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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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15.竜の願い



 春の木漏れ日が溢れる、長閑な森の中――――目の前には、見知らぬ大型竜(ラスボス)


 油断した………完っ全に油断した!

 ヴィル爺が帰って来たのかと暢気に空を見上げていた、少し前の自分をしばき倒したいっ!

 鳴き声とか、よく聴けばヴィル爺とは全然違うって解かったのに……自分の馬鹿ー!


 大型竜の背や身体は、鞍も荷物も巻き付けていないし、相棒の人影も全く無い。

 ………これはもしかしなくとも、自由な竜?

 竜は家畜や愛玩動物(ペット)では無いので、人と魂を結んでいない竜は“野良”や“野生”と称さずに、敬意を持って“自由な竜”と皆呼んでいる。

 そんな自由な竜が、一体私に何の用が……?


 逃げようにも、がっちり眼が合ってしまって、どうにも逃げられそうにない。

 凶暴そうな竜の眼が、様子を伺うようにじっとこっちを見ている。

 今の所、いきなり襲い掛かって来る事は無さそうだ。………多分。

 こちらも相手と同じ様に、目の前の大型竜の様子を観察してみる。ええ、現実逃避です。


 竜の大きさは、ヴィル爺と同じ位だけど、若干小さめかもしれない。

 ヴィル爺の大きさは、25mプールを余裕ではみ出すだろう巨体。ヴィル爺曰く、大型竜としては平均的な大きさだそうだ。

 ……って事は、コイツも25m以上は有るって事か。うん、余裕で大型竜ですな。

 セシルキアラやゼルガアッシュの例もあるから絶対じゃないけど、外見だけで判断するなら、多分雄。

 ヴィル爺よりもかなり若いのだろう。違い欠損や瑕一つ無い、綺麗に揃った鱗の色は黒一色。だけど、日の光の下では仄かに青みがかっていて、私の濃紺の瞳とはまた違う……不思議な黒だ。

 頭を覆う冠翼や翼の皮膜部分は、根元の方は深い濃紺で、先の方へと明るい紺碧になっていき、鮮やかなグラデーションを描いている。

 そして眼の色は、宝石みたいに綺麗な、澄んだ瑠璃色。


 若い大型竜というのは、老竜のヴィル爺とはまた違う迫力がある。中型竜の比じゃない存在感。

 身体中から溢れ出てるエネルギーみたいなものが、明らかに違う。人間も竜も、若いってだけで圧倒的なパワーがある。


「――――っ!」


 何を思ったのか竜は、いきなり間合いを詰めて凶悪な顔をこっちに寄せてきた。

 それと同時に、太くて鋭い牙が綺麗に並んだ口をあーんと開けてくる竜を見て、昔ヴィル爺に言われた言葉が、頭の中に蘇る。


 『―――人と結んでいない竜は何をしでかすか分からない。特に若い奴は好奇心でちょっと齧ってみるとかあるかもしれないからな。不用意に近づくな』


 ヤバイ、喰われる。


 そうは思っても、蛇に睨まれた蛙状態で、身体が動かない。

 抵抗しようにも、今手に持っている武器はその辺の廃材で作った木刀もどきだし。……ひのきの棒より酷い装備だ。

 思わず目を瞑って、顔を背ける。


「………?」


 だが一瞬覚悟した衝撃は、一向に襲って来ない。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには無防備に口を大きく開けたまま、大人しく地面に伏せている竜の姿。え、何コレ。


『……………って』


 竜が、ここにきて初めて喋り出した。


『……口、中痛い………取って……』

「………はい?」


 今、何と?


『……口ん中、じくじく痛い………取ってぇ』


 尚も繰り返す『痛い、取って』に、段々と今置かれている状況が解かってきた。


 口の中に何か刺さってるから、取ってくれ、と。


 あ、何か……安心したら、今更ながらに腰が抜けそう。

 それでも取ってコールを繰り返し続けている竜に、ずっと握り締めていた木刀を放り投げ、覚束無い足取りで近づく。

 なんとか竜の目の前まで近づいて、とりあえず確認。


「相棒の人に取って貰えないの?」

『―――?なにソレ知らない。早く取って」


 やっぱり、予想通り自由な竜だ。

 自由な竜の矜持はどうした。大型竜の威厳は何処へいった。

 竜が自分で取……ったら、鋭い爪でズタズタになって、口の中が更なる大惨事か。つまり、私がやるしかないと。

 ………ここは大人しく竜の願いを叶えて、さっさとお帰り頂こう。


「―――……あー、確かにコレは痛いわ」


 いきなり口閉じたりすんなよと念じながら、恐る恐る身を乗り出して竜の口の中を覗き込めば、歯茎の部分に、深々と何かの動物の骨が突き刺さっていた。

 竜の鱗なんて、どんな刃物も通さない防御力なのに、意外と口の中とかは柔なのか……。

 骨が突き刺さっている根元部分は、既に膿み始めていて、微かに悪臭を放っている。

 コレは、いくら大型竜でも痛みで悶え苦しむレベルだろう。『じくじく痛い』で済ませているのが不思議な位だ。


 さて、状況は完全に理解出来たが、これからどうするか。

 小さな頃からヴィル爺で散々遊んできたとはいえ、流石に私、竜の口の中に手を突っ込むなんて暴挙はした事が無い。

 それを、自由な竜にやれと。

 竜自身からのお願いとはいえ、とんでもない無茶振りだ。

 だからといって、今更苦しそうに唸っている竜を見捨てて逃げる気は無い。


(……ええい、考えたって仕方ない!)


