8.私の家庭教師
前世の家族…否、一族はおかしかった。
先祖が武家というだけの理由で、一族全員何らかの武道を嗜んでいた。
例を挙げるなら、祖父(居合い・剣道・合気道)、祖母(薙刀・弓道)、父(剣道・空手・柔道)、母(弓道・合気道)……全員大して被らず複数ってのが、怖ろしい。夫婦喧嘩は異種格闘技戦だ。
祖父母の兄弟も父母の兄弟も、同じく色々手を出していた。どこの戦闘民族だ。
そんな感じの家族の中、兄弟も親や親戚の勧めで全員幼い頃から色々と習わされた結果、立派な武闘派一家が出来上がった。
恐い長兄(空手)、ムキマッチョな次兄(柔道)、厨二病の愚弟(槍術・棒術)、ついでに長兄の可愛いお嫁さん(空手・薙刀)という、見事なラインナップ。勿論、兄弟喧嘩は異種格闘技戦。
全員黒帯段持ちレベルなのが、また怖ろしい。
私も、居合い・剣道・合気道・空手・柔道・弓道……等、色々齧ってきて、結局中学辺りで居合いと剣道に落ち着いた。
そういえば、「ちょっと戦争してくる」と言って、そのまま本当に某国の外人部隊に入隊してしまった親戚のオジさんもいたっけ。
流石にコレには皆「あの、大馬鹿野郎が……」と頭を抱えていたけど。
まさか、あのオジさんより先に私が死ぬとは思わなかったよ。
平和な日本にあるまじき、堂々たる戦闘民族でした。
なので魂レベルで刷り込まれた“身体を鍛える”という習性は、異世界での今世でも変わりません。
最近やっと、手作りの木刀もどきが完成してヒャッハーです。超嬉しい。ガル爺とかに見つかると絶対に取り上げられそうなので、毎日こっそり素振りしています。
あっと言う間に出来た肉刺が潰れて、柔な子供の手がボロボロだけど、仕方ない。
竜持ちの人の弱点が、竜持ちじゃない家族や友人とかいう話を聞いたら尚更だ。
イーヴァが社会のお勉強の時間に、そんな感じの事をちらっと言っただけだけど、そのちらっとだけで色々と最悪な想像が出来てしまった。
竜持ちの家族を人質にして言う事きかせてラスボスで犯罪行為とか、マジで洒落にならない。ヴィル爺もその気になれば、一瞬でこの辺一帯焦土に出来るだろうしね。
こっそり身体鍛えてるのも、イーヴァやミライムには薄々気付かれてる気がするけど何も言ってこないのは、そういった事情があるからだと思う。
その辺の小悪党とかに簡単に捕まらない様にするのも、竜持ちお貴族様の家族としての義務なのです。
そういう、竜持ちの家族としての最低限の知識や常識だとかを、イーヴァやミライムに少しずつ教えて貰っている。
行儀作法や文字や社会常識なんかはビシバシ教えてもらってるけど、竜に関しては本当に最低限の知識ね。
どうやったら竜持ちになれるのかとかの知識は、黙秘や誤魔化しでスルーされているもん。
愛竜に関しては、ガル爺もヴィル爺も同じ。どんなに訊いても教えてくれない。
良いけどね、別に。今の所、文字や行儀作法習うだけでいっぱいいっぱいだし。こっそり身体鍛えるのも大変だから。
なので、愛竜関連は今の所保留。それにいざとなったら、情報源は他にも色々有るしね。
そもそも将来、愛竜持つかも微妙な所だし。
ガル爺とヴィル爺、お母様とセラフィみたいな特別な絆―――
憧れはするけどさー、うっかりヴィル爺みたいな大型竜捕まえても、正直面倒見切れる自信が無い。
絶対苦労するだろうし、平和で平凡な人生とか歩めない気がする。
後、可愛いモノに囲まれた憧れの乙女ライフが遠のく気がする。なんとなく。
ゆくゆくは、沢山の子や孫に囲まれた、可愛いお婆ちゃんになってみたい。
2度目の人生、今度こそ長生きするのが目標だ。
「えっ、エルフとドワーフ?」
気持ちの良い木漏れ日の庭の中―――
横たわったヴィル爺の腹の上に登り、まったりお話していたら、ラスボスの口からファンタジーな存在が飛び出してきた。
魔物とかの化け物系もいるらしく、どうやらこの世界には竜の他にも、まだまだファンタジーな生物が存在するらしい。
ファンタジーな事はファンタジーな存在に訊け!と、暇を見つけてはヴィル爺に付き纏い、こうして色々質問しまくっていた。
ヴィル爺も愛竜に関してはあまり教えてくれないけど、付き纏われて質問責めにされるのも満更でもないらしく、嫌な顔一つせずに教えてくれた。
ちょっとした家庭教師みたいな?
