第三話 危険な行事
「では今日は、父の日のプレゼントを作りまーす」
幼稚園に入って間もなく行われる行事といえば、父の日。
子供たちが父の日に、お父さんの似顔絵を描いてプレゼントするのだ。
ワイワイと絵を描き始める子供たち。
だけど、私は絶対に描きたくなかった。
「先生、トイレ…」
私は仮病を使ってトイレに引きこもった。
描けない…、描きたくない…。
だって、茜の腕の中から首を回して見たあの一回しか勇気の顔、見てないんだもん…。
私は泣いた。
何も考えなくても溢れてくる涙。
(あの時、アイツに殺されなければ、こんなに辛い思いをしなくてすんだのに…!!絶対私は勇気を許さない…!!)
勇気への怒りはますます募るばかりだった。
「麗花ちゃん、大丈夫?お腹痛いの?」
先生が心配してトイレまで来た。
「…うん…。」
「もうみんなパパの絵、描き終わっちゃったから、先生と一緒に描こう」
私はしぶしぶトイレから出た。
教室に戻り、先生の向かいの椅子に座る。
(どうせ、幼稚園児の絵なんだから、適当でイイよね…。)
クレヨンをグーで持ち、精一杯紙の上を滑らせた。その絵は、人間に見えるが、勇気に全く似ていなかった。
「上手ね、麗花ちゃん」
私はまた泣きたくなった。どうしてかはわからなかったけれど。
そして、とうとう父の日がやってきてしまった。
私の横に、勇気がいる。
もう泣きたくて仕方がなかった。
こんな近くにいたら、いつバレるかわからない。
歌を歌っても、踊っても、ゲームをしても楽しめなかったし、勇気とは一回も顔を合わせなかった。
そして、あの絵を渡す時になった。
「ちゃんと、お父さんの目を見て渡しましょう」
(いやだ…っっ)
絶対そんなコトできない。顔を下に向けたまま、片手で絵を渡す。
勇気は一瞬戸惑ったように身体を動かさなかったが、何もなかったかのように絵を受け取った。
「…ありがとう」
「えっ…」
私は思わず顔を上げてしまった。
荒っぽい性格になってしまった勇気が、そんな言葉を口にするなんて…。
「麗花、大好きだよ…」
勇気は私を優しく抱きしめた。
「えっ…」
なんだろ。この感覚…。
懐かしい…。
私は玲華の時に一度だけ勇気に抱きしめられたコトがあった。小学校低学年くらいの時だけど…。
それは、私が勇気のコトが好きだった時期―。
その時の記憶が蘇った。
心臓がドキン、ドキンとなった。
ダメだよ…。
勇気は私を殺したんだよ…?
私はこの世界に、勇気を呪うために来たんだよ…。
でも…、無理だった。
なぜなら、勇気が耳元でずっと、「ありがとう…」ってつぶやいているから…。
私は勇気の広い背中に腕を回した。
そして強く抱きしめた。
「この人が、私のお父さん…」