18.怒涛の2日間・後編
「ひ、拾っちゃった……」
ヴィル爺と共に降り立ったガル爺に、おずおずとそう切り出す。
一瞬にして固まったガル爺。何か言いたいのか、口を金魚のようにぱくぱくと開閉している。
ヴィル爺はといえば『ほう、リルの竜か』と、上から下まで璃皇を観察していた。対する璃皇は、やんのかコラとばかりにヴィル爺にガンを飛ばし中。喧嘩するなよー。
老竜の余裕で璃皇の喧嘩腰の視線をかわしたヴィル爺は、思う存分観察したのか、満足そうに鼻を鳴らした。
『リルに目をつけるとは、中々に見所がある』
『うん、リルは凄いんだよ!』
『名は?』
『璃皇!』
『璃皇か……短くて、良い名だな』
『でっしょー!』
ちょっと褒められただけで、一瞬で懐きおった……。
璃皇は、ご機嫌そうに尻尾を揺らしながら、楽し気にヴィル爺に話しかけている。
気難しいタイプじゃなくて、楽っちゃ楽だけど……お前にプライドは無いのか。
そしてやっぱり、短い名前の方が竜に親切みたいだな。
それにしても、流石はヴィル爺。歴代のヴァリエーレ家の竜達を受け入れてきただけあるわ。竜としてのコミュ力が違う。
「結んだのか……」
「ああ、うん。なんか、成り行きで」
やっと喋ってくれたガル爺の呟きに答える。
「色移りまでしとるな」
「何それ?」
私の眼の色が変わったのと、何か関係あるの?っていうかコレ、元に戻るの?
色々質問したいけど、大丈夫かな。ガル爺のテンションが低過ぎて、非常に話しかけ辛いんすけど。
眉間に皺を寄せて、長々と溜息を吐いたガル爺は、突然べっちぃぃんと自らの両頬を叩いた。うわっ、痛そう。
「ガ、ガル爺?」
「……あー、大丈夫じゃ。さ、これからやる事は沢山あるぞ!」
急に浮上して張り切り出したガル爺。気合注入的な、アレだったのか?
っていうか………
「怒らないの?捨てて来いとか……」
うちでは飼えません!的な台詞は覚悟していたのに。
「竜の恩恵を最大限に与ってきた竜持ちが、人様の愛竜を否定する訳にはいかんからの。そこまで耄碌しとらんわ」
更に「結んじまったもんはしょうがない」と、自らに言い聞かせるかの様に呟いている。
叩いた両頬は薄っすら赤く手形が付いてて、涙目だし。……めっちゃ、空元気ですね。
不自然なハイテンションのガル爺は、「ヴォレルアースの館に行くぞ」と宣言した。
「今すぐにでも発ちたい所じゃが、初っ端で夜間飛行は流石に無謀じゃろうから、明日の朝一で出るぞ」
え、まさか……璃皇に乗って、いきなりヴォレルアースまで飛べと?
朝だろうが夜だろうが、それって初心者には充分無謀だと思うんですけどー!
そう抗議したいのに、さくさくと話は進んでいく。
「鞍やハーネスは、ヴィルグリッド様の予備の物を出しておきました」
ガル爺の無茶振りを止める所か、スーパー執事のイーヴァソールが背中から撃ってきた。ちょっ、仕事早いよ!
「ふむ、まぁ微調整すれば、とりあえずはそれで大丈夫じゃろ。リルファ、暫く村へは帰れんから、そのつもりで荷造りしときなさい」
「あー……はい。解かった」
「ん。良し、解散」
「良し」じゃねえぇぇ!
まだ訊きたい事とか一杯なのに!
さっさと自室に引っ込もうとするガル爺を、慌てて引き止める。
「あの、ガル爺。“色移り”とかって、何?」
とっさに思いついた質問をしてみる。そういや私の身体、どうなっちゃったのよ?
