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佐伯勇樹(11)回想・その9



竹田のセクハラの件が片付いたのは、その少しあとのこと。


椚さんは竹田の本社での情報を集めて、それらの情報と橘さんへの嫌がらせのメールを証拠にして脅したと、あとから内緒で教えてくれた。


そこまで徹底的にやるとは!


それほど怒っていたんだ。


本当に橘さんのことが大切なんだな。


竹田の撃退祝いで飲みに行ったとき、コバちゃんから俺の彼女はどんな人なのかと訊かれ、思わず、失恋したと言ってしまった。


橘さんを自分で助けてあげられなくて、少し落ち込んでいたせいだ。情けなくて、どうでもいいやと思ってしまった。


すると、俺の気持ちを知らない橘さんが笑いながら言った。


「残念!佐伯さんがフリーだって分かってたら、わたしだって、年上だけどチャンスがあったかも知れないのに!」


チャンスは大ありでしたよ・・・。


冗談にしてもきつかった。





橘さんとコバちゃんがそろそろ帰ると言ったとき、落ち込んだ気分のまま帰るのがいやで、もう少し飲むと言うと、椚さんが一緒に残ってくれた。


椚さんは同期から情報を集めたことや俺への伝言の話をしてくれたけれど、俺の気分は沈んだまま。


そのうち苦しくなって、


「俺の失恋の相手は橘さんです。」


と言ってしまった。


何か月も一人で抱えて、耐えてきた想い。


あきらめようとしても、消えなかった想い。


言ってしまったら、少しは軽くなるかもしれない。


という気持ちもあったけれど、本当は椚さんに仕返しをしたかっただけかも。


だって、椚さんの慌てる顔を見ていたら、悪いとは思ったけれど、なんとなく気が晴れてきた。


もう少し慌てさせてやろうと思って続ける。


「引き継ぎのとき、仕事をきちんとやろうとするところに感心して、」


「仕事をやってみたら前評判通り優秀で、また感心して、」


「彼氏に別な女性ができて別れたのに、前向きに考えている強さに感動して、」


「しっかりしているのに、少し抜けているところが可愛いと思いました。」


ひとこと言うごとに、椚さんの驚きが俺への尊敬に変わっていく。


ふん。俺だって、ちゃんと橘さんを見ていたんだ。


「なんで何も言わなかったの?」


椚さんに反撃された・・・。それは。


「橘さんが・・・椚さんの方を向いていると思ったからです。」


そう答えるしかない。


椚さんが、ものすごく嬉しそうな顔をしたので悔しくなった。


「椚さんの態度はもっと分かりやすかったですよ。だから、竹田の件を椚さんに譲ったんです。貸しですからね!」


譲ったことにしよう。このくらいはいいじゃないか。


本当は橘さんが本社に行く情報もだけれど、そっちはまけといてあげます。


と思ったら、椚さんが今ごろになってとんでもない情報を!


「橘さんはイケメンが苦手なんだって。かっこいい人と二人きりになったら、ものすごく緊張するって言ってた。」


そんな!


だからあんなに離れていたのか!


ショックだ・・・。でも、ここで椚さんに負けたままになるのは嫌だ。


「でも、緊張するってことは、意識してるってことですよね。もしかしたら、チャンスがあるかも。」


焦れ、焦れ。


どんなに俺ががんばっても、橘さんは手に入らないんだから。言うだけ言わせてもらいます。


「冗談です。でも、椚さんが橘さんを泣かせたら、俺は遠慮しませんよ。」


これは本気ですからね!




その場はこれで終わったけれど、椚さんの心には俺への警戒心が残ったようで、橘さんと俺が話していると嫉妬の目を向けてくるようになった。


そのうえ、年末に俺の引っ越す場所が橘さんの住む駅から近いと知ると、また苦い顔をした。


やった!


ようやく椚さんに勝った!


でも、橘さんの心は椚さんしか見てないですよ・・・。








年が明けて、俺は新しい部屋から通勤するようになった。


橘さんと朝や帰りに一緒になることがときどきあって嬉しい。


椚さんから、橘さんはかっこいい人が苦手だと聞いてからは、橘さんが俺と距離をとっていることも気にならなくなった。苦手でも、避けられているわけじゃないとわかったから。むしろ、橘さんらしい感じがして、ますますいたわりたくなる。


小柄な橘さんが俺の横を歩いていると、守ってあげたいと思ってしまう。そんなに弱い人ではないのはわかっているけれど。


男には騎士道精神というものがある。


そうだ。


執事はやめて、騎士(ナイト)っていうことにしよう!


ストイックに愛する乙女を守るなんて、まさに騎士そのものじゃないか!


まあ、また“秘密の”だけど。


なんか俺、最近、ごっこ遊びにはまってる?





橘さんは、毎日楽しそうだ。


仕事は相変わらず速いし、その姿は凛としていて・・・でも、独り言も百面相も相変わらずで、俺を楽しませてくれる。


椚さんと付き合っていることは、俺とコバちゃんしか知らない。


2人の付き合い方自体が、さっぱりしているのかもしれない。同じ職場にいても、あまり気にならない。


もともと橘さんは、前の彼氏も社内の人だったから、恋人同士ってそんなものだと思っているのかも。


・・・って、俺が勝手に思っているだけで、2人だけのときはラブラブなのかもしれないけど。そんなことは考えたくない。


コバちゃんが、2人の間には結婚話も出ているようだと教えてくれた。


正月のテレビ番組の中で、椚さんがインタビューに答えていたらしい。


テレビで言っちゃうなんて、いったいどんな魔が差したんだろう?


よっぽど浮かれていたんだな、きっと。





穏やかに、でも忙しく日々は過ぎて行ったけれど、橘さんへの俺の気持ちは変わらなかった。


時間が過ぎれば忘れるかと思っていたのに、いつまでも胸の痛みは続く。


騎士気取りで自分の気持ちを昇華させてみても、やっぱり苦しいことには変わりない。


もしかしたら、橘さんの家の近くに越してきてしまったことが、かえって良くなかったかもしれない・・・。





そんなふうに過ごしているうちに3月になり、椚さんの異動が決まった。


本社の総務課だ。


本人が一番ショックだったようだった。


橘さんは、4月から俺たちと同じ仕事を分担することに決まって、また新しいことを覚えなくちゃならないと焦っている。椚さんが異動でいなくなってしまうことを気にしていないようなのは、すでに2人の間に固い絆があるからなんだろう。


俺は少し動揺した。


椚さんがいないここで、橘さんへの自分の気持ちがどう変わるのか不安になったのだ。


目の前に仲の良い2人を見ていることで、ゆっくりでも、忘れるんじゃないかと思っていたから。


なのに、椚さんがいなくなる。


ブレーキが利かなくなったらどうしよう?





異動直前にいつもの4人で椚さんの送別会をした帰り、橘さんを送るのは自分一人でいいと強く言ったのはなぜなんだろう?今、考えてもわからない。


自分の気持ちがどうなるのか確かめたかったのか?


椚さんに、俺は裏切らないと知らせたかったのか?


ただ、橘さんと二人でいる時間がほしかったのか?


・・・そういえば、メガネがかわいかった。









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