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5月14日



今日も決着がつかなかった・・・。


部屋へ向かう道を歩きながら、ため息が出る。


もう2週間以上たつのに、何も片付かない。


三上さんは全然あきらめてくれないし、橘さんは電話にもメールにも応答がないまま。


このまま自分にカビが生えていくような気がする・・・。





あの事件から休日をはさんだ次の日、俺は三上さんにきちんと断った・・・つもりだったのに、三上さんには通じなかった。


「試してみないとわからない。」


「チャンスがほしい。」


そう三上さんは繰り返すばかり。のれんに腕押しとはこのことだ。


橘さんには相変わらず連絡がとれないし。


翌日から始まる連休に、お互いの実家にあいさつに行くことになっていたけれど、この状態では無理だった。


仕方なく、その日の夜に、橘さんの実家に電話をかけた。


「僕の配慮が足りなくて、春香さんを傷つけてしまいました。申し訳ありません。」


それ以外、言いようがなかった。そして、今は連絡がとれない状態であることを伝える。


「今、もう一度信じてもらえるように努力しています。必ず春香さんと一緒にごあいさつに伺えるようにします。」


俺がそう言うと、橘さんのお母さんは、ため息をついた。


「春香から、一人で帰って来るって連絡が来たから、おかしいと思っていたんです。」


「すみません。」


謝る俺に、橘さんのお母さんが


「ケンカすることもありますよ。」


と言ってくれた。


「お正月にいらっしゃったときに、あなたが良い方だということはだいたいわかりました。康太もそう言っていましたし、こうやってご連絡くださったことからも誠実な方だと感じます。それに、私はあなたのお母様を知っていますから、あなたが信用できる方だと信じますよ。」


母さん、ありがとう!俺の母親が母さんでよかった!


自分の親にこれほど感謝したことはない。


「春香は頑固だから大変かも知れませんが、お待ちしていますからね。」


「ありがとうございます。」


電話の向こうの橘さんのお母さんに頭を下げた。


あれから2週間だ。


情けない男だと思われてるだろうな・・・。




連休が明けてからも、全然ダメだ。


三上さんを説得しようとしても、話がかみ合わない。


俺は橘さんのことを好きなのだと言うと、


「私だって、橘さんと同じくらい優秀だって言われてる。」と言う。


誰かと誰かを比較していい方を取るとか、そういうことじゃない、と言うと、


「人生は競争なのよ。」と言う。


「自分は競争に関係ないような顔をして、1番を手に入れてる人なんて信用できない。」


どうも橘さんに対抗意識を持っているらしい。


前に西村が言っていたような気がするけど、本当だったみたいだ。


本当に俺のことが好きなのか、ただ単に橘さんに対抗しているのかよく分からない状態だ。


「本当に俺のこと、好きなの?」


と訊いてみたら、


「優秀同士、いいパートナーになれると思うけど。」


と返ってきた。


どうなんだろう?この答えは。


もう、“ああ言えば、こう言う”状態。疲れてしまった。


グループ研修で一緒に活動するときも、親しげに話しかけてくるのには閉口した。


そういうときには新人たちが助けてくれる。


先週のグループ研修の昼休みに松川さんたち3人組が来て、俺に説教をした。


「三上さんが椚さんを狙っていたのは明らかだったのに。」


コバちゃんにも言われたとおり、警戒心が足りなかったのは悪かった。ニブいのは俺も橘さんと同じだ。


けど。


俺は今まで注目されたことがなかったんだから、そんなこと気付かなくても仕方ないじゃないか!


佐伯じゃあるまいし、まさか自分がターゲットになってるなんて思わないよ!


