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蒼黒の竜騎士  作者: 海野 朔


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6.ガル爺の引っ越し・後編



 こっそり用意していた引継ぎ書類とエルトーレンと使用人代表のイーヴァソールそれぞれに宛てた手紙を執務机の上に置き、執務室と続いている自室の扉を開ける。

 速攻で荷造り済みの荷物を纏め上げ、バルコニーまで持って行く。


「ヴィル!ヴィルグリッド!」


 周囲に気付かれぬ様、声を抑えて呼んだが、流石長年の相棒はすぐに気付いてやって来てくれた。


「すぐに発つぞ!これ全部、下まで運んどいとくれ」

『もう行くのか?エルは納得したのか?』

「手紙で済ませる。……ありゃ、リルファに逢わせたら絶対離さなくなるな」


 リルファローゼに一度も逢った事が無いというのに、頬擦りがどうのと怪しい台詞を吐いていた。

 エルトーレンは歳の近い従兄のギルファランスの事を、実の兄の様に慕っていたので、リルファローゼの事も実の娘の様に可愛がるだろう。

 リルファローゼにべったり付き添って、貴族教育を施すに違いない。そしてリルファローゼが一人前になるまではと、のらりくらりと縁談をかわすのが目に見えている。

 初対面で頬擦りとは生意気な。ワシでさえ「おヒゲ、いたいから、()!」と拒否られているというのに。

 そういうのは、さっさと嫁さん貰って実の子でやれ。そしてワシの曾孫をもっと増やせ。

 独身のクセに、百年早いわ!

 ちなみにエルトーレンへの手紙には、リルファローゼの教育方針と今後リルファローゼを取り返しに来たら、ヴィルグリッドと共に全力で迎え撃つ旨をしたためておいた。後、領地経営頑張れよ、と。




「―――よし、リルファとリルファの荷物を回収してくる」


 ヴィルグリッドにそう言い残し、気配を消して部屋を出る。

 エルトーレンの世話で忙しいのだろう。屋敷中騒がしい気配で包まれてはいるが、この辺一帯に人の気配は無かった。

 有り難い事に、リルファローゼ就きの夜番の侍女も出払っていた。

 リルファローゼの部屋に音を立てずにそっと入り、月明かりのみでベッドに近づいてよく眠っているのを確認する。

 一人残された曾孫は、母と母の愛竜が亡くなってから、よく夜泣きをする様になった。今夜もぐっすりとよく眠ってはいたが、涙の痕がうっすらと見えた。また、泣き疲れて眠ったようだ。

