12.竜瀬の儀・後編
「お前、本当に行かないのかよ?」
竜騎兵達の歓迎会と子供達の送迎会を村でささやかに挙げた翌早朝、早速竜瀬の儀の参加資格のある子供達を乗せて竜車が出立する。
子供達を見送る為、家族を始めとした村の人達が広場に集まっている。
私も、見送る側の一人だ。
「うん、行かない」
ジャイルの問いに、きっぱりとそう答える。
昨夜ぽそっと「見学に行きたいな」と呟いたら、それを聞きとがめたガル爺に猛反対され、今日の見送りにすら来られない所だった。
流石に理不尽なので反抗したら、「明日は、山の方まで狩りに行かんか?」と妥協案――というか、誤魔化して来たガル爺にあっさり「行く!」と誤魔化されてやった私は、大人だ。
今まで狩りは森の中間地帯までしか狩りに行けなくて、その更に奥深くにある山までは絶対行かせてもらえなかったんだもん。
鹿や猪だとかの大物も山の方が沢山獲れるし、絶対竜瀬の儀見学よりこっちの方が美味しい。
狩りで独立資金を荒稼ぎする気ですからね。季節限定の薬草加工よりも、断然狩りの方が実入りが良いんすよ。
ちょっと言ってみただけなのに、思わぬ収穫に内心ほっくほくだ。
竜瀬の儀見学なんて行ったら、そのまま王都に連れて行かれそうだもん。絶対行かないって。
そんなこんなで、皆の見送りにだけは絶対行く!と死守して、年長組達をこうして見送っている。
簡単な旅支度をしているジャイル達よりも野宿対応の狩人スタイルの私の方が、何処か遠くへ行く雰囲気を醸し出しているのは、お互い微妙な感じだが。
「ガル爺が山の方まで狩りに連れてってくれるんだー」
「………お前、やっぱ何かおかしい」
眉間に皺を寄せてぶつぶつ呟くジャイルを無視して、竜車の様子を観察する。
この村の参加資格のある子供達だけなら竜車1つで充分だが、5台も竜車を用意したのは、目的地までの道すがら他の村や町でも子供を回収していくからだそうだ。
領主の住むヴォレルアースという領内で一番大きな街が最終目的地で、そこにある普段は軍事訓練等で使う為の施設で竜瀬の儀を執り行うらしい。
………あれ、もしかして、昔フォスファの丘の上で見たイタリアのコロッセオみたいな巨大な施設がそうか?やっぱ野球場じゃ無かったんだ。
ヴォレルアースの街までは、ここから子供達の負担にならないようにゆっくり行って3日程。他の村や町に寄って子供も回収しなきゃいけないので、5日程かかるそうだ。
愛竜を得て竜持ちになっても、とりあえず半月程で一度村に全員帰ってくるらしいので、家族との別れも皆あっさりしている。
長年の友人達も皆一緒なので、心強いのだろう。ちょっと長い修学旅行みたいな感じか。楽しそう。
竜騎兵を改めて観察していたら、女性兵が1人いて吃驚した。気付かなかったよ……。
護衛役として自らの愛竜に騎乗しているその姿は、女性だというのに凛々しくて大変恰好良い。
それにしても、子供達が次々と竜車に乗り込んでいく様は、何も知らなければ子供が人身売買か何かでドナドナされて行くような後景にしか見えない。
まだスカスカな竜車だけど、最終的には5台の竜車にみっちり子供達が詰め込まれるのか……。シュールな。
「んじゃ、ちょいと行ってくるわ」
「行ってきまーす」
「行って来るね」
「行ってらっしゃい。頑張ってね!」
軽く挨拶を交わし、幼馴染達は意気揚々と竜車に乗り込み村を出発して行った。
さて、私も一狩り行きますか!
狩りの収獲は、上々だった。
帰りはヴィル爺呼び寄せて、仕留め過ぎた獲物を運んで貰う程。運賃として、鹿一頭喰われたけどね。
この村に越して来てからというもの、狩りや野草や茸類の知識を次々と吸収していっている。
ぶっちゃけ、淑女能力よりもサバイバル技術の方が上です。今なら、鹿も仕留めるし捌けるよ!
