10.私の生きる道
我が家は私以外、皆老人だ。
曽祖父であるガル爺に、使用人だが家族同然のイーヴァソールにミライムモーネ夫妻………ついでにヴィル爺。
皆まだまだ元気だけど、将来の事を考えたら介護問題がかなり不安になった。
コレ、最悪老老介護になるんじゃね?
若い私が皆の面倒を看るにしても、一人だと限界が有る。
介護に最低限何が必要か。結論はすぐに出た。
金ですよ、金。
金が有れば、介護の為の人を雇える。介護問題即解決。
ガル爺の私産がどれ位か知らないし現時点で充分私産が有っても、ガル爺の無限胃袋とヴィル爺の破壊保障費用等であっと言う間に無くなりそうだ。
まだまだ大丈夫と油断して、気が付いたら火の車で皆共倒れとか洒落にならないよ。
ガキ大将強制就任から、いつの間にか5年と少し――――
リルファローゼ、趣味は貯金の11歳です。
「リルファー、そっち後何枚だ?」
「えーと……20ちょい、かな。そっちは?」
「後15枚。よっしゃ、リルファに勝ったぞ!」
「数で勝っても、品質悪けりゃ廃棄だからねー」
手元から目を離さずに、早くも勝利宣言しているジャイルに素っ気無く返す。
現在、陰干しした薬草を薄板から丁寧に剥がす繊細な作業中だ。
これが結構難しくて、気を抜くと綺麗に剥がれずボロボロになり、商品として使えなくなる。
春先の今の時期に一斉に芽吹く薬草は、塗り薬や湿布薬に加工出来、幅広く重宝されているが加工がちょっと面倒。
少しでも欠けたり破れたりしても、薬草としての功能が落ちるので、廃棄になってしまう。
破棄になったらなったで自宅用になるので無駄にはならないのだが、なるべく多く市場に卸したい所だ。
摘みたての薬草をそのまま市場に卸すのも有りだが、鮮度が落ち易いので早起きして沢山摘んでも、結局易く買い叩かれて旨みが無い。
だがこうして陰干しまで加工して市場に出せば、未加工品よりも3~5倍近く高く買い取ってくれ、大変美味しい商品になる。
農家の大人は何かと忙しいこの時期だが、ほぼ戦力外と見做されている悪餓鬼達の、絶好の小遣い稼ぎの機会であった。
仲間内で「叔父が市場に勤めている」っていう子の口利きで始めたこの小遣い稼ぎ、中々に順調だ。
箸を慎重に操り、薬草をペリペリ剥がしていく。
狭い小屋の中で十数人の子供達がひしめき合い、皆同じように器用に箸を操って薬草を剥がしている。
この箸、薬草を剥がすのにピンセットが欲しくて、試しにその辺の小枝で箸を作って代用してみたら中々良い具合で、以来ピンセット代わりに使っている。
箸使いのテクを子供達に「凄いだろー!」と自慢したら、「すっげー!オレもオレも!」と真似し出して、今では皆立派な箸マスターだ。子供の吸収力って、凄い。
「こっちの班、終わったよ」
「私の班も終わったわ」
結局ジャイルが終わる前にそこかしこから終了の声が上がり、ジャイルの心底ショックそうな悲鳴も同時に上がる。格好悪っ。
ちなみに、4、5人ずつの班に分かれてどれだけ速く、廃棄も少なく丁寧に出来るかを競い合っている。
順位や出来具合によって、分け前が変わっていく仕組みだ。
飽き易い子供にも苦にならないようにゲーム感覚でやらせてみたら、見事にハマって皆結構熱中して作業していた。
まぁ、おチビさん達に対して面白くない作業を延々やらせているワケだから、今日の私の班みたいに脱落者も出るけどね。
「お疲れ、皆速いね」
「リルファの所はチビ二人が脱走したんだから、しょうがないよ」
いち早く作業を終了させたスゥネが、苦笑しながら慰めてくれる。
今日は、いてもほぼ戦力外の4歳児チビ2人組が早々に作業に飽きて戦線離脱し、2人の面倒をみさせる為に貴重な戦力の1人を泣く泣く手離した。
チビ2人離脱で自分の取り分は多くなるとはいえ、実質2人での作業は、中々にキツい。
スゥネが「手伝うよ」と申し出てくれ、他の作業が終わった皆も「オレもー」「私もー」と次々に手伝ってくれた。皆、良い子だ!