「……ああ、結んだ時に、竜の色が移っただけじゃ。珍しいが、たまにある」
いや、だから全然それじゃ解からないって。もっと詳しい説明プリーズ。
それなのにガル爺は「詳しい事は、明日エルトーレンにでも訊け」と、全部エルトおじ様に投げやがった。
「………今夜は祝い酒じゃ」と低く呟いて、さっさと自室に引き篭もったガル爺。……自棄酒の間違いじゃなかろうか。
やっぱり、それなりにショックだったらしい。
それから朝まで引き籠もったガル爺だけど、村人達に差し入れされた豪華な夕飯の他にも、夜食までぺろっと食べてたらしいから、あんまり心配いらないっぽいけど。無限胃袋は、こんな時でも健在らしい。
一生村に帰って来れないかもとか思ってたから、「暫く村へは帰れん」って言われてちょっと安心した。………他が色々安心じゃないんだけどさ。
私の故郷って、やっぱこの村だから。帰って来れる場所があるのは、凄く嬉しい。
そんな事を思いつつバタバタと荷造りをしている内に、あっと言う間に時間が過ぎ、慌ただしく夜が過ぎていった。
「あーほれ、そこを通して……違う、それじゃあ逆じゃ」
まだ空が白み始めただけの薄暗い朝っぱらから、ガル爺の指示に従って璃皇に鞍だとか色々括りつけている最中です。
図体のでかい大型竜に鞍や荷物を巻きつけるのって、かなりの重労働だ。当然璃皇は大人しくしてないから、何度か台無しにされたし。「骨」と一言呟いたら、今は大人しく待ての姿勢だけど。
「こ、これでどうだ!」
「………ん、まぁ良いじゃろう。後は、飛び立つ前に少し羽ばたかせて、具合を確かめるだけじゃ」
首の付け根と翼の付け根の中間辺りの、一番安定したスペースになんとか鞍やハーネスを括りつける事が出来た。
腹部分や背中部分に括りつけた荷物入れには、村の男集が次々と荷物やら食料を詰め込んでくれている。特に食料、これでもかって程に村人が差し入れしてくれた野菜だとか米を勝手に追加で詰め込まれてるから、璃皇の荷物入れもヴィル爺の荷物入れもパンパンだ。
見た目ラスボスなのに、身体中に荷物括りつけられた姿は、所帯染みてて何か恰好悪いよなぁ。
「リルファちゃん、とっておきのコレも何本か入れとくからねぇ!酒好きの上司がいたら、ご機嫌取りに使うんだよー」
「うわっ、おじさんありがとう!」
例のお米のお酒開発研究の会のおじさん達が、濁酒もどきを詰め込んでくれる。まだ本数少ないのに、努力の結晶を惜しみなく餞別にと送ってくれた。い、1本だけ料理酒に使って良いかな。
あ、勿論醤油と味噌はそこそこの量を装備済みです。何処に行く事になろうが、MY醤油とMY味噌は持って行くよ!
荷物も積み終え、微調整も済ませて、村人達に暫しの別れの挨拶をして、いよいよ出発。
自分のベルトに、ハーネスを2本装着する。これが命綱になるんだけど、空中で切れたらと想像すると、かなり不安だ。
「良いか、今回は緊急じゃから、ワシが防御魔法でリルファを保護する。念の為低空飛行にするが、絶対に離れるなよ」
ガル爺に注意を受ける。超高度の飛行は空気が薄い上に気圧や気温も低く、風の防御魔法が無ければ非常に危険だそうだ。それに、移動による風圧や気流やらで、防御魔法が無ければ、竜持ちだろうが人間なら簡単に吹き飛ぶらしい。………ですよねー。
訓練しなければ魔法は使いこなせないらしいので、防御魔法なんて、竜持ち初心者の自分にはまだまだ無理だ。ここはガル爺にまかせるしかない。
「じゃあ、行って来まーす!」
時間が出来たらまた戻って来るので、さよならは言わない。皆も、「行ってらっしゃーい」と明るく送り出してくれる。
多くの村人達に見送られ、ガル爺達と共に飛び立った。
――――で、今に至ります。
いやー、ここに来るまで色々ありました。
ちょっと気を抜くとどっか行きそうになる璃皇を宥め賺して、必死にスピードも落とさせて、なんとかヴォレルアースの館まで辿り着いたんだけど……マジで死ぬかと思った。
高所恐怖症じゃなくて、本っ当に良かった。竜での飛行って、安全装置の無いジェットコースターより恐い。
出来ればもう、2度と空を飛びたくないけど、そういうワケにはいかないんだろうなぁ。
ガル爺も「これから毎日飛ぶんじゃから、今の内に慣れとけ」と、鞍の装着から全部私にやらせた位だし。
こっちは初心者なんだから、まずはガル爺に同乗させてもらって、ヴィル爺辺りからゆっくり慣れさせて欲しかった……!
