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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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9.淑女の嗜み・前編


 ファンドルク村……というか、この辺り一帯の特産物は、米と豆。

 豆なんかは、大豆っぽいのやら小豆っぽいのまで、数種類有る。

 この前、午後のおやつにおはぎっぽいのが出てきて、コレじゃない感が半端なかった。ココ、西洋風異世界ダヨネ?

 ご飯は和食派な私だけど、甘味類は洋菓子派なんだよ。生クリームプリーズ!


 小麦はこの辺ではあまり収穫出来なく、他領から輸入するちょっと高級な食材だ。

 特に、この辺境のど田舎にあるファンドルク村では、毎日パン食なんて憧れの贅沢。多少作ってはいても、農民の口にはあまり入らない高級品。


 その為、小麦を使ったお菓子は滅多に出ない。小麦をふんだんに使ったお菓子が出てくるのは、誕生日やお祭りだとかの祝い事位かな。

 日々のご飯もまた然り。

 農民の主食は、米です。米。パンはちょっとした贅沢で、毎日なんて食べられません。


 そういえば、引っ越す前は毎日小麦を使ったパンやお菓子が出てきてたっけ。……短いセレブ生活だったな。

 そんなこんなで、洋食パン派に傾いてたっていうのに、都落ちしてからすっかり主食は米な毎日です。


 米も豆も、この世界……っていうか、少なくともこの国では惣菜や野菜レベルの需要しかなく、王都等の都会では不人気作物。米なんて、高級ブランド米並みに美味しいのに。

 西洋風な雰囲気を醸し出してるから、仕様が無いのかもしれないけど、なんか納得いかない。

 丹精込めて作った作物。農民達も納得いかないのか、日々試行錯誤を繰り返している。


 で、不人気だけど大量に収穫出来る豆を、何とかしたいと加工したのか、はたまた偶然の重なりのかで出来たのが醤油と味噌!

 たまに感じた“妙に懐かしい味”の正体は、この醤油と味噌だったのだ。

 醤油は“ソイル”、味噌は“ムガル”って呼ばれてるけど、日本のモノと味も風味も変わらない。

 むしろ化学調味料だとか余計な添加物だとかの混ぜ物が一切入ってない分、完全手作りのこっちの方が滅茶苦茶美味しい。っていうか、ある意味凄い贅沢だと思う。


 そんな美味しい醤油と味噌なのに、やっぱり不人気。


 王都とかの都会や他の地方では、『色味が悪くなる』『風味が独特』『匂いが嫌』とかの理由で全然使ってくれないんだって。

 幼少時から味覚えさせなきゃ、こんなもん?

 ハマったら、病み付きになるだろう調味料なのに。

 この辺の人たちも、醤油に香草(ハーブ)を漬け込ませたり牛乳に味噌を投入してみたりと、洋風アレンジをして積極的に使っているけど、あくまでも隠し味的な立ち位置。

 味噌汁とかの、味噌があればまず発展するだろう料理も、出汁が上手くとれてなくて『不味いスープ』とみなされ、全然無い始末。まぁ出汁の無い、味噌を溶かしただけの状態じゃあ、不味いだけだよね。

 山に囲まれたこの辺じゃあ、魚介類って川魚位しかいないもんなー。


 醤油と味噌のこの不遇。元日本人として、非常に残念で悔しいです。

 これは、自分が何とかするしかないよね。うん。


 出汁になるモノは…と捜して、椎茸っぽい食用茸が有ったから、試しに味噌汁作ってみた。

 干し椎茸をベースの出汁にして、他にも日本じゃ見た事無い茸を色々ぶち込んでみたら、結構いけた。味噌汁懐かしいー!美味いー!

