突き進め!
春香さんはいらないって言ったけど、やっぱりお礼、というかお詫びをしなくちゃね♪
っていうのは建て前で、本当は会いたいだけなんだけど。
日にちが経つとタイミングを逃してしまうから、早い方がいいよね。
せっかく椚さんが教えてくれたんだし。(意外に察しがいいのね。)
電話?
メール?
どっちにする?
・・・まずは、電話かな。
昨日のお礼から。
「・・・・・。」
出ない。
とりあえず、名前だけ留守電に入れておこう。
そういえば春香さんが、土日も部活だって言ってたっけ。
忙しいんだな。
携帯の着信音で目が覚めた。
いつのまにか、テーブルに伏せて寝ちゃってた。
携帯はどこ・・・あ!康太くんだ!
「はい!小林です。」
『あのう、橘です。お返事が遅くなって、すみませんでした。ちょっと仕事で手が空かなかったので。』
時計を見たら、1時半。
「いいえ。お忙しいのにすみません。昨日のお礼を言いたくて。本当にありがとうございました。」
『ああ、あのくらいのこと当たり前ですから、気にしないでください。』
「そんなことないです。あの、お礼を・・・。」
『いえそんな。わざわざお電話をくださっただけで十分です。あ!すみません。生徒が呼びに来てしまって。明日、陸上部の地区予選なので。』
「そ、そうなんですか。お忙しいところ、ありがとうございました。」
『こちらこそ、あわただしくて申し訳ありません。失礼します。』
切れてしまった携帯を見つめる。
これでおしまい?
始まってもいないのに。
・・・いや、向こうはあの騒ぎで、もうたくさんってことなのかな。
でも、あたしは話をしてもいないのに。
縁がなかったってあきらめた方がいいのかな?
でも。
せっかく椚さんに教えてもらったのに〜!
月曜日の朝、やっぱりあきらめきれなくて、春香さんに尋ねてみた。
「金曜日の夜のことなんですけど、弟さん、怒ってたりしました?」
「別に怒ってなんかいなかったよ。逆に笑ってた。」
「笑ってた?」
「うん。子供みたいって。あ、ごめん。」
いいえ。本当のことですから・・・。
「でも、コバちゃんに変な印象があるわけじゃないから気にしないで。」
そうかなあ。
だといいんだけど。
だったら、やっぱりもう一度チャレンジしようかな。
午後から車で外回りをしたついでに、地図を見る。
森山中学校・・・あった!そんなに遠くない。
今は4時。
ちょっと行ってみようかな。
もしかしたら偶然会えるかも知れないし。
でも、ストーカーみたいかな・・・?
「うわー。なんか、懐かしい感じ。」
車を学校のフェンスに寄せて止める。
校庭では部活の真っ最中。
野球部、サッカー部、テニス部、陸上部・・・。
陸上部の顧問だったよね。校庭に出てきてないかな。
車を降りてフェンス越しに校庭をながめても、陸上部は広い校庭の向こう側にいる。
遠くてわからないや。
がっかり。
うしろをロードワークの生徒たちが走り過ぎて行く。
彼らの後ろ姿をなんとなく見ていたら、その先の門から校庭に戻って行くのが見えた。
あたしもバレー部のときはよく走ったっけ。
もう一度、校庭に視線を戻す。
すぐ目の前にサッカーボールが転がってきて、男の子が走って取りに来た。
中学生ってこんなに小さいんだっけ?
その子はちらりとあたしを見て、あわてて戻って行った。
先生らしき人に、こっちを見ながら何か話している。
あれ?
もしかして、不審者と思われちゃったかな。
最近は変質者も多いしね。
それに、もしかしたら同じ名前でも違う学校かもしれない。
もう帰ろう。
「何か御用ですか?」
!
男の人の声。
もう来たの!?
「あのっ、怪しいものでは・・・、あ。」
声の方を向くと、黒いジャージ姿の彼。康太くん。
会えた・・・。
「小林さん・・・ですか?」
「は、はい!すみません!不審者ではありません!」
どうにか、それだけは言うことができた。
でも、そのあとが続かない。
せっかくのチャンスなのに・・・!
「えーと、どうしてここに?偶然ですか?」
どうしよう!?
会いたくて来たとは言えないよ!
「あの、外回りで近くを通ったら、部活の様子がなつかしくて、つい・・・。」
うん。半分本当だし。
「そうなんですか。」
そう言って、ふっと笑ってくれた。
ふう。
素直に信じてくれる人でよかった。
「ランニングから戻った生徒が、すごい美人が校庭をのぞいてるって騒いでいたので、念のため見に来たんです。まさか小林さんだとは思いませんでした。」
佐伯さんみたいなカッコよさはないんだけど、安心できるような、ちょっとかわいい笑顔。
それに、この前のスーツ姿もよかったけど、ジャージ姿は一段とさわやかで似合ってる。
顔が緩むよ〜。
ええい!ここではっきり言わなくちゃ!