「手ぇ突っ込むから、絶対口閉じんなよ。後、痛くても絶対に動くな」

『うん、わかった』


 私の言葉にきっちり竜が頷いたのを確認して、思い切って手を伸ばし、突き出ている骨を掴んでみる。


「よっ………あれ、結構固いな」


 ぐいっと引っ張ってみるが、肉が食い込んでいる為か、骨は突き刺された所から全然動かず中々抜けそうにない。おまけにこっちは爪先立ちでの作業なので、今一力が込められない。

 歯茎に激痛が走っているだろう竜は、それでも動かずに辛抱強く耐えていたのだが、両顎が遂にブルブルと小刻みに震え出した。


「―――……っつ!」


 震えた弾みで私の左腕に竜の牙が掠り、傷が走る。

 竜の牙は間近でよく見ると、細かいギザギザが綺麗に鋸状に並んでいて、見るからに凄い殺傷力だ。

 今も少し掠っただけだというのに、傷からはかなりの量の血が指先まで伝い、竜の口の中へと滴り落ちる。

 竜は血の味に興奮する事も無く、尚も動かない様に我慢しているのだが、流石に怪我をしたままこれ以上は出来ないので手を引っ込めた。


 応急処置的に簡単に止血をしながら、次の作戦を考える。

 このまま爪先立ちの体勢で骨を引っこ抜こうとしても、まず無理だろう。

 下手に時間をかけてぐりぐり弄ってたら、竜の忍耐力が切れた瞬間口を閉じられ、私の上半身と下半身が一瞬で真っ二つになるのがオチだ。

 ここは一気に、ズボッと抜いてしまうのが良いだろう。

 うーん、もっと力を込められる体勢に持ち込むには………アレしか無いか。


 前世より短い人生だったな……。

 頭の中を巡る今までの人生の走馬灯を振り払い、森の中では常に腰に装備している鉈を鞘から抜く。

 覚悟を決めて、不快そうに口を開けたり閉じたりしている竜に話しかける。


「ねぇ」

『んー?』

「今からあんたの口の中入るけど、もし私を咬んだり飲み込んだりしようとしたら、この鉈であんたの喉を掻っ捌いて出てくるから」


 流石に、もう1回自分から死ぬ気は無い。もし飲み込まれそうになったら、鉈を突き刺して踏ん張ってやる。

 骨も刺さる位なんだから、鉈だって余裕で刺さるハズだ。タダで死んでたまるか。


 そんな私の本気が伝わったのか、竜は目を見開いてこくこくと従順に頷いた。




「じゃ、入るよー」


 ぐわっと最大まで開いた口の中に、遠慮なく入っていく。こういうのは、勢いだ、勢い。

 妙な湿っぽさとむわっとした熱気に微妙な生臭ささえなければ、まるで何処かの洞窟の入り口の様だ。


「―――ん、ちょっと斬るよ」


 肉が固く食い込んでいる部分を鉈で斬って、深く刺さっている骨を抜き易くする。

 竜が息を呑む気配がダイレクトに伝わってくるが、思わずごっくんとかはやられずに済んだ。


「よっ……と!」


 竜の涎で滑らないように骨をぐるっと布で巻いた後、再度の挑戦。

 うん、やっぱりこっちの方が力入れ易いな。足場も若干柔らかいけど、しっかりしてるし。

 しゃがみ込んだまま、渾身の力を込めて引っ張ると、先程とは違い、骨が少しずつだが上へ上へと動いていく。

 引き抜かれる激痛にグウゥゥゥ……と苦しそうに唸る竜に「煩い、黙れ」と一言告げると、ピタリと唸り声が止まる。流石は竜、聴覚鋭いな。

 酷かもしれないけど、正直黙ってくれて有り難い。こっちは口の中だから唸り声が響く響く。

 両手塞がってて耳も塞げないし、下手したらこっちの鼓膜が破れかねない声量だった。



『~~~~~~~っ!!!!』



「よしっ、抜けた!」


 目論見通り、見事に一気にズボッと抜く事が出来た。

 身動ぎさえせず、唸り声も上げずに耐え切った竜は、本当に偉かった。

 骨が抜けた後の傷口は多少膿んではいたが、大型竜ならこの程度の傷、すぐに治るだろう。


 ごっくんされない内に、さっさと竜の口の中から脱出する。

 いつの間にか全身竜の涎でベタベタだけど………日の光が眩しい。生きてるって素晴らしい!

 手に握っている、竜を散々苦しめたであろう骨を見た。……多分、牡鹿の骨かな?

 噛み砕かれた骨は、先が鋭く尖っていた。捕食された草食動物、最期の逆襲か。


 竜は口を開けたり閉じたり、藍色の長く先が割れた舌先で傷口を恐々確かめたりと、忙しなくしている。

 一頻り確認して納得したのか、すっきりとした顔をして『ぐふんっ』と上機嫌に吼えた。


 憂いが晴れて、漸く大空へと飛び立つのかと思いきや、私を眼の端に捉えた後、改めて目の前にまたどっかりと座り直した大型竜。

 まだまだ居座る気、満々である。




 ………いや、もう帰れよ。





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