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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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9.淑女の嗜み・後編



 ファンドルク村での仲の良い子供のグループは片手で数えられる程度だが、大なり小なりいくつか存在する。

 その中でも特に若いグループが、ジャイルトーアンをリーダーとしたモノだ。

 元々ジャイルは6人兄弟の末っ子で上の兄弟達と同じグループに所属していたのだが、酷い悪戯と誰にでも喧嘩を吹っ掛ける乱暴者で、グループを追い出された問題児。

 そんな乱暴者の問題児だというのに何故か同年代や年下には人望が厚かったらしく、一緒にグループを抜けて新たな勢力を作り出した。

 一緒に抜けた悪餓鬼達と、その下のまだ3、4歳の幼い弟妹達を引き連れた問題児集団。


 所詮5、6歳以下の子供達と、侮るなかれ。

 子供だからこそ、容赦の無い残酷な悪戯と力加減の一切出来無しの攻撃を徹底的にやる。

 年上の子供達も誰も喧嘩に勝てずにもう何人も泣かされ、同年代の他のグループの子供はジャイルによってすでに何人か引き抜かれていた。只単に暴力にモノを言わせているだけなのか、意外とカリスマ性の有るガキ大将なのか、正直悩む所だ。

 てな感じで、まだ出来たばかりのグループだというのに、体力の有り余った非常に性質の悪い糞餓鬼共と、村の皆から認識されている。


 そんな、村の大人でさえも厄介だと思う集団が、今私の目の前にいる。


 ジャイルと自分は確か同い年だったハズだが、奴の方が頭一つ分は背が大きい。そこまで自分が小さい気はしないが、「チビ」と呼ばれるのも納得の身長差だ。

 体格も線の細い自分より何周りもがっしりして見えるので、当然力も強いだろう。


 ジャイルは、私が丹精込めて刺した刺繍入りのハンカチを、周囲に見せびらかす様にひらひらと揺らしている。

 典型的な、いじめっ子の図だ。


「返してよ!」

「やなこった。なんだコレ、へんな柄ー」


 取り返そうと腕を伸ばしても、さっと素早い動きで簡単に避けられ続ける。

 くっそ、図体でかいのに結構すばしっこいな、コイツ。

 そういや、剣術指南でガル爺がいつも筋が良いと褒めているのが、ジャイルを始めとしたこのグループの何人かだった。

 流石にジャイル達も、剣術の師匠であるガル爺の前ではいつもの悪戯も引っ込み、問題も起こさず真剣に指導を受けていて、周囲の大人達が驚いていたのを憶えている。

 こっちはガル爺の剣術指南なんて、習いたくても習えないってのに………益々もって、ムカつく餓鬼だ。


 十人前後いる周りの取り巻きは、面白がって囃し立てているのが半分以上、呆れた様に遠巻きに見ているのが二、三人、ジャイルに「やめなよ」と諌めているのが一人。

 無邪気に囃し立てているのは3、4歳の年下組が殆どで、てっきりジャイルの腰巾着だと思っていた男の子がただ一人、あくまで控え目にだが一番近くで制止の声を上げてくれている。

