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佐伯勇樹(13)4月30日・事件から2日後


三上さんの事件から2日後。


今日一日仕事があって、明日からは5連休。


昨日は祝日で、一日中、橘さんのことを考えていた。


夕方、コバちゃんから電話があって、橘さんの様子を教えてくれた。コバちゃんは橘さんの部屋に行って来たらしい。


橘さんは泣いていなかったそうだ。


顔色は悪いながらもしっかりしていたと、コバちゃんは言った。


けれど、いつもの元気はなかったと。


今朝、俺は少し早めに家を出て、橘さんが乗る駅で彼女を待つことにした。このくらいなら椚さんも許してくれるだろう。


ホームの階段の横に立っていた俺を見て、橘さんは少し驚いたようだ。


「おはようございます。」


あいさつをする声ははっきりしているけれど、いつもの楽しげな表情はない。


「佐伯さん、背が高いから目立ちますね。こんなステキな人と一緒にいたら、わたし、注目の的になっちゃう。」


笑ってそう言ったあと、すぐに下を向いてしまう。


「おとといは、ありがとうございました。ご心配かけてすみません。」


橘さんはそう言って、俺の顔を見て微笑んだ。


その顔が泣いているように見えるのは錯覚?


「昨日はコバちゃんと会ったそうですね。」


俺が言うと、橘さんは前を向いたまま答える。


「みんなに心配かけちゃって、申し訳ないな。それに、わたしが付き添いだったのに、コバちゃんを置いてきちゃって、本当に悪いことしちゃった。でも、もう大丈夫。仕事もちゃんとできます。」


それから橘さんは、“ファンの集い”での料理や女の子たちの服装のことなどを話題に話し始めた。きっと俺に、もう大丈夫だと言いたかったんだろう。


俺は橘さんがなるべく笑えるように、会でのみんなの様子を話してあげた・・・。





事務所に着くと康太郎が待ち構えていて、一昨日の様子をきかせてくれと目を輝かせた。


すっかり忘れていた!


参加できない代わりに話してやると約束していたんだ。


どこまで話していいものやら・・・。


とりあえず昼休みまで待つように言って、時間を稼ぐ。


それまでにコバちゃんとも相談してみよう。





橘さんが康太郎の仕事を見ている間に、コバちゃんと康太郎のことを相談する。


「そうだったね・・・。」


コバちゃんも困った顔。


「それに、康太郎は研修で椚さんにも会うから。」


そうだった!


それに、研修で会った友人たちから、俺たちが話さないことも聞いてくるだろう。


「適当に済まそうと思えば今はどうにかなるけど、ほかからの情報は遮断できないからね。とにかく、春香さんと椚さんが付き合ってるってことは、もう知れ渡ってると思うから、話しといた方がいいよね。」


相談の結果、椚さんと橘さんは恋人同士で、おとといの会で大きなケンカをしてしまったと話すことにした。


ケンカの理由はよくわからないと。


橘さんは椚さんのことをすごく怒っているから、橘さんに椚さんの話をしてはいけない。ただし、俺とコバちゃんには、研修のときの椚さんの様子を教えること。そして、椚さんに訊かれたら、橘さんのことは話してもいい。


康太郎は、橘さんと椚さんが恋人同士だったことを教えられていなかったことで不満そうだったが、グループ研修での椚さんの様子を観察するという任務を与えられて張り切った。


「あと、同期の間にどんなうわさが流れているか、聞いて来るんだぞ。でも、自分から人に尋ねたりしちゃダメだ。それに、うわさを鵜呑みにするんじゃない。」


康太郎が神妙な顔でうなずく。


「それから、お前に橘さんのことを訊いてくる人もいるかもしれないけど、余計なことは話さないこと。普通に仕事をしているって言うんだ。」


「本当に、普通に仕事してますね。」


それが橘さんの強いところだ。事務所の人たちは、たぶん気付かないだろうな。


もしかしたら、明日からの5連休の間に解決してしまうかもしれない。


コバちゃんは長引きそうだと言ったけれど。


・・・コバちゃんの予想は当たっていた。





昼休みが終わるころ、椚さんから電話がかかってきた。


橘さんのことが心配なんだ。


元気がないけれど、仕事にはきちんと来ていると話すと、とりあえず安心したようだった。


橘さんは椚さんからの電話にもメールにも応答しないそうだ。


でも、着信拒否はされていないらしい。まだ望みはある。


三上さんの方は?・・・と尋ねると、ため息をついてひと言「まだ。」と言う。


『昼休みに話をしたけど、『チャンスをくれ』の一点張りで。』


昼休みに1回くらいじゃ、難しそうだな。


また連絡するからと言って電話は切れた。





午後、橘さんは机でパソコンに向かっている。いつもの景色。


でも、今日は独り言も百面相もない。


堅い表情でひたすらパソコンに向かって作業をするだけ。


まるで感情がなくなったみたいだった。


電話に出るときは明るい声が響くけれど、「いってらっしゃい。」と「お帰りなさい。」の声はいつもよりトーンが低かった。


仕事が終わるころ、コバちゃんが橘さんを食事に誘っているのが聞こえた。橘さんが、おととい置き去りにしたお詫びにおごると言っている。


俺は2人に「気を付けて」と手を振って、笑顔で送りだした。


明日からの5連休、橘さんは大丈夫だろうか?






9時過ぎ、椚さんから電話が来た。


疲れた声で、三上さんとの話がうまく行かないと言っている。


『本当は今日で終わらせて、明日には橘さんに会いに行こうと思っていたんだけど。』


相当がっくりしているのがわかる。


『三上さんは俺が話をしようと呼びだしたら、嬉しそうにやって来るんだ。俺がものすごく怒っているのもお構いなし。そんな三上さんを、連休中に呼び出して2人で話すのは嫌なんだ。向こうの思惑どおりになってるみたいで。』


確かに相手のペースにはまって、そうやって会っているうちに・・・という可能性もあるか。


椚さんは、三上さんと2人だけで会うこと自体、橘さんを裏切っているようで嫌なのかも知れない。


今日の橘さんの様子を伝える。


朝、俺が駅で待っていたことを言おうかどうしようか迷った揚げ句、やっぱり伝えることにした。


自分の気持ちに整理をつけるためにも。


『サンキュー。時間がかかるかもしれないから、よろしく。』


椚さんがため息混じりに言った。





コバちゃんからも電話があった。


『春香さん、連休は実家に行くって。』


そうなのか。実家にいればゆっくり休めるかな。


『あたしの心配が顔に出てたらしくて、連休明けにはちゃんと仕事に出るからって言ってた。』


「そう。今日はお疲れさま。」


『ううん。平気。春香さんを一人にするのは心配だったし、一緒にいるのは楽しいから。それに、今日はデザートをおごってもらった。』


コバちゃんはちょっと笑った。


『そういえば、佐伯さん、朝、春香さんを駅で待ってたんだって?』


「え?あ、うん。そう。」


ちょっとドキッとした。


「心配だったから。」


『近くに住むことになって、ちょうどよかったね。』


「まさか、こんなことになるとは思ってなかったけど。」


本当に。


電話を切ったあと、橘さんを駅で待ったことが、自分だけの秘密じゃなくなってほっとしていることに気付いた。秘密にしていたら、橘さんへの想いを断ち切れなくなってしまうような気がして不安だったのだ。


椚さんとコバちゃんが知っていてくれると思うと、なんだか気持が楽になった。








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