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佐伯勇樹(7)回想・その5


家に帰って考えても、やっぱりよくわからなかった。


そもそも、今まで嫉妬なんて経験がなかったのだ。


高校生のとき、嫉妬で我を忘れた先輩に殴られそうになったことはあるけれど。


だから、もしかしたらこれは嫉妬ではないのではないかと考えてみた。


自分で思い込んで、勝手に慌てただけかもしれない。


そうに違いない。




そう考えても、橘さんが俺よりも椚さんと仲がいいという事実に拗ねている自分がいることは間違いなく。


でも、別に恋愛感情じゃなくて、友人として残念なだけだ!きっと!


とは言っても、コバちゃんは前から、俺よりも椚さんと仲がいい。


2人で、俺にはわからないゲームの話をして盛り上がっていることが何度もあった。


それは、別に何とも思わなかった。


ただ、仲がいいなと思っただけ。


それは俺がゲームには興味がないからだ!


きっと、俺にもわかる話なら、同じように拗ねている自分がいるはずだ。




・・・そうだろうか?


椚さんとコバちゃんがいくら仲良く話していても、別に気にならないな、きっと。


彼氏彼女として2人がうまくいったとしても、よかったねと言ってるだろう。




じゃあ、橘さんは?


ちょっと待って! だ。


ちょっと待って、俺も見てください! と言いたい。


やっぱり、俺、橘さんが好きなのか?





こんなふうに考えるの、初めてだ。


今まで女の子を好きになったことはある。もちろん。


相手から告白されて付き合ったこともあるし、自分から言ったこともある。


でも、こんなに混乱したことはなかった。


いったいどうしたらいいのか。


そうだ。


もしかしたら椚さんに嫉妬していると勘違いしたせいで、橘さんのことが好きなような気がしてるだけかもしれない。


変な理屈だけど。





仕方がない。


考えてもよくわからないなら、このまましばらく放っておくしかない。


明日も仕事だし、橘さんは目の前にいる。


椚さんと橘さんの間には、今のところ、何もなさそうだ。


・・・あくまでも、今のところ、だけど。


そのうち、俺も自分の気持ちがわかるだろう。


そのときまた考えよう。





翌日。


放っておこうと思ったものの、前日に引き続き、堂々巡りで混乱する頭をかかえて出勤した。


向かいの席には、いつものとおり橘さんがいる。


何となくぼんやりと彼女を見ていたら、いきなり顔を上げてこちらを見た!


急だったので、目が逸らせなかった。


目が合うと、橘さんは一瞬、目を見開いて瞬きすると、そのまま少し微笑んで首をかしげた。


「今日は元気がないようですけど、具合悪くないですか?」


元気がないって気付いてくれて、心配してくれた!


目が合ったことに加えて、橘さんが俺の様子に気付いてくれたことに気持ちが舞い上がり、鼓動が速くなる。


「いっ、いえ、大丈夫です。」


顔を見られないように下を向いて仕事に向かうふりをする。


「そうですか?夏風邪は治りにくいから、気を付けてくださいね。」


こんなふうに言われると、目を逸らしたまま返事をするのも失礼だし、不審に思われてしまいそうだ。


仕方なく、そうっと顔を上げて橘さんを見ると、また目が合った。


「ありがとうございます・・・。」


どうにか微笑んでお礼を言うと、橘さんは自分の仕事に向かった。


どうしよう!どうしよう!どうしよう!


仕事に集中しようと思っても、パソコンの画面も、大事なメモも、目の前を素通りして行くだけ。


このままでは仕事にならない。


気持ちを落ち着けようと、外回りに出ることにした。


橘さんの「いってらっしゃーい。」の声に、こんなに切ない思いをしたのは初めてだった。





車を運転しながら考える。


橘さんに対する俺の反応は特別だ。


今まで誰かを好きになったことはあるが、こんなに何もできなくなったことはなかった。


ということは、好きっていうのとは違う何かなのかも。


うん。きっと、そうだ。


何だとしても、今の状況は困る。


毎日、目の前に橘さんはいるのに。


これじゃあ、仕事ができないじゃないか。


どうしたらいい?


・・・・・。


慣れればいいのか?


そうだ!


きっと、橘さんがあんまり話しかけてこないから、たまに話しかけられると慌てちゃうんだ。


もっとたくさん話をするようにして、橘さんに慣れればいいんだ。


なんとなく変なこじつけみたいな気がしたけれど、気持ちが落ち着いた。


戻ったら早速始めよう。





事務所に戻ったとき、いつもの「お帰りなさーい。」が聞こえなくてちょっと淋しい・・・と思ったら、電話に出ていた椚さんがカウンターを指差す。そこには、ガラの悪い客とカウンターで向かい合って話している橘さん。椚さんは俺に、彼女のフォローに入るようにと言っているらしい。


そうは言っても、話の途中で割り込むのはなかなか難しい。ちょっとしたきっかけで怒ってしまう相手もいるから。


橘さんのことが心配だけど、仕方なく、カウンターの近くでキャビネットを開け閉めして探し物をしているふりをする。ようやく橘さんが気付いて、俺のところにやってきた。


そして、1点だけ業務の内容を確認すると、またカウンターに戻ろうとする。


「一緒に聞きましょうか。」


慌てて言うと、橘さんは、まるで初めて気が付いたという顔をした。誰かに手伝ってもらおうとは思ってなかったんだ。


「ああ!そうですね。そうしていただけると安心です。」


そう言って、俺を客に紹介しながら席に戻る。


橘さんの隣に座ったものの、客はすでに橘さんを信頼しているらしく、俺には話しかけてこない。


服装から予想されたとおり客の態度は尊大だったけれど、大きな声を出すわけでもなく、橘さんの話を「ふうん。」と頷きながら聞いている。


橘さんは、ところどころで俺に確認を求めるだけで、彼女だけでも十分に話ができていた。


その凛とした橘さんにこっそりと見惚れてしまう。


腕がぶつかりそうなくらい近くに座っていることを意識して、また鼓動が速くなった。





客が帰って席に戻った橘さんを、椚さんがねぎらう。


橘さんは笑いながら、驚いたけれど、そんなに大変じゃなかったと返事をしている。


その口調は俺に対するよりもずっと親しげで、それは別に今日始まったことではないのに、少し悲しくなる。


「途中から佐伯さんにも入ってもらえたから。」


俺の名前が彼女の口から聞こえて、はっとする。そして、あの程度でも彼女の役に立てたのだと嬉しくなった。





橘さんのひとこと一言に、一喜一憂している俺。


彼女の姿から目が離せない俺。


心が捕らえられたとは、まさにこういう状態を指すのではないだろうか。


もう降参。


やっぱり、橘さんが好きです。







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