 この子もガル爺が剣術の筋を褒めていた一人で、名前は確か……スゥネサービオ、だったっけ。

 ジャイルと一緒に前のグループを抜けたのは、ストッパーの役目を自ら買って出たのかもしれない。まだ小さいのに、苦労してるね。


「オレに勝ったら、返してやるよ。ただし、負けたらお前はオレの子分な!」


 その言葉に、ハンカチを取り返す事は一旦諦める。

 コイツ、とうとう私まで子分に入れようとしてんのか。

 寺子屋もどきに行かないので特に接点も無いし、たまに大人しめのお姉さんグループに混ぜて遊んで貰う位で、特にどの仲良しグループに所属する事も無く基本ぼっちな私。

 今更子供に混じって遊ぶのもなんか複雑な気分になるし、暇な時間は身体鍛えるのや料理研究だとかで色々忙しいしね。

 よって、この糞餓鬼の子分になる気は皆無だ。

 話し合いで平和的に解決も、こいつ相手じゃ無理だろう。

 ここで引いて弱腰な所を見せたら、後々まで絡まれ続けるのは目に見えている。


 まだハンカチを狙っているかのように手を伸ばしてフェイントしつつ、一瞬の隙をついてジャイルの胴体にタックルをかます。

 突然の反撃に反応し切れなかったジャイルは、当然ながら尻餅をつく形になった。やっぱ、この細い身体じゃあ吹っ飛ぶまではいかないか。残念。


「なにすんだよっ!」

「なにって、ケンカ吹っかけてきたのはそっちでしょ?」


 正直、ジャイルとガチで喧嘩して勝てるかは、五分五分だろう。否、今の私じゃ少々分が悪いかもしれない位だ。

 何せ今生のこの身体、お母様似なのか線が細くて力も弱く、身長も同い年の子供より若干小さい。多少は鍛えているとはいえ、筋肉も若干付き難い体質の様だ。

 華奢で女の子らしいと思えば満足だし、五体満足で全くの健康体だから、特に不満は無いけどね。


 私の反撃に顔を真っ赤にして怒り出したジャイルは、まだ手に握っていたハンカチを地面に落として踏み躙るという暴挙に出た。

 白地のハンカチは、一瞬にして土に塗れぐしゃぐしゃにされた。

 一針一針、一生懸命刺したのに………許すまじ、ジャイルトーアン。


「リルファのクセに、生意気だぞ!」


 いや、それ周りの取り巻きとかが言うべき台詞だから。

 そう突っ込む暇も無く、立ち上がったジャイルが殴りかかって来る。

 繰り出して来た腕を取って、そのまま相手の力を利用して軽く投げ飛ばす。相手が怒って冷静じゃないから、非常に容易い作業だ。


 今生はともかく、前世での喧嘩の場数は、こっちが上だろう。

 同い年のジャイルに挑むのなんて、前世の筋肉馬鹿達(長兄・次兄)に挑むより、全然恐くない。

 こうなったら喧嘩上等だ。前世で培った兄弟喧嘩の技術を、最大限に活かしきってやる。

 大人気無いとか、全然思わない。

 幼い身体に合わせて精神年齢が幼くなってるのかも…―――ってのは、まず無いな、うん。私、元からこんな性格だったよ。

 精神年齢とか、殆ど成長した覚えも無いしね。

 いっそもう心の中で位は“永遠の17歳です”とか、思っても良いよね?


 肥沃なこの森の土は上質な腐葉土で、とても軟らかい。軽く投げ飛ばしても、怪我はしないだろう。

 でも、打ち所が悪ければ大怪我に繋がるので、これ以上の投げと関節技は控える事にする。流石に受身も取れない素人にやるのは、恐すぎだ。


 ジャイルとは体格・体力・筋力の全てに相当の差があるので、短期決戦の方が良い。とっとと勝負を決めよう。

 ここは先制攻撃あるのみ、だ。

 投げ飛ばされて動揺している相手に、飛び掛った。

 マウントポジションを取っての絶好のサンドバッグ状態も、すぐに動揺から抜け出した相手に形勢逆転され、一気に泥仕合に突入した。

 お互い満身創痍のボロボロになったが、取り巻き連中が手を出してくる事も無く、作戦通り早めに決着がついた。




「うぐっ……なんなんだよ、おまえっ!」


 ジャイルの目尻から、大粒の涙が溢れ出す。

 それを皮切りに、涙は次々と止め処なく零れ落ちた。

 『泣いたら負け』が、この辺の子供の世界での暗黙の(ルール)だ。

 お互いやり過ぎない為ってのもあるけど、リーダー格のガキ大将が泣いたら格好悪いもんね。

 囃し立てていた取り巻き達も、いつの間にか皆静まり返っている。


 大事なハンカチを台無しにされたんだから、なあなあで済ます気は無い。

 初めての敗北を、きっちり味わって貰おうか。

 地面に伏せて泣き崩れているジャイルを、上からビシッと指差して宣言する。


「今日からお前、私の子分な!」


 私の高らかな宣言に、ジャイルが絶望に満ちた表情になる。

 今まで他の皆に強いてきた敗者の(ルール)が、自分に跳ね返ってきたのだ。さぞや屈辱だろう。

 私の宣言を聞いた取り巻き達が、一斉に駆け寄って来る。


「リルファ、つよーい!」

「あたらしいオヤブンだぁ!」

「おやぶん!おやぶん!」


 誰一人嫌な顔せず、無邪気にはしゃいでいる。

 否、子分にしたのはジャイルだけであって、お前らまで子分にするとは言ってませんから!

 それにしても、誰もジャイルの敗北に悔しそうな顔をみせないとは―――もしやこいつら、只単に親分・子分ごっこがしたかっただけか?

 傷だらけで若干フラフラの私に、小さい子達がきゃっきゃと纏わりついてくる。それで良いのか、お前ら……。

 あまりの懐かれっぷりに困惑し視線をさ迷わせると、皆より落ち着いた様子のスゥネサービオと目が合った。


「今までだれにも勝てなかったジャイルに勝ったんだから、今日からリルファがボクらの親分だよ」


 スゥネにそう言われ、にっこりと微笑まれる。

 拒否とか出来そうに無い雰囲気に、一気に脱力した。


 ガキ大将、強制就任です。


 何だか私の可愛い乙女ライフが、一気に遠のいた様な気がする……。

 ジャイルの「いつかぜったい、泣かすからな!」という負け犬の遠吠えには、聞こえないフリをした。



 淑女たる者、子分の一人や二人……いや、えーと………十三人位いても、良いのです。




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