狩りの最中、ガル爺がぽつぽつと、私が竜持ちなる事に反対する理由を語ってくれた。
――――……確かに、貴族は貴族で大変そうだな。愛竜獲得の為のプレッシャーとか超凄そう。ストレス溜まるな。
他にも色々と、大変そうな事盛り沢山。
改めてそういった大人の事情を話してくれて、少しだけ大人として認めて貰えた気分。………いや、私中身はもうアレなんですけどね。
ガル爺の理不尽な情報規制も事情を知ればやりすぎ感はあるけど、頭ごなしに反対されるより改めて説明してくれて、色々と納得出来た。
やっぱ、平穏に生きるなら平民が一番だよね。
のびのびと自由に育ててくれたガル爺達には、本当に感謝するよ。
子供達が村へと帰ってきたのは、送り出した時から半月と少し過ぎた頃だった。
「うわー……」
どう見ても竜騎兵団所属じゃなささうな竜が3頭程、明らかに増えていた。
まず小型竜が1頭。送り届けてくれた竜騎兵達の愛竜よりも、幾分小柄だ。
それと、竜車の列の一番後ろから軽い地響きをさせて付いてくる2頭は、ヴィル爺よりも随分小さいが竜騎兵達の愛竜よりもずっと大きい。初めて見るが、この大きさはきっと中型竜クラスだろう。
竜瀬の儀で3人もの村の子供達が竜持ちになったのは、ファンドルク村が始まって以来、前代未聞の出来事だった。
50年に1人、竜持ちを排出するかしないかの辺境の村の人々は、狂喜乱舞のお祭り騒ぎだ。村長なんか、泣いて喜んでいる。
「よう、リルファ!」
これ見よがしに、後ろに中型竜を引き連れたジャイルが、ドヤ顔で挨拶して来た。
その横には、スゥネが「ただいま」とにこやかに挨拶して来るが、こちらも中型竜を引き連れている。
「お帰り。……えーと、おめでとう?」
まさか、こいつらが竜持ちになるとは。
微妙な気分ながらも、お祝いにこの前の狩りで獲った猪肉の塊をそれぞれに持たせてやると「おう、ありがとな!」とジャイルが満面の笑みで礼を返してきた。
こんなに私に対しても上機嫌かつ礼儀正しいジャイルは、大変珍しい。
「紹介するぜ。こいつがオレの愛竜、カイルヴァーストだ」
カイルヴァーストは、橙色の鱗に覆われた身体に、クリーム色の大きな縞模様が刻まれている竜で、小豆色の眼に皮膜は赤茶。
人見知りはあまりしない性質なのか、興味深そうに顔を近付けて、私の匂いをフンフン嗅いでいる。鼻息やめれ。
「こっちが僕の愛竜、ディレイドオークだよ」
スゥネの愛竜のディレイドオークは、灰色がかった薄い水色の鱗に黄緑色の眼、皮膜は薄緑だ。
カイルヴァーストよりも若干小柄で線が細いのは、何となく相棒と似ていて面白い。
こっちは人見知りする方なのだろう、少し遠巻きにこちらの様子を伺っている。
「リルファローゼです。よろしくね。あ、兎喰べる?」
『喰べる!喰べる!』
『……欲しい』
今朝獲りたての野兎を一羽ずつ、大きく開けた口の中に放り込んでやると、それぞれ満足そうな唸り声を上げた。ちょろいぜ。
2頭とも大きくて中々の凶悪顔なんだけどね、ヴィル爺に比べたらまだまだ可愛い。
ヴィル爺、圧迫感とか存在感半端無いもん。大型の老竜だからこそのオーラっていうか、威厳?
それに加えて、私じゃ想像できない様な修羅場を沢山潜り抜けてきたとでもいうような落ち着きっぷり。まぁ、偶に色々やらかすんだけど。
そんなラスボスなヴィル爺と長年一緒にいれば、目の前の中型竜2頭は精々中ボスレベルだ。
餌付け効果で、あっと言う間に2頭と仲良くなれた。ちょろいぜ。
「じゃあ、すぐ村を出るの?」
「うん、明後日には出発かな」
竜持ちになったら、まず近くの竜騎兵団――大型竜が愛竜なら竜騎士団――に所属して、竜持ちとしての訓練を受けなければならないそうだ。
小型竜が愛竜なら3~5年程度で解放されるみたいだが、中型以上の竜を愛竜にすると何百年も兵として国の為に働かなければならない。
―――そう、何百年も。竜持ちになったら、普通の人間の何倍も寿命が伸びて身体能力も上がって、おまけに魔法も使えるんだって。チートめ。
「オレ等、もしかしたら王都の竜騎兵団に行くかもしれないんだぜ」
「僕らの試合を観戦してた領主様が、口利きしてくれるって」
「へぇ」
純粋に考えれば将来の自分の側近候補として、王都でお勉強させるエリートコースといった所か。
大変捻くれた考え方をすると、王都まで私を釣る為の餌……いやいや、これ以上深く考えない方が良いな。うん。
「こいつらが、今回の竜瀬の儀の中で一番大きかったんだぜ」
「中型竜はもう1頭いたけど、結局その竜は今回相棒見つからなくて、他の領まで行くみたい」
下手すりゃ、国中を盥回しか。竜も相棒探すの大変なんだな。
否、もっと大変なのは自由な竜を次の領地に先導する竜騎兵団の人達か。竜が途中で飽きて『やっぱいいや』ってどっか行っちゃうのも多いらしいし。
「リルファ」
「リリシズ、お帰り!」
「ただいま。まぁ、すぐ出てくけどね」
愛竜となった小型竜を傍らに引き連れたリリシズさんは、上機嫌のジャイル達とは違い何故か不機嫌そうだ。やさぐれた雰囲気が、怖いです。
「愛竜の………ゼルガアッシュよ」
「おお、恰好良いね!」
お祝いの猪肉をリリシズに押し付けながら、まじまじと観察する。
落ち着いた深緑の鱗に金の眼。皮膜部分は明るい新緑で、その中に金色の斑模様が所々入っているゼルガアッシュは、小型竜だが大変凛々しい……というか、強面のお顔。
普段、可愛い系の顔立ちのセシルキアラを見慣れているから、余計にそう感じるのかな。
とにかく、恰好良くて立派な雄竜だ。リリシズは一体何が不満なのか。あれか、小型竜より中型竜の方が良かったのか?