「あのう、こんなところで急に言うのも何ですけど、この前のお礼をしたいので、お食事でもいかがですか?」
「え?でも・・・。」
「タクシー代も払ってもらったし、あたしの気持ちがおさまらないので、お願いします!」
あたし、すごい必死な感じになっちゃってる?
ダメかな・・・?
でも、彼はちょっと迷ってから、OKしてくれた。
やった!
「ええと、連絡先を・・・。」
という彼に、
「あ、あたし、わかります。」
と言うと、康太くんが納得したように言った。
「ああ。姉にきいたんですね。」
いえ、お義兄さんにです。春香さんは気付いてくれなくて・・・。
とは言えず。
「今週のご都合は?」
「水曜か木曜なら大丈夫です。」
「じゃあ、水曜日に。時間と場所はお知らせします。ありがとうございます!」
あんまり嬉しくて思いっきりお礼を言ったら、康太くんはすごく恐縮していた。
でも、本当に嬉しいんだもん!
上機嫌で事務所に戻ったあたしに、春香さんが感心しながら言った。
「コバちゃん、今日はいい仕事ができたんだね。」
でも。
ちょっと立ち止まって悩む。
合コンで1回(本当は2回目だけど。)会っただけで、人を好きになることってあるのかな?
しかも、ほとんど話してないのに。
うーん、あれは「会っただけ」とは言わないのかもしれない。
眠っちゃったあたしを春香さんのところまで送ってくれたりとか。
それって、誠実な人ってことだよね。
それとも、一目惚れなのかな?
あの笑顔が忘れられない。
かわいい感じの一方で、全部受け止めてくれそうな安心感をくれる笑顔。
思い出すと、幸せな気分になっちゃう。
ああん、もう!どうでもいいや、そんなこと!
だって、会いたいもん。
とにかく明後日だ!
雰囲気のいいお店を探さなくちゃ♪
それに、何を着て行こう?
先週の合コンよりよっぽど力が入ってるよ。
「何だか楽しそうだな。もしかして、誰か気になる人ができたとか。」
残業していたら佐伯さんが話しかけて来た。
鋭いなあ。さすがだ。
「誰?この前の合コンで知り合った人?」
まるで女友達みたいなことを訊く。
でも、ちょっと自慢したい。
今、春香さんはいないし。
こういうときに、秘密にできないのがあたし。
「合コンで会ったんだけど、その前に会ったことがある人。佐伯さんも会ってるはずだよ。」
「・・・誰?」
「あのねえ、春香さんの弟の康太くん。」
顔がにやけちゃう。
「うそだろ?!」
「ほんと。水曜日に食事に行くの。でも、いつもとなんとなく勝手が違って、ちょっと困ってる。」
「へえ。コバちゃんでも、そんなことあるの?」
「まあね。なんだか慌ててばっかりで。自分でもよくわからないけど。」
ため息をついたら、佐伯さんがニヤリとした。
「もしかして、初恋だったりして。」
「は?この年で?まさか!」
でも。
・・・いや。まさかね。
約束までの2日間、春香さんと顔を合わせるとなんとなく嬉しくて、黙っているのが難しかった。
でも、照れくさくて言えない。
佐伯さんは意味ありげな目で見るし。
当日の帰り際、あたしがいつもよりお洒落をしていることに、春香さんが気付いた。
「あれ?コバちゃん、もしかしてデート?」
ぎく。
「あ、はい。ちょっと。」
「そうなんだ。いいなあ、若い人は。」
春香さん、ご自分だって、ついこの前までは同じだったじゃないですか。
「ねえ、この前の合コンの人?」
いや、あの、何と言ったらいいか・・・。
佐伯さん!笑うのやめてよ!
「まあ、そうです・・・。」
声が小さくなる。
春香さん、何となく察してくれませんか?
「そう。今日は飲み過ぎないようにね。行ってらっしゃい。」
「はい。お先に失礼します。」
汗かいてお化粧が落ちちゃったよ。
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春香 & 勇樹
「コバちゃんから聞いたんですけど、先週の合コンに橘さんの弟さんが来ていたそうですね。」
「うん、そうなの。康太は合コンに出るようなタイプじゃないんだけど、人数合わせで仕方なくって言ってた。」
「あれ?弟さんとそういう話、するんですか?仲がいいんですね。」
「そうじゃなくて、その日に会ったから。」
「合コンの日に?」
「うん。コバちゃんが・・・あ!ごめん!これ以上は言えない。」
「・・・何かあったんですね?」
「いや、ごめんね。コバちゃんに悪いから、言えない。」
「じゃあ、椚さんに訊いてみようかな。」
「だめだよ!」
「やっぱり椚さんも知ってるんだ。」
「絶対ダメ!椚くんにも口止めする!」
「いいですよ。そのうち誰かが、黙っていられなくなるでしょうから。」
「佐伯さん・・・もしかして、ヤキモチ?」
「はい?」
「コバちゃんがデートだから、ヤキモチ妬いてるんでしょう?」
「違いますよ。」
「好きだったら、ちゃんと言った方がいいよ。」
「はいはい。言えるときには言うことにします。」