 でもやっぱり魚介類の出汁じゃないと、なんか物足りない。鰹節と昆布が、真剣に欲しいです。


 前世では料理なんて殆どしてなくて、結構後悔してる。体育会系女子高生の料理レベルなんて、高が知れてるもん。

 部活や稽古終わって家帰ってバタンキューな毎日だったもんな。もっと母ちゃんの手伝い、しとけば良かった……。

 でも基本的な知識だけで、意外となんとかなってはいるんだ。

 決して料理上手ってワケじゃないけどね。人間、やれば出来るよ。

 砂糖と塩を間違えるドジっ子属性でも無いしね。偶に失敗するけど、失敗は成功のもとって言うし。色々試行錯誤して改善していくのも、また楽しい。


 改善を重ねてやっと美味しい料理が再現出来た時の、あの感動。


 料理……というか、前世の料理の再現に見事にハマりました。

 女子力UPして、美味しくて懐かしいモノも食べれるし、醤油と味噌の地位向上にも役立つという、一石二鳥にも三鳥にもなる素晴らしい趣味。

 この前も、壊れた桶を利用して茶碗蒸しの再現になんとか成功したよ!卵と出し汁の配合とか、調度良い蒸し時間とか……調理実習で一回作った事があるとはいえ、苦労したよ。

 自分でも納得のいくモノが出来たので、味噌汁と茶碗蒸しをガル爺やミライム達に食べさせたら、「美味い美味い」とあっと言う間にガル爺に喰い尽くされた。更には、おかわり要求。

 美味しく食べてくれたのは良いんだけどさー、私の苦労がものの5分で無くなるのは、ちょっと複雑。結構一杯作ったのに。


 ガル爺、老人の胃袋してないもんな。成人男性の4、5人前は余裕でぺろりといけちゃう。鹿肉とか猪肉、一日で丸々一頭食べれちゃうもんなー。

 獲物が獲れなかった日は、近所で羊や豚なんかの家畜を買ってきて、ぺろり。

 お蔭で我が家は、エンゲル係数馬鹿高。ヴィル爺だって、月一に鹿一頭位で良いのに。

 今はガル爺自身が積極的に狩りに出て獲物獲ってくるからまだ良いけど、足腰弱ったらどうすんの。一気に破産だぞ。胃袋縮むの祈るしかない?

 んー、やっぱ私も何とかガル爺説得して狩りを教えて貰って、獲物を獲るしかないかもな。弓道もちょびっとやってたから、弓を扱えるようになるのも結構早いと思うし。

 ガル爺には、美味しい物好きなだけ一杯食べて欲しいからね。もちろん、ヴィル爺にも。


 そうそう味噌汁と茶碗蒸し、村人にも流行ったよ。

 ガル爺よりは遅いけどすぐに完食したミライムに、作り方を訊かれて「味噌汁は、ぐつぐつ煮過ぎちゃ駄目」等の注意事項と共に素直に答えたら、速攻で試食会と共におかんネットワークによって村に伝播した。


 意外とこの世界……というよりはこの国周辺?、“蒸す”っていう発想無かったんだね。

 新たな調理法に、村人達―――特に奥様方は文字通り狂喜乱舞し、夢中で蒸し料理の開発に熱中した。


 ある日突然やって来た、味噌汁・蒸し料理ブーム。


 ファンドルク村で始まったそれは近隣の村々を次から次へと取り込み、今では領内の方々で味噌汁・蒸し料理ブームが巻き起こっているらしい。他に大した娯楽も無いし、皆暇なのかな。

 それにしても、おかんネットワーク……恐るべし!


 美味しい味噌汁や蒸し料理が次々と開発され、各々爆発的な発展を遂げている。いつの間にか、蒸籠(せいろ)っぽい調理器具も開発されていた。

 最近のお気に入りメニューは、鶏肉とたっぷり野菜の蒸籠蒸し。お、美味いいぃ!!!

 クリームなんかを使って蒸し煮にしたりと、バリエーションも豊富。私じゃ絶対に無理。こんな美味しいの作れない。

 味噌汁も、私が作るモノよりも良い出汁がたっぷり出ていて、素材の味が生かされている。

 料理上手な人って、本当に尊敬します。






 この辺一帯米所のお蔭で、建物は洋風だけど田畑なんかの風景は、日本の田舎の原風景みたいで非常にしっくりくる。……ココ、西洋風異世界ダヨネ?