「雌よ」
「……はい?」
「だから、雌竜だったの!」
雌、メス、♀………女の子?!
「あーもうっ、普段あんなに名付けの失敗例見てきたのに!」
「ど、どんまい……」
名付けの失敗例は確認するまでも無い。男の娘竜のセシルキアラの事だろう。雄竜にしか見えないけど雌竜なゼルガアッシュとは、対極の存在だ。
それにしても……誰が見ても雄に間違えられるゼルガアッシュには、凄い親近感を感じる。種族は違えど、私も昔は男に間違えられる女子でしたから!
ゼルガアッシュは竜だから、雄竜に間違えられた挙句男性名を名付けられても、全然気にしてないみたいだけどねー。
兎をあげたら『……どうも』とセシルよりも低い声でお礼を言われた。声まで雄っぽい。
一頻り後悔と羞恥に身悶えてなんとか気を取り直したリリシズが、手紙の束をトランプの様に扇状に広げて私に見せ付けてきた。
どの手紙も、豪華な装飾が施された封筒を使っている。
「何それ?」
「将来の、就職先候補。竜持ちになった途端、色んな所から声がかかったわ」
送り主を見ると、郵便局的な機関に、竜車の業者、魔道具職人、王宮の侍女……等々、どれも高給取りな業種がわんさかとある。
これは、皆が何故ああも竜持ちになりたいのかがよく解かる。
「リリシズは、もう将来何になるか決めてるの?」
「うーん、何となくはもう決めてるけど……これからじっくり検討するわ」
そうか、決めてるのか。
こっちの商会を手伝って欲しいとは、言えないなー。リリシズなら、凄い戦力になるのに。残念。
リリシズだけじゃなく、スゥネもジャイルも……欲しかった人材が、一気に減ってしまった。
「はい、商会設立資金の足しにして」
「こ、これは……!」
幼馴染達の出立の朝―――リリシズとスゥネに渡された小袋の中には、銅貨がぎっしりと詰まっていた。
「良いの?………これ、銅貨100枚以上あるんじゃないの?」
両手で持ってもずしりと重い感触に、困惑する。
銅貨100枚といえば、銀貨1枚に交換できる額だ。円に換算すれば、銅貨1枚が約100円として銅貨100枚で1万円位の価値だが、農村の子供にとっては相当な大金だ。
本来餞別を贈るのはこっちのはずなのに、逆に贈られてしまった。
「良いの良いの。その為に貯めてたんだし」
「でも、これから何かと入り用じゃ……」
「国から支度金が出るから、大丈夫だよ」
「補助金も毎月出るらしいしね」
竜持ちになったら、国が色々と援助してくれるらしい。この程度の金額は、最早はした金なのかもしれない。畜生。
「………じゃあ、ありがたく頂くね」
「リルファも竜持ちになれば、一気に商会設立資金貯まるわよ」
「遠慮しとく」
私達のやり取りを見ていたジャイルが慌ててポケットを漁り、「設立資金の足しにしろ」と銅貨を3枚追加してくる。お前って奴は……。
こうして幼馴染3人は半月前の出立と同様に軽い別れを済ませ、村人達の見守る中竜騎兵団に先導され、慌ただしく村を出立して行った。
(なーんか、置いてかれた気分)
別れの寂しさとは違う感情がちくりと胸を刺したが、無理矢理それに目を背け、蓋をした。