 大声で泣き喚くのでは無く、しくしくと静かに無く姿を思い出し憐れでならなかったが、この様子ならば多少煩くしても起きないだろう。

 暗闇の中荷造りを開始する。竜持ちはこういう時、夜目が利くので大変便利だ。


 リルファローゼが起きる事もエルトーレンや使用人達に邪魔される事も無く、荷造りは順調に進み、予定よりも早めに全ての荷造りが完了した。

 ぐっすり眠るリルファローゼを毛布で包み夜風に当たらない様にし、右にリルファローゼを抱き、左で全ての荷物を持ってバルコニーに出る。


「ヴィルグリッド!」

『―――…済んだのか?行くか?』

「おう。ワシごと下まで運んでくれ」


 極力音を抑えてリルファローゼの部屋まで来てくれたヴィルグリッドにそう頼んですぐ、ふわりとした浮遊感を感じ、風と共に宙に浮かび上がる。風魔法の力だ。

 若い竜がこれをやると、まず力を制御出来ずにバルコニーごと身体が吹き飛んでしまう。年老いて経験を積んだ竜や魔力制御に長けている龍だけの、繊細な技術だ。

 無事に地面に下りると、ほっと息を吐く。とりあえず、ここまで上手く事が運んだ。

 リルファローゼを、そっと軟らかめの荷物の上に載せてやる。


「―――さて、……あーまず荷を積み込まなきゃならんの」


 愛竜の巨大な身体にはまだ、鞍や荷を括り着ける為のベルトが装着されていなかった。これでは出発にまた時間がかかってしまう。


『……一応、鞍とベルトを竜舎から持ってきておいたが』

「良くやった、流石ワシのヴィル!」


 心からの賞賛に、どこか照れ臭くも誇らしげな唸り声をあげる相棒。愛い奴め。

 早速ヴィルグリッドの身体に鞍を装着していると、予想通り邪魔が入った。ちっ、早いな。


『………何をしているの?』


 朱金の鱗に包まれた細長く巨大な身体を物音も立てずに優雅に現れたのは、エルトーレンの愛龍のライラゼシュカ。

 黄昏色の眼を細め、訝しそうにこちらを観察している。


「おーライラ、久しぶりじゃのぉ」

『久しぶり、ガル。それで、荷物を沢山抱えて、何をしているの?』


 流石は頭脳派の龍。ちょっとやそっとじゃ誤魔化されそうに無い。

 どうしたもんかと、頭を掻く。


「あー、何だ。その、夜の見回り的な……?」

『その毛布に包まってる小さいのは、ギルの子?』


 目聡いな。

 さり気なく身体をずらして、リルファローゼを見えない様にしたというのに、どうやら全てお見通しらしい。

 エルトーレンや屋敷の者達に気付かれるのも時間の問題だ。

 溜息を一つ吐き、観念する。


「エルトと領主交代した事だしの、早速隠居して終の棲家でのんびり余生を過ごそうと思っただけじゃ」

『何故、ギルの子まで連れて行く必要が?エルが一緒に暮らすの、楽しみにしていたのに』


 ライラゼシュカが警戒するように全身を振るわせると、朱金の鱗がシャラシャラと硬質の澄んだ音を立てた。

 やばい、ちょっと怒ってる。

 すぐに逃げられる様に、荷物の上に寝かせていたリルファローゼを抱き上げる。

 一触即発のその様子に、ヴィルグリッドがこちらを庇うように前に出て、牙をむき出しにした。


『ライ、こっちは本気だ。やり合ったらどうなるか、解かってるな?』


 ヴィルグリッドが威嚇の低い唸り声を響かせながら、ガチガチと牙を鳴らす。

 今すぐにも口から火でも吐き、この辺一帯を焦土にするという、言外での脅しだ。

 本来、竜同士での私闘は御法度なのだが、まぁ…庭をちょいと焦がす位なら、この際しょうがない。


 そんなこちらの本気を感じたのか、ライラゼシュカは苛立たしげに細長い身体を引いた。


『―――…成る程。ヴィルとやり合うのは楽しそうだけど、エルが困る。止めておこう』


 やはり龍は頭が良い。いや、竜よりも理性が有ると言った方が良いだろうか。

 これが竜だったら、なんの躊躇いも無く嬉々として飛び掛って来る事だろう。

 そうなったら、屋敷も領地もやり合っているお互いも、何一つ無事では済まないだろう。


「すまんの。これがリルファの為には一番良いんじゃ。落ち着いたら手紙でも書く」


 ワシのその言葉に、ライラゼシュカは不服そうに鼻を鳴らすだけだった。

 一応、納得は仕切れていないまでも牙を治めてくれたらしい。

 再開した荷造りの手を、止める事無く見守っている。


 そこへまた、新たな邪魔者達が現れた。


「あれ、旦那様?こんな時間にどうされましたかー?」


 主に力仕事と護衛の為に雇っている下男達がわらわらと集まってくる。ライラゼシュカの荷解きの最中だったのだろう。

 その証拠に、竜よりも細長いライラゼシュカの身体には、中途半端に解かれた荷が巻きついている。

 荷解きの作業を振り切って来たライラゼシュカに、ようやく追い着いたらしい。


「おお、調度良かった。お前ら、この荷物を全部ヴィルに載せてくれ」


 話も纏まった事だし、ライラゼシュカが大人しいうちにここはさっさと出発するに限る。


「はぁ、何処かに行かれるんで?」


 下男の中でも古参の奴が、若干訝しそうに訊いて来る。

 エルトーレンが帰って来たというのに、こんな夜中に何処へ行くのかと不信なのだろう。まぁ、当然だろうな。

 腕に抱えているリルファローゼを、さも荷物の一つとばかりに見えぬように抱え直す。


「あー、まぁ…ちょっとな。ほら、グズグズするな!積み込み始め!」


 その一喝だけで、機敏な動作で荷をヴィルグリッドに積め込む下男達。

 戦等の非常事態になれば、速攻で愛竜と共に現場に向かわなければならない。時間との勝負の時に荷を積み込むのは、下男達の仕事だ。

 無駄の無い動きは、日頃の訓練の賜物だろう。皆、殆ど条件反射で動いている。


「終わりました!」


 一人が告げると、「こっちも終わりましたー!」等の声が次々に上がる。

 こいつらの仕事の速さは、王都の竜騎士団専属の下男達にだって負けてないだろう。

 ベルトの締め付け等を確認して、頷く。


「うむ、ご苦労。んじゃ、ちょっくら行ってくるかの」

「はい、行ってらっしゃいませ!」


 ヴィルグリッドに乗り込むと、下男達が「行ってらっしゃいませ」と声を揃えて手を振ってくる。

 無邪気な見送りの言葉に、若干の罪悪感を覚えつつも手を振り返して応え、大空へと飛び立つ。

 リルファローゼを連れたまま、少なくとも二十年近くは戻らないつもりだと知られたら、全力で止められただろう。


 ヴィルグリッドの力強い羽ばたき数回で、下男達も屋敷もあっと言う間に小さくなっていった。






「ぅ…ん、………ガルじぃ?」


 リルファローゼがゆっくりと瞼を開く。

 陽の光でキラキラと輝く濃紺の瞳は、月と星明かりのみでは、夜空の闇を吸い取ったかの様な漆黒をしていた。

 一面の星空が不思議なのだろう。

 寝ぼけながらも何度か瞬きを繰り返して、ゆっくりと周囲を確認している。


「起きたか?もう少し寝てなさい」

「んぅ」


 とろんと微睡(まどろ)んでいるリルファローゼの背を優しく叩きながら囁くと、愚図る事無く目を閉じた。

 曾孫の背を擦りながら、眼下に広がる森の海と遥かな大空を眺める。



 目的地―――新しい我が家には後、半刻もせずに着くだろう。




 空は段々と白み始め、夜と朝との美しい交代劇を見せていた。




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