12.竜瀬の儀・前編
――――“リュウセノギ”とは何か。
この間からスルーしていた単語を、今更ながらにジャイル達に訊いてみたら、思いっきり呆れた顔をされた。
「お前、一応竜持ちの貴族の子だろ?」
「しょうがないでしょー。肝心のガル爺が教えてくれなかったんだもん」
こと愛竜を持つ方法について、黙秘を貫き続けたガル爺。
竜に対する興味や好奇心はそれなりに有ったが、頑固にだんまりをきめるガル爺にしつこく訊くのも段々と面倒臭くなり、いつしか愛竜に関して調べるのをすっかり忘れていた。
商会を興すという将来の目標が出来てからは興味の大半がそっちにいって、独立資金作りや前世の料理の再現や狩りだとかで、忙しくてそれ所じゃなかったとも言える。
竜持ちになったら、商人にはなれないしねー。基本的な竜情報はヴィル爺が教えてくれたし。
それに今更、貴族のお嬢様として小型竜でも愛竜にして何処かの貴族に嫁ぐ……とか考えられない。
貴族の子としてはそっちの生き方が正しいのかもしれないけど、ど田舎庶民生活のお蔭で優雅な貴族生活など自分には到底無理そうだ。
家長であるガル爺も、私を竜持ちにさせる気全然無さそうだし、特に問題無いだろう。
そんな感じなので竜持ちになる気は無いけど、色々と気にはなっていたので良い機会だから、この際徹底的に訊いておこう。
竜に関する知識を深めておけば、余計なフラグも回避出来るだろうからね。
「そういや、ガル爺さんにお前に竜に関する事あんま教えるなって言われた事あったっけ……?」
「ああ、そういえば昔そんな事言われたなー」
ガル爺め……!
こうも情報規制されると、なんだか反発心覚えてくるんですけど。そろそろ、反抗期にでも入ってやろうか。
まぁ良い、今日はこいつら締め上げてでも全部吐かせてやる。
私の怒気に反応したジャイル達が、顔色を若干悪くさせて2、3歩後退して距離をとってくる。逃がさんよ。
「ガル爺なんてどうでも良い。さっさと教えろ」
長年の教育によって子分根性が染み付いている子供達が、竜持ち希望の子達を中心に矢継ぎ早に教えてくれるが、各自一斉に喋っている為全然解からん。うん、ちょっと落ち着け。
「――――……えっと、つまりー“竜瀬の儀”ってのは、竜と人間のお見合いの儀式?」
「お前、お見合いって………」
「ざっくばらん過ぎるけど、大体そんな感じかな」
大雑把に要約した私の言葉に苦笑しながら、スゥネが肯定する。
予想通りと言えば、予想通りな儀式の内容だ。
数年に一度、いくつかの村や街の12歳以上19歳未満の子供達が一所に集められて、自由な竜達と顔を合わせるらしい。
自由な竜達が見物する中、子供達が今までの鍛錬の成果を見せ、竜が気に入った人間がいたら、そのまますぐさま人と竜の魂を結ぶ儀式―――“竜結の儀”に流れ込むらしい。
鍛錬の内容は剣術の試合が殆どだそうだが、中には歌を歌ったり一発芸的なモノを披露したりと、中々に面白そうなイベントだ。
観客が全員竜の、子供達の学芸会的な……?うわっ、ちょっと見学したいかも。
辺境のこの辺だと5年に一度程度の儀式だが、もっと都市部に近い都会の子達は、2、3年周期で結構頻繁に竜瀬の儀があるそうだ。
過去に竜持ちになった子供の数で、儀式が廻ってくる頻度だとかが地区単位で決まるらしい。
教育の為の施設が整っている大きな街の子供の方が、竜持ちになれる確率が高いそうだ。
まぁ、この辺だと寺子屋レベルの教育施設しかないし、農家の子供だと家の手伝いだとかで忙しくて、そこまで熱心に勉強できないもんね。
竜瀬の儀を受けずに、ある日その辺の道端で自由な竜に気に入られ、そのまま魂を結ぶパターンもあるみたいだけど、殆どの竜持ちが竜瀬の儀で魂を結ぶ。
12歳以上19歳未満なら、どんな身分の者でも儀式に参加する資格があるそうだが、平民は15歳の成人を過ぎると殆ど参加しないらしい。
この辺の子だと5年に一度の儀式なので、一度儀式を受けて駄目だったら、すっぱり諦めてさっさと就職や結婚を決めてしまうそうな。
一生に一度の、竜持ちになれるチャンス。
竜持ち志望の子供達が、熱く語ってくれた“竜瀬の儀”はまとめるとこんな所だ。
皆希望と期待に満ち溢れた瞳で語ってきて、キラキラしてて眩しいです。
「でも貴族の子は良いよなー。王都だと、竜瀬の儀が毎日のようにあるらしいぜ」
「え、マジで?」
貴族の子だけど、当然ながら初耳です。
皆から何だか憐れみを含んだ視線を向けられるのは、何だか不本意。おいそこ、溜息吐くな。
