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椚(くぬぎ)くんと橘(たちばな)さん  作者: 虹色
おまけ 『コバちゃんの恋』
73/77

合コンなんてヤだな。

おまけ話「コバちゃんの恋」です。



「ねえ、お願い!」


携帯からカオリの必死な声が聞こえる。

合コンのお誘い。


「とびっきりの美人を紹介するって言っちゃったんだもん!コバちゃんが来てくれないと、ウソついたことになっちゃう。」


「あのねぇ、あたしがそういうの好きじゃないって知ってるでしょ?」


「だけど、今回だけ。お願い!」


ため息が出た。

カオリは高校時代のバレー部仲間。大学は別々だったけど、今でもときどき一緒に遊びに行く友達。


「カオリだって十分可愛いでしょ。あたしが行かなくても大丈夫だよ。」


「それじゃ、ダメだよ!だって、向こうはあたしの顔なら何度も見てるんだから。」


そうだけど。


「どうして今回は、そんなに熱心なの?」


「実は向こうが素敵な人なの♪」


は?


「去年の秋に仕事で知り合った人でね。話上手でかっこいい人なの!」


「じゃあ、1対1で会えばいいじゃん。」


「ダメ!誘って断られたら困るもん!これからまだ一緒に仕事するのに。」


だからって、合コンなんて・・・。


「だいたいさあ、あたしが行ってもいいわけ?男の子たち、みんなこっち向いちゃうよ。」


あたしはそれが嫌なんだけど、事実なんだから仕方がない。


「いいの。一緒に飲み会ができれば!これからうまく行きそうか、感触を見たいの。」


「じゃあ、普通に仕事関係の人と行けば?」


「やだよ!おじさまばっかりの中じゃ、彼と楽しくおしゃべりなんてできない。」


だからって、あたしをダシに使わなくてもいいのに・・・。


「ねえ、お願い!」


この言葉、何回目だろう?

断るのは無理か・・・。もう相手に言っちゃったみたいだし。


「コバちゃんなら、男の子に注目されても、その先に進まないでしょう?だから安心して誘えるんだよね。」


なにそれ!どういう意味?


「・・・あたしが外見だけの女ってこと?」


「ちっ、違うよ。なんか、ほら、さっぱりしてて、男の人とも友達、みたいな。」


ああ。つまり恋愛対象外ってことね。

当たってるかも。

今まで申し込んできた男の子たちと付き合ってみても、結局は友達以上には進まなかった。

今だって、佐伯さんとはこれ以上は何もなさそう。まあ、佐伯さんとは最初から特に何かあったわけじゃないけど。


「もし、カオリのお目当ての人をあたしが気に入ったら?」


「え?」


「そうしたら、あたしがその人にアタックしてもいいの?」


「・・・・・。」


そういう可能性だってある。

カオリは考えていなかったようだけど。


「いいよ。それでも。」


いいんだ?


「そうなったら、あたしも覚悟決めて、コバちゃんと勝負するから。」


そこまで言うなら仕方ないか。


「わかった。予定はいつなの?」


「やったー!あのね、来週の金曜日。」


やだなぁ・・・。憂うつだ。





翌日、職場で春香さんに愚痴をこぼしたら、春香さんがうらやましそうにあたしを見た。


「いいなあ、合コンなんて。わたし、行ったことないよ。」


「え?ほんとに?大学時代にも?」


「サークルの飲み会とかはあったけど、知らない人が来る飲み会には行かなかったから。」


さすが、春香さんは何かと言うとダシに使われるあたしとは違うな・・・。


「どんな様子なのか、1回見てみたいなあ。」


「一緒に行きますか?」


「まさか!」


あはは、と笑う春香さんは、いつもどおりお気楽だ。


「でも、隣のテーブルから見るなら面白そう。椚くんを誘ってみようかな。」


結婚してまだ半月の春香さんは、夫である椚さんを未だに「椚くん」と言う。家では違う呼び方をしているようだけど。


「お相手はどんな人たちなの?」


「高校時代の友人が仕事で知り合った人がメインで、そのご友人だそうです。向こうが運動部がらみのお友達を連れてくるからって、こっちもバレー部関係で集めてるみたいで。」


「ふーん。賑やかになりそうだね。」


「あたしは憂うつですけど。」


そんなあたしを、春香さんは優しい微笑みを浮かべて見ている。お姉さんみたいで心が休まる。







とうとう当日。


気合いが入らないあたしは、服装も普段の仕事用のままで出ることにした。

メイクも控えめ。

どうせダシなんだし、目立たない方がいい。


カオリが指定した駅で待っていると、バレー部の友人たちが次々にやって来た。後輩もいる。久しぶりだから、すぐに賑やかに話し出す。

全部で7人?けっこう大人数だな。

みんな高校時代よりずっと綺麗。

まあ、バレーボールを必死でやっていたあたしたちには、お洒落をする暇なんてなかったもんね。


カオリに連れられてお店へ向かう途中も、話に花が咲く。

合コンじゃなくて、バレー部の同窓会だと思えば楽しいかな。

少し、気が楽になった。


あたしたちがお店に着いたときには、すでに相手方は到着していた。

席は奥の、半分個室になったところだった。適度にばらけて座っているあたりが、合コン慣れしてる感じ?