 村の人達も黒髪や茶髪なんかの地味な色多いし、顔は西洋人風だけどこれまた地味の平凡顔が多い。和むわー。

 良い人の雰囲気を前面に押し出した、素朴で凡庸な村人達のお蔭で、村生活にもあっと言う間に馴染みましたよ。

 引っ越して来て暫くはほぼ村八分状態だったんだけど、一度交流してしまえばあっと言う間に受け入れられた。良い人一杯で、有り難い。


 今日もミライム先生による行儀作法と裁縫のお勉強をした後、村の女衆がウチのボロ屋敷に集まって、パンを作りながらの情報交換会です。

 楽しそうな声を上げながらも手は休めず、お役立ち生活情報からえげつない噂話まで、多種多様な情報を次から次に交換共有していく。

 おかんネットワークって、こうして広がっていくんですね。勉強になります。


 因みに小麦粉は、エルトおじ様からの提供です。またお礼の手紙出さなきゃ。

 この前拙い文字で「エルトおじさま、いつもありがとう」と今の精一杯のお礼の手紙を出したら、長い長い返事の手紙が新たな支援物資と共に来た。

 最近では手紙だけでのやり取りをしたりと、完全に文通状態になっている。

 文字の勉強になるし、エルトおじ様、色々物知りで話も面白いし楽しいから良いけどね。




「……やっぱり、パンは良いわねぇ」


 焼き上がったパンを釜から取り出しながら、二件隣に住んでいるセルカおばさんが、しみじみと呟く。

 焦げも無く、良い色に焼き上がったパンは、美味しそうな良い匂いを周囲に漂わせている。


「本当、毎日でも食べたい所だけど、小麦がねぇ……」


 新婚ほやほやの若奥さん―――シアンさんがセルカおばさんに頷きながらも、難しい顔をする。

 小麦は激高!ってわけじゃないけど、毎日パンを作るとあっと言う間に家計を圧迫してしまう。

 和食米派の私にしたら、毎日銀シャリ食べられるだけで贅沢なんだけどな。洋食パン派が主流の地域の人達にとって、毎日米食は結構苦痛らしい。


 小麦ねぇ……ん?


「ねー、お米でパンって作れないの?」


 私の質問に、おば様方は顔を見合わせて「小麦と米なんて、全然違うじゃなーい」と苦笑しながらも否定する。

 でも米粉パンって、あったよね?


「お米を小麦粉みたいなお粉にすれば、出来るんじゃないの?」


 小麦粉でパンを作るのとは手順も何も全然違うだろうけど、前世で米粉パンがあったんだから、こっちでも出来る可能性はかなり高い。っていうか、多分出来るでしょ。

 米粉パンの細かい材料やレシピなんて当然知らないから、これ以上自分に何か出来るってワケじゃないけどね。


「お米で作った事無いんでしょ?作ってみなきゃ、出来るかわかんないじゃん。もし出来たらパン、毎日食べられるよ!」


 戸惑うおば様方に、ポジティブかつ無責任に焚き付ける。

 炊いたご飯も好きだけど、パンも食べられたら皆幸せよ。お米人気も上がるかもだしね。


「そうねぇ、どうせ米は一杯余ってるんだし……ちょっと作ってみようかしら」


 村一番の料理上手と評判のセルカおばさんのその言葉を皮切りに、次々と「私もやってみようかしら」の声が上がる。

 皆で試行錯誤しながらやる方が、効率良いよね。


 こうして、ファンドルク村の次のブーム『米粉パン開発研究』が始まった。


 最初は失敗続きだったが、失敗の中でもなんとなく作れそうな感触があった為か皆挫ける事無く熱中し、3ヶ月もすれば立派な米粉パンが出来上がっていた。早っ。

 セルカおばさんを始めとしたおば様方は「まだよ、まだ納得いかない!」と息巻いて、米粉パンの味の改良に励んでいる。

 この分だとあっと言う間に、もちもち食感で美味しい米粉パンが食べられるだろうな。勿論、領内全域で。

 ええ、おかんネットワークで米粉パンレシピが瞬く間に近隣に広まりましたよ。味噌汁・蒸し料理ブームの時より凄い勢いで。このままの勢いだと、他の領地とか王都にまで進出するかもしれない。

 これでちょっとは、お米人気上がるかな?


 それにしても、異世界の……というより、この辺の人達マジパネェ。

 美味しいモノに貪欲で、本当に何でも作り出すよ。



 もっと色々無茶振りとかしてみたくなってきた、今日この頃です。




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