「あ、ずりぃぞリルファ!」
ジャイルが吠えるが、皆華麗にスルーする。
ぶつぶつ文句を垂れているが、暴れ出さないだけ成長したんだろう。
5年前は悪童の名を欲しい侭にしていた暴れん坊ジャイルも、4年前に妹が産まれてからは大分暴力行為も収まり、一気に丸くなった。
今では上の兄5人と共に末の妹にデレデレで、すっかり良いお兄ちゃんだ。シスコンめ。
まだ事ある毎に喧嘩を吹っかけられるけど、さらっと流せるので概ね平和です。
我が仲良しグループは、5年前に子分になった者達の弟妹達や新参者も増え、何だかんだと20人近くに増えた。この辺境の村では、中々の一大勢力だ。
この間も、近所の若奥さんであるシアンさんの第一子を「仲間に入れてあげてね」と押し付けられたので、まだまだ増えそう。
まぁ、全員が毎日一緒にいるわけでも無いから、良いんだけどね。
暇な時になんとなく集まって遊んだり、こうやってたまに小遣い稼ぎするだけの、かなり自由なグループなんですよ。
他のグループとも、現在ではかなり友好的で、よく一緒に遊んでいる。
かつての悪餓鬼集団も、5年という月日を経てかなりお行儀良くなっていた。
酷い悪戯や理不尽な暴力をしたら、徹底的に教育的指導するからね。
将来の介護費用の為に始めたこの小遣い稼ぎだけど、介護問題が全くの杞憂と知った今も続けている。
いやぁ、よく考えたらガル爺と私には、お金持ちのエルトおじ様がいたんだよ。
前に住んでいた、お城みたいに立派な屋敷もガル爺から引き継いでいるみたいだし、ガル爺(と、ヴィル爺)の老後の面倒位大丈夫でしょう。
イーヴァソールにミライムモーネ夫妻は子供も孫もいるらしく、末の息子が前に住んでいたお屋敷の執事頭を引き継いでいて、ちょくちょくエルトおじ様の支援物資を運ぶついでに様子を見に来てくれる。
地獄の沙汰は金次第ってワケじゃないけど、お金なんて沢山有っても困るものじゃないし、むしろ無いより有った方が断然良いだろうって事で、介護問題が解消されても日々貯蓄に励んでいます。
それに、せっせと小遣い稼ぎをしている中で、将来の目標が出来てしまった。
商会興して、醤油と味噌の魅力を国中に広める。
未だに、ここの領内限定でしか普及してない醤油と味噌の地位向上。
長年醤油と味噌の不遇っぷりを目にして、醤油と味噌の普及活動が元日本人である自分の使命じゃない?と思えてきた。
ついでに、領内特産のお米と大豆も合わせれば、可能性は無限大。
全部の需要が上がれば、領内の農家の人にもお金が入って皆幸せ。
そんな考えに行き着いた私の心は、郷土愛に溢れていた。
その偉大なる夢の為の独立資金を、現在ひたすら溜めている。
「私、ゆくゆくは商会興して、醤油と味噌の伝道師になるよ!」
そう将来の夢を熱く語る私を、奇妙なモノでも見るような目線を寄越すジャイルと、曖昧な笑顔をするだけに止めているスゥネ。
お前ら、大豆食品の魅力と可能性を馬鹿にしているな!
「大体、どうやってあの醤油と味噌を売るんだよ」
「まずは、市場とかに醤油や味噌使った食べ物の出店を出すよ」
王都で料理屋出すのも考えたけど店を出すほど料理上手ってワケじゃないので、まずは祭りや市場の出店を出して醤油と味噌の味を都会人に覚えさせる作戦だ。
B級グルメ枠とかなら、気軽に参入出来そうじゃない?
「どんな料理を出すの?」
「んー……醤油や味噌で甘辛く炒めた肉に、薄い丸型に焼いたご飯をパンみたいに挟んだ奴とか?ほら、サンドイッチみたいな感じで、パンがご飯になるだけだよ」
お米バーガーとか、醤油・味噌・米を余す事無く全部使えるので、有りだと思います。
私の拙い説明を聴いていた他の皆も「あ、何か美味しそう」と、声を漏らす程だ。絶対、イケる。
前世で屋台のお米バーガーは殆ど見た事が無かったけど、ちょっと工夫すれば大丈夫だと思うし、駄目だったら米粉パンのサンドイッチにすれば良いだけだ。
後は……炊き込みご飯のお握りとか?
