お客様
お盆休みが明けても、まだ残暑は厳しい。
でも、外回りは大事な仕事で、今日の留守番は橘さんと俺。
電話が鳴って、俺が受話器を取ったすぐあと、事務所のドアが開く音がした。
「おう!ちょっとききたいんだけど!」
太くて横柄な感じの声がする。
「はい!」
橘さんが返事をしながらカウンターの方へ小走りに向かう。
ここの仕事は電話で相談が来るか、俺たちが外回りで取って来るのが普通だ。
事務所が2階にあるから、ふらりと訪ねてくるお客は少ないけど、たまにいる。
そういうときは電話の相談と基本的には同じ。
橘さんは話せることと、話しちゃいけないことをきちんと分かっているから大丈夫・・・なんだけど。
彼女の動きにつられてカウンターの方を見てのけぞった!
そこには、パンチパーマにサングラスと口ひげ、黒いシャツに高そうな腕時計と金のブレスレットをジャラジャラいわせた男、いや男性が、若い同じような男性を従えて立っていた。(お客様は、あくまでもお客様!)
少しのやり取りのあと、橘さんがローカウンターの向かいの椅子を勧めて、自分もこちら側に座った。
とにかく電話に集中しなくちゃと焦っていたら、タイミング良く佐伯が戻ってきた。
ペンでカウンターを指すと、佐伯もそちらを見て眉を上げる。
とにかく橘さんは佐伯に託して、俺は電話だ。
俺の電話が終わっても、お客様はまだ橘さんと話していた。
佐伯がカウンター近くのキャビネットで何かを探すふりをしながらウロウロしている。口を出すタイミングがつかめないようだ。
ようやくキャビネットを閉める音で橘さんが佐伯に気付いて、一緒にカウンターに出てもらっているのを見てほっとした。
お客様が帰ったあと、橘さんに「お疲れさまでした。」と言うと、彼女はくすくす笑った。
「あの服装には驚いたよね。初めは腰が引けたけど、大声を出すわけじゃなかったし、話してみたらきちんと話を聞いてくれたからほっとした。具体的な相談じゃなくて、一般的な話だけでいいって言われたし、途中から佐伯さんに入ってもらえたから、なんとかね。」
彼女の度胸にあらためて感心して、相手の外見に左右されないできちんと対応しようとした誠実さにもちょっと感動した。
それから10日ほど過ぎたある日。
「おう!この前のねえちゃん、いるか?」
あのお客様だ!今日は白髪の男性と一緒にやって来た。
この事務所に女性は2人。
コバちゃんが、覚えがないけど私ですか?という顔で、自分を指差す。
「あんたみたいなべっぴんさんじゃなくて、もっとちっこいねえちゃん。」
「今日は橘は休暇なのですが。」
係長が、不安な顔をしながらカウンターに向かう。
「なーんだ。」
残念そうな顔。
「実はな、うちの土地をここに頼もうと思ってよ。なあ、親父。」
「そうなんじゃ。こいつに何軒か相談に回ってもらったんだが、態度の悪い店が多かったらしくてなあ。」
「そうなんだよ。いかにも「帰れ」っていう態度のヤツとか、自分のところの自慢をベラベラしゃべり続けるヤツとか、疲れちゃってさ。」
「ところが、ここでようやく親切なお嬢さんから話が聞けたっていうんで、今日こうして来たわけじゃ。」
「そうでしたか。ありがとうございます。どうぞこちらへ。」
係長もほっとしている。
具体的な話をするときは衝立の向こうのスペースへご案内。
少しして、係長が岩さんを呼びに来た。
土地の場所と面積を聞いて、みんなびっくり。
駅前一等地の、マンションが余裕で5棟くらい建ちそうな大きな土地だった!
橘さん、お手柄ですよ!
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橘 春香
風邪をひいた・・・。
明日は出勤できるかな。
あー、仕事がたまっていく・・・。