気になっちゃうよ~。
目を覚ましたら、知らない部屋のベッドにいた。
・・・・・?
ヤバい!
ガバッと起き上がる。
とりあえず、服は着てる。
薄暗い部屋を見回すと、隣にもう1つベッドが。誰も寝ていない。
ドアが薄く開いて、明りが洩れている。
そうっとベッドから降りてドアから覗くと、明るいリビングが見えた。
向こうに向いた白黒のソファに誰か座ってる。
どうしよう?
気配を感じたのか、その人が振り向いた。
黒縁眼鏡をかけた・・・春香さん!?
「あれ?目が覚めたんだ。明日まで起きないかと思った。」
力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「すみません・・・。」
夜の11時半。
「康太から電話があったときには、本当にびっくりしちゃった。」
パジャマにはんてんを羽織った春香さんが温かいココアを淹れてくれながら言う。
飲み過ぎて眠ってしまったあたしを、康太くんがタクシーでここへ運んでくれたそうだ。
つくづくみっともない自分。
「今日が金曜日でよかったよね。」
「はい。すみません・・・。」
謝るばかりのあたしを、春香さんが笑う。
「うちに来るのは別に構わないよ。」
いえ、新婚さんだし、それは悪いです・・・。
「椚くんも気にしないから、心配しないで。でも、初めて会う人との飲み会で、飲み過ぎるのは危ないよ。」
「はい。」
そうなのだ。
彼がいい人だったからよかったけど。
「とりあえずシャワーを浴びて、このまま泊っていってね。パジャマはわたしのを貸すから。」
「すみません。」
ひたすら恐縮するばかり。
「椚さんは・・・?」
「奥の部屋でパソコンでも分解してるんじゃないかな。まだ起きてるけど、だらしない恰好してるから出てこないと思うよ。」
お邪魔して申し訳ありません・・・。
シャワーを使わせてもらって出てくると、さっきのベッドへどうぞ、と言われた。あれは春香さんのベッドで、椚さんを遊び部屋に追い出して、春香さんとあたしが寝室で寝ることにしたから、と。
椚さん、ごめんなさい。
翌朝、ひたすら恐縮するあたしに朝食を作りながら、春香さんが昨夜のことを話してくれた。
「9時半ごろかな、康太から、コバちゃんの住んでる場所を知ってるかって電話がかかってきてね。椚くんがだいたいの場所はわかるって言ったけど、どうしたのか訊いたら、コバちゃんが眠ってて起きないって言うから、うちに連れて来るように言ったの。酔いつぶれてる一人暮らしの女の子を送らせて、何かあったら困るでしょう?」
本当に申し訳ありません。
「このマンションの下まで迎えに行ったら、本当にぐっすり寝てて、康太におぶって運んでもらったんだよ。」
春香さんは笑ってるけど、ものすごく恥ずかしい!
あたしは背が高いし、けっこう重いはずだ。
ほとんど初対面の人なのに。最悪だ・・・。
「おはよう。」
恐る恐る振り向くと、椚さんが起きて来たところだった。
まだ寝癖のついた髪のまま、にやにや笑っている。
「お騒がせして、ごめんなさい!」
立ちあがって深々と頭を下げると、思いっきり笑われた。
「いいよ、別に。でも、一緒にいたのが康太くんでよかったよね。」
「うん・・・。」
「合コンで知り合いに会うなんて、そんな偶然あるんだね。」
春香さんがしきりに感心している。
本当にラッキーだった。
康太くんじゃなかったら、どうなっていたことか。
椚さんがコーヒーを淹れてくれて、3人で朝ごはんを食べた。
前からそうだったけど、春香さんと椚さんは一緒にいるのがすごく自然。
そこにお邪魔しているあたしも、やっぱり自然な感じ。居心地がいいの。
いいなあ、こういうの。
「あのう・・・、春香さん。弟さんにお礼をしたいんですけど・・・。」
連絡先を教えてもらえないかな・・・。
「そんなの必要ないよ。あのくらい、男として当然じゃない?」
「でも、タクシー代も払ってもらってるし。」
「いいから、いいから。気にしないで。」
通じない。
でも、教えて欲しいって言いにくい。
どうしよう?
「お仕事は何をされてるんですか?」
「中学の先生だよ。数学の。えーと、私立の森山中学だったかな。」
もしかして、あたしの担当地区にある学校かも!
「先生なんですか。どうりで落ち着いてるはずですね。」
「そう見えた?家ではちょっと頼りない感じがするけど。」
「康太くんはしっかりしてるよ。いつも春の面倒を見てるみたいだもん。」
春?
椚さん、春香さんのこと「春」って呼んでるんだ!
なんか、いいなー。
「ひどいなぁ。そんなことないよ。」
ちょっと拗ねてみせる春香さんがかわいい。
新婚さんって、こんな感じなんだ。
「学校では先生って言われて威張ってるかもしれないけどね。陸上部の顧問もやってるから、土日も大会とかで忙しいみたいだよ。」
忙しいのか。
でも、もう一度、会いたいな・・・。
お世話をかけたお礼を言ってお暇を告げると、椚さんがコンビニに行くついでに駅まで送ると言ってくれた。
「ええと、忘れないうちに。」
道路を歩きながら、椚さんが携帯を取り出した。
「もしかしたら、康太くんの連絡先、知りたいんじゃないかと思って。」
!
驚いて椚さんを見る。
「違った?なんとなくそうじゃないかと思ったんだけど。」
「違わない!ありがとう!!」
あんまり嬉しくて椚さんに飛びついたら、大慌てで押し戻された。当たり前か。
「何するんだよ!誤解されたら困るだろ。」
「ごめんなさい。つい。」
反省の言葉を口にしていても、心は軽やか。
康太くんの連絡先をもらってゴキゲンのあたしに、椚さんが言った言葉にどきんとした。
「コバちゃんと康太くんの仲がうまくいったら、コバちゃんは俺たちの義理の妹になるんだなあ。」
義理の妹。
きょうだい?
一人っ子のあたしに、義理とはいえ、兄と姉ができるんだ。
しかも、椚さんと春香さんだよ。
なんか、感動・・・。
まだ気が早いのはわかるけど、すごく嬉しい。
別に、そっちが目的っていうことではないんだけど。
「そういえば、佐伯のことはいいの?」
「ああ、うん。佐伯さんとは普通に友達のまま。」
「気が合ってるようには見えるけど。」
「あたしと椚さんだって同じようなものでしょ?それに、佐伯さんはあたしの話題について来られないんだよね。」
「話題って?」
「ゲームとか、オタク系の。まあ、一般的な話題ならジョークも通じるし、楽しいんだけど。」
「ふうん。いくらなんでも、あの職場内で2組もカップルができるなんてことないか。」
「そうだよ。」
それに、佐伯さんが春香さんのこと、簡単に忘れられるわけないじゃん。
ずっと目の前にいるんだから。
とにかく、連絡先、ゲットだぜ!
* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *
春香 & 良平
「ただいま。」
「お帰りなさい。楽しいお散歩だった?」
「いや、別に・・・。」
「そうかな?楽しそうに笑ってたし、抱きつかれてたみたいだけど。」
「え?見てたの?」
「見てたんじゃなくて、見えちゃったの!ここは5階だから、見通しがよくてね。」
「・・・もしかして、妬いてる?」
「別に。コバちゃんとりょうちゃんは、もともと仲良しだもんね!わたしが割り込む余地はありませんよ。」
「妬いてるんだ〜。やった〜!」
「違うってば!きゃ!なにを・・・!?」
「だって、可愛いんだもーん♪」