炊飯器無しでも自分でご飯が炊けるようになってから、炊き込みご飯に挑戦中だ。
パンよりご飯派の村人達も一緒になって、山の幸たっぷりの炊き込みご飯を楽しんでいる。
海苔は無いけど、それをお握りにすれば結構売れると思うんだ。具でバリエーションも豊富だしね。
小麦も安く手に入るなら、お好み焼き、鯛焼き、たこ焼き辺りにも手を出しても良いかもしれない。
伊達に、前世の記憶と知識引きずって無いよ。使えるモノは、最大限有効活用しますよ。
「じゃ、じゃあ、従業員はどうする気だよ。まさか1人でやる気じゃないよな?」
ジャイルが悔し紛れに訊いて来るが、そんな問題は簡単に解決する。
「リリシズー、弟ちょうだい?」
親友で仲良しグループの中でも古参の女の子、リリシズシェリカに声をかけると、即「良いよー」と気軽な返事が返ってきた。
「何人?あ、全部?全然良いわよ。なんだったら、今母さんの中にいるのもあげるよ!」
そこまで訊いていないのに、実の弟3人+αを嬉々として差し出してくるリリシズさんは、正直鬼だ。でも、妙に気が合うんだよね。
言葉の意味もまだよく分かってない無垢な弟達は「うん、わかったー」と、にこにこ笑顔で姉に頷く。
とりあえず、これで従業員GETだぜ!
他にも「オレも一枚噛ませて!」とグループ年長組達の声が上がり、従業員大量GET!
皆、農家の次男以下だから、就職先を探していたらしい。
一気に将来の見通しが拓けて、ほくほくです。……まぁ、こいつら養わなきゃいけないんだけどね。
それでも、商品を市場に商品を卸すからと、自ら+-×÷を叩き込んで、更にはガル爺が剣術を教え込んだ優秀な人材が仲間になってくれるのは、大変有り難い。
移動時の山賊対策に傭兵雇うのも、自分達で自衛出来れば必要最低限で済むはずだし、経費節減バンザイ。
「とりあえず年長組は、18かそこらまではどっかの店で修行して貰うか……」
私も商売は素人なので、商売のノウハウは他所で学んで貰うしかないな。いきなり素人が商会興して成功するとは思えんし、成人したての若造集団じゃ取引先に舐められかねない。
待てよ、そもそも女が起業って出来んの?
………うん、駄目でもその辺の奴をとりあえず代表にして、裏で指示すれば良いか。
そんな将来設計をぶつぶつ呟いていると、ジャイルに「お前、やっぱ何かおかしい」と言われた。失礼な。
「そんな事言うと、雇ってあげないぞー」
「誰がそんな商会入るかっ!オレは、竜騎士になるんだよ!」
ジャイルがドヤ顔で宣言する。
大型竜を愛竜にし、大空を翔ける戦場の花形の竜騎士は、少年達の憧れの的だ。
引退しているとはいえ、近くにガル爺とヴィル爺という存在がいれば、尚更だろう。
「でもさー、ヴィル爺に触れもしないし、くしゃみ一つでビビってた奴がなれるとは思えないよ」
その言葉に、ジャイルがぐっと詰まる。
触ったり近づこうとする人間に何故か威嚇して、家族以外絶対触らせないヴィル爺は、この間くしゃみ一つでその辺の木々を5、6本吹き飛ばしていた。
流石ラスボス、マジパネェ。っていうか、近くに人がいなくて本っ当に良かった……!
「まあまあ、ジャイル落ち着いて。リルファ、竜持ちになれなかったら僕も雇ってね」
今にもぎゃーぎゃー喚き出しそうになっているジャイルを宥めながら、スゥネが言ってくる。
「良いけど……何、スゥネも竜騎士志望?」
「うん、なれれば良いなとは思うよ。ただ、この辺だと大型竜が滅多に来ないから……小型でも、竜持ちになれれば良いな」
小型竜でも竜持ちになれば、まず就職先には困らず、相当な高給取りになるらしい。スゥネはジャイルよりも、かなり現実的に考えているみたいだ。
他の子供も、「竜持ちになれなかったら雇ってくれ」というのが何人かいた。うん、人生に保険かけるのは大事だよ。
「とりあえずは、次の“竜瀬の儀”次第だな」
「そろそろ、うちの地区の番じゃない?」
「そうか、俺らも次は参加出来るんだ。うわっ、何か緊張するぅ」
竜持ちになりたい子達が、何やら盛り上がっている。
将来への希望と不安で皆キラキラしてて、非常に微笑ましいけど……―――“リュウセノギ”って、なんすか?