急いでカオリを引っぱって、お目当てはどの人なのか尋ねてみる。やっぱり、友達とライバルになるのは嫌だし。


「右側の奥から2番目の人。」


ちょっと振り向きながら、小声で教えてくれた。

あたしは「わかった」とうなずいて、カオリを安心させた。


「じゃあ、あたしは手前の端に座るから。」


「ありがとう!」


ごあいさつをしながら席に着く。

ふと、顔を上げると、向かい側の男の子がにっこりと笑いかけて来た。こういうことって、よくあるんだけど。


なんだか見覚えがある・・・。


ちょっとかわいらしい笑顔。なんだかなつかしい感じ。

なつかしいっていうか、しょっちゅう見ているような気がするけど・・・?


思い出せないまま、とりあえず進行役を買って出てくれたカオリのお目当てさんの声に耳を傾ける。

すぐにビールがきて、まずは乾杯。

そのあいだもずっと、向かい側の彼のことが気にかかる。


「とりあえず、自己紹介をしましょうか。」


そうそう。早く早く。


残念なことに、自己紹介は奥側からだった。

総勢14人だと、こっちまで回って来るのは果てしなく先のような気がする。さすがに途中で無視して話を始めるのは悪いし。


“もう、名前だけにしてよ!”と、心の中で突っ込みを入れながら、顔はにこやかなまま聞いているふり。

あたしの番が終わって、ようやく彼の番。


(たちばな) 康太(こうた)です。瀬田先輩の大学の陸上部の後輩です。」


橘?

康太?


橘って。

それに康太・・・康太郎?

もしかして?


「は、春香さんの弟さんっ?!」


思わず大きな声が出てしまった。


「はい。」


にこにこと笑顔の康太・・・くん?で、いいのかな?同じくらいの年だったと思うけど。

橘さんって呼ぶべきかな?


「姉の結婚式でお会いしました。いつも姉がお世話になっています。」


丁寧に頭を下げてくれる。

どうりで見覚えがあるはずだ。笑顔が春香さんに似ている。


でも、こんなところで知り合いに会うなんて!

あたしの頭の中はけっこうパニック。

慌ててしまって、ちゃんとした言葉が出てこない。


「知り合いだったの?」


カオリの声が聞こえる。


「えっと、職場の先輩の弟さん。」


そう答えたら、やっと落ち着いて来た。


「こちらこそ、春香さんには大変お世話になってます。」


春香さんの弟さんか。

あたたかくて優しい感じ。


「すぐに思い出せなくて、すみませんでした。」


「いいんです。僕、地味なので。」


そういえば、披露宴でも控えめだったな。

椚さんの弟さんは目鼻立ちがきりっとしていて、人目を引く印象だった。

でも、康太・・・くんはあんまり記憶にない。


ああ、もう!

いつも“康太郎”って言ってるから、名前が呼びにくい。

春香さんを知ってるから、名字も呼びにくいし。


話しかけたいと思いつつ、声をかけられない。

あたしに話しかけてくる人にも返事をしないといけないし。

彼は向かいの席で楽しそうに、隣の子と話している。

気が乗らない合コンで、せっかく共通の話題がある人に会ったのに、話せないなんて!ストレスたまる!

康太くんがあたしにも話しかけてくれればいいのに。

それとも、あたしは好みのタイプじゃないのかな。


途中で席が入れ替わったりしても、康太くんと話すチャンスはなかった。

何となく投げやりな気持ちになって、いつもよりお酒が進んでしまった。





ようやくお開きになって、お店を出る。


やっぱり来なければよかった・・・。

飲み過ぎと賑やかな話し声で痛む頭をかかえて後悔する。


「じゃあ、僕はこれで失礼します。」


あれ?この声は。

やっぱり。


「カオリ、あたしも今日は帰るね。」


楽しそうな様子のカオリに断りを入れる。


「えー?どうして!もう一軒行こうよ。」


「ちょっと飲み過ぎたみたい。それに、もう約束は果たしたよね?じゃあね。」


腕を引っぱるカオリを振り切って、ほかの人たちにもあいさつをする。

急いで駅の方を振り向いたら、康太くんが少し先の信号で立ち止まっていた。


もうちょっと、お話ししたい!

改札口まででもいいから。


小走りであとを追ったけど、追いつく前に信号が青になり彼が歩き出す。

意外に歩くのが速くて、追い着けたのは信号を渡りきったあとだった。


「あのっ!」


声をかけると彼は振り向いて、あたしだとわかるとにっこりした。

なんだか嬉しい。


「小林さんも帰るんですね。」


「はい。もともと気が進まなかったので。」


まだ息が切れている。みっともないな。

あれ?

なんだか、頭がぐるぐるする・・・。


「・・・すみません。なんだかちょっと・・・。」


立っていられない。

飲み過ぎて、走ったから・・・?

やだ、どうしよう?


康太くんが慌てて支えてくれた。

あたりを見回して、空いているベンチまで誘導してくれる。

座ったら、少し落ち着いたかも。


「すみません。」


そう言ったところまでで、記憶が途切れた。










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