表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/57

17.ガル爺の憂鬱



「リルファの将来について、一度徹底討論です」


 エルトーレンにそう宣言され、ヴォレルアースにある領主時代の屋敷に戻って来て、早二週間近く――――



 正直もう、帰りたい。



「大体、お祖父様はいつもいつも……―――って、聞いてるんですか?!」

「………おう、聞いとるわい」


 積み上げられた書類を怒涛の勢いで片付けつつ、長年溜まりに溜まった恨み辛みを聞かせるエルトーレン。

 小さい頃のあの可愛さは、一体何処へ行ったのか。


「リルファを平民にしたいというお祖父様の気持ちも解かりますが、僕の事も考えて下さい」


 すっかり冷め切ってしまった紅茶で一度喉を潤し、気を落ち着けたエルトーレンが、静かに切り出す。


「竜持ちで無い人間の寿命なんて、100年と無いんですよ?リルファもこのままだと、後70年生きるかどうか……。お祖父様だって若くは無いし……ヴァリエーレの人間が、僕一人になっちゃうじゃないですか」


 エルトーレンが言いたいのは、家の存続云々よりも血縁者がいなくなり、自分独りきりになってしまう恐怖の方だろう。

 上位種の竜(龍)持ちならば、竜の格によって親しい友人や血縁を寿命で喪う事も多い。

 エルトーレンも、龍持ちとしてはまだまだ若年の、200歳と少し―――そろそろ、若い頃に出会った同年代の小型竜持ちの友人・知人の多くと別れ、自分との寿命の違いを痛い程実感する頃だろう。

 本来ならば、龍とほぼ同等の寿命を持つ大型竜を愛竜にするリルファローゼの父、ギルファランスがエルトーレンの傍にいたのだ。

 この先の孤独を想像し、焦っているのだろう。自分も大型の竜持ちとして、気持ちはよく解かる。

 頭ごなしに説得されるより、こうして切々と訴えられると、決心がグラグラ揺れてくる。


「………早く嫁さん貰え」

「今迎えても、仕事に追われてる内に数十年……気が付いたら、相手が寿命間近という未来が見えます」


 速攻で、素っ気無く帰って来る答え。

 「そもそも、結界魔法の補修作業もまだ終了していないので、お見合いする時間もありません。領地の管理も忙しいし」と、大量の書類に埋もれながら言われてしまうと、それ以上強く言えない。元凶、全部ワシだし。


 室内に、気まずい沈黙が流れる。

 もう、本当に帰りたい。

 近くにある窓を開けて、そのままヴィルグリッドに飛び乗って、リルファローゼの待つ家に帰ってしまいたい衝動に駆られるが、ぐっと耐える。

 ここで帰ったら、怒り狂ったエルトーレンが地の果てまで追いかけて来るだけだろう。ついでとばかりに、リルファローゼまで拉致されるに違いない。


 長々と深い溜息を吐いたエルトーレンが、重い沈黙を破って切り出した。


「……いっそ、リルファを龍持ちにさせてしまえば良いんですよ。龍術師なら、戦になっても結界張る為に後方配備が多いし、僕も傍で護れます」

「そうさせたくとも、肝心の龍がいなければどうにもならんぞ」


 大型竜よりも希少種の龍は、相棒を探す自由な龍として国に来る事が、数十年に一度あれば良い方だ。そう都合良く、龍がやって来るわけが無い。

 ちなみに、自由な大型竜ならば、数年に一度来れば良い方だろう。


「ここ数年、大型竜も龍も割と頻繁にやって来ているので、その辺は大丈夫ですよ。こういう時は次々と来るものです」

「………豊作期か?」

「おそらく」


 数十年から数百年に一度、大型竜や龍が続々とやって来る所謂“豊作期”と呼ばれる時期がある。それが、今この時とは―――


「今更リルファを龍持ちにさせようとも、その為の教育を受けてないからの……」


 子供を竜持ちにさせる教育は、行儀作法や一般教養、武術の訓練の他に一般的に使われるエルテノ文字に、魔法文字や神聖文字とも呼ばれるアーギオ文字まで習わせておくのが、貴族の常識だ。

 自分もそうだったが、複雑で数も多いアーギオ文字を一から覚えるとなったら、相当苦労する事になる。

 そうだというのに、エルトーレンは何故か自信満々な笑みを浮かべた。


「目指すだけなら良いじゃないですか。それに、教育に関してならご心配無く。リルファはアーギオ文字まで、ちゃんと使いこなしてますよ」

「………なんじゃとっ?!」

「文通する度に数文字ずつアーギオ文字を教えていたら、いつの間にか使いこなしてました。今では、アーギオ文字交じりの文章の手紙を書いてますよ。リルファは、本当に頭が良いですねぇ」


 何してくれとるんじゃ、この孫は……!