「私たち、三上さんが椚さんに近付かないように、ずいぶん邪魔していたんですよ。」


ああ、あれは邪魔してくれていたんだ。やたらと会うとは思っていたけど。


三上さんがこの子たちが来ると渋い顔をしていたのはそのせいか。


じゃあ、前の研修のあとの飲み会も、相談だって呼び出されたときも、そうだったのか。


今さら気付いても遅いけど。


とにかく、これからもこの3人組と俺のグループの加嶋君と木内君は、俺を三上さんから守るからと言ってくれて、事実、そのとおりに動いてくれている。


本当はちゃんと対決しなくちゃいけないんだけれど、研修中はそうもいかなくて、この5人の助けはありがたい。


しかも、先週の合同研修のテーマは「職場の人間関係」だった。


こんなテーマを設定したのは間違いだった。自分がこんな状態で、いったい何が伝えられるっていうんだ?


伝わるとすれば、社内恋愛の難しさだけだ。


こんなことに巻き込まれてしまっている西村にも申し訳ないと思っている。


でも西村は「気にするな。」と笑ってくれた。


「そのうち、俺もお前に何か世話になることがあるだろうから。」


本当にありがたい。


異動してきた日に、中村さんから言われた言葉を思い出した。


「きみが誰かのために何かをしようと思って、誰かがきみのために何かをしようと思う。そんなところがあるような気がするよ。」


でも、今のところ、俺が誰かにやってもらうことばかりで、何も返せていない。


なんだか情けない・・・。


今回の事件が橘さんがらみで、しかも前回の橘さんの騒動と同じような話になってしまったため、中村さんとの別れ話のうわさも再浮上する可能性があった。


仕方がないので、連休明けに新婚旅行から戻ってきた中村さんに、今回の話をせざるを得なかった。


中村さんは、肩を落とす俺を気の毒そうに見ると、ただひとこと、


「がんばれよ。」


と言って、肩をたたいてくれた。


そう。


橘さんのために、頑張るしかないんだ。





ようやく部屋に着く。もう9時近い。


携帯を見ても、メールも着信記録もなかった。


橘さんに会いたい。


橘さんの声が聞きたい。


ダイニングの椅子にぐったりと座って、橘さん宛てのメールを打つ。これが、最近の日課。


内容は日々のこと。まるで日記だ。


『今日はグループ活動で倉庫整理をした。森田くんはスポーツをやっていただけあって、力持ちだし、一番元気だったよ。西村と俺はすぐに疲れてしまって、新人たちに笑われた。松川さんたち女の子も、おしゃべりで手が止まりがちではあったけど、楽しそうに参加してた。』


そこで、手が止まる。


『橘さんに会いたい。』


毎日同じ言葉で締めくくる。


返事は来ないけど、送信の瞬間はいつも期待してしまう。


携帯をテーブルに置く。


今日はいつもより悲しい気分だ・・・。


・・・?


携帯が光っている。メールの着信?


橘さんの名前が表示されている!


あわててメールを開こうとすると、タイトルのみ?


『椚くん、今もわたしのこと好き?』


タイトルに?!


もしかしたら、電話をすれば出てくれるかも。


あわてて電話をかける・・・けど、出ない。


なぜ?まだ、口をきいてもらえないんだろうか?


よくわからないけど、とりあえず返信しなくちゃ!


『もちろん。』


と打って送ろうと思って、止まる。


これじゃ、ちゃんと伝わらないかも。


『もちろん、今でも橘さんのことが好きです。』


すぐに返信が来た。


『ありがとう。ちょっと待ってて。』


ちょっと待ってて?


メールで、ちょっと待っててって、よくわからない。


何かやっている途中だったんだろうか?


結局、次のメールは30分以上経ってからだった。


『今、どこ?』


なんて簡潔なメールだ。


『部屋にいる。』


それっきり、携帯は黙ってしまった。どうすればいいのかわからなくて、部屋の中をうろうろと歩きまわる。


そこへ。


「ピンポーン」


インターホンの音。誰か来た?イライラしながらマイクに向かう。


「はい。」


「椚くん!わたし。」


あわてて転びそうになりながら玄関へと急ぐ。


ドアを開けると、橘さんが飛びついて来た!


びっくりして言葉が出なかった。






* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




よかった!いてくれて。







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