事が脳裏に掠めたが、もうすでに後の祭りだった。
どこの山に放っても立派に生きていけるマタギから、どこの社交界に出しても恥ずかしくない深窓の伯爵令嬢に………なれるのか?
「僕が後見人を務めるので、夜会の方は大丈夫ですよ」
謁見式を乗り越えれば、夜の社交デビューはエルトおじ様が全面的にフォローしてくれるらしい。それは、超頼もしいです!
「最初のダンスは、僕と一緒に踊りましょうね」の言葉に、ずっと成り行きを見守っていたガル爺が「えっ」と声を上げた。
「リルファの最初のダンスの相手は、ワシの役目じゃろう」
「隠居爺は引っ込んでいて下さい」
冷たい声で「隠居爺より、現役辺境伯爵でしょう」と、ガル爺の発言を斬り捨てるエルトおじ様。マジ恐い。
「10年以上も幼いリルファを独り占めしていたんです。今後10年は、僕がリルファを独占する権利があります」
エルトおじ様が、溜まりに溜まったフラストレーションをぶちまけるかの様に、主張する。
滅茶苦茶、根に持ってるな。無垢な幼女ならともかく、もう身体も心も充分に育ち切っている自分じゃあ、何も面白味が無いと思うんですが。
「リルファはワシが手塩にかけて育てて……!」
「はいはい、だからこれからは、ヴァリエーレ辺境伯爵である僕に任せて下さいね。隠居爺の出る幕は無いんです」
「ぐぬぅ……でも、リルファはワシの方が何かと甘えられるんじゃ」
「僕にだって充分甘えられますよ。何せ文通歴10年近いですし」
「うぐっ……ワシだって―――」
「僕だって……―――」
私をほっぽらかして、舌戦を繰り広げる二人。
あっと言う間に、軽い口喧嘩から胸倉をつかみ合っての睨み合いに突入した。
………何だか、先行き超不安。
とりあえず、殴り合いの喧嘩なら外で戦って欲しいです。
お家、帰りたい。