「―――リルファ?」
あー、はいはい。どこまで話したっけ?
「……えーっと、それで竜が『名前欲しい』って駄々こねるから、付けてみたら何故か結べちゃったんだけど」
私の説明を一通り聴いたエルトおじ様が、長い長い溜息を吐く。
どんよりと重い空気の中、ガル爺が黙々とケーキを口に入れている。この部屋に入ってから既に3ホール目のケーキは、瞬く間にガル爺の口に吸い込まれいった。
ちなみにこのケーキ、ディーヴァルクトの手によって、1人につき1ホールごと豪快に給仕されている。エルトおじ様は2ホール目に突入していて、美味しくってつい私も1ホール丸々食べてしまった。……夕飯入るかなぁ?
私の説明を静かに聴いていたエルトおじ様が、1つ咳払いをして重々しく口を開いた。
「………まぁ、なんにせよ、被害が出る前に大型竜を野放しにせず、見事に結べたのは、国にも領地にも喜ばしい事ですよ」
昨日のガル爺の様に、自分を納得させるかの様に言葉を紡ぐエルトおじ様。
初対面を果たしたエルトおじ様は、見た感じ二十代中ばで大変若々しい、おじ様というよりも、お兄様と呼べそうな人だった。
ガル爺そっくりの猛禽類の様に鋭い琥珀の眼に、肩の辺りまで伸びた榛色の髪は、後ろで適当に結んでいる。
どちらかといえば地味な顔立ちは、自分との血の繋がりをなんとなく感じさせてくれて、大変好感が持てる。
命辛々館に降り立ったら、すぐにエルトおじ様がすっ飛んで来たのには、驚いた。
3階の窓から、躊躇無く飛び降りて綺麗な着地を決めたエルトおじ様は、足を痛める事も無く平然とこちらに駆け寄って来たのだ。超人過ぎる。
現在は新しい服に着替えているが、すっ飛んできた当初、エルトおじ様の私服が紅茶まみれでしっとりと濡れていたのは、おじ様の名誉の為にも突っ込まないでおいてあげた。………多分、窓からヴィル爺と見知らぬ大型竜が一緒にやって来たのを目撃して、「ぶふぉっ」っと茶を吹いたんだろうな。
「リルファは、竜と結ぶ手順を知ってたかい?」
「えーと、名前付ける他にも色々あるらしいってのは知ってたけど、詳しくは知らないです。……何で結べちゃったの?」
私の言葉に、ガクッと項垂れるエルトおじ様。情報規制されてたんだから、しょうがないよ。
「―――竜結の儀の簡単な手順は、まず自らの名を名乗る」
ふむふむ。そういや、私も璃皇に名乗った……か。
「そして手の甲にナイフをあて、傷を作り、その血を竜に舐めとらせて、竜に名前を付ければ終了です」
「私、手の甲に傷なんて……あ、」
「そう、別に手の甲でなくとも、傷を舐め取らせれば何だって良いんだよ。もっと言ってしまえば、竜の口に結ぶ人間の血が入り、竜の唾液が結ぶ人間の体内に入るだけでも良い」
…………やった。全部やりました。
あんなに全身璃皇の涎塗れだったから、傷口にも唾液が接触してただろう。否、涎べったりの牙で傷を作った時点でアウトだったか。
結ぶ為の手順、偶然ながらも全部やってたっぽい。無知って怖ろしい。
「竜瀬の儀も竜結の儀も、効率良く竜と結ぶ為に人が作り上げた儀式だから、多少手順が違っても結べてしまったんだろうね」
エルトおじ様の説明に、私もがっくり項垂れる。
「自由な竜の口に入るなんていう、無謀な行動は後でじっくりお説教ですが……大型竜と遭遇して尚且つ気に入られたのは、もう回避不可能な突発事故みたいなものだから、諦めて覚悟を決めなさい」
「僕も、覚悟決めますから」と、エルトおじ様。説教コース来た。
まだまだ今日は終わらないのに、昨日と今日だけでもう何年もの時間が過ぎた様な気分だ。
ずっしりと圧し掛かる疲労感を払拭させる為に、本日2ホール目のケーキに手を伸ばした。
もう、自棄食いでもするしかねぇよ。




