道
桜が舞い散る川沿いの土手はこの世の果てまで続いているかのように思えていた。
「待て!」
先輩の声はだんだんと近づいてくる。インターハイに行く先輩の足は男の僕よりも速い。これも僕はわかっていた。でも、立ち止らない。
「山下!逃げるなよ!」
――逃げるな。そう、僕は逃げているのだ。先輩からも、自分からも。何もかも。
呼吸が乱れ、死にそうなほど苦しい。足も心も重くなる一方だった。おまけに目の前は霞んできた。ずっと涙が溢れて止まらないのだ。そして僕は躓き、転んでしまう。手をすりむき、血が滲んできた。
「あっ!大丈夫か」
先輩はすぐに駆け寄ってきた。
「先輩」手を差し出す先輩を僕は見ない。見ることができない。「僕は立てます。立てるんです。一人でも」声は震えている。
「……山下、お前は一人なのか」
その言葉に僕はハッとする。驚くことに先輩の声も震えていたのだ。思わず僕は振り返ってしまう。先輩は、泣いていた。いや、先輩はずっと、今までも泣いていたのだ。
「お前はこれから、一人でいたいのか?」
片手には卒業証書の入った筒を持ち、胸にはコサージュを付けている。短めの髪は夕焼けで赤く輝いていた。その姿は簡単に消えてしまいそうなほど、儚く見えた。
「僕は……」
先輩を一人にしたくない。僕も一人でいたくない。僕たちはお互いに必要で、それはわかりきったことなのだ。だけど、どうしてもその先の言葉は出てこない。それを言ってしまえば、もう戻れない。
先輩の向こう側で、夕日は沈む。そして僕の後ろに伸びる道は果て無く、何本にも分かれているのだ。