そして今の所、ヴィル爺が一番愛竜関連の事をうっかり色々漏らしてくれそうな相手だ。
ちょっと視点を変えた質問だったりすると、教えちゃいけないだろう事まで結構ポロッと教えてくれる。
竜の生態だとか他の生物だとか、ヴィル爺自身の主観的な意見なので、かなり大雑把でラスボス的なのが玉に瑕だけど。
他の竜や人間に同じ質問をすれば、全然違う答が返ってくるんだろうな。面白いから良いけどね。
今日も、ちょっと世間話しただけで、“エルフ”や“ドワーフ”といった重要なキーワードが出てきた。
やっぱり映画や小説とかに出てくる、あの“エルフ”や“ドワーフ”なんだろうか?
『そうだ。どちらも人間によく似ているが、魔力をその身に宿している』
ヴィル爺からは『細長くて軟弱そう』と『小さいけど太い』という大雑把なラスボス的な視点の特徴しか出てこなかったけど、その特徴だけでも充分私の知っている“エルフ”や“ドワーフ”に近いと思う。やっぱ“エルフ”は美形なんかな?
「エルフやドワーフも、竜持ちだったりするの?」
竜に乗ったエルフとか、格好良くない?
そう思ったのに、ヴィル爺に『それは無い。絶対無い』と、速攻で断言されてしまった。
「えー、なんで?」
随分と迷いの無い答えだったけど、何かあるの?
『……魔力持ちは、嫌いだ』
ヴィル爺曰く、人間と魂を結んでない自由な竜は、魔物だろうがエルフだろうが同族の竜だろうが魔力を宿す生物ならば総じて『イラッとする』そうだ。
なので竜は、殻を破って孵化した瞬間から死ぬまで激しい縄張り争いに明け暮れるらしい。
寄るな、触るな、そこは俺の縄張りだ!な毎日。
………種族として大丈夫なのか、竜。
一応、異性の竜にはちょっと甘いらしいけど、そうじゃなかったらとっくに滅びてるよ。
人と結ぶのは小型竜が圧倒的に多いそうだ。
小型竜の多くは、生き残る為に竜が棲む土地から人間が住む土地まで、命懸けで旅をして相棒を得るらしい。
中型竜や大型竜は『気まぐれ』、『縄張り争いに敗れ心が折れて』、『より強くなる為に』等の理由で相棒を求める。強い個体程、人間には目もくれずひたすら縄張り争いに没頭して、人と結んだ同レベルの竜達よりも早死にするそうだ。
人間はイラッとする魔力が無くて結べるかもしれない相手だから、人と結んでない竜でも襲ったり喰べたりはしない。
結んで魔力持ちになっても、自分と同じ魔力を共有しているのでイラッとしないし、人と結べば精神も落ち着いて縄張り争いもどうでも良くなるらしく、他の竜持ちや竜にもかなり寛大になるそうな。
『だからといって、人と結んでいない竜は何をしでかすか分からない。特に若い奴は好奇心でちょっと齧ってみるとかあるかもしれないからな。不用意に近づくな』
「わかったー」
自由な竜、恐っ!
でもなんか、今日は竜の生態をかなり学んだ気がする。
エルフやドワーフの存在も知れて、かなりラッキーだ。
「その内、エルフやドワーフに会ってみたいな」
竜以外ののファンタジーな生物に、是非とも会ってみたい。
魔物は危険そうだから嫌だけど、エルフやドワーフなら友好的な交流が出来るんじゃないかな。
そんな淡い希望も、あっさりとヴィル爺に打ち砕かれる。
『無理だな。エルフもドワーフも、それぞれの国からまず出て来ない。竜に見つかったら、最悪咬み殺されるからな』
……ですよねー。
人間に魔力が無くて、本当に良かった!
ヴィル爺先生の異世界講座、今回はこれにて強制終了です。