「……なんでも、相棒が欲しい自由な竜は、より優秀で魂結べそうな人間がいる場所が本能的に解かるらしくて、まず真っ先にやって来るのが王都なんだと」
「王都は、年頃の貴族の子や高度な教育を受けた裕福な家の子達が集められてるそうだからね」
「で、王都で相棒が見つからなかった竜が、竜騎兵団によって各領地に誘導されるってワケ」
「その頃だと、大型竜や中型竜なんて全部王都の奴等の愛竜だぜ。こっちまで来るのは、殆ど小型竜!」
「大型竜や龍が愛竜なんて、夢のまた夢よ」
結局世の中、金とコネか。
まぁ、それでも身分関係無く、国民全員に最低でも一度は出世のチャンスがあるのは凄いけど。
でも、裕福な家の子の方が圧倒的に有利。世の中こんなもんか。
都市部だと、教育ママとか絶対いそう。
貴族だけど田舎でのんびり育ててくれて、本当にありがとうガル爺!って言いたくなってきた。
それにしても、今日は今までの疑問が解決されて、かなりすっきり。突っ込み所も多いけどね。
スフェルオーブ国主催の、“自由な竜の相棒見つけツアー”って………。
竜=戦力なので、せっかくやって来た自由な竜が他国に渡らないように必死らしい。
ちなみに、この世界には竜の希少種で“龍”ってのがいるらしい。
見た目は、まんま東洋の龍みたいに蛇の様に細長いフォルム。日本人なら、思わず拝み倒したくなる姿だ。ただし、竜と同じ蝙蝠の様な翼がその背に生えているらしいけど。
こっちに引っ越して来た夜に夢見た、金色に輝く龍神様とそっくりな特徴だ。
もしかして、夢だけど夢じゃ無かった的な?
エルトおじ様、龍持ちらしいし。実際に龍をちらっと見たけど、寝惚けて夢と思い込んでたって気がする。
ヴィル爺に言わせれば龍は『奴等、遠距離型の守備専門に見せかけて、接近戦に持ち込んで細長い身体で獲物に巻き付いて絞め殺すのが得意』だそうなので、あまりお近付きにはなりたくない相手だ。
大きさは、どの龍も大型竜と同じ位大きいらしい。うん、絶対お近付きにはなりたくないな。
(うーん、王都かぁ………)
先日、竜瀬の儀の案内状と一緒に送られて来た、エルトおじ様からの私宛の手紙を思い出す。
『リルファと手紙のやり取りを始めて、もう何年も経ったけど、まだ一度も逢った事無いよね。是非とも逢ってみたいです。今度、王都にでも一緒に旅行に行きませんか?』
そんな書き出しから始まって、一緒に行きたい王都の観光スポットやオススメの菓子店、料理店、流行の雑貨店に面白そうなお店の情報を事細かに書き綴られたソレは、明らかに何かのフラグ。
うっかりエルトおじ様と王都まで旅行に行ったならば、まず間違い無くこの村には二度と帰って来られないだろう。
あからさま過ぎるお誘いだが、何も知らなかった先程までの自分は、「普段お世話になってるんだし、私も是非一度おじ様に会ってみたいし、王都楽しそう。一回位旅行に行きたいなー」とか暢気に思っていた。超危ない。
残念だけど、家に帰ったらお断りの返事をしたためなければ。
ヤバそうなフラグは、全力で回避しますよ。
ファンドルク村に“竜瀬の儀”の為の使者が来たのは、案内状の告知通り収穫祭の後すぐの事だった。
子供なら20人は乗れるだろう、荷車の様な幌付きの大きな竜車5台に、護衛役の兵士が5人とその愛竜。
竜車の御者も護衛も全員竜騎兵団の制服を着ていて、小型ながら皆竜持ちだ。
正規の竜騎兵10人とその愛竜10頭の姿に、普段ヴィル爺やセシルキアラを見慣れている村の者達も興奮気味に遠巻きに見物している。
ちなみに、竜騎兵団と竜騎士団の違いは、愛竜の大きさだそうだ。
小型・中型の竜が竜騎兵団で、大型の竜と龍が竜騎士団所属になる。
地球のメートル法で頭の先から尻尾の先までの長さが、5m未満の竜が小型竜、5m以上15m未満が中型竜、15m以上が大型竜になる。……多分、大体そんな感じ。
竜の強さも大きさに比例するらしく、大型竜にとって小型竜は『ぶんぶん煩い羽虫』程度の認識だ。やっぱラスボスパネェ。
村にやって来た竜達は全員、大体2.5~3m位の小型竜だ。
茶色、青に緑に黄色、燃えるような赤……と、どの竜も様々な体色や模様で面白い。
こんなにカラフルなのは、恋の季節に異性の気を惹く為か、はたまた単純に『俺様強いんだぜ!』っていう自己主張の為なのか……。
ヴィル爺に訊いても『そんなに深く考えて生きてない』って返される質問だろうな。結構そう返される事が頻繁にあるので、竜の生態はまだまだ不明な部分が多い。
うーん、竜って奥が深いっす。