「聞けば、リルファは狩りの名手だとか。弓は龍の気を惹くのに少々弱いですが……喧嘩も強いそうだし、資質は充分です」


 琥珀の瞳を煌かせながらエルトーレンが語る内容は、大方執事のディーヴァルクト辺りから流された情報だろう。

 「いっぱい食べるガル爺の為に、いっぱい美味しいモノ獲りたいの!」と可愛い事を言われて、本人の筋も良くてついつい熱心に教えてしまったが、こんな事になるとは予想外だ。

 すでにエルトーレンは、リルファローゼを龍持ちにさせる気満々である。………さて、どうしたものか。


「―――あの娘の意思は、どうなる。将来、商人になりたいそうじゃぞ?」


 リルファローゼは、小さな頃から何故か「商会興して、醤油と味噌の伝道師になる!」と張り切っている。

 いくらこちらが反対しても、リルファローゼの意思は固い。あまり反対し過ぎると、最終的に家出でもして勝手に商人になってしまうだろう。

 現に、今ですらこちらの事は無視して「商会設立資金稼ぎ」と称しては森の奥深くに籠もっては狩りに明け暮れ、何日も帰ってこないのだ。

 屋敷に帰ってくる度に大量の獲物を抱えて来るので、資金稼ぎは順調なのだろう。毎回、獲物のいくつかを「ガル爺達に」と置いていくので、文句も言えない。

 しっかりしているのは良いが、貴族の令嬢として何かを大分間違えてしまった感がある。

 庶民に育てようと、大した贅沢をさせずに育てて来たのが、いけなかったのかもしれない。


「別に、愛龍がいたって商会位興せるでしょう。貴族の事業の一環として、やらせれば良いのです」


 こちらの葛藤を他所に、エルトーレンは事も無げにそう言い放った。

 小型竜が愛竜ならば家庭に入るのが一番だが、女性の身でも愛龍を持つ程の実力があれば、商会の一つや二つ興した所で誰も文句は言えないだろう。


「それに、自ら荷車を引いて商いをするよりも、ずっと安全です」


 確かに、山賊の危険が常に付き纏う商人生活は、充分危険といえる。

 こちらの目の届かない所で危険な目に遭われるよりも、龍持ちにしてこちらが出来るだけ護れば良いという気持ちも、よく解かるが――――


「リルファを龍持ちにしてしまえば、ずーっと手元に置いておけますよ?」


 物凄く、魅力的な囁きだ。

 寿命が長くなれば、それだけ嫁に行かせずに手元に置いておける時間も長くなる。

 強固に固めたはずの決心が、ぐらりとまた揺れる。

 こんな甘言に釣られてはいけない。竜瀬の儀では、小型竜や中型竜が愛竜になる可能性の方が高いのだから。

 だが、それでも――――


「………本人が、それでも嫌がったら?」

「勿論、竜瀬の儀を行うかは、本人の意思を尊重しますよ。ただ、一度リルファ本人に会って、説得する機会が欲しいだけです」


 一度想像してしまった、魅力的な希望には逆らえず、不承不承「リルファに一度、エルトが会いたがっているとだけ話してみる」と、言ってしまった。

 顔を綻ばせ、「それで充分です」と嬉しそうにしているエルトーレンに、悔し紛れに忠告しておいてやる。


「リルファは、こっちの言う事なぞちっとも聞かんぞ。最悪、逃げ出すな」

「そしたら、仕込んでおいた餌を発動するまでですよ」


 何かよからぬ事を企んでいる顔で「そろそろ、良い頃合ですからね」と呟くエルトーレン。この孫、やっぱり恐い。


「孫と曾孫が反抗期……」


 思わず出た呟きに、追加の紅茶と茶菓子を運んで来たディーヴァルクトに「曾孫はともかく、孫は既に反抗期は終わっているかと……」と、生真面目に指摘された。






『話は終わったのか?』

「………ああ、帰るぞ」


 あの後、一月以内にリルファをヴォレルアースの屋敷に連れて来るという約束をさせられてしまった。

 これ以上、余計な説教や約束をさせられない内に、さっさと住処に帰ろう。

 しょぼくれた自分を不思議そうに、ヴィルグリッドが見詰める。


『ガル、どうした?』

「リルファに、竜瀬の儀を受けさせる事になるかもしれん……」

『何だ、そんな事か』


 とたんに興味を失ったとばかりに、フンと鼻を鳴らす相棒。その態度は、少し酷いのでは無いか?


「そんな事とは、何じゃ。こっちは真剣なのに」

『そんなの、受けても受けなくても意味が無いからだ』

「何じゃと?」

『――――ふん、もう忘れたのか?ヴィルとガルの出会いを』


 もう何百年と昔の事だが、忘れるわけが無い。今でもよく憶えている。

 確かに、竜瀬の儀を受けた事も無かった自分は、あの日ヴィルグリッドと出会い、そのまま勢いで結んでしまった。


『儀式など受けなくとも、竜に目を付けられれば、その時点で竜持ちになる運命だ』


 『気に入った人間は、絶対逃がさんからな』と、牙を見せて笑うヴィルグリッド。

 竜持ちになるのを拒否し、その後ずっと竜に付き纏われて、結局結ぶ事になった事例は、少ないながらもいくつかあった。


「まぁ、ワシらみたいなのはごく稀じゃて」

『………そうだと良いがな』


 以前とは違い、エルトーレンや屋敷の者達に見送られながら、準備の終わったヴィルグリッドに乗り、家路につく。

 エルトーレンが持たせてくれた、村では手に入りにくい食料品が色々とあるので、今夜は豪勢な食卓になるだろう。

 暢気にそう、思っていた。




 見知らぬ大型竜と共に「ひ、拾っちゃった……」と、顔を引き攣らせた曾孫に出迎えられるまでは。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